異世界踊り子見習いの聞き語り マルチカダムの恩返し~魔輝石探索譚異聞~

3・T・Orion

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1.呑気な昼時の凡庸さ

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砂に占められ未だ改善の余地残す…整わぬ地。
苛酷なのに穏やか…不自由ではあるが、のんびりと過ごせる場所。

流れる砂が時を刻むような国の…砂溜まりの如き街の1つ、繁華街と呼ぶには程遠いが…数件の店や市場あるひなびた中央の通り。
唯一ある酒場兼宿屋の厨房で迎える、少し遅めの長閑な昼時。
何の変哲もなく…取り立てて大きな盛り上がりも…特別な物語が始まる兆しも無く、時は流れ進んでいく。

「こらっ!」

「痛ってっえ…本気で殴りやがった」

少女らしからぬ力強さでウィアが勢い良く犯人を追い詰め、其の手刀が盗人ニウカの脳天に炸裂する。
ゴチっと音がしたくらいだから、結構な力が入っていたのであろう。

「あったりまえだっ! 人のもんに手を出すのは悪。ましてや人が楽しみにしていた昼飯を食らい奪うなど、言語道断の極悪人。誅するは必然!!」

「チョ~ット味見したぐらい良いじゃ~ん」

「見ろ!! チョットでも味見でもないっ! 殆んど食っちまったじゃあないか!」

堅実に働くウィアが楽しみにしていた昼飯を、容赦なく盗み食いしたのに…軽い感じの言い訳をする。
犯人の少年は、ウィアが弟子入りする踊り子リビエラの長男ニウカ。
毎度の事ながら、ウィアを揶揄うように悪さ働く。

ウィアは、此の砂溢れる国の街町巡り興行するリビエラ率いる踊り子一座の見習い。
リビエラの踊りに見惚れたウィアが強引に口説き落とし、弟子入りさせてもらった。其の対価としてリビエラの子供達の子守りを引き受け、興行手伝いつつ踊りを学ぶ。
ニウカはウィアの3の年程下、最近まで下の子達と纏めて寝かしつけていた子守対象の1人なのだが…元々は大差の無い年齢。
ニウカが正式な見習い入りの証となる…選任の儀を受けてからは、世話する対象から外れた。

数の月前にニウカが受けた儀式、独り立ちする成年を迎える為の準備段階とも言える…見習い仕事を選ぶ大切な機会。完全なお子様から脱け出して自立すべく、自身の判断により進む道の選定を行う。
ニウカもついに成年の入り口に立った…と言うのに、小さな子供よりも身勝手な主張を強気で展開する姿は…以前にも増し手に負えない。

面倒この上無いとは言え…世話をしてきたウィアにとって、ニウカはクソ小生意気なガキではあるが…大切な弟分。

「3つ下なんだから、姉貴分であるアタシの言うことを聞いとけ!」

ウィアがニウカを言い含めるべく…常日頃からつい口にしてしまう言葉だが、ニウカは毎度間髪入れず訂正してくる。

「2つとチョットだ! 3つじゃない」

妙に負けん気が強く厄介だが、何処までいっても年下であり…ウィアの認識の中では温情与えるべき存在。忖度すべき重要人物である師匠リビエラの息子でもあり、ウィア的に…無下には出来ぬ。
普段から気遣い見えぬよう気遣っているつもりらしいが、端から見ればウィアのニウカ扱いは相当に雑。しかもニウカに負けず劣らず自己主張強めのウィア。常日頃から忌憚なき意見をぶつける質であり、周りの大人にとってはドッチモドッチ…小動物のじゃれ合いぐらいにしか見えない。

ニウカとはまた違った思い抱えるウィアだが、有りったけの自制心引き出し10数え…大人的寛大さを示す努力をする。
だが椅子の背に寄り掛かり…横柄な態度でベローンと伸びきった感じで座り開き直るニウカは、半端ない小憎らしさを撒き散らす。ウィアの中に残っていたニウカに対する情状酌量の余地は、粉微塵に消えた。

「だぁ~って、暇だと小腹が減るんだよな~」

「…っざけんな!!!」

「え~、仕方がないじゃないかぁ~」

思わずブチ切れるウィアの怒号など何のその、シレっとした笑み浮かべながらニウカは答える。
平然とトボケる太々しさがリビエラ譲りの整った彫りの深い美しい顔立ちに妙な男らしさを加え…外見から子供らしさを消し去るが、言動はやんちゃ坊主そのもの。可愛さ消えた分…余計に腹立たしさが増し、ウィアの怒りが最高潮に達する。

だが…年上としての矜持を捨てきれぬウィアは、殴り飛ばしたい気持ちを自らの拳の内に閉じ込める。そしてもう一度だけ…諦めずに…ニウカの反省促すべく、苛立ちながらも自分を信じ…正しき道を指し示す。

「欲しいものを…手に…入れるには、対価が必要…だと思うぞ。…倍…食いたいのなら、食えるよう…金なり…肉なり持参すれば…良い…」

此処までは正しき説得。
だが真っ当な説教は…目に映るニウカの態度と相まって、堪えていたウィアの怒りに火をつける。

「…仕方ない?…暇? 暇なのに腹が減るのか? クソ餓鬼の…無駄な栄養補給になっちまった…アタシの可哀想な肉と…楽しみを失って…傷付いた心に対し、せめて償いの気持ちを示せ!」

昂ぶりは徐々に増し、口にする言葉が罵倒へと傾く。

「其の…だらけて腐った根性叩き直すべく、アタシがキッチリお前の使えない手足を動かしてやる! アタシの下僕にしてやるから、根性見せやがれ! アタシが食えなかった…アタシが食いたかった…アタシの分だった大切な高級な肉! 元の形以上にして返せっ!!!」

落ち着いて諭す…つもりではあったが、ウィアは拳を言葉に変え…鉄槌を下す。

其れほどの憤怒へと至った原因の一品。

ウィアの怒りを最大限引き出す切っ掛けとなった今回の昼飯。
用意されていたのは…ウィア自身が下ごしらえから手間暇掛け…根気よく煮込んだ、貴重な野生熊肉の燻製を戻して作ったトロトロ肉の汁系煮物。
サルトゥスにある樹海の深層に出没する大変珍しい熊であるため、ほんの肉1欠片で…ウィアの実家の宿屋の一番良い部屋1泊分になる高級品なのだ。樹海の大型獣は大概は魔物化してしまうので、魔物化してないものは大変珍しく…入手が困難である。

一座の常連である軍のお偉いさんから、筆頭踊り子であるリビエラへの差し入れとして手に入れたもの。
ウィアが調理を任され、一昼夜かけホロホロになるまで煮込んで辿り着いた…完璧な仕上りの熱々汁物。労力を掛けた分、ウィア自身もメチャメチャ楽しみにしていた。

皆の食事を世話し、やっと辿り着いた自身の昼食。
其れなのに、一瞬目を離した隙に奪われたのだ。
しかも犯人は魔物でも獣でもなく、人間であり仲間であり…世話をしてきたニウカ。

「くっそ…何でっ、何でアタシ…の肉…」

ウィアは、未だ収まりきらぬ怒りを言葉にのせブツブツ呟く。
姉貴分として気持ち収め現実を受け入れようとしたが、ヤッパリ簡単には受け入れられない。
人を小馬鹿にするオチャラケタ態度への憤りと…綺麗さっぱりニウカの口に納まってしまった肉への思い、心が千々に乱れる。
ウィアの純粋な怒気が満ち、昂ぶりが収まらない。

『ヤッパリ天誅下すが必定!!』

殺気に近い怒りが、沸き立つ。

『ガキの遣ったことに一々反応しちまうなんて…大人気ない……なんて言ってられない!』

ウィアは…ニウカよりも先に職業選択…選任の儀を終えた人生の先輩であり、肝っ玉の小さい態度は取りたくない…とは思っていた。
だが…様々な葛藤は昇華され、究極の思いへと辿り着く。

『たかが食い物…然れど食い物…』

ウィアの十数年の人生の中で、食いモノの恨みは最上位に位置する一大事。

『大人だって…許せないことは…ある…』

「…どうやっても…我慢ならねぇ事…はあるんだ…」

ウィアは改めて声に出し、逡巡していた思いへの答えを自身で受け取る。
瞬間、言葉と思考と行動が一致する。

「気持ちが収まらねぇなら行動するしかないっ!!!」

先程の感情ほとばしる脳天への打撃に加え、今度は心からの思いを込めた…足元への苛烈な蹴りを躊躇無く入れる。

「…っちっ、ぃ…って~な。マジ痛え~んだけど!」

向こう脛を蹴られたニウカは涙目で文句を垂れるが、ウィアは毅然と対応する。

「堂々とアタシの飯を盗み食うってんなら、制裁覚悟するは必然!」

「あぁ~? チョォーット1口もらっただけだしィ~」

「1口でも丸ごとは一寸と言わない!!!」

バシリっと更に頭を叩かれるが、加えられた言葉と攻撃に怯むこと無く…ニウカはヘラヘラと受け流す。


2の年程前…ウィアが踊り子見習いとして一座に加わった当初から、ニウカは何処にいてもウィアを探し出し…母リビエラから申し渡された仕事などそっちのけで駆け寄る。しかも用があるからと言う訳でも…暇な訳でもないのに、 "暇潰し~" と言いながら纏い付きチョッカイを出していた。
興行で一定の地域に留まらぬ生活のニウカにとって、兄弟以外の年齢の近い子供と接する機会少なく…対等に遊べる相手を得た…と思ったのかもしれない。

一座での見習いに入る条件として…子守り仕事も請け負ったウィアであり、ニウカも勿論世話焼き対象に入っていた。もっとも…ニウカとは年齢が近い分、お世話すると言うより気安い仲間の様な感じで対応してきた事は否めない。
周囲も其れを容認し、寧ろ一座全体が家族のような雰囲気で過ごせる事に…皆心地良さを感じてきた。
だからニウカがウィアにチョッカイ出す度…馬鹿正直にウィアが相手をしてきたのは、弟分としてニウカを可愛がるウィアの気持ちであり…ニウカも喜び…揶揄い遊びは繰り返されてきた。

だがウィアにとって最近のニウカは調子に乗りすぎる…と言うか、微妙に偉そうな感じであり…本気で腹立たしく感じる。

選任の儀を終えたニウカは、正式に座長見習いとして兄弟子ゼクトの下に付き…一座運営に携わる。
遊びの延長的お手伝いではなく、興行のための折衝への随伴なども行う。

其れなのに…未だお気楽な感じのニウカは、雑用…などと言っては街をふらつき…仕事を放り出しサボる。そしてお気に入りの狩猟組合に顔を出し、何だかんだと理由を付け…狩へ同行してしまう。
然り気無く狩人に教えを乞い、技術を身に付けているようだ。

まるで見習い2本立て…と言った感じだが、猟師見習いの方が本業に見えてしまうぐらいに…大層熱心。

「砂蛇ぐらい余裕で倒せるぐらいじゃないと、月土竜に負けちまうからな!」

月土竜より砂蛇の方があきらかに強いので…意味の分からない例えなのだが、ニウカは公言する。
ニウカにも色々と思うところはあるらしいのだが、意図が把握し辛い。

「いやぁ~、オレってば才能があるんかなぁ。チョッ~ト見学がてら手伝うと、簡単に成果が出ちゃうんだよなぁ」

狩猟に同行した後…意気揚々と一座に肉を持ち帰るニウカは、ウィアにとって…忌々しいほどに鼻高々。何事にも一直線…真摯に取り組むウィアにとって、ニウカの行動は不真面目そのもの。納得出来ない上、ただ偉そうで…いけ好かない。

狩猟を行えば獲物と言う目に見える成果があり、一座を維持する食料調達の有益な手段になっていて…故にリビエラも兼任を黙認しているようだ。
本人も狩猟では役立ち貢献している自信があるようで、其のせいなのか…最近生意気さが益々加速し…鬱陶しさが倍加したとウィアは感じる。
以前の様なウィアを姉のように慕う雰囲気が消え、妙に対等であり…あまつさえウィアを格下扱いする言動まで見られる。
お陰で可愛い悪戯も可愛くなくなり、腹に据えかねる場面が増えたのだ。

一座の見習い仕事をサボり、揶揄い遊びをするためだけにウィアの下を訪れ…神経逆撫でる行動加え…纏い付く。
ある意味見え見えの構ってチャンなのだが、ウィアも大人ぶるが大人じゃない。

「チャキチャキ食わないから、余りもん片付ける手伝いしてやっただけだろ」

「はあああ? 勝手に食ったお前の言い分がソレ?? 少しぐらい申し訳ないとか、其の分お詫びをして手伝いでもしよう的な発想は無いのか?!」

余りのニウカの勝手さに、思わず毒気を抜かれるウィア。

「…ったく…モフモフ間抜け魔物と言われるマチルカダムだって食った分の恩は返すってのに、お前は魔物以下の馬鹿モンだな…」

実家で宿屋の手伝いをしている時に聞いた律儀な魔物達の話が思い浮かび、ウィアの口から零れ始める。
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