上 下
11 / 30

11. 相容れぬモノ達

しおりを挟む
フレイリアルが断固とした態度でピオに覚悟示し…それで不毛な言い合いが収まるかと思いきや、賢者の塔から王城の謁見の間へと赴く列…極短い移動距離の間。

フレイリアルは怒りで我を失い御し難く…ピオは愉悦に浸り歯止めが掛からず。
ほんの些細な時の刻み…だと言うのに、2人の激しい舌戦は続く。
簡単には収まりそうもない。

「嫌だなぁ、そーんなに昂っちゃってぇ欲求不満で大荒れって感じ? それともお子様から羽ばたき…昂りたいお年頃突入ーってヤツとか?」

煽る手を緩めぬピオ。

「何にしても相当なお馬鹿さん…ってことは確実ですねぇ。折角色々な結界築いておいたのに、暴走手前まで魔力を集約させるとか…女性らしからぬ大声とか…偽装した意味なくなっちゃいます」

「はぁあ? 貴方がっ! 余計な事っ…人を馬鹿にする酷い事ばかり言うから!! つい声が大きくなってしまったり…魔力が導かれそうになっただけだしぃ!!!」

ピオの貶める気満々の物言いを耳にし、怒りが極限に達したフレイリアル。
つい子供じみた返しをしてしまう。
だが、そんな甘さは見逃してもらえない。

「…人のせいにしちゃうって…姑息で嫌だなぁ、本当に礼儀がなってないですね。それに、重ね重ねになりますが相当頭悪いですよ…貴女…」

あからさまな嘲る言葉を受け、フレイリアルは腹立たしすぎて言葉を継げない。
ピオが其の隙に言葉を重ねていく。

「本当の馬鹿にバカを自覚してもらうのって大変なんですから、此れはとても親切な行いなんですよ! 親身で親切な行いは、有り難い…と思うのが常識です」

本当に…心から残念そうに…両手を軽く上げて、困ったような素振りで首を傾げ…更に追い討ちをかけるピオ。
フレイリアルの顔色が、一層怒りで高潮する。
腹立たしさが勝り、適切な言葉が思い浮かばないフレイリアル。

「こんなにモノを知らないんじゃ、生きてくのも大変ですよねぇ…お気の毒様です。だから我が君も守護者なんぞ引き受けちゃったんですかねぇ…」

ピオからの無礼な言葉は、反論すればするほど容赦なく返ってくる。それを防ぐため、フレイリアルは耳を塞ぎ…我慢して口をつぐむ。
だが結局…口を閉じようが閉じまいが…耳を塞ごうが塞ぐまいが、更なる返しは勝手飛んでくる。
しかもフレイリアルの怒りを煽るため、大きな溜息をこれみよがしに付け足す。

「はぁぁ…僕の善意と忍耐力を御理解下さい。貴女のために骨を折ってる我が君のために協力してはいますが、愚かな貴女自身に協力する気は微塵もありません」

悪口雑言聞かぬよう耳塞ぐフレイリアルだが、気になりすぎて完全に遮断出来ない。
心から残念そうに述べる言葉が塞いだ耳から漏れ聞こえ、ピオの想定通り…単純…素直なフレイリアルの憤りを徐々に高め…昂らせていく。
言いたい放題を加速させ、呑気なフレイリアルを際限なく苛立たせるピオ。

だが突然口調を変える。

「あぁ…貴女については本当に以前から注目し、大変に興味深く観察してました。お慕いしてる…と言っても過言ではございません」

真剣で誠実そうな表情を浮かべたピオの口から出る…予想外の言葉。
結局…塞いだ耳から程々に聞いているので、内容に唖然とし…塞いだ耳を…完全に開けてしまった。
だが、次の瞬間後悔する。

「勿論…身体だけですよぉ! 特にその乳!! 趣味はあれど…興奮をもたらす…理想とする様な大変揉みがいのある男好きのする乳だと思います! 是非とも直接挑ませてせて頂きたい。まぁ僕は乳より尻派なんですがね~」

直接聞いてしまった不愉快な言葉に、思わず激しく言葉返してしまう。

「!!!! やっぱり貴方ってホントに最低! 性根が腐ってる!!」

「お褒めの言葉、恐悦至極に存じますぅ~」

結局、口を閉じたままにする事は出来ず…言葉の応酬は止まらない。
かなり低水準の遣り取り。
遣り取り…とは言っても、殆んどピオが一方的に浴びせ掛ける言葉。
フレイリアルで遊びながら遣り込める…と言った形だった。

今までは軽い笑みを浮かべ囃し立てる、いじり回す様な…単純に揶揄う為の返し。
だが…何処か…何かが引っ掛かったのか…若しくは切り替えたのか、ピオの表情が改まり一気に険しくなる。

そして冷酷さと敵意含む冷笑的な笑みを浮かべ、突き放すような温度のない無感情な声で…皮肉めいた辛辣さを増した言葉を送る。

「人により…状況により…環境により…対応が変わるのは世の常、あたりまえの事。だぁって…実は僕、…貴女みたいな甘い考え方の奴って大嫌いなんです」

真剣で冷たい言葉と、心の底から嘲る表情。
その分、上辺だけでない…奥底に隠れている偽り無き真実が見えてくる。

「愚か…って言われたことありません? 僕の貴女に対する態度が此の程度なのは、そのせいです。貴女と我が君の契約解除を心より願っています。だから、今回はとても協力的な方だと思って下さい…」

頭痛が起きそうなぐらい鬱陶しく語り続けたピオだったが、最後の心冷える態度だけが…本物だった。

ピオの心からの蔑み入る声に…フレイリアルの思考が止まる。
自身の中にある浅薄な部分を見透かされたような気がして…恥ずかしくなった。
何も考えられなくなり、フレイリアルは本当の絶句に至る。

「…あと誤解しないで頂きたいので訂正して下さい。僕は決して貴女達に寄り添うのではなく、我が君…ニュール様の下に…お側に付いただけ。貴女達があの御方の妨げとなるのなら、いつでも屠ります」

最高の笑顔を浮かべたピオから…揶揄い茶化す遊びの部分が取り払われ、毒々しい香り放つ真の言葉が現れる。

それを聞き、自ら口を塞いだフレイリアルの眉間のシワが一層深く刻まれた。

怒りとも…哀しみ…とも…何とも納得いかない…複雑な気分に陥れられた頃、何とか王宮の…非公式な謁見行う時に使う小さめの謁見の間の前まで辿り着く。

フレイリアルにとっては、近場の敵に加え…前面の敵も相手にせねばならぬ状況。
気の重さが倍増する空間へ自ら突入すべき瞬間…だと言うのに、その手前で多大な精神的苦痛を被ってしまったのは相当な痛手。
横にある気分の悪くなる存在は取り敢えず無視して、賢者の塔からの道程で得た不快な思いを片付ける為にフレイリアルは姿勢を正す。


フレイリアル自ら国王に謁見を申し込んだのは、今回で2回目。
謁見の間には既に国王が座し、背後に側近の大臣務める者たちが控えていた。
側近により挨拶を促す指示が与えられる。

「第6王女のフレイリアルが陛下の御前に参上致しました。国王陛下に拝謁賜り、恐悦至極に存じます。お時間頂けた僥倖、心から感謝申し上げます。この度、我が守護者の代理として招待に応じて下さった…プラーデラ王国で宰相務められているピオ卿をお連れ致しました」

「うむ、息災の様だな。此度は外務ご苦労である…してその方がプラーデラの者とな?」

珍しく国王が直接語り掛け、言葉の先を要求する。
ピオは跪き目線下げたまま、さらに恭しく頭を下げ一礼してから答える。

「第6王女様のお招きにより来訪させて頂きましたプラーデラ王国で宰相務めておりますピオと申します。私の様な若輩者が由緒正しきエリミア王国国王様に拝謁する機会に預かり、身に余る光栄を享受し…感動に打ち震えてございます」

プラーデラの代表として…ピオはシッカリとした受け答えをしているはずだし、卒なく…重厚な雰囲気で謁見こなしているように見えるのだが…緊張感の欠片も無く…とても軽い。
もっとも…周囲は違和感なく受け入れ、その様に感じているのはフレイリアルだけであるようだった。

「この度のご招待を機会に、エリミアの国王様のお導きで…長き歴史を刻む偉大なるエリミア辺境王国から学ばせて頂けるのなら、我がプラーデラ王国としては重畳でございます」

一国の宰相務める者が大仰に褒め称え、賛辞と言う名の献上品を贈呈する。
重みのある此の空間で、微妙に軽い遣り取りになってしまうのはピオだから…かもしれない。

「我が国の王も此方への直接の訪れ叶わなかった事、大変残念に思っているようでございました」

ひたすら低姿勢で、エリミア国王と其の側近達の御機嫌伺いつつ言葉並べるピオ。
実際にはニュールがピオより先に賢者の塔に入り潜んでいる事など、おくびにも出さず謁見こなす。

今現在…賢者の塔の最上層にて…グレイシャムの器に入るリーシェライルと共に、此の後に行う予定の守護者解任の儀の準備と確認をしつつフレイリアルを待っている…などとは、此処にいるエリミアの者達は微塵も思いつかないであろう。

「我がプラーデラは新国王による新しき体制の下、魔力使った機構の復活なども試みております。往古からの機構維持し管理してきたエリミアの高い技術力には驚嘆するばかりであります」

実際にプラーデラでは…一瞬とはいえ賢者の塔が復活したため、往古の機構が活性化し…滞る魔力が循環し始めた。

そして更に…魔力攻撃の魔力を大地に還元した事により、魔力で潤う大地持つ国へと突如として一気に変貌したのだ。
エリミアの荒れ地よりプラーデラの荒野の方が、今は魔力濃度が濃くなっているぐらいだ。

賢者の塔など無くとも…大賢者など存在しなくとも、人は豊かな生活を送れる。

王城で把握しているかは疑わしいが…現在エリミアの王国内では、フレイリアルの働きにより様々な機構を往古のものより切り離し…単独で管理維持出来るよう改変されつつあった。
まだ完全ではないが…大賢者を塔に繋がず…往古の機構に近い働きする新機構組み上げる試みであり、1人の人間だけに負荷を負わせず多くの者が関わり持ち…全体で管理維持出来る体制への改編である。

これが、選択を突き付けられたあの日…皆で願った事の本質。

プラーデラの機構はニュールによって使える部分は修復保全されているが、今後はタラッサやエリミア同様に往古の機構から切り離し独立して動かせるように改修する予定だ。

「我が国の技術を他国の役に立てる…。他国に誇れるほどの産業が少ない我が国にとっては、歴史から得られた技術や知識が…価値ある大切なもの…であるのは十分ご理解いただけると思います」

国王の横で話を聞いていた、エリミア側の外務司る大臣が胡散臭い笑顔で応じる。

既に往古の機構がフレイリアルによって壊されつつある実情を、ある程度把握している癖に…面の皮厚く重ね…人を化かす幻惑系魔物の様な面持ちで…遠回しに対価要求してくる。

エリミア国王達は絵に描いた食事で客人をもてなそうとしているのだ。

「勿論十分なお礼は用意させて頂く予定ですが、まずは予定を組み…公式な外交使節を双方で迎え入れることから始めてみるのも良いかと思われます」

払う気の無い対価ちらつかせ、話し合いの卓に着いているプラーデラの宰相ピオを筆頭とした使節団側も…住処共有する同種の魔物…と言った所。

似たり寄ったりな感じの…老獪で手に負えなさそうな者達の集い。
双方共に利益を求め…怪しげな笑顔を交わし、お互いの隙を探りつつ…魔物の如く化かし合うのだった。
しおりを挟む

処理中です...