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6 泣き女の再来
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その日、俺は朝から緊張していた。
__あの女・・・マジで来るのか・・・
尊たちに目の前で消えたことを強調して話したのは俺自身だけど、実際にこうして時間がたってみると、誰よりも俺自身があれは勘違いだったのではないかとも思えてくる。
だって、そうだろ? 冷静に考えれば人が消えるわけないんだ。
そう・・・人ならば・・・。
全く落ち着くことが出来ずに、パーテーションで仕切られただけの事務所とプライベートスペースを無駄に行ったり来たりする。
扉を開けて外を見ると、スーツを身にまとった大人たちがわき目もふらずに凄いスピードで行き交っている。外国人はバカでかいスーツケースを両手に、目の色を変えて買い物に勤しむ。
決してその風景の一部に自分が加わりたいとは思わないが、右を見ても左を見ても、おそらくそこにいるのは・・・人間だ。
――いや・・・そもそも妖怪って・・・・そうだよな。そんなことがあるわけないような。
今更ながら、自分の言ったことが馬鹿らしく思えてならない。むしろ冷静に考えれば尊も善も、どうしてこんな話を信じたのかと謎でしかない。
時計の針は既に午後の2時を回っている。未だあの女が来る気配はない。
――だよなぁ・・・・
――やっぱり、妖怪なんて。
「あ~、やめた やめたっ。
来るか来ないかもわからない可笑しな女を、どぉして俺がこんな思いして待たなきゃならないんだっ。普通に考えて可笑しいだろ?
葬式に行って泣きたい?意味わかんねぇ。
俺って、純粋だからすっかり騙されたんだな、うん。そうだ。俺は騙されたんだ」
声に出してみると、益々そんな気がしてくる。
俺は気分を変えようと、パーテーション裏のプライベートスペースにある冷蔵庫まで行き冷えた缶コーヒーを1本とると事務所に戻った。
そのままソファーに座り、プルタブを一気に引き上げる。カッシャンと小気味のいい音がして顔をあげたその時・・・。
「うゎわあぁぁぁぁぁ~」
俺は缶コーヒーを放り出し、ソファーからずり落ちていた。
「ぁ・・・ぁ・・・・・・・・あ・・・・ぁ・・・・・」
喉の奥に何か詰まったように、思う様に声がでない。
全身が丸ごと心臓になったかのようにバクバクと、心音が俺の中で響く。
何故って・・・・・・向かい側のソファーに、あの女・・・・泣き女が座っていたんだ。
――落ち着け・・・落ち着くんだ・・・・大丈夫だ、この女は人間だ・・・。
必死に自分に言い聞かせ、何度か小さく深呼吸をすると、ソファーに座り直した。
女は何も言わず、だらりと垂れた前髪の隙間から、じっとりと俺を見ている。
「あっと・・・えっと・・・あ~はははは いらしたんですねぇ・・・」
自分でも驚く程の棒読みだ。鏡を見なくてもわかる。顔は一切わらっていないだろう。
「えっと・・・その・・・なんていうか・・・・泣き・・女さんでしたっけ?
あの、他人の葬式に行きたいって考えは、変わったりなんか・・・・」
髪の隙間から除く女の眉間に大きくしわが寄る。
__やばいっ 泣くっ
瞬間的にそう思った。
「いや、変わってないっ。いいんですっ。変わってなくて大丈夫っ。行こうじゃないですか!他人様の葬式上等ですよ!行きましょうっ!そして、泣きましょう!」
両手で待ったをかけて、必死に目の前の女へ言葉をかけるが、俺自身もう女に言ってるのか、自分に言っているのかわからない。
――だめだ・・・こんな時こそ落ち着かないと!こうなれば覚悟を決めるしかないんだ。
――準備だって万全だ、大丈夫。
――俺はやれば、できる男だっ。そうっ、出来る男なんだっ!
大きく息を吸う。
「えっとですね!」
自分でも驚く程のボリュームが出たが、そんなことに構ってられない。続けるのみだ。
「結論から言いますと・・・・貴方が堂々と色んな葬式に行けるようにします・・・というか、努力はします」
俯いていた女がぱっと、顔を上げた。
女の口が嬉しそうに、にたぁ~と左右に広がる。
――ひぃぃぃっ、・・・・・怖い・・・
人は笑顔こそが最高に美しいと誰かが言っていた気がするが、笑顔が一番怖かった場合は一体どうなるのか・・・
呼吸が荒くなる。動悸がする・・・・。息が苦しい・・・・。なんなら次の葬式は俺のではないだろうか・・・・。
「そ・・・そそそれでですね・・・・。
行ける葬儀が決まったらこちらから貴方に連絡をとりたいのですが、携帯の番号とか教えていただいてもよろしいですか?」
視線をテーブルに向け、なるべく女を見ないようにした。
今日で女に会うのは3回目だが全く慣れない・・・・というより、会うたびに怖さが増しているような気さえする。
「・・・いた・・い・・・」
「ひぃぃぃぃぃーーーーーっ!」
俺の喉がヒュ~を変な音を立てる。
「っ!痛いですかっ!いやすみませんっ、俺は何にもしてないですけどーーーっ!」
「け・・・い・・た・・・い・・・」
「は?」
「い・・・たい・・・けい・・たい・・・・ですか?」
「え?あぁ、そう。けい・・たい・・・・です・・・・」
――あぁ~、びっくりしたぁ・・・。
__いや、だから普通に話してくれ~っ!ちびりそうな程こえぇじゃねぇかっ!!!
「そう、携帯ですよ・・・・連絡つかなきゃ困るでしょう?」
「あの・・・・そういう、人間の持つようなものは・・・あり・・ませんけど・・・。
貴方から・・・私を呼び出せれば・・・いいんですね?」
「え・・・えぇ・・まぁ・・そうですね」
――この女・・・何を言ってるんだ?
「わかり・・・まし・・・た。では、少し待っていてください・・・・」
「へ?」
自分でも驚くような間抜けな声がでた。
「いや、待つって・・・」
それ以上、言うことができなかった。
なぜって・・・目の前にいたはずの女の姿はもう、なかったから。
「消えたーーーーーーーっ!まじで、消えたーーーーーーーーーーっ!」
こんな時、どんなリアクションをするのが、正解なのか。俺は意味もなく立ったり、座ったりを何度も繰り返し、意味もなく事務所とプライベートスペースを往復した。
「なんだ? また、消えた?消えるって、なんだよ、いや、そんなわけないっ。
頑張れ、俺。しっかりしろっ、俺っ!人が消えるわけがないんだっ!」
両手で自分の頬をパシパシと何度も叩いた。
「いっ痛い・・・夢じゃないよな?俺、起きてるよな?」
何度も何度も、自分の頬を叩いていた時・・・・
「ふぇふぇふぇ・・・・」
背後から、聞いたことのないようなまるで、口の端から息が漏れてるような音が聞こえた。
「ひぃぃぃぃっ」
背中を冷たい汗が伝う。
恐る恐る振り返った俺の目に映ったもの。
「ぅわぁぁぁぁっ!」
女がいた。泣き女だ。
肩を震わせ、口の隙間から空気を漏らしている。
「貴方、・・・・面白い・・・・人間ですね。
自・・分の・・顔を・・・そんなに叩い・・て・・・・何をしてる・・・んですか?
ふぇっ ふぇっ ふぇっ」
__ってそれ、笑い声かよっ こえぇーっ 怖すぎるっっ
__『ちょっと待って』の言葉通り舞い戻ってきた律義な貴方が恨めしいぜ・・・・
昨日の今頃なら、ここに尊も善もいたのに、なぜ、今日あの二人を呼ばなかったのかと後悔ばかりが頭の中をグルグルと回る。
なぜ、この女に今、俺が笑われてるのか・・・全く受け入れることができないまま、とりあえずふらふらと女の向かいに座った。
俺が座ると、女は真顔になって、小さな喪服用のかばんから拳大の土人形のようなものを取り出しテーブルの上にゴロリと置いた。
__って、それ。
__絶対かばんの方が小さいだろっ。
__四次元ポケットかよっ
心の中で盛大につっこむも、口に出す勇気なんか到底ない。
「で・・・これ。なんなんでしょうか・・・」
テーブルの上に無造作に置かれた土人形。
固められた土には獣の毛のようなものが大量に混じっていて、麻紐が何重にも巻き付けられている。小学生が作ったかと思う程に、そのクオリティは低い。
――さっきいなくなった時、携帯の契約に行ったんじゃねぇのかよっ
もう全てを投げ出して、逃げ出したくなる気持ちを必死に抑え、恐る恐る指先で土人形を指先でつついてみた。
思ったより、固い。
――しっかし、この大量に混じっているこの毛は・・・。
「これは木魂の垢で作った人形です」
「へぇ~、木霊の垢でねぇ・・・・垢? あかぁ~っ?」
思わずのけ反り、つついてしまった指先を何度も手で拭う。
――垢で人形って、力太郎かよっ
と、またもや盛大に突っ込むも声には出せないヘタレな俺が情けない・・・
しかも、垢と聞いたとたんに、異臭さえするような気がする。
「で・・・・この垢人形と、連絡とるのになんの関係が・・・」
「これにぃ・・・向かってぇ・・・私・・を呼んでぇ・・ください。
そう・・すればぁ、私の・・元に・・貴方の声がぁ・・・・とどきますから・・・
ふぇっ・・・ふぇっ・・・楽しみにぃ・・まっています・・・ではぁ・・・」
一方的にそう告げて、泣き女は俺の目の前で3度目の『消える』というイリュージョンを披露した。
残されたのは、謎の垢人形と俺。
流石に3度目となると、目の前で消えてもそれはそれで受け入れる免疫が俺にも多少はついている。
「はぁ・・・・なんなんだよ、・・・・そういや、木霊っていってたか・・・」
木霊とは別名呼子、#山彦_やまびこ__#とも言われてる。
古代中国ではその姿は猿のようであるとも、犬のようであるとも言われている。
大学での妖怪研究がよもやこんなところで役立つとは思わなかった。
しっかし、この汚い垢人形が通信機になるとは不思議であること極まりない。はいそうですか、と受け入れるには、あまりに現実離れした話である。
それに・・・できればあまり、触れたくない・・・。
テーブルに置かれた垢人形に触れることなく、顔を近づけて観察する。
一応匂いも確認したが、とくに異臭は放っていない。
「これに呼びかけるろって、言われてもねぇ・・・・ちなみにこれ、泣き女以外も呼べたりするのか?呼子の性質から考えれば・・・・理論的にはいける・・・よな?」
そう思いつくと、無性に試してみたくなる。
俺はと垢人形に顔を寄せると、そっと呼びかけてみた。
「お~い、尊~聞こえるかぁ?聞こえたら連絡しろぉ~」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俺ひとりしかいない事務所の中は、相変わらず静かである。
特になにも起こる気配はない。
「だぁよなぁ。こんなんで連絡とれるわけねぇって」
誰もいない事務所の中で、誰に言うともなく苦笑いで後ろ頭をかいた。誰も見ていないとはいえ、馬鹿なことをしたと気恥しくなる。
「いやぁ、危うく騙されるとこ・・・」
BOO---- BOO---- BOO----
「ぅわあぁぁぁっ」
ポケットの中で突然鳴り出したバイブレーターに思わず飛び上がった。
「なんだ、電話かよ・・・・焦らすな・・・・って・・・」
スマホを取り出して表示を見た俺は、時が止まったようにその表示にくぎ付けとなった。
『尊』
スマホのディスプレイにはそう表示されていた。
「嘘・・・だろ・・・偶然・・・だよな?」
俺は、恐る恐る電話に出た。
「もしもし・・・・?」
『あ、志童?おれ、尊だけど』
「あ、うん。どうした?」
『・・・・・あれ?俺、なんで俺志童に電話したんだろ?なんか、お前が呼んだような気がしたんだよなぁ・・・・』
「そ・・・そうか・・・・あ~はははは・・・」
俺は顔を引きつらせながら、乾いた笑いを返すしかなかった。
電話の向こうの尊の後ろから、尊を呼ぶ声が聞こえた。
『あ、わりぃ、また電話する』
そう言って尊の電話は切れた。
「マジか・・・・本物かよ・・・・」
俺は立ちすくしたまま、テーブルの上の垢人形を見てあることに気がつく。
__もしも・・・この人形の前で、迂闊に誰かの名前を言ってしまったら・・・・
__尊や善ならまだいいが、例えば楓や妖怪の名前をいってしまったら・・・
「やばいっ!絶対ダメだ!!!!」
俺は大慌てで、手つかずの引っ越し荷物の中から適当な小箱を見つけその内側に小さく切った段ボールを何層にも重ねり、即席の防音BOXを作ると垢人形を中に入れて蓋を閉じた。
「ふぅ・・・・とりあえずは封印だ!」
気づけば事務所のスリガラスからは夕日が差し込んでいた。
まずは一息つこうと、俺は缶コーヒーを手にソファーに腰を下ろした。テーブルの上にはたった今、俺が封印した小箱がある。
「呼子・・・・か。冷静に考えて見りゃ・・・・これって、すげぇよな・・・。使い方によっちゃぁ・・・・・」
そこまで言って、俺はぶんぶんと頭を振った。
「いや、やめよう。
これ以上おかしなことに巻き込まれるのはごめんだっ。それに、このことを尊なんかに知られてみろ、絶対また、悪い顔をしてビジネスにしようとするに決まってるんだ。
よし、尊には、しばらく垢人形のことは内緒にしておこう」
俺は小箱を持って、事務所の中を見渡した。
まぁ、事務所といっても、空っぽの書類棚、デスクと応接セットがあるだけだが・・・。
そして考えた末、パーテーション裏のプライベートスペースに回ると冷蔵庫の上に垢人形の入った小箱を置いた。
「これで、ひとまず大丈夫だろう」
とんでもないものを受け取ってしまったという、何か取り返しのつかないことへ足を突っ込んでしまったような嫌な気分がぬぐえない。
飲みかけのコーヒーを置くと、俺は冷蔵庫からビールを取り出しプルタブを引き上げると、そのまま一気に飲み干した。
今日という一日がとても長く感じられた
――もういいや・・・早く、寝よう・・・・。
そう思って項垂れた視線の先には、泣き女が来たときに俺が放り投げた缶コーヒーがころがっていた。中身はもちろん床に零れている。
「はぁ―――っ」
盛大なため息をついて、とりあえず掃除でもするか。
今日は厄日である。
__あの女・・・マジで来るのか・・・
尊たちに目の前で消えたことを強調して話したのは俺自身だけど、実際にこうして時間がたってみると、誰よりも俺自身があれは勘違いだったのではないかとも思えてくる。
だって、そうだろ? 冷静に考えれば人が消えるわけないんだ。
そう・・・人ならば・・・。
全く落ち着くことが出来ずに、パーテーションで仕切られただけの事務所とプライベートスペースを無駄に行ったり来たりする。
扉を開けて外を見ると、スーツを身にまとった大人たちがわき目もふらずに凄いスピードで行き交っている。外国人はバカでかいスーツケースを両手に、目の色を変えて買い物に勤しむ。
決してその風景の一部に自分が加わりたいとは思わないが、右を見ても左を見ても、おそらくそこにいるのは・・・人間だ。
――いや・・・そもそも妖怪って・・・・そうだよな。そんなことがあるわけないような。
今更ながら、自分の言ったことが馬鹿らしく思えてならない。むしろ冷静に考えれば尊も善も、どうしてこんな話を信じたのかと謎でしかない。
時計の針は既に午後の2時を回っている。未だあの女が来る気配はない。
――だよなぁ・・・・
――やっぱり、妖怪なんて。
「あ~、やめた やめたっ。
来るか来ないかもわからない可笑しな女を、どぉして俺がこんな思いして待たなきゃならないんだっ。普通に考えて可笑しいだろ?
葬式に行って泣きたい?意味わかんねぇ。
俺って、純粋だからすっかり騙されたんだな、うん。そうだ。俺は騙されたんだ」
声に出してみると、益々そんな気がしてくる。
俺は気分を変えようと、パーテーション裏のプライベートスペースにある冷蔵庫まで行き冷えた缶コーヒーを1本とると事務所に戻った。
そのままソファーに座り、プルタブを一気に引き上げる。カッシャンと小気味のいい音がして顔をあげたその時・・・。
「うゎわあぁぁぁぁぁ~」
俺は缶コーヒーを放り出し、ソファーからずり落ちていた。
「ぁ・・・ぁ・・・・・・・・あ・・・・ぁ・・・・・」
喉の奥に何か詰まったように、思う様に声がでない。
全身が丸ごと心臓になったかのようにバクバクと、心音が俺の中で響く。
何故って・・・・・・向かい側のソファーに、あの女・・・・泣き女が座っていたんだ。
――落ち着け・・・落ち着くんだ・・・・大丈夫だ、この女は人間だ・・・。
必死に自分に言い聞かせ、何度か小さく深呼吸をすると、ソファーに座り直した。
女は何も言わず、だらりと垂れた前髪の隙間から、じっとりと俺を見ている。
「あっと・・・えっと・・・あ~はははは いらしたんですねぇ・・・」
自分でも驚く程の棒読みだ。鏡を見なくてもわかる。顔は一切わらっていないだろう。
「えっと・・・その・・・なんていうか・・・・泣き・・女さんでしたっけ?
あの、他人の葬式に行きたいって考えは、変わったりなんか・・・・」
髪の隙間から除く女の眉間に大きくしわが寄る。
__やばいっ 泣くっ
瞬間的にそう思った。
「いや、変わってないっ。いいんですっ。変わってなくて大丈夫っ。行こうじゃないですか!他人様の葬式上等ですよ!行きましょうっ!そして、泣きましょう!」
両手で待ったをかけて、必死に目の前の女へ言葉をかけるが、俺自身もう女に言ってるのか、自分に言っているのかわからない。
――だめだ・・・こんな時こそ落ち着かないと!こうなれば覚悟を決めるしかないんだ。
――準備だって万全だ、大丈夫。
――俺はやれば、できる男だっ。そうっ、出来る男なんだっ!
大きく息を吸う。
「えっとですね!」
自分でも驚く程のボリュームが出たが、そんなことに構ってられない。続けるのみだ。
「結論から言いますと・・・・貴方が堂々と色んな葬式に行けるようにします・・・というか、努力はします」
俯いていた女がぱっと、顔を上げた。
女の口が嬉しそうに、にたぁ~と左右に広がる。
――ひぃぃぃっ、・・・・・怖い・・・
人は笑顔こそが最高に美しいと誰かが言っていた気がするが、笑顔が一番怖かった場合は一体どうなるのか・・・
呼吸が荒くなる。動悸がする・・・・。息が苦しい・・・・。なんなら次の葬式は俺のではないだろうか・・・・。
「そ・・・そそそれでですね・・・・。
行ける葬儀が決まったらこちらから貴方に連絡をとりたいのですが、携帯の番号とか教えていただいてもよろしいですか?」
視線をテーブルに向け、なるべく女を見ないようにした。
今日で女に会うのは3回目だが全く慣れない・・・・というより、会うたびに怖さが増しているような気さえする。
「・・・いた・・い・・・」
「ひぃぃぃぃぃーーーーーっ!」
俺の喉がヒュ~を変な音を立てる。
「っ!痛いですかっ!いやすみませんっ、俺は何にもしてないですけどーーーっ!」
「け・・・い・・た・・・い・・・」
「は?」
「い・・・たい・・・けい・・たい・・・・ですか?」
「え?あぁ、そう。けい・・たい・・・・です・・・・」
――あぁ~、びっくりしたぁ・・・。
__いや、だから普通に話してくれ~っ!ちびりそうな程こえぇじゃねぇかっ!!!
「そう、携帯ですよ・・・・連絡つかなきゃ困るでしょう?」
「あの・・・・そういう、人間の持つようなものは・・・あり・・ませんけど・・・。
貴方から・・・私を呼び出せれば・・・いいんですね?」
「え・・・えぇ・・まぁ・・そうですね」
――この女・・・何を言ってるんだ?
「わかり・・・まし・・・た。では、少し待っていてください・・・・」
「へ?」
自分でも驚くような間抜けな声がでた。
「いや、待つって・・・」
それ以上、言うことができなかった。
なぜって・・・目の前にいたはずの女の姿はもう、なかったから。
「消えたーーーーーーーっ!まじで、消えたーーーーーーーーーーっ!」
こんな時、どんなリアクションをするのが、正解なのか。俺は意味もなく立ったり、座ったりを何度も繰り返し、意味もなく事務所とプライベートスペースを往復した。
「なんだ? また、消えた?消えるって、なんだよ、いや、そんなわけないっ。
頑張れ、俺。しっかりしろっ、俺っ!人が消えるわけがないんだっ!」
両手で自分の頬をパシパシと何度も叩いた。
「いっ痛い・・・夢じゃないよな?俺、起きてるよな?」
何度も何度も、自分の頬を叩いていた時・・・・
「ふぇふぇふぇ・・・・」
背後から、聞いたことのないようなまるで、口の端から息が漏れてるような音が聞こえた。
「ひぃぃぃぃっ」
背中を冷たい汗が伝う。
恐る恐る振り返った俺の目に映ったもの。
「ぅわぁぁぁぁっ!」
女がいた。泣き女だ。
肩を震わせ、口の隙間から空気を漏らしている。
「貴方、・・・・面白い・・・・人間ですね。
自・・分の・・顔を・・・そんなに叩い・・て・・・・何をしてる・・・んですか?
ふぇっ ふぇっ ふぇっ」
__ってそれ、笑い声かよっ こえぇーっ 怖すぎるっっ
__『ちょっと待って』の言葉通り舞い戻ってきた律義な貴方が恨めしいぜ・・・・
昨日の今頃なら、ここに尊も善もいたのに、なぜ、今日あの二人を呼ばなかったのかと後悔ばかりが頭の中をグルグルと回る。
なぜ、この女に今、俺が笑われてるのか・・・全く受け入れることができないまま、とりあえずふらふらと女の向かいに座った。
俺が座ると、女は真顔になって、小さな喪服用のかばんから拳大の土人形のようなものを取り出しテーブルの上にゴロリと置いた。
__って、それ。
__絶対かばんの方が小さいだろっ。
__四次元ポケットかよっ
心の中で盛大につっこむも、口に出す勇気なんか到底ない。
「で・・・これ。なんなんでしょうか・・・」
テーブルの上に無造作に置かれた土人形。
固められた土には獣の毛のようなものが大量に混じっていて、麻紐が何重にも巻き付けられている。小学生が作ったかと思う程に、そのクオリティは低い。
――さっきいなくなった時、携帯の契約に行ったんじゃねぇのかよっ
もう全てを投げ出して、逃げ出したくなる気持ちを必死に抑え、恐る恐る指先で土人形を指先でつついてみた。
思ったより、固い。
――しっかし、この大量に混じっているこの毛は・・・。
「これは木魂の垢で作った人形です」
「へぇ~、木霊の垢でねぇ・・・・垢? あかぁ~っ?」
思わずのけ反り、つついてしまった指先を何度も手で拭う。
――垢で人形って、力太郎かよっ
と、またもや盛大に突っ込むも声には出せないヘタレな俺が情けない・・・
しかも、垢と聞いたとたんに、異臭さえするような気がする。
「で・・・・この垢人形と、連絡とるのになんの関係が・・・」
「これにぃ・・・向かってぇ・・・私・・を呼んでぇ・・ください。
そう・・すればぁ、私の・・元に・・貴方の声がぁ・・・・とどきますから・・・
ふぇっ・・・ふぇっ・・・楽しみにぃ・・まっています・・・ではぁ・・・」
一方的にそう告げて、泣き女は俺の目の前で3度目の『消える』というイリュージョンを披露した。
残されたのは、謎の垢人形と俺。
流石に3度目となると、目の前で消えてもそれはそれで受け入れる免疫が俺にも多少はついている。
「はぁ・・・・なんなんだよ、・・・・そういや、木霊っていってたか・・・」
木霊とは別名呼子、#山彦_やまびこ__#とも言われてる。
古代中国ではその姿は猿のようであるとも、犬のようであるとも言われている。
大学での妖怪研究がよもやこんなところで役立つとは思わなかった。
しっかし、この汚い垢人形が通信機になるとは不思議であること極まりない。はいそうですか、と受け入れるには、あまりに現実離れした話である。
それに・・・できればあまり、触れたくない・・・。
テーブルに置かれた垢人形に触れることなく、顔を近づけて観察する。
一応匂いも確認したが、とくに異臭は放っていない。
「これに呼びかけるろって、言われてもねぇ・・・・ちなみにこれ、泣き女以外も呼べたりするのか?呼子の性質から考えれば・・・・理論的にはいける・・・よな?」
そう思いつくと、無性に試してみたくなる。
俺はと垢人形に顔を寄せると、そっと呼びかけてみた。
「お~い、尊~聞こえるかぁ?聞こえたら連絡しろぉ~」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俺ひとりしかいない事務所の中は、相変わらず静かである。
特になにも起こる気配はない。
「だぁよなぁ。こんなんで連絡とれるわけねぇって」
誰もいない事務所の中で、誰に言うともなく苦笑いで後ろ頭をかいた。誰も見ていないとはいえ、馬鹿なことをしたと気恥しくなる。
「いやぁ、危うく騙されるとこ・・・」
BOO---- BOO---- BOO----
「ぅわあぁぁぁっ」
ポケットの中で突然鳴り出したバイブレーターに思わず飛び上がった。
「なんだ、電話かよ・・・・焦らすな・・・・って・・・」
スマホを取り出して表示を見た俺は、時が止まったようにその表示にくぎ付けとなった。
『尊』
スマホのディスプレイにはそう表示されていた。
「嘘・・・だろ・・・偶然・・・だよな?」
俺は、恐る恐る電話に出た。
「もしもし・・・・?」
『あ、志童?おれ、尊だけど』
「あ、うん。どうした?」
『・・・・・あれ?俺、なんで俺志童に電話したんだろ?なんか、お前が呼んだような気がしたんだよなぁ・・・・』
「そ・・・そうか・・・・あ~はははは・・・」
俺は顔を引きつらせながら、乾いた笑いを返すしかなかった。
電話の向こうの尊の後ろから、尊を呼ぶ声が聞こえた。
『あ、わりぃ、また電話する』
そう言って尊の電話は切れた。
「マジか・・・・本物かよ・・・・」
俺は立ちすくしたまま、テーブルの上の垢人形を見てあることに気がつく。
__もしも・・・この人形の前で、迂闊に誰かの名前を言ってしまったら・・・・
__尊や善ならまだいいが、例えば楓や妖怪の名前をいってしまったら・・・
「やばいっ!絶対ダメだ!!!!」
俺は大慌てで、手つかずの引っ越し荷物の中から適当な小箱を見つけその内側に小さく切った段ボールを何層にも重ねり、即席の防音BOXを作ると垢人形を中に入れて蓋を閉じた。
「ふぅ・・・・とりあえずは封印だ!」
気づけば事務所のスリガラスからは夕日が差し込んでいた。
まずは一息つこうと、俺は缶コーヒーを手にソファーに腰を下ろした。テーブルの上にはたった今、俺が封印した小箱がある。
「呼子・・・・か。冷静に考えて見りゃ・・・・これって、すげぇよな・・・。使い方によっちゃぁ・・・・・」
そこまで言って、俺はぶんぶんと頭を振った。
「いや、やめよう。
これ以上おかしなことに巻き込まれるのはごめんだっ。それに、このことを尊なんかに知られてみろ、絶対また、悪い顔をしてビジネスにしようとするに決まってるんだ。
よし、尊には、しばらく垢人形のことは内緒にしておこう」
俺は小箱を持って、事務所の中を見渡した。
まぁ、事務所といっても、空っぽの書類棚、デスクと応接セットがあるだけだが・・・。
そして考えた末、パーテーション裏のプライベートスペースに回ると冷蔵庫の上に垢人形の入った小箱を置いた。
「これで、ひとまず大丈夫だろう」
とんでもないものを受け取ってしまったという、何か取り返しのつかないことへ足を突っ込んでしまったような嫌な気分がぬぐえない。
飲みかけのコーヒーを置くと、俺は冷蔵庫からビールを取り出しプルタブを引き上げると、そのまま一気に飲み干した。
今日という一日がとても長く感じられた
――もういいや・・・早く、寝よう・・・・。
そう思って項垂れた視線の先には、泣き女が来たときに俺が放り投げた缶コーヒーがころがっていた。中身はもちろん床に零れている。
「はぁ―――っ」
盛大なため息をついて、とりあえず掃除でもするか。
今日は厄日である。
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ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
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