クズヒロインなのになぜか人が寄ってくる

キリアイスズ

文字の大きさ
17 / 115

私は楽がしたい

しおりを挟む
私は街の遊歩道を歩いていた。澄んだ冷風が体中を纏い、思わず早足で歩いてしまう。
そのまま辺りを見回した。以前街を散策したとき眺めていたのは建物の外観や佇まいだった。今私が眺めている建物ではなく人だった。中心街だけあってたくさんの人間が行き来しており、私自身もその中の一人に溶け込んでいた。これが現実だと思わせるような物や景色だが、すぐにそれが錯覚だとわかる部分がある。

「すっごいカラフル」

それは髪の色だった。黒髪、茶髪、金髪はもちろん緑、青、赤、ピンクという目に痛い色まである。現実だったらそんな髪の色を見たらブリーチしていると思われそうだがここは現実ではなくゲームの世界。そんなありえない髪の色が当たり前に存在する。

ピンクの髪の男が素通りしたとき思わず吹き出しそうになった。平坦な遊歩道を歩いた先に円形状に開けた広場にたどり着いた。開放的な空間に背景のルネサンス様式の建物がよく見える。広場の中央には噴水があり水中から直上に吹き上がっている。噴水から離れた所に向かい合うようにして時計台が建てられていた。そこでは屋台を出していたりベンチで休んでいたり大道芸のパフォーマーが子供たちを楽しませていたりと様々だ。

私は時計台で時間を確認した。12時15分ちょうどのお昼時だ。

「………時計ないと不便だ」

「なくしたんだっけ?」

「なくした」

私はわかりやすく舌打ちをする。
私はあの懐中時計をなくしてしまっていた。4日前の牧場からの帰り道には確かににあった。それから大衆食堂に入り、髪の長い青年に見せてテーブルに置いてたはずだ。でも店から出たとき懐中時計を持っていたのか記憶がはっきりしない。持っていなかったような気もするし持っていたような気もする。何しろあの時興奮気味だったからうろ覚えだ。

「あとで確認しにいくか」

おそらくあの店に置き忘れたか帰り道に落としたかのどっちかだ。少しあの店で騒いでしまった自覚はあるので少し躊躇う気持ちはあるがやはり時計がないと不便でしかたがない。もしあの店になかったらあきらめて新しい手頃な値段の時計を買おう。

「小腹すいた」

私は広場を見回し手頃で安く食べられる屋台を探した。私はある屋台に目をやる。

「ケバフ?」

のぼり旗にわかりやすく掲げられていた。興味本位で近寄ってみる。
ケバフという料理を外国料理の特集番組で紹介されていたのを覚えている。たしかスライスした肉や野菜をトルティーヤというパン生地に挟んだ料理だ。最初テレビで見た時、食べてみたいという好奇心を抱いたが近場にケバフの専門店はなく、あったとしても気軽に行ける場所ではなかった。だからもしこの料理を食べられる機会があったら店舗が近場に新しく建設されたときだろうとテレビを見ながらぼんやり考えていた。
今その機会が巡っている。まさかそれがゲームの世界だとは考えもしなかった。屋台に近づくと何層にも重ねている肉のかたまりの1つが垂直の串に刺しているのが見える。奥のほうからハチマキをした20代後半の気さくそうな男で出てきた。

「いらっしゃい」

「1つ。ソースはチリソースで」

「はいよ。銅貨3枚になるよ」

銅貨を出し、男に渡した。男は手馴れた手つきで肉のかたまりを回転しながらそぎ落とし生地にスライスした野菜と肉を挟みソースをかけた。

「熱いから気をつけな」

男は食べやすいように包装し私に渡した。私は目礼しその場を離れた。近くのベンチに腰掛け手の中にいまだに熱がこもっているケバフを一口食べた。

―――美味しい

肉と野菜が合わさり、そこにソースがさらに旨みを引き出している。白い生地がその旨みを逃さずしっとりと味が染みている。私は一口一口じっくりと味わった。

「さてと」

お腹も膨れ一休みしたことだし行動に移すとするか。

「………」

宙に浮いていたうさぎはじっと私を見つめている。そういえば、食べている間も私をじっと見ていたような気がする。

「おいしかった?」

「まぁ」

今度また買いに行くか。値段も手頃だし。

「そんなに美味しかったら一口くらい残してくれても」

「ねえ、ちょっとあれ見てよ」

私はうさぎの言葉を完全に無視して向こうを指差した。

男が肩にあるものを乗せて運んでいる。なんとそれは大木だった。地面から引き抜いたのか土が付いた木の根も引っ付いている。男はそれは軽々と一人で顔色1つ変えることなく運んでいる。男は広場を通り抜けていった。人々は大木がぶつからないようによけるだけでまったく驚きはしていなかった。

彼らにとってこれが日常なんだろう。

私はゆっくりと立ち上がり帽子を深く被り直した。そして目的の場所に向かうために歩き始める。

「この世界にはああいうノアってチカラがあるってわかったけど、やっぱりまだ慣れない」

「この世界ではほとんどみんな自分のノアが適応される職業に就いているらしいね。さっきの図書館の人もそうだったよね」

図書館に入ったとき、範囲も本の数も多く本の場所がわからずにいたのでカウンターにいる司書らしき女性に本の場所を聞いた。女性は私に「どんな本を探しているのか紙に書いてください」と一枚の紙を出した。私は【ノアの歴史】【ノアの伝書】【チカラの秘密】という単語を書き女性に渡した。女性は右手で紙をスライドさせて別の紙に手をかざした。すると本のその紙に本の位置、番号、数、現在貸し出されているかが詳しく表示された。

まるで検索機だと思った。

「現在、お探しの本は10冊ほどあります」

女性はその紙を私に渡した。私はその光景を唖然としながら見ていた。


「そういうの楽でいいね、羨ましい」

現実では自分に適した仕事がわからなくて模索している人間が溢れているのですでにそれが生まれたときから備わっているなんて羨ましい。

「それ、羨ましい?」

「他の人はどうだかわからないけど私は楽がいい」

わざわざしなくてもいい苦労なんてしたくない。決められた未来が嫌だとか言う人間は社会の荒波に飲まれたことにない人間の考えることだ。ただの反発心で違う道にいっても結局後悔することになる。
楽がしたいと思うことは決して悪いことじゃないのに。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

処理中です...