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26 母の変化
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「……それは、本当なの?」
「はい……間違いないようです」
事実確認をした私は、驚きのあまりすぐには対応できなかった。
どうやらお母様が私を呼んでいるらしい。
(これまでお母様に呼び出されたことなんて数えるほどしかないのに……どうして……)
昔から母は私に興味が無かった。
あの人の目にはいつだって価値のある弟しか映っていなかったから。
「お嬢様、悪いことじゃなければいいですね……」
「そうね……とりあえず向かいましょう……」
私たちはすぐにお母様の部屋へと向かった。
遅れると何を言われるか分からない。
母は昔から時間には厳しい人だったから。
(お母様の部屋に入るのは初めてかも……)
緊張でガチガチに固まった体を無理矢理動かして、母の部屋の扉をノックした。
「お母様、アリスです」
「――入ってちょうだい」
いつもより柔らかくなった母親の声が扉の向こう側から聞こえてきた。
慣れないことに違和感を感じつつ、部屋に続く扉をそっと開けた。
「失礼します……」
「いらっしゃい、アリス」
中に入ると、妙に優しい顔をした母が優雅に椅子に座っていた。
「お母様、一体どのようなご用件で……」
「――座りなさい、アリス」
「……え?」
お母様は私の言葉を遮って自身の正面にある席を指差した。
(今、座れって言ったの?私に?)
本当は今すぐにでも帰りたかったが、母の誘いを断るわけにはいかない。
「……失礼します」
初めて見る母親の姿に困惑しつつも、私は席に着いた。
テーブルの上に目をやると、令嬢たちが好みそうなお茶菓子が並んでいた。
私のために用意したのだということが嫌でも伝わってくる。
(……私が王太子殿下と親しくしているから掌を返したのかしら?)
母親の考えは分からないが、突然こんな風に距離を縮めようとされていい迷惑だ。
私は貴方のことを母親だと思ったことなんて一度もないのだから。
「アリス、王太子殿下とのこと本当に驚いたわ。おめでとう、まさか貴方が王妃になる日が来るなんてね」
「王妃だなんて……そんな……」
「そんなに謙遜しないでいいのよ。貴方は未来の王妃だって決まったも同然なんだから」
お母様はそう言うとフフッと美しく笑った。
初めて向けられた母の優しい笑み。
何だか居心地が悪い。
「そこで、私からの提案なのだけれど……」
「……?」
穏やかな笑みを浮かべたまま、母が言葉を続けた。
「これから王太子殿下と出掛けたりする機会も増えるでしょう?だから、外出用のドレスを買いに行ったらどうかしら」
「ドレスを……ですか?」
「ええ、お金は私が用意するわ。だから好きな物をたくさん買っていいのよ」
「お母様……」
母親のその提案は、今私にとって最も嬉しいものだった。
(本当に、ドレスを買ってくれるの?私に?)
カルメリア侯爵邸には、私のドレスはほとんどない。
ルーカス様に嫁いだ際に私の私物はほとんど処分されてしまったようで、残ったのは数着のドレスと平民たちが着るような質素な服のみ。
王太子殿下と出掛ける機会があるかどうかは分からないが、母の提案はどちらにせよありがたかった。
「たしかに、その通りですね。私も新しいドレスが欲しいと思っていましたし……お言葉に甘えてそうさせてもらいます」
「ええ、それなら明日にでも行ってきなさい。馬車を用意するわ」
「え?そんなにもすぐ……」
「――準備をするならなるべく早い方がいいじゃない」
突然立ち上がった母は、有無を言わせないというような態度で私の言葉を遮った。
そしてツカツカとこちらへ歩いて来ると、私の肩を優しく掴んだ。
「た、たしかに……それも……そうですね」
「ええ、だから絶対に明日買いに行ってちょうだいね」
「は、はい……」
私の返事を聞いた母がニッと口角を上げた。
「……」
私にとっては何故か、その笑みがとても恐ろしいもののように感じた。
***
「侯爵夫人がアリス嬢とお茶をしていたって?」
「はい、殿下。今朝夫人がアリス嬢を部屋に呼び出して二人でお茶を楽しんだそうです。その姿は普通に仲の良い親子のように見えました」
「……」
アリス嬢に求婚したあの日から私は、密かに彼女の同行を見守っていた。
大勢の前で見せつけるようにしてプロポーズをしたものの、彼女に手を出す人間がいなくなったとは限らないからだ。
侍従の話を聞いた私は、侯爵邸で見た夫人の姿を思い浮かべた。
(私とアリス嬢の婚約に猛反対していたのに……何故急に態度を変えたんだ?)
そのことが妙に引っ掛かった。
あの場で婚約の申し込みを喜んでいたのは侯爵だけだと、ずっとそう思っていたから。
(何か変だ……あれほど突っかかってきた人間がそう簡単に変わるだろうか)
カルメリア侯爵夫人については既に過去まで調べてある。
あの傲慢な夫人は結婚前にかなり問題を起こしていたようだ。
気位が高く、傲慢で王太子を狙うライバル令嬢たちを卑怯な手を使って蹴落としていたらしい。
結局、そんなことばかりしていたから王太子の婚約者にはなれなかったのだが。
(アリス嬢に危険が及ばない限りはあの女がどうなろうとかまわないが……)
警戒をするに越したことはない。
そう考えた私は、静かに侍従に命じた。
「おい、夫人の動向を監視しろ。どんな些細なことでも絶対に見逃すな」
「はい、殿下」
「はい……間違いないようです」
事実確認をした私は、驚きのあまりすぐには対応できなかった。
どうやらお母様が私を呼んでいるらしい。
(これまでお母様に呼び出されたことなんて数えるほどしかないのに……どうして……)
昔から母は私に興味が無かった。
あの人の目にはいつだって価値のある弟しか映っていなかったから。
「お嬢様、悪いことじゃなければいいですね……」
「そうね……とりあえず向かいましょう……」
私たちはすぐにお母様の部屋へと向かった。
遅れると何を言われるか分からない。
母は昔から時間には厳しい人だったから。
(お母様の部屋に入るのは初めてかも……)
緊張でガチガチに固まった体を無理矢理動かして、母の部屋の扉をノックした。
「お母様、アリスです」
「――入ってちょうだい」
いつもより柔らかくなった母親の声が扉の向こう側から聞こえてきた。
慣れないことに違和感を感じつつ、部屋に続く扉をそっと開けた。
「失礼します……」
「いらっしゃい、アリス」
中に入ると、妙に優しい顔をした母が優雅に椅子に座っていた。
「お母様、一体どのようなご用件で……」
「――座りなさい、アリス」
「……え?」
お母様は私の言葉を遮って自身の正面にある席を指差した。
(今、座れって言ったの?私に?)
本当は今すぐにでも帰りたかったが、母の誘いを断るわけにはいかない。
「……失礼します」
初めて見る母親の姿に困惑しつつも、私は席に着いた。
テーブルの上に目をやると、令嬢たちが好みそうなお茶菓子が並んでいた。
私のために用意したのだということが嫌でも伝わってくる。
(……私が王太子殿下と親しくしているから掌を返したのかしら?)
母親の考えは分からないが、突然こんな風に距離を縮めようとされていい迷惑だ。
私は貴方のことを母親だと思ったことなんて一度もないのだから。
「アリス、王太子殿下とのこと本当に驚いたわ。おめでとう、まさか貴方が王妃になる日が来るなんてね」
「王妃だなんて……そんな……」
「そんなに謙遜しないでいいのよ。貴方は未来の王妃だって決まったも同然なんだから」
お母様はそう言うとフフッと美しく笑った。
初めて向けられた母の優しい笑み。
何だか居心地が悪い。
「そこで、私からの提案なのだけれど……」
「……?」
穏やかな笑みを浮かべたまま、母が言葉を続けた。
「これから王太子殿下と出掛けたりする機会も増えるでしょう?だから、外出用のドレスを買いに行ったらどうかしら」
「ドレスを……ですか?」
「ええ、お金は私が用意するわ。だから好きな物をたくさん買っていいのよ」
「お母様……」
母親のその提案は、今私にとって最も嬉しいものだった。
(本当に、ドレスを買ってくれるの?私に?)
カルメリア侯爵邸には、私のドレスはほとんどない。
ルーカス様に嫁いだ際に私の私物はほとんど処分されてしまったようで、残ったのは数着のドレスと平民たちが着るような質素な服のみ。
王太子殿下と出掛ける機会があるかどうかは分からないが、母の提案はどちらにせよありがたかった。
「たしかに、その通りですね。私も新しいドレスが欲しいと思っていましたし……お言葉に甘えてそうさせてもらいます」
「ええ、それなら明日にでも行ってきなさい。馬車を用意するわ」
「え?そんなにもすぐ……」
「――準備をするならなるべく早い方がいいじゃない」
突然立ち上がった母は、有無を言わせないというような態度で私の言葉を遮った。
そしてツカツカとこちらへ歩いて来ると、私の肩を優しく掴んだ。
「た、たしかに……それも……そうですね」
「ええ、だから絶対に明日買いに行ってちょうだいね」
「は、はい……」
私の返事を聞いた母がニッと口角を上げた。
「……」
私にとっては何故か、その笑みがとても恐ろしいもののように感じた。
***
「侯爵夫人がアリス嬢とお茶をしていたって?」
「はい、殿下。今朝夫人がアリス嬢を部屋に呼び出して二人でお茶を楽しんだそうです。その姿は普通に仲の良い親子のように見えました」
「……」
アリス嬢に求婚したあの日から私は、密かに彼女の同行を見守っていた。
大勢の前で見せつけるようにしてプロポーズをしたものの、彼女に手を出す人間がいなくなったとは限らないからだ。
侍従の話を聞いた私は、侯爵邸で見た夫人の姿を思い浮かべた。
(私とアリス嬢の婚約に猛反対していたのに……何故急に態度を変えたんだ?)
そのことが妙に引っ掛かった。
あの場で婚約の申し込みを喜んでいたのは侯爵だけだと、ずっとそう思っていたから。
(何か変だ……あれほど突っかかってきた人間がそう簡単に変わるだろうか)
カルメリア侯爵夫人については既に過去まで調べてある。
あの傲慢な夫人は結婚前にかなり問題を起こしていたようだ。
気位が高く、傲慢で王太子を狙うライバル令嬢たちを卑怯な手を使って蹴落としていたらしい。
結局、そんなことばかりしていたから王太子の婚約者にはなれなかったのだが。
(アリス嬢に危険が及ばない限りはあの女がどうなろうとかまわないが……)
警戒をするに越したことはない。
そう考えた私は、静かに侍従に命じた。
「おい、夫人の動向を監視しろ。どんな些細なことでも絶対に見逃すな」
「はい、殿下」
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