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第二章 公爵様と共にお店を開きます!
5 久々の旦那様
王妃のサロンに参加した日、フルールはいつものように伯爵邸へ戻った。
あのあと話し込んでしまい、時刻は夜の七時を過ぎていた。
(ちょっと遅くなっちゃったかな……)
馬車を下りたフルールは付き添いの侍女を引き連れて邸へ入った。
「お帰りなさいませ、奥様」
帰宅した彼女を、屋敷の使用人たちが出迎えた。
少し前までは伯爵夫人の扱いすら受けられなかったフルールだったが、侍女長の再教育により今ではだいぶマシな生活となった。
「お腹が空いたわ」
「夕食の用意が出来ております」
「そう、今行くわ」
フルールは帰って早々、軽く着替えを済ませて晩餐室へ向かった。
数ヵ月前まではこの部屋を使うことすらできなかったというのに。
考えてみると、彼女の生活はずいぶんと変わった。
(以前と比べると、今はあまりにも恵まれすぎているわね)
席に着いたフルールは、料理が運ばれてくるのをじっと待った。
そのとき、こちらへ向かう慌ただしい足音がフルールの耳に入った。
「だ、旦那様!落ち着いてください!」
「そこをどけ!」
声は次第に大きくなり、それから少しして晩餐室の扉が開いた。
姿を現したのは、ルースだった。何をそんなに急いでいるのか、服装は乱れていて、額からは汗が流れている。
いつもの冷静な彼とは対照的に、ずいぶんと余裕が無さそうだった。
「……………旦那様?」
フルールは席を立ち上がった。彼らしからぬ行為だった。
ルースの相手をするのは面倒だが、仕方が無い。彼が伯爵家の当主である以上、その妻のフルールが無下にできるような存在ではなかったからだ。
(別に帰ってこなくてもよかったものを……)
ルースはそんな彼女の元へ、ズカズカと大股で歩いてきた。
そして、目の前まで来ると彼女の肩を両手で強く掴んだ。
「何故、何も言ってこないんだ……!」
「………………え?」
フルールは口を開けたまま、固まった。ルースの言っていることが理解できなかった。
彼女が何も言わないのは今に始まったことではない。
フルールは結婚してからというもの、ルースのやることに一切口出しせず、ただ彼の帰りを待ち続けていた。
何日も帰ってこない日もあったが、それでも苦言を呈することなく、彼の理想の妻で居続けた。
(何故何も言わないのかって、あなたがそういうのを望んでいたからでしょう?)
フルールは呆れたような目でルースを見た。
「二週間も帰らなかったんだぞ」
「それがどうかしましたか?」
「私は君の夫だ!何故そのことについて何も言わないんだ!」
フルールは聞けば聞くほど、余計に意味がわからなかった。
今の彼に、彼女が言えることはただ一つ。
「旦那様の好きにすればよろしいのでは?」
「……何だと?」
ルースのこめかみに、静脈が青く浮き出た。どうやらフルールの返事が気に入らないようだった。
「旦那様が何を望んでいるのか知りませんが、これまで通りお互い相手のやることに干渉しないという方針でいきたいんです。私にとってもその方がありがたいですしね」
「……何を」
フルールは今さらルースに愛されたいなどとは微塵も思っていなかった。
どのみち遅かれ早かれルースはフルールを捨ててアリアを選ぶのだ。
そんな裏切り者にしがみつく必要もないだろう。
「……君は私が帰らなくても平気だというのか?」
「ええ、特に気に留めませんでしたわ」
この二週間、ブティックを開くことで頭がいっぱいだったフルールはそれどころではなかった。
つまり、強がり無しにルースのことなど全く気にしていなかったのだ。
「ぜひこれからも、アリアさんの家でお過ごしください。私はかまいませんから」
「……」
ルースはしばらく黙り込んだあと、吐き捨てるように言った。
「……後悔しても知らないぞ」
「後悔?」
フルールはハッと乾いた笑みを漏らした。
「――旦那様と結婚してから、後悔しなかった日はありませんでしたわ」
「な……」
ルースは絶句したように言葉に詰まった。
彼は未だにフルールが自分を愛しているのだと信じて疑わなかった。
しかし、それは彼の勘違いだ。
彼女が彼無しでは生きていけないのは、一ヵ月前までだった。
「今さらどんなことがあったとしても……何も変わりません。私はずっと、旦那様と結婚したこと……いいえ、出会ったことを後悔し続けるでしょう」
「……」
彼が何をしようと、彼女の心が再び彼に向くことは絶対にない。
ルースは手のひらに食い込んだ爪で血が出るほど拳を強く握りしめていた。
そして、突然フルールに背を向けたと思うと、そのまま荒々しく部屋を出て行った。
「……行ったみたいね」
彼が立ち去ったあと、フルールは再び席に着いた。
自らの意思で二週間も愛人の元へ行っておきながら、何故何も言わないのかと責めるなんて。
自分勝手にもほどがある。
(あれがヒーローだなんて、終わってるわ)
しかし、原作のフルールは彼以外に頼れる人がいなかった。
そのため、彼にしがみつくことしかできなかったのだ。
原作の彼女のことを考えると、まるで自分のことのように胸が痛む。
フルールは思わず食事をしていた手を止めた。
「……今日はちょっと食欲が無いみたい。下げてくれる?」
「……お医者様をお呼びしましょうか?」
「いいえ、そこまでじゃないわ」
彼女はそのまま立ち上がり、自室へと向かった。
あのあと話し込んでしまい、時刻は夜の七時を過ぎていた。
(ちょっと遅くなっちゃったかな……)
馬車を下りたフルールは付き添いの侍女を引き連れて邸へ入った。
「お帰りなさいませ、奥様」
帰宅した彼女を、屋敷の使用人たちが出迎えた。
少し前までは伯爵夫人の扱いすら受けられなかったフルールだったが、侍女長の再教育により今ではだいぶマシな生活となった。
「お腹が空いたわ」
「夕食の用意が出来ております」
「そう、今行くわ」
フルールは帰って早々、軽く着替えを済ませて晩餐室へ向かった。
数ヵ月前まではこの部屋を使うことすらできなかったというのに。
考えてみると、彼女の生活はずいぶんと変わった。
(以前と比べると、今はあまりにも恵まれすぎているわね)
席に着いたフルールは、料理が運ばれてくるのをじっと待った。
そのとき、こちらへ向かう慌ただしい足音がフルールの耳に入った。
「だ、旦那様!落ち着いてください!」
「そこをどけ!」
声は次第に大きくなり、それから少しして晩餐室の扉が開いた。
姿を現したのは、ルースだった。何をそんなに急いでいるのか、服装は乱れていて、額からは汗が流れている。
いつもの冷静な彼とは対照的に、ずいぶんと余裕が無さそうだった。
「……………旦那様?」
フルールは席を立ち上がった。彼らしからぬ行為だった。
ルースの相手をするのは面倒だが、仕方が無い。彼が伯爵家の当主である以上、その妻のフルールが無下にできるような存在ではなかったからだ。
(別に帰ってこなくてもよかったものを……)
ルースはそんな彼女の元へ、ズカズカと大股で歩いてきた。
そして、目の前まで来ると彼女の肩を両手で強く掴んだ。
「何故、何も言ってこないんだ……!」
「………………え?」
フルールは口を開けたまま、固まった。ルースの言っていることが理解できなかった。
彼女が何も言わないのは今に始まったことではない。
フルールは結婚してからというもの、ルースのやることに一切口出しせず、ただ彼の帰りを待ち続けていた。
何日も帰ってこない日もあったが、それでも苦言を呈することなく、彼の理想の妻で居続けた。
(何故何も言わないのかって、あなたがそういうのを望んでいたからでしょう?)
フルールは呆れたような目でルースを見た。
「二週間も帰らなかったんだぞ」
「それがどうかしましたか?」
「私は君の夫だ!何故そのことについて何も言わないんだ!」
フルールは聞けば聞くほど、余計に意味がわからなかった。
今の彼に、彼女が言えることはただ一つ。
「旦那様の好きにすればよろしいのでは?」
「……何だと?」
ルースのこめかみに、静脈が青く浮き出た。どうやらフルールの返事が気に入らないようだった。
「旦那様が何を望んでいるのか知りませんが、これまで通りお互い相手のやることに干渉しないという方針でいきたいんです。私にとってもその方がありがたいですしね」
「……何を」
フルールは今さらルースに愛されたいなどとは微塵も思っていなかった。
どのみち遅かれ早かれルースはフルールを捨ててアリアを選ぶのだ。
そんな裏切り者にしがみつく必要もないだろう。
「……君は私が帰らなくても平気だというのか?」
「ええ、特に気に留めませんでしたわ」
この二週間、ブティックを開くことで頭がいっぱいだったフルールはそれどころではなかった。
つまり、強がり無しにルースのことなど全く気にしていなかったのだ。
「ぜひこれからも、アリアさんの家でお過ごしください。私はかまいませんから」
「……」
ルースはしばらく黙り込んだあと、吐き捨てるように言った。
「……後悔しても知らないぞ」
「後悔?」
フルールはハッと乾いた笑みを漏らした。
「――旦那様と結婚してから、後悔しなかった日はありませんでしたわ」
「な……」
ルースは絶句したように言葉に詰まった。
彼は未だにフルールが自分を愛しているのだと信じて疑わなかった。
しかし、それは彼の勘違いだ。
彼女が彼無しでは生きていけないのは、一ヵ月前までだった。
「今さらどんなことがあったとしても……何も変わりません。私はずっと、旦那様と結婚したこと……いいえ、出会ったことを後悔し続けるでしょう」
「……」
彼が何をしようと、彼女の心が再び彼に向くことは絶対にない。
ルースは手のひらに食い込んだ爪で血が出るほど拳を強く握りしめていた。
そして、突然フルールに背を向けたと思うと、そのまま荒々しく部屋を出て行った。
「……行ったみたいね」
彼が立ち去ったあと、フルールは再び席に着いた。
自らの意思で二週間も愛人の元へ行っておきながら、何故何も言わないのかと責めるなんて。
自分勝手にもほどがある。
(あれがヒーローだなんて、終わってるわ)
しかし、原作のフルールは彼以外に頼れる人がいなかった。
そのため、彼にしがみつくことしかできなかったのだ。
原作の彼女のことを考えると、まるで自分のことのように胸が痛む。
フルールは思わず食事をしていた手を止めた。
「……今日はちょっと食欲が無いみたい。下げてくれる?」
「……お医者様をお呼びしましょうか?」
「いいえ、そこまでじゃないわ」
彼女はそのまま立ち上がり、自室へと向かった。
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