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5.狩る者と狩るモノ

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「おいっ、そろそろ狩場領域に入るんだから離れてろ。…でないと、お前がおとり餌になっちまうぞ」

相変わらずケイス達の食料袋の中身に執着し、対価払う努力してまで入ってる食い物を願い求めるマルチカダム。
偶然の出会いで多少の縁を持っただけの…ケイス達にとって気にする義理も謂れもない魔物であるが、何だかんだと…真剣に説明する。
すると理解したのか諦めたのか…どちらとも判別付かぬが、次の日は現れ無かった。

「討伐仕掛ける日に来なくて良かったな!」

ニタニタと笑いながら、ラダはケイスに声を掛ける。
此処最近付き纏っていた…にわか愛玩魔物を、ケイスが其れなりに…いやっ…かなり心配しているのを知っていたからだ。

「ベっ…別にっ、居たら居たで罠用の生き餌にでもするさ」

「そっかそっかぁ~、役立ちそ~な時に居ないなんてなぁ~。まぁ~ったくもって、残念…だなぁ~」

もし此の場にマルチカダムが残ってても…絶対に庇うであろうケイス、年長のラダは弟を見守るような気持ちで揶揄いながら動き始める時を待つ。

そして魔物の気配強くなり始める夕時さしかかる頃、今度は真面目な顔で声掛ける。

「さぁ、そろそろ仕事に取り掛かるか」

「おうっ。始めてみるか」

ケイスも表情改め、気合を入れ直す。

魔物化し代を重ねる累代魔物として確立した種が、大岩蛇グロッタウには存在する。
最初から魔物として生涯を送るモノも…魔輝を浴び途中から変化したモノも、体内に魔石生まれる事で…通常の大岩蛇と比べて大きさや気質に若干の違いが生まれる。

それでも通常の倍…全長5~7メル太さ1メル程の大きさに納まる程度の体躯になるだけで、性質は類似する。大半が水場近くの岩場に生息し、魚や小動物等を食し暮らす。
そして魔物か否かに関わらず、水だけでなく砂の中に潜る事も可能だ。

特に魔物化したモノは常時水無き場所でも生存は可能であり、砂の中で大半を過ごす個体も存在する。其の為、過去にも魔物化した大岩蛇が砂漠へ移動し住み着いた事例は多い。

依頼された討伐対象は、勿論…魔物化した大岩蛇。

今回の大岩蛇は魔物化した遷化魔物ではなく、既に累代魔物へ移行した…生粋の魔物である事が報告されている。蛇型の魔物は代を重ねた累代魔物であっても、変化したばかりの遷化魔物同様…衝動的で攻撃的な気質が際立つ。
腕に自信がある…と言った一般の者が、討伐に挑戦する事も多いが…困難であり…大半は失敗する。知識と技術、そして経験が必要なのだ。
だからこそ、多くが依頼として狩猟組合に持ち込まれる。

「最終確認だ。単独中型以上…って報告書には記入されてたが、地形からして単独…って情報は合ってると思う。それでも気を抜かず、だが気張り過ぎずに行ってみよう!」

「了解した。ラダも気合入れ過ぎて、変なトコでズッコケるなよ」

「勿論さ!」

表情は勢いよく…声はシッカリと潜め、行動を開始する。

砂漠の砂地で魔物を惹き付けるのは容易い、砂の上で血を流し振動起こせば…大概の肉食系魔物は近付いて来る。
今回の獲物は魔物の王者とされる砂漠王蛇ミルロワサーペントの様な…討伐集団が必要となる程の魔物ではないが、蛇型魔物特有の…残虐・獰猛・狡猾と三拍子が揃う手強い相手。
武による近距離攻撃かますには、圧倒的な力が求められる。
中堅狩人が安全に狩るには、仕掛けで誘き寄せ…中・遠距離からの攻撃が必要だ。

定番の仕掛けは至極単純なものだが、誘き寄せる為に血を使うので…扱いは意外と難しい。
経験に基づく厳密な調整が必要であり…適当に使えば、予想外の大物や…大量の不要な獲物が釣れてしまう可能性もある。
安直な取り扱いは、自身もが餌となる危うい状況生み出すので…慎重に対応すべきだ。
特に今回は "砂地の岩場" を生息域にしている大岩蛇が獲物である為、仕掛けの設置地点…攻撃するまで潜む場所…色々と選定するのに十分な考察が必要だった。

直接餌を撒けるのなら、簡単に片が付く。
しかし獲物が近場に潜んでいた場合、逃げる時間を稼げぬと言うのは…致命的な事態を生む。大岩蛇の近距離攻撃は、意外と侮れないのだ。
近寄り過ぎると、巨体による突進を受けやすく…様々な危機に晒される。

大岩蛇の目撃例が一番多かった今回の場所は、比較的小さな岩場であり…仕掛けを設置し辛い。其の上、周囲の岩場も同様に小さく…隠れる場所も限られる。蛇自身は…ほぼ周辺の砂地に潜んでいると思われるので…仕掛けた岩場に滞在することは難しく離れて見守る以外無さそうである。

現場の状況を確認しながら…繁殖期以外には活動は見られぬ日中に、血と鋭利な岩の入った袋を…目星を付けた岩にくくり付け準備をした。
そして頃合い見計らい、ラダが矢を引き絞る。

「ほんじゃぁ、まず誘き寄せてみるか」

現在地…仕掛けから50メル程離れ隠れた此の場所より…弓と矢…そして自身の体に魔力纏わせ、仕掛け固定した縄へと照準合わせ…ラダは注意深く狙う。
ラダの弓術は狩猟者の中でも上位であり、此の距離なら命中させるのは容易い。

血袋を破裂させた後…衝撃起こす魔石を岩場近くの砂地に放てば予定通り魔物が誘き寄せられるはずであり、此の距離なら…只の岩を投げるだけでも十分な振動起こせば問題はなく計画は進みそうだ。

其の簡易で楽勝な仕掛けを作動させるべく、ラダが矢を放つ。

「ちっ…」

矢を放った直後、ラダは怪訝な表情浮かべ舌打ちをする。無言で2射目を放ち、更に顔を顰め再度舌打ちし…3射目を構え放つ。

「…ちっ、クソッ。全部当たったし縄は切れてるのに、転がった血袋が裂けない! 仕掛け場所に高さが無いせいかもしれないが、今までにない大失敗…チクショウ!」

用意した仕掛けは予備を含め3つ。
吊るした仕掛けが全部落ちてしまう可能性を考慮し…尚且つ標的以外の大物魔物誘わぬよう、其れ以上の血袋は設置していない。
今までにない…苦々しい結果に、呟き悔しがるラダ。
ケイスは取り合えず、無難な提案をしてみる。

「此の場から一度撤収して、明日…出直すか?」

「…此処は全体的に繋がってる砂地。仕掛けた血袋の状態によっては、逃げるときの振動で…呼び寄せてしまう可能性もある。それに今の時点で此の地点を捨ててしまうのは、何とも…。ただ…留まり続けて一晩明かす場所としては、近過ぎて危険だ」

そもそも仕掛けを設置し討伐仕掛けるにあたり、町から此処に至るまでの移動用装備は…1キメル程手前に隠してきた。
何故なら…出没予想地点や活動予定の時の頃を読めば、血袋の仕掛けで確実に対象が現れるからだ。キッチリ成功してたなら、短時間の狩りで済む予定であり…観測攻撃地点での野営は不要なはずであった。
予定通り距離を取っての攻撃が叶うのなら…魔物化が進んだ難易度の高い個体であっても、比較的楽に討伐出来るはず。
だが出没地点や行動を誘導出来なければ、討伐難易度は一気に上がる。

大岩蛇の獲物の狩り方は、見付けた獲物に突撃し…巻き付いて絞め殺す…齧り付き切断する…若しくは引きずり回し意識奪う…影から飛び付き打ち倒す…そして最終的には生きてようが死んでようが丸飲みにする。蛇型魔物は他の魔物より頭が働くが…労力を惜しむ性質も持ち、傷付いたり弱って程好く血が流れてる状態の獲物は大好物。
だからこそ、誘き寄せるのが容易いのだ。
仕掛けで釣り出し…攻撃を仕掛ける予定だったのに、其の前段階…念のため予備含め3つも仕掛けの用意をしてあった言うのに…失敗したのは想定外だった。

「じゃあ袋自体を…もう1度直接矢で射るのは?」

「落ちて砂地に転がっているのは確認出来るが、狙い撃つには難しい場所だ…」

「少しだけ近付いて狙うのは?」

「裂けた時に飛び散る血飛沫が確認出来なかっただけで、完全に漏れ出てない確証は無いんだ…。下手に近付いて確認するのは危険すぎる」

「「………」」

状況を見守る以外の選択は、自身が餌となる危険性が高い。
手詰まりを感じ、2人とも口を噤む。
だが直後顔を上げたケイスは、諦めず提案する。

「…其れでも、様子を確認出来る距離まで近付いてみるしかなくないか?」

「いやっ…現れたら逃げて…、其れまでは慎重に観察するしか…」

「結局…仕掛けを用意して気を逸らさないと、逃げるのも大変なんだろ? 直接狙われちまったら危ないもんな。それに此の機会を逃すと、また最初から…場所の選定から始めないと駄目なんだろ?」

蛇型魔物は観察力・思考力高く、何か危機を感じれば同じ場所には1の年は現れないだろう。

「あ…ぅん、まぁ…」

場数を踏んでいるラダは、熟練の手堅さや状況を判断する経験則は持つ。だが…何と答えるべきか考えあぐね、答えに詰まる。
責任を感じつつも一生懸命手立てを考えるレダの背中をポンッと軽く叩き、ケイスが言葉継ぐ。

「此処で臆病になって様子見したって危険なのは変わらないんなら、前向きに行動してみたら…案外上手く片付くかもしれない」

お道化るような仕草でニコリと笑顔見せるケイスに、ラダが折れる。

「慎重にだ…どこまでも慎重にだぞ…」

「勿論だ!」

勢いよく答えるのだった。

獲物を誘き寄せる仕掛けが、満足に作動しなかった事は2人とも納得した。
そして詳細な状態を確認すべく、即行動に移したのは…調べると言い出したケイス。
普段は若さに不似合いな慎重さで一歩踏み出すにも一昼夜考えてから動く…と笑われるが、即断即決…突き進む。

逆に…お調子者で年齢に合う落ち着きを持つよう常々と言われる事の多いラダの方が、仲間の安全性への配慮は厳重に行う。
一応ケイス的には心配性のラダをちゃんと説得しての行動…のつもりだったが、心配するラダの言葉終る前に…岩場までの移動を始めていた。
仕掛けの状況が把握できてない故に声の大きささえも気を付けるべき状況だが、ラダは再度注意を送る。

「気を付けて行け、安全な逃げが優先だぞ! 無茶はするな! 」

ラダのケイスを思い遣る気持ちが、当の本人に届いたかは…甚だ疑わしい。
手をヒラヒラと振り、さらっと離れていくケイス。雰囲気はいつも通りユッタリとしているのだが、予想外の素早さで目的地へ向かう。

距離的に言えば直ぐ先であるのに、見守るしかないラダにとっては妙に遠かった。
一応はケイスも気遣っているようであり、直接砂へ足を下ろさぬよう注意し…点在する突き出た小岩の上を軽業師の様に渡っていく。慎重ではないが、安定した足運び。
周囲の気配が変化することもなく、目的である仕掛けを確認できる地点へと直ぐに至る。

ケイスが派手な身振りでラダに状況を伝えてくるが、今一つ伝わらない。
だが、確かに仕掛けが発動していない事は伝わった。

「…おいっ、止めろ…」

無意識に、ラダは呟いてた。
そして続けて大声で叫ぶ。

「ケイス止めるんだ!!」

基本的に狩の最中は無言か小声、少し離れた位置でも基本的には徹底すべき暗黙の了解。

勿論…獲物を警戒させないためだが、一定以上の強さを持つ魔物に対して自身を守る意味合いもある。
其の事を十分に理解する熟練の狩人ラダが、相方が仕掛けの程近くに立つと言うのに叫ぶ理由。其れは…危機的状況が、間近に差し迫る時。

ケイスよりも長く狩人を続けているラダの予感…言葉で根拠を述べること叶わぬ危機察知力、重ねられた経験が導く…本能的確信。
確実に危機が差し迫っていることを、ラダの叫びが知らせるのだった。


魔物化した大岩蛇は慎重に距離を置き対応すべき獲物、だからこそ誘き出す為の餌を設置するにも仕掛けを利用する。
危険と言うより、対象と一定の距離を保たねばならぬ程に敏感であるのだ。気配を悟られると…現れなかったり…距離を詰める事に危険を伴う獲物への対策、若しくは…両方の条件兼ね備えた獲物に対して取る手段。

罠を確認しに行った岩場…ケイスは仕掛けが不発であった事を確認し、直接調整すべく近付く。
其の場所に辿り着いた時、夕闇を渡る風がふわりっと鼻へ届き…匂いが入り込む。
乾いた砂の匂いと…手にした血袋からじんわりと漏れでる鉄臭さが混ざる。

そして更に1種…其の中に生臭い青さが混じった瞬間、足元に衝撃が走り…乗っていた岩が砕ける。
いつの間にか岩場の隙間から、長くうねるものが現れ周囲の岩を無差別に打ちまくる。其の長いものが消えた瞬間、岩場横の砂が波打ち…大岩蛇の頭が飛び出す。
現れた大岩蛇は予想通りの危険な獲物であり、ケイスを認識した瞬間…目掛けて突進してきた。
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