悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました

藍沢真啓/庚あき

文字の大きさ
2 / 5

2

しおりを挟む
「リュカ? 一体どうしたんだよ!」

 無言のリュカに腕を引っ張られながら連れてこられたのは、学園自慢の空中庭園。
 普段は学生達の憩いの場となっているこの場所は、今は生徒の殆どがホールに居るためか俺達以外の気配を感じない。

 空には満天の星の瞬きすら霞む程の大きな月が放つ光の下、色とりどりの花が甘い芳香を風に乗せながら揺れている。

「なあ、リュカ……ぅあっ!」

 女の子ならイケメンのリュカと二人、きっと胸をときめかせそうと余所見をしていた俺は、庭園の中央に設えられた四阿に置かれたソファに投げ出された。
 フカフカな座面のおかげで体に痛みはないけど、背中を打つ衝撃に一瞬だけ息が詰まる。一体、リュカは何を怒っているのだ。

「リュ……んむっ!?」

 不条理な扱いにキッと睨んでみたものの、不意にリュカの無駄な部分がない体躯が月を背にしたかと思えば、何をするんだ、という俺の抗議は、塞がれたリュカの唇によって霧散する。

 キス……されて、る?

 何度も言うようだが、俺は前世を含めて童貞だ。故にキスも今世を含めて一度もない。まあ、あっても挨拶がわりに頬や手の甲位はあるけども。
 故に初めて他人との唇の接触に俺の頭は真っ白で、抵抗どころか指一本も動かせないまま、リュカが与えてくる口付けを受けていた。

 角度をいくつも変えて食んでくる自分の体温とは違うその温もりに、嫌悪感というより戸惑いが大きい。

 まさか同性で、親友だと思っていた相手からの攻撃だったから、尚更とも言えよう。

 リュカは俺が学園に入学してから、次期宰相と呼び声も高く、ルシアの婚約者であった──俺の中では過去形で十分だ──ジュリアンから、当時から騎士団に所属していたディアンサスと共に紹介され、冷たそうな表情が融解し、柔らかく微笑んで「よろしく」と手を差し伸べてきて以来、ずっと影の薄い俺の傍に居てくれて、俺の変化にもいち早く気づいてくれる優しい奴だと思っていた。
 だからこそ、カリーン嬢がジュリアンを選んだと知った時、ルシアをリュカに託したいな、と思案しつつ、心のどこかでチクンと痛む気がしたのは否定しない。

 ずっとノーマル嗜好だと自分自身信じてたし、男とキスしたって絶対気持ちよくなんてないって思ってたし、それ以上なんて前世の姉や妹達から与えられた無駄知識があっても、実際自分がそうなるなんて予想だにしてなかったし。

 いきなりこんな形でリュカにキスされるとか、俺だって想像できなかったし。

「むぐっ……んんぅ……んっ……ふぁっ」

 口を塞がれ、すっかり鼻呼吸の存在を忘れてしまった俺は、空気を求め喘ぐように口を開く。すると隙間から厚く蠢くものが侵入してきて、肩がビクリと跳ねる。

 リュカの舌先が、咄嗟に閉じた歯列を形を確かめるように丁寧に撫で、

「ルシアン、歯を開いて?」

 と、唇の僅かな間から甘く囁かれ、心臓がドクンと波打つ。すぐ近くにある彼の紫の瞳は欲情に濡れ、同性である俺でもドギマギしてしまい、声に導かれるまま噛み締めていていた歯の扉が綻んでいく。
 開門を許されたリュカの舌はヌルリと潜り込み、ビクつく俺の舌を見つけては、まるで擽るように固くした舌先で愛撫してくる。

「う、んっ、ふぁ……ひゃぁ」

 ザラリとした筆を刷くように俺の舌を滑っていく。むず痒い感覚だったソレが、絡みついてきた途端、熱い欲望の塊が下半身に降りて行き、慎ましい男の象徴が頭をもたげる。

 吐息すらも奪われた俺の口の中は、溢れた唾液に次第に満たされていき、溺れそうな苦しさについゴクリと自分とリュカの混じったそれを嚥下してしまう。
 リュカはうっとりと俺の口腔を蹂躙しながらも目を細め、俺のうなじに手を添えると、ぐっと口付けを深めてきた。

 チュクチュクと舌がねっとりと絡んでくる度、聞くに堪えない水音が空洞に響き、酸欠と羞恥で何故こんな時に失神しないんだ自分の馬鹿、と自分を罵っていると。

「こんな時に余裕だな、ルシアン」

 普段は丁寧な口調で話すリュカの、野性味感じる台詞が俺の唇を震わす距離から発せられ、ゾクゾクと悪寒が全身を走る。
 待って。待ってください、リュカさん。俺には被虐の嗜好はありませんよ。本当だってば!
 そう言いたくて口を開いたら、好機とばかりに再び口は塞がれ、執拗に舌は搦め取られてしまっていた。

 夜の空気にピチャピチャと舌の交わる音が卑猥すぎて、だんだんと頭がぼんやりしていって考えるのも億劫になる。
 リュカは激しい口付けの間にも、俺の髪の間に指を潜らせて丁寧に撫で、普段は何ともないそれすらも、俺の息を乱させる要因となる。

「ん……はっ、りゅ……かぁ……」

 甘ったるく艶を帯びた自分の声がリュカを呼ぶ。自分からこんな声が出る事に少し驚くものの、もう頭の中はドロドロにリュカのキスで蕩けてしまっていた。流石18禁ゲームではなかったけど、こういったセクシュアルな部分のスペックも高い。

「ふ……すっかり蕩けきった顔になってる。ルシアン」
「……ん、ふっ」

 すう、と眇めた眼差しのリュカが俺の頬を柔く滑らせる。たったそれだけの事なのに、腰の奥がズクンと疼いて甘い吐息が自然と零れた。
 もっと口付けていたい。その形の良く薄い唇の奥にある熱い舌で肌を舐められたら、どんなに気持ちがいいのだろう。でも男同士なのに、こんな事をしても許されるのだろうか。
 幾らあのゲームのスピンオフで出たゲームがBL作品であったといえども、この世界の理では同性の恋愛は認められていない──が、圧倒的男性の人口が多いためか、秘密裏にそういったカップルがいるのも知っているし、学園にも密かに交際している奴らがいるのも事実だ。
 だからこそ、攻略対象であるリュカが、幾ら悪役令嬢のルシアと双子の俺を組み敷いて、陵辱プレイに近しい現状をする意味が理解できない。

 何故ならリュカはモテる。それこそ女だろうが男だろうが選り取りみどりだ。そうでないと、ヒロインがリュカを選ばなかったルートで、あんなに穏やかにヒロインを優しく見守るなんて出来なかっただろう。

 ──ズクンッ──

 では何故、リュカが物語とはかけ離れた行動に出た?
 なんとなく原因は分かってはいるものの、それでは納得できずに、俺は口を開く。

「リュカ……どうして」
「ん?」
「どうして……俺に、こんな……」

 チュッ、チュッ、と唇音をさせて首筋を啄むリュカに問えば。

「ずっと前からルシアンが好きだったから」
「……へ?」
「出会った時から、ルシアンとこうなれればいいって切望してたから。カーリン嬢でもなく、君の妹のルシア嬢でもなく、ルシアン……お前とずっとこうなりたいと願っていた」
「リュカ……」
「ジュリアンから紹介された時。妹が王子の婚約者で、侯爵家の子息というのに存在が儚げで、庇護したい気持ちが強かった。だが、本当はとても努力家で家族思いで、本当は意地っ張りなお前を知っていく内に、自分の心が愛だというのに気づいたんだ」
「……」
「だから冗談でも、お前の口からルシア嬢を充てがう話が出て、思わず頭に血が上ってしまった」

 すまない、と言葉を落とすリュカの表情に鼓動が揺れる。

 切なげな眼差しで俺を見下ろしたリュカは、再びドクリと胸を高鳴らせる俺の唇を塞ぎながら、解けかけていたアスコットタイを首元から引き抜いた。
 シュル、と衣擦れの音色も、口腔を犯されながら晒されていく胸元も、リュカの太腿が俺の中心で期待に燻る熱さえも、男性同士とか嫌悪感とか「リュカだったらいいか」と唯一俺をいつも見守ってくれたリュカだからこそほだされたというか、与えられる優しく労わる愛撫に、俺は彼の首に手を回して口を開く。

「なら、ルシアにはまた別の相手を探さなくちゃ、な」

 普段は冴えざえとした月のように冷たく無表情を貫く親友が、額にかかる黒髪の隙間から覗く紫の目をパチクリとさせて、それから魅惑的な笑みをふわりと浮べる。

「好きだ……愛してる、ルシアン」
「俺も……」

 そっと額に触れた唇の温もりに、俺はそっと瞼を落とした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさない

北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。 ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。 四歳である今はまだ従者ではない。 死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった?? 十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。 こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう! そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!? クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。

流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。

時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!? ※表紙のイラストはたかだ。様 ※エブリスタ、pixivにも掲載してます ◆4月19日18時から、この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」を1話ずつ公開予定です。そちらも気になったら覗いてみてください。 ◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います

【完結済】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!

キノア9g
BL
モテたくて完璧な幼馴染に弟子入りしたら、なぜか俺が溺愛されてる!? あらすじ 「俺は将来、可愛い奥さんをもらって温かい家庭を築くんだ!」 前世、ブラック企業で過労死した社畜の俺(リアン)。 今世こそは定時退社と幸せな結婚を手に入れるため、理想の男「スパダリ」になることを決意する。 お手本は、幼馴染で公爵家嫡男のシリル。 顔よし、家柄よし、能力よしの完璧超人な彼に「弟子入り」し、その技術を盗もうとするけれど……? 「リアン、君の淹れたお茶以外は飲みたくないな」 「君は無防備すぎる。私の側を離れてはいけないよ」 スパダリ修行のつもりが、いつの間にか身の回りのお世話係(兼・精神安定剤)として依存されていた!? しかも、俺が婚活をしようとすると、なぜか全力で阻止されて――。 【無自覚ポジティブな元社畜】×【隠れ激重執着な氷の貴公子】 「君の就職先は私(公爵家)に決まっているだろう?」

【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。

天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。 成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。 まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。 黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。

オメガだと隠して魔王討伐隊に入ったら、最強アルファ達に溺愛されています

水凪しおん
BL
前世は、どこにでもいる普通の大学生だった。車に轢かれ、次に目覚めた時、俺はミルクティー色の髪を持つ少年『サナ』として、剣と魔法の異世界にいた。 そこで知らされたのは、衝撃の事実。この世界には男女の他に『アルファ』『ベータ』『オメガ』という第二の性が存在し、俺はその中で最も希少で、男性でありながら子を宿すことができる『オメガ』だという。 アルファに守られ、番になるのが幸せ? そんな決められた道は歩きたくない。俺は、俺自身の力で生きていく。そう決意し、平凡な『ベータ』と身分を偽った俺の前に現れたのは、太陽のように眩しい聖騎士カイル。彼は俺のささやかな機転を「稀代の戦術眼」と絶賛し、半ば強引に魔王討伐隊へと引き入れた。 しかし、そこは最強のアルファたちの巣窟だった! リーダーのカイルに加え、皮肉屋の天才魔法使いリアム、寡黙な獣人暗殺者ジン。三人の強烈なアルファフェロモンに日々当てられ、俺の身体は甘く疼き始める。 隠し通したい秘密と、抗いがたい本能。偽りのベータとして、俺はこの英雄たちの中で生き残れるのか? これは運命に抗う一人のオメガが、本当の居場所と愛を見つけるまでの物語。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶
BL
 BLゲームじゃないのに、嫌われから溺愛って嘘でしょ? 不遇の若き王×モブの、ハートフル、ファンタジー、ちょっとサスペンスな、大逆転ラブです。  乙女ゲーム『愛の力で王(キング)を救え!』通称アイキンの中に異世界転生した九郎は、顔の見えない仕立て屋のモブキャラ、クロウ(かろうじて名前だけはあったよ)に生まれ変わる。  子供のときに石をぶつけられ、前世のことを思い出したが。顔のないモブキャラになったところで、どうにもできないよね? でも。いざ、孤島にそびえる王城に、王の婚礼衣装を作るため、仕立て屋として上がったら…王を助ける人がいないんですけどぉ? 本編完結。そして、続編「前作はモブ、でも続編は悪役令嬢ポジなんですけどぉ?」も同時収録。

悪役のはずだった二人の十年間

海野璃音
BL
 第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。  破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。  ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

処理中です...