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第十三章 即位
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「また、逢いに来てくれる事を願っているわ」
兄夫婦が、城門まで二人を見送りに来ていた。
アンは、船が接岸している港まで見送りに行きたかったようだが、身重の体なので、この場所での別れとなった。
「久しぶりに家族と過ごせて、楽しかった。帰ったら、父さんに渡して欲しい」
ノルマンが、二人に小さな箱を手渡す。中身は恐らく父や王国騎士団への返事であろう。
「義姉さん。いえ、女王陛下。安産を願っております。そして、王配殿。息災であられますように」
カノイが兄夫婦に言葉を返す。即位前とはいえ、二人は女王と王配。周りに控えた家臣に配慮して、そう告げた。
「子供が産まれたら、知らせるよ。カノイ、王大后をしっかり、アスケニアまで送り届けるんだぞ。それと、ノアーサ。お腹の子供はきっと、お前たち親の生まれ変わりだ。だから、元気な子を産めよ」
兄は、三ヶ月前に二人を逃がしたあの時と変わらない口調で、二人を見送った。
王大后と供に港へ向かう馬車へと乗り込む。
兄夫婦と即位前に、家族として数日を過ごせた。もう、思い残す事は無い。これからは互いの人生を歩んで行ける。ノアーサはそう思った。
「タルタハもアスケニアも、過去は兄弟によって設立された帝国よ。今も国王が従兄弟同志の関係ね。お互い良い国になるわ。」
帰りの馬車で王大后が語った。
「王配とは、連絡を取り合うようにすれば良いわ。私も兄のエルベルトが生きていた頃、頻繁に手紙の遣り取りをして、ウィルをアスケニアに行かせたりしたものよ」
兄夫婦との別れを惜しむノアーサに王大后がそう、声をかけた。
その後三人は、王室御用達の船に乗船し、アスケニアへの帰路に着いた。
エスメラルダ王大后は、自分が三十年以上前にこの船で輿入れして来た事を懐かしみながら、里帰りが出来る事を喜んでいた。
三日間の航海も、波が穏やかで、ノアーサも体調を崩す事なく、アスケニアへと戻って来たのである。
※
「ノアーサ。辛そうだね」
二人がタルタハから帰国し、数日が過ぎた。
悪阻で食べ物を受け付けられないノアーサに動揺しながらカノイが呟く。
「悪阻もそう、長くは続きませんからね。今は、安静にしている事が一番です」
ノアーサが寝ているベッドで、世話をしている侍従のリタがそう答える。
彼女は二児の母で、出産と子育ての経験もある。ノアーサは、彼女を頼っていた。
こういう時に、母が生きていたら何といって励ましてくれただろう。母も自分を産むために、悪阻で苦しんだ筈だ。それでも自分が授かった事を喜んだに違いない。
「ご主人様。奥様は私がお世話致します。どうか、お仕事に向かわれて下さい」
リタの言葉に、ノアーサも頷く。
「そうだね。正直、何もしてあげられない。リタ、ノアーサを頼んだよ」
そう言うと、寝室を出た。居間に向かうと執事のロバートが控えている。
「ロバート。僕が授かった時、父さんと母さんは喜んでくれたかな」
両親が生前の頃から、屋敷に遣える執事に訪ねた。
「勿論でございます。カノイ様は、結婚して五年目に漸く授かりましたから」
カノイの両親は、それは大切に自分を育てていたと話した。
「そういえば、家族の肖像画も描いておりましたよ。今、お持ち致しましょう」
そう言うと、ロバートは居間を出て、絵画を手に戻ってきた。その肖像画は、若かりし頃の両親で、赤ん坊の自分を抱いている父の姿が描かれていた。
「カノイ様がお産まれになった日、大旦那様は男の子が産まれたと、大喜びなさったのを、私は、昨日の事のように覚えております」
産まれて間もない赤ん坊の自分を抱く若き父。騎士団の団長として勇ましい父の姿しか記憶にないけど、肖像画に描かれた父は、ぎこちなく自分を抱いて、母はそれを見守るように、カノイを見つめていた。
「お二方は、カノイ様をそれは大切に、お育てしておりました」
「解るよ。両親から受けた愛。義兄夫婦も僕を、家族として迎えてくれた。僕らを知る皆が支えてくれた。今度は父親になる事で、僕が家族を支えて行こう。ロバート、これからもこの屋敷と僕らの家族を頼むよ」
「はい。私も後、十年はこの屋敷にお仕え出来るよう努力致します」
執事のロバートはそういって会釈する。彼はこの屋敷にはなくてはならない人であり、頼るべき存在であった。
※
「ノアーサちゃんも、お母さんかぁ」
ノアーサの診察に助産師のリランが、屋敷を訪れている。
「私、お母さんになれるかしら。妊娠はまだ、先の事だと思っていたのに」
ベッドの横で椅子に腰掛けているリランにノアーサが話した。悪阻も少し治まったようだ。
「子供は授かり物。貴方たち夫婦に必要だから、授かったのよ。私は、四人の子宝を授かったわ」
王国騎士団の、女性騎士団長であり、助産師も勤めるリランは、二人の母親であったローズとミランダを知る人である。
夫は王国騎士団の医師で小児科医を担当。自身も三男一女。四人の子供を育てている。
「赤ちゃんを育てるのは大変だけど、可愛いからまだ、許せる。でも、十歳過ぎると、男の子は喰う。暴れる。反抗する。毎日、バトルよ。末の娘は、そんな兄たちの間で育ったから、自分が女の子と思っていないのよ。毎日大変だけど、子供の成長は生き甲斐でもあるわね」
リランは、ベテランの助産師で、多くの赤ん坊を取り上げて来た。
ノアーサの懐妊を知ると、出産を引き受けてくれるという。
「まあ、最初の出産は不安でいっぱいだろうけど、お腹の子供は日々成長しているのよ。あと2ヶ月ぐらいしたら、胎動も感じるようになるわ」
ノアーサはお腹に手を当てた。自分のお腹に新たな命が宿っている。
「お母さんたちが生きていたら、良かったのに」
ノアーサは呟いた。
「ミランダ団長は、きっと大喜びね。彼女、貴方を娘に欲しくてたまらなかった人ですもの。ローズ先生は、安産になるように、貴方の体調管理を厳しくしたでしょうね」
二人の母親を知るリランはそう、答えた。
「とにかく、悪阻が終わるまでは安静になさい。仕事も即位前で大変でしょうけど、身重の貴方に護衛は任せられない。ゆっくり休むのよ」
ノアーサの往診を済ませると、リラン団長は帰っていった。
悪阻で喉や口の中に不快感が残る。リタがベッドの横にカモミールティーを置いてくれたのを飲んだ。少しだけ、口の中の不快感が治まった。そのまま、横になると睡魔が襲い、ゆっくりと目を閉じてゆく。
「ノアーサ。具合はどう?」
懐かしい母の声。自分の額に優しく触れる手があった。
うっすらと目を開けると、亡くなった母がベッドの横に座って自分を見ている。その後ろにカノイの母、ミランダが立っていた。
「ノアーサ、おめでとう」
「お母さん・・・」
「ノアーサちゃん。カノイと結婚してくれてありがとう。私たち、もうすぐ逢えるわよ」
カノイの母、ミランダがそう言うと、ノアーサの手を強く握りしめた。ミランダの手から温もりが伝わってくるのを感じる。
「お義母さん」
他界した二人の母親。きっと夢を見ているのだ。夢でもいい、一番に逢いたかった母親二人が逢いにきた。二人を抱きしめたいのに、何故か起き上がる事ができない。
「元気な赤ちゃんを産むのよ」
ミランダの言葉にノアーサは頷く。
「ノアーサ。ゆっくりおやすみなさい」
母、ローズの声と共にノアーサは深い眠りへと入っていった。
※
新たな年が明け、アスケニア国は四月の戴冠式に向けて、国全体が、かつての活気を取り戻しつつあった。
一月は、冷え込みの激しい季節である。今朝も冷え込みが激しく、ノアーサは身重の体を冷やさないように衣服を着込んだ。
「ノアーサ。王大后様の護衛を君に任せても大丈夫かな」
悪阻も治まり、今日は護衛騎士の制服を着ている。まだ、お腹もそう目立ってはいない。
「行き先は王国騎士団。王大后様のご訪問の護衛。きついようだったら、近衛騎士に頼むけど」
ノアーサが身籠ってからというもの、カノイは彼女の体を気遣ってくれていた。
「大丈夫。妊婦は病気ではないのよ。それに、適度に動かないと難産になってしまうわ」
ノアーサは、自分の体は自分が一番良く知っていると、無理しない程度に、護衛を勤めている。
「君はもう、一人の体じゃ無いんだよ。それだけは覚えておいてね」
カノイは、そう言うとノアーサのお腹に軽く手を触れた。ノアーサのお腹の中に自分の子供がいる。自分が父親になるという実感はまだ湧かないけど、一日千秋の思いで、誕生を心待ちにしているのは事実であった。
「ノアーサ。できるだけ無理の無い範囲で、王大后様の護衛を頼むよ」
そういって、カノイはノアーサを送り出した。
※
「兄のお墓にも行けたし、孫たちにも逢えた。帰国前に昔の友に逢ったら、タルタハに帰ろうと思うの」
王国騎士団行きの馬車の中で、王大后のエスメラルダが、ノアーサにそう語りかける。
「アンジェリカの出産が四月で、ウィルの戴冠式は五月。貴女の出産予定日は」
「七月です」
王大后は、王配の妹であるノアーサを気に入ってくれたようだ。この国に来て用事がある度に、彼女を護衛にと頼んでくる。
「そう。お腹の子はアンジェリカの従兄弟ね。戴冠式の頃に、また来るわ。我が子が王に即位するのを見届けるために」
「お待ちしております」
二人が、馬車で語る間に王国騎士団へと到着したようだ。馬車を降りると、先に知らせを受けていたヘンリエッタとアベルの夫妻が迎えてくれた。
「王大后エスメラルダ様。お待ちしておりました」
二人が、挨拶する。
「そんな堅苦しい挨拶は辞めて。昔のようにエメルダでいいわ」
普段は見せない笑顔で王大后が答えた。
「じゃぁ。俺も遠慮無く。エメルダ。変わらないなぁ」
アベルがそう言葉を返した。
「貴方は、貫禄がついたわね。ヘンリエッタと夫婦になったのね。ヘンリエッタは、あの頃のまま、変わってないわ」
「変わったわよ。三人の子供の母親になった。息子たち二人も、王国騎士団にいるの。ノルディックの所に案内するわね」
そう、いってヘンリエッタは、ノアーサの父がいる王国騎士団の執務室へと案内する。
彼は戴冠式に向けて、治安や警備の強化で忙しくしているようだ。
「ノアーサちゃん。お腹は大丈夫。大変だったら、リラン団長を呼ぶけど」
ヘンリエッタが声をかける。
「大丈夫です。悪阻も治まりましたから」
ノアーサはそういって、王大后の護衛として彼女の後ろに就く。
ノアーサの父がいる執務室へ入ると、待っていたかのように、父は頭を垂れて、王大后を迎えた。
「ようこそ。お待ちしておりました王大后様。王配がお世話になっております」
「相変わらず、真面目ね。ノルディック」
王大后はそう、言葉を返す。
「立派になったわね。カエサル。ミランダ。ローズに逢えないのが、残念でならないわ」
王大后は寂しく呟いた。
「でも、命は繋がっている。おめでとうノル。貴方もお爺ちゃんね。二人の子供たちに孫が授かったのだから」
「王大后様から、お喜びの言葉を頂けるとは、光栄ですね」
ノアーサの父はそう答えた。
「貴方の息子。王配殿は、とても評判が良くてよ。身重の女王の代理を勤め、女王を気遣う良き王配と、即位前から注目されているのよ」
王大后は、そう言うと、ノアーサの父や、アベル。ヘンリエッタを見つめ、かつての友だった頃の口調で話し始めた。
「ノル。アベル。ヘンリエッタ。また逢えて嬉しい。失った物も多かったけど、その時の辛さ、苦しみが今、幸福となって返って来た。ノル。貴方の息子は、タルタハ王国に世継ぎを残してくれる。そして、カエサル、ローズ、ミランダの三人の血を引き継いだ子供が、貴方の娘のお腹に宿っているわ」
「エメルダ。ありがとう。貴女の御子息が国王となるこの国を、我々は、忠義を尽くして、守ってゆくよ」
ノアーサの父はそう言葉を返した。
「エメルダ。あの頃、我が儘で小生意気だった姫様が、今や両国を支える王母になるとはな」
アベルがそう語りかけてきた。
「確かに。でも、貴方たちに出逢って、世間を知ったのは事実。王国騎士団では、姪のアンジェリカがお世話になったわね」
「女王陛下は、ローズが最も頼りにしていた優秀な看護士だったのよ」
ヘンリエッタが女王に即位するアンの事を語る。
「アンジェリカも、王国騎士団でローズから沢山の事を学んだみたいね。王配の妹夫婦と、過ごした村での生活が人生の宝箱だと私に話してくれたわ」
四人は互いに再会を懐かしんだ。
彼らの若かりし時の物語はまた別の章で語るとしょう。
「エメルダ。息子を、いや王配を今後もともよろしく頼む」
ノアーサの父は、エスメラルダにそう伝える。
人の御縁とはどこで繋がっているのか解らない。
今言える事は、これまでの出逢いがすべて必然として繋がり、互いが良い方向に向かえたという事であろう。
アスケニアでの滞在を、満喫した王大后エスメラルダは、一ヶ月の滞在の後、ウィル卿の即位に再び訪れる事を約束して、その数日後、タルタハへと帰国した。
※
『タルタハ王国の次期女王アンジェリカ。無事に男女の双子を出産』
王大后、エスメラルダがタルタハに帰国し、早くも三ヶ月が過ぎようとしていた。
今朝の新聞に、タルタハの女王となる義姉のアンが、男女の双子を出産したという記事が記載されている。
「義姉さん、無事に産まれたんだわ。良かった」
ノアーサが新聞を手に喜んでいる。彼女のお腹も目立つようになり、二十週六目(六ヶ月)を迎えていた。
近頃は、立ち仕事の多い護衛を控え、ウィル卿の護衛はカノイに任せている。
護衛の執務室で事務処理を行い、来月の戴冠式が終われば、育児休暇に入ると決めていた。
「男女の双子が産まれたんだ」
カノイが新聞を見て話しかけてきた。
「そのようね。カノイ、産まれて来る子の性別って、貴方は拘るかしら?」
「僕は母子供に、健康で産まれて来てくれたなら、どちらでも構わないよ」
そういって、ノアーサのお腹にそっと手を触れた。
丸い卵のような彼女のお腹に、命が宿っている。両親を亡くしてから、一次は天涯孤独となってしまった自分に、ノアーサの兄夫婦は、家族となって自分を支え、見守ってくれた。
自分もノアーサの兄夫婦のように、家族を支え、子供の成長を見守ってゆけたらと願っている。
「父さんが、産まれたばかりの僕を抱く肖像画を見せて貰ったんだ。僕が産まれた事が、よほど嬉しかったんだろうな」
その話を聞いて、ノアーサは二人の母、ローズとミランダが夢に現れた事を話した。
「夢でもいい。僕も父さんに逢いたい。夢の話が事実なら、きっとお腹の子供は両親の産まれ変わりかも知れないね」
その時、ノアーサは微かな胎動を感じた。
「この子には、私たちのような人生を歩ませたくはない。親と引き裂かれ、国王暗殺のために育てられた子供時代。本当は、両親に育てられて、騎士養成学舎に通い、友達も作りたかった」
「そうだね。産まれて来る子供には、沢山の愛情を注ぎ、成長を見守って行こう」
カノイが、ノアーサのお腹を擦りながらそう答えた。
※
アスケニア王国歴五四五年、五月十五日ーーー
この日、二人の主君であるウィルフォンス・S・アスケニアは、アスケニア王国十九代国王に即位した。
戴冠式は晴天に恵まれ、春の訪れを祝福するかのように、暖かい日となった。
カノイの領地であるフォンミラージュ教会で、ひっそり暮らしていた枢機卿は、この日、十数年ぶりに王都の戴冠式が行われる教会に姿を現した。
彼は、ウィル卿の戴冠式を最後に、枢機卿を辞職し、これまで過ごしてきた領地の教会で、残りの余生を楽しむという。
ノアーサも、身重の体で何とか戴冠式の護衛を勤めあげた。
お腹の子供は、順調に成長しているようだ。戴冠式の間に何度もお腹を蹴ってくる。
「ノアーサ。辛いのでは?」
戴冠式に間に合わせて、再び王大后が来賓し、今日の式典に参列していた。
「王大后様、大丈夫です。今日はお腹の子供がやけに動いて、主君の即位を喜んでいるのかしら」
王大后は、一月前に産まれた兄夫婦の双子が、互いを競うように大声で泣いて、兄は子育てに奮闘していると話してくれた。
「アンジェリカは本当に良き王配を持ったわ。子供の世話だけでなく、代理で公務もこなしてくれているのよ」
その話を聞いて、兄の面倒見の良さは王配になっても変わらないのだと思った。
「問題は我が息子。漸くアスケニアの国王に即位できたけれど、これからが始まり。互いの国が、良き王国となることを私は願っているわ」
戴冠式が終わり、宮中のバルコニーから、ウィル卿と、王妃となったマテリア。そして、その子供たちが民衆の前に姿を現す。一気に歓声が上がった。バルコニーの後ろで、カノイとノアーサは控えている。
ノアーサが時々、お腹を押さえる仕草が気になった。
「ノアーサ。ここは僕ひとりでも大丈夫だよ。きつかったら、休んで」
具合を悪くしたのではないかと、近づいて話しかけた。
「違うわ。胎動よ。凄い勢いで蹴ってくるの」
そう言われて、カノイはノアーサのお腹に触れる。彼女のお腹が波打って動いているのが解る。
「もうすぐ逢えるね」
カノイの声に、お腹の内側から反応するように、動いた。
「お腹の子は、私たちの会話が聞こえているのよ」
「この歓声に、反応してこんなに動いているの」
「多分ね。あなたのお父さんとお母さんは、今日という戴冠式を迎える為に、暗殺者として育てられた。だけど、あなたには、自分が望む人生を歩んで欲しい」
即位を祝う歓声の響く中、その裏側では、胎動を喜ぶ二人の姿があった。
その後、十九代国王、ウィルフォンスは、国家安泰の為に奔走し、数年かけて、十七代国王エルベルトが築きあげた理想国家を、完全復活させた。
前国王、ヘンリーによって粛正された民や、その遺族。また、財産を没収され、奴隷となっていた貴族たちの身元や消息を突き止め、領地をその貴族たちに返還していった。
返還され、貴族の身分を取り戻した彼らは、運営停止となっていた工場を少しずつ復旧させ、職人を採用し、庶民の人材育成に貢献。
経済を繁栄させる事で、国王に恩返しをしていった。
カノイとノアーサは、国王ウィルフォンス卿の護衛として、その後、四十年近く護衛を勤める事となる。その間に一男、二女の子宝にも恵まれた。
『ウィルフォンス国王に仕える護衛騎士は、黒の制服を纏い、身軽な剣捌きで、言語も四カ国以上を話す有能な夫婦であった』
後の歴史書に、カノイとノアーサの事がそう記されてる。
個人名ではなく、『フォンミラージュ領の領主夫妻』と、歴史書に記載されているために、二人は、ミステリアスな存在として、後に小説家や吟遊詩人により、架空の物語や伝説が書かれ、吟われ、芝居にもなって、残されていく事となる。
しかし、実在していた彼らは、時代の波に翻弄されながらも、懸命に生き、細やかな幸せを手にいれた騎士夫婦に過ぎない。
その後、アスケニア国は十九代国王の即位により、国家の安泰が長きにわたり、続いたという。
完
兄夫婦が、城門まで二人を見送りに来ていた。
アンは、船が接岸している港まで見送りに行きたかったようだが、身重の体なので、この場所での別れとなった。
「久しぶりに家族と過ごせて、楽しかった。帰ったら、父さんに渡して欲しい」
ノルマンが、二人に小さな箱を手渡す。中身は恐らく父や王国騎士団への返事であろう。
「義姉さん。いえ、女王陛下。安産を願っております。そして、王配殿。息災であられますように」
カノイが兄夫婦に言葉を返す。即位前とはいえ、二人は女王と王配。周りに控えた家臣に配慮して、そう告げた。
「子供が産まれたら、知らせるよ。カノイ、王大后をしっかり、アスケニアまで送り届けるんだぞ。それと、ノアーサ。お腹の子供はきっと、お前たち親の生まれ変わりだ。だから、元気な子を産めよ」
兄は、三ヶ月前に二人を逃がしたあの時と変わらない口調で、二人を見送った。
王大后と供に港へ向かう馬車へと乗り込む。
兄夫婦と即位前に、家族として数日を過ごせた。もう、思い残す事は無い。これからは互いの人生を歩んで行ける。ノアーサはそう思った。
「タルタハもアスケニアも、過去は兄弟によって設立された帝国よ。今も国王が従兄弟同志の関係ね。お互い良い国になるわ。」
帰りの馬車で王大后が語った。
「王配とは、連絡を取り合うようにすれば良いわ。私も兄のエルベルトが生きていた頃、頻繁に手紙の遣り取りをして、ウィルをアスケニアに行かせたりしたものよ」
兄夫婦との別れを惜しむノアーサに王大后がそう、声をかけた。
その後三人は、王室御用達の船に乗船し、アスケニアへの帰路に着いた。
エスメラルダ王大后は、自分が三十年以上前にこの船で輿入れして来た事を懐かしみながら、里帰りが出来る事を喜んでいた。
三日間の航海も、波が穏やかで、ノアーサも体調を崩す事なく、アスケニアへと戻って来たのである。
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「ノアーサ。辛そうだね」
二人がタルタハから帰国し、数日が過ぎた。
悪阻で食べ物を受け付けられないノアーサに動揺しながらカノイが呟く。
「悪阻もそう、長くは続きませんからね。今は、安静にしている事が一番です」
ノアーサが寝ているベッドで、世話をしている侍従のリタがそう答える。
彼女は二児の母で、出産と子育ての経験もある。ノアーサは、彼女を頼っていた。
こういう時に、母が生きていたら何といって励ましてくれただろう。母も自分を産むために、悪阻で苦しんだ筈だ。それでも自分が授かった事を喜んだに違いない。
「ご主人様。奥様は私がお世話致します。どうか、お仕事に向かわれて下さい」
リタの言葉に、ノアーサも頷く。
「そうだね。正直、何もしてあげられない。リタ、ノアーサを頼んだよ」
そう言うと、寝室を出た。居間に向かうと執事のロバートが控えている。
「ロバート。僕が授かった時、父さんと母さんは喜んでくれたかな」
両親が生前の頃から、屋敷に遣える執事に訪ねた。
「勿論でございます。カノイ様は、結婚して五年目に漸く授かりましたから」
カノイの両親は、それは大切に自分を育てていたと話した。
「そういえば、家族の肖像画も描いておりましたよ。今、お持ち致しましょう」
そう言うと、ロバートは居間を出て、絵画を手に戻ってきた。その肖像画は、若かりし頃の両親で、赤ん坊の自分を抱いている父の姿が描かれていた。
「カノイ様がお産まれになった日、大旦那様は男の子が産まれたと、大喜びなさったのを、私は、昨日の事のように覚えております」
産まれて間もない赤ん坊の自分を抱く若き父。騎士団の団長として勇ましい父の姿しか記憶にないけど、肖像画に描かれた父は、ぎこちなく自分を抱いて、母はそれを見守るように、カノイを見つめていた。
「お二方は、カノイ様をそれは大切に、お育てしておりました」
「解るよ。両親から受けた愛。義兄夫婦も僕を、家族として迎えてくれた。僕らを知る皆が支えてくれた。今度は父親になる事で、僕が家族を支えて行こう。ロバート、これからもこの屋敷と僕らの家族を頼むよ」
「はい。私も後、十年はこの屋敷にお仕え出来るよう努力致します」
執事のロバートはそういって会釈する。彼はこの屋敷にはなくてはならない人であり、頼るべき存在であった。
※
「ノアーサちゃんも、お母さんかぁ」
ノアーサの診察に助産師のリランが、屋敷を訪れている。
「私、お母さんになれるかしら。妊娠はまだ、先の事だと思っていたのに」
ベッドの横で椅子に腰掛けているリランにノアーサが話した。悪阻も少し治まったようだ。
「子供は授かり物。貴方たち夫婦に必要だから、授かったのよ。私は、四人の子宝を授かったわ」
王国騎士団の、女性騎士団長であり、助産師も勤めるリランは、二人の母親であったローズとミランダを知る人である。
夫は王国騎士団の医師で小児科医を担当。自身も三男一女。四人の子供を育てている。
「赤ちゃんを育てるのは大変だけど、可愛いからまだ、許せる。でも、十歳過ぎると、男の子は喰う。暴れる。反抗する。毎日、バトルよ。末の娘は、そんな兄たちの間で育ったから、自分が女の子と思っていないのよ。毎日大変だけど、子供の成長は生き甲斐でもあるわね」
リランは、ベテランの助産師で、多くの赤ん坊を取り上げて来た。
ノアーサの懐妊を知ると、出産を引き受けてくれるという。
「まあ、最初の出産は不安でいっぱいだろうけど、お腹の子供は日々成長しているのよ。あと2ヶ月ぐらいしたら、胎動も感じるようになるわ」
ノアーサはお腹に手を当てた。自分のお腹に新たな命が宿っている。
「お母さんたちが生きていたら、良かったのに」
ノアーサは呟いた。
「ミランダ団長は、きっと大喜びね。彼女、貴方を娘に欲しくてたまらなかった人ですもの。ローズ先生は、安産になるように、貴方の体調管理を厳しくしたでしょうね」
二人の母親を知るリランはそう、答えた。
「とにかく、悪阻が終わるまでは安静になさい。仕事も即位前で大変でしょうけど、身重の貴方に護衛は任せられない。ゆっくり休むのよ」
ノアーサの往診を済ませると、リラン団長は帰っていった。
悪阻で喉や口の中に不快感が残る。リタがベッドの横にカモミールティーを置いてくれたのを飲んだ。少しだけ、口の中の不快感が治まった。そのまま、横になると睡魔が襲い、ゆっくりと目を閉じてゆく。
「ノアーサ。具合はどう?」
懐かしい母の声。自分の額に優しく触れる手があった。
うっすらと目を開けると、亡くなった母がベッドの横に座って自分を見ている。その後ろにカノイの母、ミランダが立っていた。
「ノアーサ、おめでとう」
「お母さん・・・」
「ノアーサちゃん。カノイと結婚してくれてありがとう。私たち、もうすぐ逢えるわよ」
カノイの母、ミランダがそう言うと、ノアーサの手を強く握りしめた。ミランダの手から温もりが伝わってくるのを感じる。
「お義母さん」
他界した二人の母親。きっと夢を見ているのだ。夢でもいい、一番に逢いたかった母親二人が逢いにきた。二人を抱きしめたいのに、何故か起き上がる事ができない。
「元気な赤ちゃんを産むのよ」
ミランダの言葉にノアーサは頷く。
「ノアーサ。ゆっくりおやすみなさい」
母、ローズの声と共にノアーサは深い眠りへと入っていった。
※
新たな年が明け、アスケニア国は四月の戴冠式に向けて、国全体が、かつての活気を取り戻しつつあった。
一月は、冷え込みの激しい季節である。今朝も冷え込みが激しく、ノアーサは身重の体を冷やさないように衣服を着込んだ。
「ノアーサ。王大后様の護衛を君に任せても大丈夫かな」
悪阻も治まり、今日は護衛騎士の制服を着ている。まだ、お腹もそう目立ってはいない。
「行き先は王国騎士団。王大后様のご訪問の護衛。きついようだったら、近衛騎士に頼むけど」
ノアーサが身籠ってからというもの、カノイは彼女の体を気遣ってくれていた。
「大丈夫。妊婦は病気ではないのよ。それに、適度に動かないと難産になってしまうわ」
ノアーサは、自分の体は自分が一番良く知っていると、無理しない程度に、護衛を勤めている。
「君はもう、一人の体じゃ無いんだよ。それだけは覚えておいてね」
カノイは、そう言うとノアーサのお腹に軽く手を触れた。ノアーサのお腹の中に自分の子供がいる。自分が父親になるという実感はまだ湧かないけど、一日千秋の思いで、誕生を心待ちにしているのは事実であった。
「ノアーサ。できるだけ無理の無い範囲で、王大后様の護衛を頼むよ」
そういって、カノイはノアーサを送り出した。
※
「兄のお墓にも行けたし、孫たちにも逢えた。帰国前に昔の友に逢ったら、タルタハに帰ろうと思うの」
王国騎士団行きの馬車の中で、王大后のエスメラルダが、ノアーサにそう語りかける。
「アンジェリカの出産が四月で、ウィルの戴冠式は五月。貴女の出産予定日は」
「七月です」
王大后は、王配の妹であるノアーサを気に入ってくれたようだ。この国に来て用事がある度に、彼女を護衛にと頼んでくる。
「そう。お腹の子はアンジェリカの従兄弟ね。戴冠式の頃に、また来るわ。我が子が王に即位するのを見届けるために」
「お待ちしております」
二人が、馬車で語る間に王国騎士団へと到着したようだ。馬車を降りると、先に知らせを受けていたヘンリエッタとアベルの夫妻が迎えてくれた。
「王大后エスメラルダ様。お待ちしておりました」
二人が、挨拶する。
「そんな堅苦しい挨拶は辞めて。昔のようにエメルダでいいわ」
普段は見せない笑顔で王大后が答えた。
「じゃぁ。俺も遠慮無く。エメルダ。変わらないなぁ」
アベルがそう言葉を返した。
「貴方は、貫禄がついたわね。ヘンリエッタと夫婦になったのね。ヘンリエッタは、あの頃のまま、変わってないわ」
「変わったわよ。三人の子供の母親になった。息子たち二人も、王国騎士団にいるの。ノルディックの所に案内するわね」
そう、いってヘンリエッタは、ノアーサの父がいる王国騎士団の執務室へと案内する。
彼は戴冠式に向けて、治安や警備の強化で忙しくしているようだ。
「ノアーサちゃん。お腹は大丈夫。大変だったら、リラン団長を呼ぶけど」
ヘンリエッタが声をかける。
「大丈夫です。悪阻も治まりましたから」
ノアーサはそういって、王大后の護衛として彼女の後ろに就く。
ノアーサの父がいる執務室へ入ると、待っていたかのように、父は頭を垂れて、王大后を迎えた。
「ようこそ。お待ちしておりました王大后様。王配がお世話になっております」
「相変わらず、真面目ね。ノルディック」
王大后はそう、言葉を返す。
「立派になったわね。カエサル。ミランダ。ローズに逢えないのが、残念でならないわ」
王大后は寂しく呟いた。
「でも、命は繋がっている。おめでとうノル。貴方もお爺ちゃんね。二人の子供たちに孫が授かったのだから」
「王大后様から、お喜びの言葉を頂けるとは、光栄ですね」
ノアーサの父はそう答えた。
「貴方の息子。王配殿は、とても評判が良くてよ。身重の女王の代理を勤め、女王を気遣う良き王配と、即位前から注目されているのよ」
王大后は、そう言うと、ノアーサの父や、アベル。ヘンリエッタを見つめ、かつての友だった頃の口調で話し始めた。
「ノル。アベル。ヘンリエッタ。また逢えて嬉しい。失った物も多かったけど、その時の辛さ、苦しみが今、幸福となって返って来た。ノル。貴方の息子は、タルタハ王国に世継ぎを残してくれる。そして、カエサル、ローズ、ミランダの三人の血を引き継いだ子供が、貴方の娘のお腹に宿っているわ」
「エメルダ。ありがとう。貴女の御子息が国王となるこの国を、我々は、忠義を尽くして、守ってゆくよ」
ノアーサの父はそう言葉を返した。
「エメルダ。あの頃、我が儘で小生意気だった姫様が、今や両国を支える王母になるとはな」
アベルがそう語りかけてきた。
「確かに。でも、貴方たちに出逢って、世間を知ったのは事実。王国騎士団では、姪のアンジェリカがお世話になったわね」
「女王陛下は、ローズが最も頼りにしていた優秀な看護士だったのよ」
ヘンリエッタが女王に即位するアンの事を語る。
「アンジェリカも、王国騎士団でローズから沢山の事を学んだみたいね。王配の妹夫婦と、過ごした村での生活が人生の宝箱だと私に話してくれたわ」
四人は互いに再会を懐かしんだ。
彼らの若かりし時の物語はまた別の章で語るとしょう。
「エメルダ。息子を、いや王配を今後もともよろしく頼む」
ノアーサの父は、エスメラルダにそう伝える。
人の御縁とはどこで繋がっているのか解らない。
今言える事は、これまでの出逢いがすべて必然として繋がり、互いが良い方向に向かえたという事であろう。
アスケニアでの滞在を、満喫した王大后エスメラルダは、一ヶ月の滞在の後、ウィル卿の即位に再び訪れる事を約束して、その数日後、タルタハへと帰国した。
※
『タルタハ王国の次期女王アンジェリカ。無事に男女の双子を出産』
王大后、エスメラルダがタルタハに帰国し、早くも三ヶ月が過ぎようとしていた。
今朝の新聞に、タルタハの女王となる義姉のアンが、男女の双子を出産したという記事が記載されている。
「義姉さん、無事に産まれたんだわ。良かった」
ノアーサが新聞を手に喜んでいる。彼女のお腹も目立つようになり、二十週六目(六ヶ月)を迎えていた。
近頃は、立ち仕事の多い護衛を控え、ウィル卿の護衛はカノイに任せている。
護衛の執務室で事務処理を行い、来月の戴冠式が終われば、育児休暇に入ると決めていた。
「男女の双子が産まれたんだ」
カノイが新聞を見て話しかけてきた。
「そのようね。カノイ、産まれて来る子の性別って、貴方は拘るかしら?」
「僕は母子供に、健康で産まれて来てくれたなら、どちらでも構わないよ」
そういって、ノアーサのお腹にそっと手を触れた。
丸い卵のような彼女のお腹に、命が宿っている。両親を亡くしてから、一次は天涯孤独となってしまった自分に、ノアーサの兄夫婦は、家族となって自分を支え、見守ってくれた。
自分もノアーサの兄夫婦のように、家族を支え、子供の成長を見守ってゆけたらと願っている。
「父さんが、産まれたばかりの僕を抱く肖像画を見せて貰ったんだ。僕が産まれた事が、よほど嬉しかったんだろうな」
その話を聞いて、ノアーサは二人の母、ローズとミランダが夢に現れた事を話した。
「夢でもいい。僕も父さんに逢いたい。夢の話が事実なら、きっとお腹の子供は両親の産まれ変わりかも知れないね」
その時、ノアーサは微かな胎動を感じた。
「この子には、私たちのような人生を歩ませたくはない。親と引き裂かれ、国王暗殺のために育てられた子供時代。本当は、両親に育てられて、騎士養成学舎に通い、友達も作りたかった」
「そうだね。産まれて来る子供には、沢山の愛情を注ぎ、成長を見守って行こう」
カノイが、ノアーサのお腹を擦りながらそう答えた。
※
アスケニア王国歴五四五年、五月十五日ーーー
この日、二人の主君であるウィルフォンス・S・アスケニアは、アスケニア王国十九代国王に即位した。
戴冠式は晴天に恵まれ、春の訪れを祝福するかのように、暖かい日となった。
カノイの領地であるフォンミラージュ教会で、ひっそり暮らしていた枢機卿は、この日、十数年ぶりに王都の戴冠式が行われる教会に姿を現した。
彼は、ウィル卿の戴冠式を最後に、枢機卿を辞職し、これまで過ごしてきた領地の教会で、残りの余生を楽しむという。
ノアーサも、身重の体で何とか戴冠式の護衛を勤めあげた。
お腹の子供は、順調に成長しているようだ。戴冠式の間に何度もお腹を蹴ってくる。
「ノアーサ。辛いのでは?」
戴冠式に間に合わせて、再び王大后が来賓し、今日の式典に参列していた。
「王大后様、大丈夫です。今日はお腹の子供がやけに動いて、主君の即位を喜んでいるのかしら」
王大后は、一月前に産まれた兄夫婦の双子が、互いを競うように大声で泣いて、兄は子育てに奮闘していると話してくれた。
「アンジェリカは本当に良き王配を持ったわ。子供の世話だけでなく、代理で公務もこなしてくれているのよ」
その話を聞いて、兄の面倒見の良さは王配になっても変わらないのだと思った。
「問題は我が息子。漸くアスケニアの国王に即位できたけれど、これからが始まり。互いの国が、良き王国となることを私は願っているわ」
戴冠式が終わり、宮中のバルコニーから、ウィル卿と、王妃となったマテリア。そして、その子供たちが民衆の前に姿を現す。一気に歓声が上がった。バルコニーの後ろで、カノイとノアーサは控えている。
ノアーサが時々、お腹を押さえる仕草が気になった。
「ノアーサ。ここは僕ひとりでも大丈夫だよ。きつかったら、休んで」
具合を悪くしたのではないかと、近づいて話しかけた。
「違うわ。胎動よ。凄い勢いで蹴ってくるの」
そう言われて、カノイはノアーサのお腹に触れる。彼女のお腹が波打って動いているのが解る。
「もうすぐ逢えるね」
カノイの声に、お腹の内側から反応するように、動いた。
「お腹の子は、私たちの会話が聞こえているのよ」
「この歓声に、反応してこんなに動いているの」
「多分ね。あなたのお父さんとお母さんは、今日という戴冠式を迎える為に、暗殺者として育てられた。だけど、あなたには、自分が望む人生を歩んで欲しい」
即位を祝う歓声の響く中、その裏側では、胎動を喜ぶ二人の姿があった。
その後、十九代国王、ウィルフォンスは、国家安泰の為に奔走し、数年かけて、十七代国王エルベルトが築きあげた理想国家を、完全復活させた。
前国王、ヘンリーによって粛正された民や、その遺族。また、財産を没収され、奴隷となっていた貴族たちの身元や消息を突き止め、領地をその貴族たちに返還していった。
返還され、貴族の身分を取り戻した彼らは、運営停止となっていた工場を少しずつ復旧させ、職人を採用し、庶民の人材育成に貢献。
経済を繁栄させる事で、国王に恩返しをしていった。
カノイとノアーサは、国王ウィルフォンス卿の護衛として、その後、四十年近く護衛を勤める事となる。その間に一男、二女の子宝にも恵まれた。
『ウィルフォンス国王に仕える護衛騎士は、黒の制服を纏い、身軽な剣捌きで、言語も四カ国以上を話す有能な夫婦であった』
後の歴史書に、カノイとノアーサの事がそう記されてる。
個人名ではなく、『フォンミラージュ領の領主夫妻』と、歴史書に記載されているために、二人は、ミステリアスな存在として、後に小説家や吟遊詩人により、架空の物語や伝説が書かれ、吟われ、芝居にもなって、残されていく事となる。
しかし、実在していた彼らは、時代の波に翻弄されながらも、懸命に生き、細やかな幸せを手にいれた騎士夫婦に過ぎない。
その後、アスケニア国は十九代国王の即位により、国家の安泰が長きにわたり、続いたという。
完
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