愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの

文字の大きさ
47 / 127
一章

彼の本心

しおりを挟む
エリザベス王妃陛下がそんな辛い思いをしていただなんて全く知らなかった。
隣国から嫁いできて、頼れる人が誰もいない状態で夫となった国王陛下は自分に無関心。
おそらく彼女は前世の私よりも辛い状況だっただろう。


そう考えると、不思議と王妃陛下を恨む気にはなれなかった。
――夫に愛されない苦しさを、私は誰よりも知っていたから。


「……殿下、国王陛下は私を諦めていないのでしょうか」


私が尋ねると、殿下は軽く頷いた。


「……ああ、あれくらいで諦める人だとは思えない。陛下のお前に対する執着は並大抵のものではないからな。……陛下が夫人を未だに愛しているという事実は変わらない。だけど公爵夫人はもうこの世にはいないから。彼女によく似た娘であるお前に標的を変えたんだろう」
「陛下は……それほどまでにお母様を愛していらしたんですね」


陛下のお母様に対する深い愛についてはよく分かった。
しかし自分の息子の婚約者に、二回り近く年の離れた女に恋情を抱くなど正気の沙汰ではない。


(そして前世の私は……そんなことまるで知らなかった……)


知らない状態で国王陛下と関わっていたのだ。
やはり無知というものは恐ろしい。
改めて実感した。


私が考え込んでいると、彼が重い口を開いた。


「……セシリア」
「……はい?」


殿下は私と向き合うと、突然深く頭を下げた。


「殿下……?」
「――今まで、キツく当たったりして本当に悪かった」
「……!」


王族が、臣下に頭など下げてはいけない。
聡明な殿下がそのことを知らないはずが無いのだ。


(殿下……)


ということは、分かっていてこうしているのだろう。


「セシリア、よく聞いてくれ。陛下は、お前と俺を結婚させた後お前を自分のものにしようとしている」
「……………ッ!?」


殿下から告げられたことに私は衝撃を受けた。


(う、嘘でしょう……!?国王陛下はそんなことを考えていたの……?)


到底信じられないことだが、目の前で私をじっと見つめている殿下が嘘をついているとは思えなかった。


「陛下は用意周到な人だ。おそらく俺と結婚させた後、王宮の使用人たちに指示してお前を冷遇させたりするだろうな。――それを助けた自分に、お前が好意を抱くように」
「……!」


そこで私は前世の記憶を思い浮かべた。


(そうだ……私は前世で王宮の使用人たちに憐みの眼差しを向けられたり陰口をされたりしていた……)


そして、そんな私に手を差し伸べてくれたのはいつも――


認めたくないが、変えようのない事実だった。


「言い訳がましいかもしれないが、俺はお前にそんな目に遭ってほしくなくて……お前が俺を嫌い、お前から婚約を白紙にしたいと言い出すように仕向けた。俺が婚約解消を望んだところで聞き入れられるわけがなかったから」
「殿下……」


まさか殿下がそのようなことを考えていただなんて。
つまり、私は嫌われていたわけでは無かったのだ。


「信じられないかもしれないが……」
「……」


無言で殿下の話を聞いていた私の頬を、彼がそっと両手で包んで上に向けさせた。


「セシリア、すまない。俺は、お前を手放せそうにない」
「……殿下」


その黒い瞳は潤んでいて、今にも泣いてしまいそうだった。


「お前が俺との婚約を白紙にしようとしていることには随分前から気付いていた」
「えっ……」


バレていたのか。


「それで良いんだ、これが俺の望みだって思いながらもお前が離れようとすればするほど何故だか俺の気持ちは沈んで行った。そしてお前が父上に襲われそうになったとき、ようやく気付いたんだ」
「……」
「――俺は、お前が好きだ」


そこで彼は私を抱き締めた。
愛の告白など殿下にとっては初めてなのだろう。
声が少し震えている。


「お前の笑顔を守りたいって、強くそう感じた」
「殿下……」


嬉しくて、涙が出そうになった。


(私たち、相思相愛だということ?)


「セシリア、お前が望むなら俺は魔法盟約を交わしてもいい」
「えっ……」


――魔法盟約
約束を破った者には死が訪れることとなる、恐ろしい盟約だ。


「そんな……誓いを違えたら死ぬことになるんですよ?」
「かまわない」


彼は迷うことなくそう言った。


「だからセシリア、どうか今だけ俺を信じてみないか」
「殿下……」


殿下は私を抱き締める腕に力を込めた。


「絶対にお前を守ってみせる。陛下になど渡すものか」
「……」


胸がドキドキする。
やっぱり私は彼のことが好きなんだ。


「……じゃあ、一度だけ、信じてみます……」
「……!」


私の言葉に、彼は上半身を少し離して私の顔を覗き込んだ。
そして――


「ありがとう」


そう言いながら、私の唇にそっとキスをした――


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

私を見ないあなたに大嫌いを告げるまで

木蓮
恋愛
ミリアベルの婚約者カシアスは初恋の令嬢を想い続けている。 彼女を愛しながらも自分も言うことを聞く都合の良い相手として扱うカシアスに心折れたミリアベルは自分を見ない彼に別れを告げた。 「今さらあなたが私をどう思っているかなんて知りたくもない」 婚約者を信じられなかった令嬢と大切な人を失ってやっと現実が見えた令息のお話。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

処理中です...