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4.怪しい気配

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「何でアタシは来ることになっちまったんだよ…」

転移陣の強い発光が納まりつつある中、未だ納得してない部分のあるモーイは小さく呟く。
自身の現状にもどかしさを感じる上に此処まで来ても何も変わらないかもしれない…と言うモーイの不安は、憤りが形作る不満の呟きとなって口から漏れ出た。ミーティは辺りを警戒しつつ無言で立つ。


辿り着いたのは、樹海の集落より少し離れた館にある転移陣。
かつて旅の仲間であった…今は大賢者となったフレイリアルが修復し、インゼルの白の巫女に囚われたニュールを救い出すために出発した陣であった。
2人とも見覚えある場所と短期間で起こった変化に、それぞれ感慨深さを味わう。

樹海の集落は中心とする集落の規模こそ小さいが、街町に定住せずに樹海で暮らすような狩や石拾いする者達が集まる場所であった。
定住者以外を含めた人数で考えれば、近隣にある鉱山のあるドリズル…小規模な街にいる程度の人間が活動している。
村や街…と言う自治体的組織…と言うか、樹海で生活するモノたちの…仕事主体の組合がそのまま街になったと言った雰囲気だった。
理路整然と管理された…住民のための自治体というより、業務こなすための組織…といった感じだ。
集落の長を指令を出す頂点に据え、その下に知識保有する…語り部の長が統べる語り部達が存在する。だが、部族として考えたときの頂点は語り部達であり記録受け継ぐことが部族の存在意義であった。


「此が終わったらフレイの所に寄れるんだし、お前自身の用事も含まれてるんだから良いじゃないか」

少しふてくされるように頬膨らませながらミーティが反論する。
ミーティにとってモーイが自身に対し吐き出した呟きは、ミーティに対する不満の声の様に聞こえたのだ。

「連れてくるのを引き受けてやったのはオレだしぃ…!!」

その言葉にモーイが、キッと睨み返す。
いつもの様に不用意に余計な言葉を発するミーティであった。

明るく・強気に・考えなしに…ミーティは自賛しながら行動するが、力無い自分をいつでも悔やんでいた。
コンキーヤの神殿で連れ去られた時も自分が足手まといだった自覚がある。
そしてモーイがヴェステの地下牢から逃げ出そうとして魔力暴走が起こした時も、ミーティはただ見ていることしか出来なかった。
更にそれによってニュールの道を定めてしまった事にも責任を感じていた。

『もしあの時、少しでも自分に何か手段があったならば違う先があったのでは…』

そう思うとミーティの心苦しさが増すのだった。

『特別ではない自分が特別だったならば…』

何度もミーティが思い願った事。
だが偶然得るような特別な立ち位置は存在しなかった…そんなに甘くはない。

「お前もちゃんと回路を鍛える訓練しろよ!」

かつて旅の途中で一緒に鍛錬した時、いつもモーイに言われていた言葉が頭の中をかすめる。

「好きな訓練だけしてればいいんじゃない? ミーティ君は筋肉自慢だから魔力の補助はたいして必要ないと思っちゃってるみたいですもんね。我が主君がおっしゃるように、遣る気が無い者に強制しても意味が無いですから」

城で指導受けているときピオに言われた突き放すような冷たい言葉が、思い出すたび何度もミーティの心を波立たせる。

「…どうせオレがそっち方面の訓練しても意味無いし…」

その時ミーティが返した言葉は、不貞腐れたように呟く自嘲する言い訳。

「やる前から結果が怖い…と言って試さないとは、とんだ腰抜け野郎ですね…」

「オレは客観的に見て自分の程度を悟っちゃってるんだよ! 試してみれば分かるさ、下手に魔力動かし集中力欠くより無い方がましなんだよ」

ピオの言葉にイラつき…刺激され、大言壮語吐きながら八つ当たり的に勝負の様な手合わせを挑んだが、結果は一目瞭然…いつも通りだった。

「自身の本質的な弱点を見極め、あらゆる手段講じる努力をして欲しいものです…」

簡単にいなされたミーティを、ピオは冷ややかに見下し感想述べ…断言する。

「それが出来ないのなら、貴方は我が主君の妨げにしかなりません」

ミーティは唇噛みしめ、言葉を飲み込むしか無かった。


『何度挑戦したって、こんな結果しか出ないんだ。気休めみたいなこと言うニュールの言葉なんか信じられるかよ!』

ミーティは口には出せなかったが、心の中で大声で叫んでいた。

「経験から来る操作技術の優劣は、アイツの方が優れているのは当然のこと。魔力回路の繋がりはお前の方が強いんだから、先を見据えて経験積み上げていけば少なくとも横には並べるはずだぞ」

これがプラーデラに居を構えてからピオと何度目かの手合わせしたとき、ミーティがニュールから直接指導的な声掛けを久々に受けたときの言葉だった。技術や経験がつたない事は自分でも理解していたが、悔しさが先立つ。其れを認めるぐらいなら拒否してしまう方がマシだ。

正しく、へそ曲がり…と言われても仕様がない状態。
ミーティは自分が正しくない選択をしているのは解ってはいた。それでも出来る範囲の中でしっかり役目を果たしている…と言う自負があるのに、責められているようで悔しかったのだ。

『枯渇した魔力が再び広がりつつあるプラーデラに増え続けてる魔物、それを上位の3人に敗けないぐらい処理してるんだ。十分凄いじゃないか!』

誰も称賛してくれないならば、自分自身で褒め称えたいぐらいだった。
ミーティが思う上位3人とは、勿論ニュールとディアスティスそしてピオ…国王と将軍と宰相のことである。
更に、この3人は執務の合間の気晴らしのような魔物狩りで仕留めた実績であり、ほぼ仕事のように日々魔物に対しているミーティとは時の費やし方が違った。
それでもミーティが主張したい思いは事実であり、賞賛受けるほどの実力である。実際、首脳陣の会議でもミーティの実力は絶賛されていた。
ただ、直接的な師匠であるピオが単純なミーティの増長を懸念し…伝わらないようあらゆる手を尽くしていた。

「褒めたらご褒美を欲しがるでしょ? 1万の年ほどに匹敵するような修行経てから希望申し出よ…って感じですね」

ニュールの前でそう公言していた、ピオの若干の嫉妬と遊び心はミーティを更にへこませる。

『これだけ頑張ってるんだし、もう十分だよ…あとはオレ以上に出来る奴が遣りゃあ良いんだ。なんでオレが更に上を求められなきゃならないんだよ!』

これが色々と言われた後に残っている自身の本音…だとミーティは思っていた。


樹海の村の転移陣はインゼルの白の塔の錠口ポータルだった…と、後からニュールに教えてもらった。錠口は塔の主となった大賢者が外部との接触を嫌う場合に用意したり、利便性を考えて置かれる転移施設である…と言う説明も受けた。

「ニュールが正式に連絡したって言ってたけど…」

辿り着いた転移陣のある建物から出て周囲を見回し確認するが、迎えなどは無いようだった。

「直接行って見るか」

ミーティは気楽に気軽に何も考えず集落へ向かった。モーイも従うが、陣にあった修復の痕跡が気になり周囲を警戒しながら続く。
樹海を突き進み集落を目指すが、近づくにつれてモーイの表情が曇る。

「何かおかしくないか?」

何も気にしていなかったミーティにモーイが伝える。

「何がだ?」

何に怪訝な表情をしているのか、さっぱり分からないミーティ。

「魔力の流れが澱んでいる…負に傾いた感じの魔力が溜まっている感じ…闇石とかの魔力に近いモノを感じるじゃないか…」

モーイに言われてから辺りに探索魔力を広げ感知する。インゼルで体験した重く暗い魔力が、遠いような近いような中途半端な場所に集約しているのを感じた。
ミーティの警戒感も増し、2人の集落へ向かう足が早まる。
集落を囲む外壁に作られた入り口…門に行くと、警備を担当する者が立っていた。
ミーティは見知った顔に笑顔を向けながら話しかける。

「ラオブ兄、久しぶりだな」

「あぁ…ミーティ元気そうだな…到着できた…帰ってきたのか…」

極々一瞬、ラオブの顔に訝しむような…驚くような…表情が現れた。

「ニドルは元気か?」

「あぁ…相変わらずだ」

ミーティが最初に声を掛け挨拶を交わしたのは、幼なじみであるニドルの兄であり、現集落の長一家の長男であるラオブだった。
お互い何らかの気遣い入るのか、言葉少なに声を掛け合う。

久々に昔なじみの…自身の弟の友であった者が顔を出したためか、言葉や表情に強く驚き戸惑う様子も窺えた。だが浮かぶ表情に、何故か少しの恨めしさと憤り…そして隠れた侮蔑の感情が混ざり込んでいる。

その微妙な…昔馴染みに向けるに相応しい…と思えない態度は、一人だけでなく門で接した者質に共通するものだった。
重々しい異様な雰囲気を意に介さないミーティは朗らかに接し、入口に居た知人達と一通りの挨拶と言葉交わす。

その横に無言で立ち、モーイは色々と観察してみることにした。
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