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24. 対等なる時を持つ国王達 

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私怨による一方的制裁に走らぬために…エリミアの国王との対面の場としてニュールが選択したのは王宮最奥。

基本的には国王とその直系の家族のみが滞在できる空間。
国王の私的空間含む区域であるため、他に滞在を許されるのは継承位10位までの者のみである場所。

もともと腐って倒れそうな幹持つ此の場所に、自ら "保護してきた者" を留める事を憂えていたニュール。

「其処で上手くやっていけるか?」

「小さい頃から過ごしてきたんだよ! 助言者コンシリアトゥールとしてリーシェも内在しているし…此処にずっと留まろうと思ってるわけじゃないし、嫌な時には逃げるから大丈夫」

守護者の繋がりで続けた確認事項。
数の月は…口にする言葉と伝わってくる思いに、大きな矛盾があった。
暫くして協力者として仮の婚約者を得たり…リーシェライルが器持ち顕現したと聞き、守りが堅固になり…少し安心した。

ニュールが手を差し伸べ…守護してきたフレイリアルだが、暫く留まる…と自身の意思で主張したエリミア辺境王国。元々フレイリアルが属する国ではあるが、酷く厳しく…閉鎖的な場所である。
短期間しか暮らさなかったニュールでさえ、簡単に本質を把握できるぐらい…顕著な主義を持つ国。

この地は…伝統や慣習と言う名の厳格で偏った見方が存在し、受け入れられた者には非常に温かく…拒否された者には激しく冷たく…両極の顔を示す。
ニュールが此の国に流れ着き…馴染み…受け入れられたのは、商団に拾われ属す場所の在る他国の者だったから…。
所在明らかにして働く者は警戒されにくいし、此の国の禁忌となる色合い持たぬが故に受け入れられたのであろう。
フレイリアルと出会うまでは、此の国に蔓延る微妙に偏る面に…気付きはしたが関わる気は無かった。

"樹海の色" …と言われる、濃い髪色持つ者は…国の者で有ろうと…無かろうと…激しく警戒され排斥される。
フレイリアル自身も散々実感してきたであろうが、忌み嫌われる色合い持つモノにとって此の国は相当に生き辛く…差別厳しい国なのだ。

地方よりも王都に其の傾向は強く、王城は更に…、そして其の奥つ城となる王宮は決してフレイリアルを受け入れぬ場所だった。
だからこそ幼少時からの扱いは、放任と言う名の放置をされ…厳しい環境で育つ。

それなのに…自身の責務果たすため留まると言うフレイリアル。
更なる下卑た目を持つ色好みな毒虫の如き存在まで確認し、下世話な者の思考の中…大切なモノが一瞬でも取り入れられたと考えただけで腹立たしさが止まらない。

その悍ましき発言や腐った思考を持つ輩を目の当たりにすれば、リーシェライルの思い同様…激しい嫌悪と凄まじき怒り持ち…後先考えず自らの手で両の目をえぐり出し…物映さぬ身に変えてしまいそうだった。

ニュールもリーシェライル同様、立派に過保護…なのである。

だからこそ冷静に対応出来る場が必要であり…余計な者を排し、国王と単独で話し合いを必要とした。


行方知れずとなっていた宰相伴い…プラーデラの使節団が突如全員でエリミアの王城に現れたのは夕時4つ。
そろそろ夕餉も終わり、私室で寛ぐような時。

現れたのは城の端…賢者の塔から王城最奥まで繋がる、1本の大廊下始まる天井高く丸い屋根もつ…光届く踊り場。
此のぐらいの時は天窓より月の光が降り注ぐ。

そんな中、5人と1人が忽然と現れる。
その存在を実際に目にした者達は、捜索されているプラーデラの使節団と…その中に…今まで見かけた事の無い男が含まれているのを確認した。

先頭に立つ其の男は40代後半ぐらい、強い意思を感じさせる炎宿る橙の瞳と…柔らかな黄土の色持つ髪持つ者である。一見優し気な風貌にも感じられるが、近寄り難い威厳と重厚な風格が滲み出ている…一歩また一歩と…進んでいく。

手配…捜索していた者達であり、即刻呼び止め確保すべきなのに…手が出せない。

先を歩く其の者に至っては…むしろ跪いて頭垂れ見送りたくなるような存在感持ち、見かけた者達は通り過ぎるのを固まって見守るのが精一杯だった。
流石に通り過ぎた後は動き出し、報告を上げる。

勿論…自身や周囲の者全てが、無条件で跪きたくなる気持ちになった…等とは口が裂けても言えない。対応が遅れたことは伏せておく。
そこから伝令が飛び交い、行く手を阻むべく続々と兵が集められた。
故に…集められた兵が其の者達を迎えたのは、城の最奥へ向かう入り口のある大廊下突き当りにある…最初の場所より華美で広々とした踊り場…ニュール達が目指していた目的地手前だ。

「プラーデラの者達よ、此の様な賊の如き所業…誇り高き伝統あるエリミア辺境王国に対する、国としての対応と思って宜しいのか!」

国王直属の近衛隊が招集され、エリミア側で持てる最大限の警戒感を持ち王宮最奥への扉を守る。
だが本来なら国王直属の近衛と共に賢者の塔からも戦闘職が派遣される襲撃…に等しき事態であるが、そちらからは現われない。
それでも、この場に所狭しと現れた兵達は威厳持ち立ち塞がる。

プラーデラの者達の中…先頭を進むモノが更に一歩前に出て、問い質しに…言葉柔らかに礼節ある態度で答えた。

「まず先触れ無き突然の来訪を陳謝する。我がプラーデラ王国が謂われ無き事に巻き込まれているようなので、エリミア辺境王国国王に直接問いたい。国として…国王への謁見を正式に申し入れる」

謝罪付きの低姿勢…とは言え、突然な無礼な訪問と申し入れにエリミア側の兵を統べる者がいきり立つ。

「何を言う! 此の様な無礼な所業、国としてであろうと受けて立つ謂れは無い!」

ニュールが無意識で放つ威圧を跳ね除け、怒りぶつけてくる胆力は立派である。

「それは国としての正式な見解か?」

「国も何も、此の様に他国へ立ち入り、攻撃仕掛けてくるような無頼の輩に国としての見解など必要はない!!!」

「立ち入りはしたが、攻撃はまだ仕掛けてない…。先ほどの塔への攻撃を我らの仕業と断じるならば…それは貴方の仕業ではないのか?」

「ふざけた事を申すな! そもそも由緒正しき我が国に卑賎なる国が対等に扱われようなどとは不届き千万!! 引っ捕らえよ!!!」

抜き身の剣を掲げ…有無を言わさず動き出そうとする愚か者を目にし、この者の上がアノ好色毒虫の1匹ならば仕方があるまい…とニュールは溜息をつく。
背後で動き出しそうになったピオ達を、片手上げ静し…刹那…ニュールはその者へ睨みを効かせ…殺意なき威圧を今度は意識的に開放した。

目の前で大言壮語放っていた者は目を見開き動き固まり…ダラダラと冷汗流し、共に居た兵達も震えたまま俯き固まり…意識失う者さえある。
威圧放ったまま一歩進み近づくと…其の無頼漢は更に呼吸荒くし、更に一歩ニュールが近付くと…その場にくずおれ…臭気放つ水溜りを作り出す。
呆然とした…心身失った状態になり…指揮官として使い物にならない様子だ。
そんな中、ニュールの背後でピオが騒ぐ。

「うっわぁー汚ねー失禁ってあり? 殺意は入ってなかったのにコレ? 殺意まで入った威圧なら、一瞬で絶命したんじゃね? 僕なら恥辱にまみれて死ーんじゃいそうだなぁ」

宰相の仮面外したピオは、本来の表情でえげつなく揶揄う。
もし正気なら自尊心がズタズタになりそうな、小意地の悪い言葉を向けた。
其の状況をニュールは無感情に捨て置き、次の行動へ移る。

1歩1歩…扇状に広がるエリミアの近衛兵の中心へ、展開していた防御結界を解き…魔力の高まりを収め…威圧消し…武器を捨て進むニュール。
だが、誰一人として近付かず道を開ける。
もし…此処で先走るものが現れニュールに向け刃を行使したのなら、その場は阿鼻叫喚広がる鮮烈な赤き大海が築き上げられただろう。
だが既にニュールの威圧と指揮官の失態で、其処に集まる兵の士気は消えていた。
逃げ出さないだけ上出来である。

「思うところは無い。ただ、何者がこの状況を導いたのか確認させて頂きたい」

その最奥の扉の内に在る者へ向けて言葉紡ぐ。

「プラーデラ王国国王ニュールニア・バタル・ヴェスティアとしてエリミア辺境王国国王イズハージェス・バタル・リトス殿に "対等なる時" を求める」

"対等なる時" …それは古来からある約束事…とも取り決め…とも言える、国王が国王に1対1で話し合いを求める名誉をかけた申し出の一つであった。
名誉ある武力伴わぬ決闘のような…話し合いによる利益・利点の奪い合いを指す。
ニュールの申し出に対する言葉が、扉の内からでも通る様な声で…鮮明に届く。

「其方が真実大賢者であることが分かる言い回しだな」

この言い回しによる申し出は…最近あまり使われない。…と言うか、近年…話し合いによる戦いと言う概念自体が珍しい。

「その申し出…応じよう」

扉が開け放たれ、内より現れたエリミア国王がニュールの申し出に答えた。


招き入れられた王宮内の応接の間、国王に対峙しながら対面に座すニュール。

「久しい…と言うべきなのか…」

最初に口を開いたのはエリミア辺境王国国王イズハージェスだった。
ニュールが以前謁見した時とは異なる、生気溢れる瞳で興味深げに此方を眺める。

「そうですね…この立場では初めましてになりますが、お久しぶりです」

久方ぶりの親族の対面のような雰囲気漂わせ朗らかに双方応じる。
そしてエリミア国王がいきなりズバリと指摘する。

「我が娘の守護者は降りたのだな…」

「務め上げる事が出来なかった事は申し訳ない」

「いやっ、十分に面倒は見てもらったと思うし感謝しているぞ」

揚げ足取るための指摘かと思って構えるが、驚くほど真っ当な…父親らしき姿を見せられ驚きを隠せないニュール。
だが次の言葉で心揺り戻される。

「使えぬ手駒を使えるよう導いてくれた事は王国の益である。多大な国益もたらしてくれた礼を…其方の得た…貴国に与えるのはやぶさかでない」

ニュールの表情が無意識に固まる。
言葉の端々に、長く上位に留まって来た者特有の傲慢さが滲み出る。

対等に…国と国として対する申し入れをしたのに、力量の再検証もせず…あからさまに見下し侮る…愚かさ。
往古の機構を維持してきた国…と自負する割に、その状態を維持するのに貢献してきた賢者の塔を支配下に置ける程度の存在としか考えていない。
何に対しても対等な関係築けず、上からしか物言えぬ傲岸不遜な態度。
自身の足下にも及ばない、程遠い存在として捉える烏滸がましさ。
心の奥で湧き上がる怒りがニュールの無意識から溢れだし、収めていた威圧感に…重厚さと…冷たい鋭さを加味して放つ。

「ふうっ…。敢えて、与える…と言う益がこの国に存在するとは思えないのだが」

深々と椅子にもたれ掛かり大きく溜め息をつくと、珍しく尊大に…相手を小馬鹿にするように…片肘つきながら言葉返す。
今までの慎重で丁寧な態度をかなぐ捨て、権高で横柄な…エリミアの国王と同等以上に不遜な態度で対峙する。

「その程度のもの…力で手に入れる事が可能である。欲しくも無いがな…」

ニュールの言葉の温度感は激しく低下していた。
武力対応なら簡単に攻め滅ぼせる…と言う意味を暗に含ませ、場の空気が完全に凍りつかせる。
既に譲歩の余地は無い。
最早話し合いは無用と判断したニュール。

「我が国が問うのは1つ、敵か…味方か…。中間で利益得るだけに奔走するものは敵とみなす。仕掛けるならば喜んで立ち向かおう…」

そして席を立つ。

「最後に1つ。貴国が共に歩もうとしている国の頂点は人ならざる者。人との間には思考の隔たりあるから気を付けることだ…」

其の心からの助言を生かす者であったのなら、違う結果が見えたのかもしれない。

言葉と力による譲歩の引き出し…と言う胡散臭い駆け引きを、エリミア国王を相手に試みたニュール。
結局…微妙な結果に終わった。
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