愉快な殺し屋幽霊

キリアイスズ

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意に介さず

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雨は止む様子もなくずっと降り続いている。五月雨家の庭は雨で辺り一面を濡らし、大きな水たまりが点在していた。雫は濁った水溜まりに浸かろうが湿った土が皮膚をこすろうがお構いなしにうつぶせのまま膝と胸筋を使って泳ぐように体を前に進ませる。体がすべて外に出すことができたと確信すると勢いをつけて、起き上がる。

「うわ、体ベタベタ」

体の正面は泥水のせいですっかり汚れてしまっていた。身に着けたままの白い下着は変色し、体のいたるところに茶色く濁った水滴や湿った土がついている。泥を落としたくても両肩を外してしまっているため払うことができない。すぐさま、この両肩を嵌めようと雫は立ち上がり、壁の前に立つ。

「めちゃくちゃ痛いだろうし肩、変に痛めるかもしれないけど許してよ、藍」

雫は前方方向に外れた右肩を嵌めるため、思いっきり壁に打ち付けた。
雷のような衝撃が体を突き抜ける。

「くっ!」

雫は歯を食いしばりながら懸命に体をよじり、今度は左肩を打ち付けた。

「~~!!」

予定通りに骨にひびを入れることなく両肩を嵌めることに成功した。
そのかわり、嵌めた衝撃で全身がひどく痺れ、微動だにできない。雫は顔を上げることができず、壁にコンと額に当て、体をしばらく預けた。キンと耳鳴りがして音が遠くに感じ、雨音が雫の周りだけ一瞬、遮断される。目元につたってくる雨滴と激痛で生理的に溢れ出る涙が交じり、視界が歪む。

「雫さん、もうそろそろ2分を切ります」

傍のいるにも関わらず、玖月の声が遠くのほうから聞こえるようだった。それでも、玖月の声も言葉の意味は認識できている。

遮断されていた音が徐々に戻りつつあった。

「………………ごめん、10秒だけ………待って」

外した時同様、意識を集中させる。

(………10………9………8………7………6………5………4………3………2………1………0)

ザァー、ザァーとした雨音が聞こえる。

音が、戻った。

冷たい雨が頬を打つ。体中に駆け巡っていた、痺れるような激痛がひんやりとした雨で和らいでいった。

「いててて」

雫は筋肉をほぐすように肩と首を回す。

「10秒です」

「はいはい」

体をほぐしたのは血行を良くするためだけではない。
軽い準備運動も入っている。

制限時間はあとわずか。2分以内に、ここから脱出しなくてはいけない。
雫は濡れた顔を手の甲で軽く拭った後、2階を見上げた。この位置からは見えないがベランダには藍の靴が置かれ、部屋の窓際には藍のスポーツバックが置かれている。

「急ぐか」

雫は地面に放り投げていたトップスとスカートを丸めて2階のベランダ目掛けて思いっきり投げた。制服がベランダの中に入ったのを確認すると乱雑に倒れている3つのバケツを藍が2階に登った時と同様に裏返しに無造作に重ねた。雨ですっかりびしょ濡れになった傘を掴むと、直ぐさまバケツの一番上に登り、顔を上方に向けて跳んだ。右手が指にかかると、傘の先端部分を握ったまま腕を伸ばしてフェンスの上に掛けた。

「よいしょ、と」

藍がかなり苦労していた体の引き上げを雫は容易にやってのけた。
両手がフェンスにかかると傘を掛けたまま、ぐいっと一気に体を胸元まで持ち上げ、ベランダ内に入る。雫は雨で濡れた顔を腕でこすりながら庭を覗く。

「筋肉の使い方さえつかめれば、登るのそんなに難しくないと思うけど」

「あと1分30秒です」

「おっと、話している場合じゃないか」

隅に置いていた革靴はびっしょりと濡れ、スポーツバックには多くの雨粒が付いている。雫はスポーツバックを開け、中に敷き詰められた適当なタオルを取り出し、素早く体を拭く。軽く拭くとさきほど放り投げたトップスとスカートを手に取った。

「あ~あ、けっこう制服汚しちゃったな。後で藍に謝んないと」

「もう少しで一分切りますよ……………今、服を着るんですか?時間がありませんよ」

玖月が雫に声をかける。

「着ないと降りるとき体痛めると思うし、この格好のまま外に出ると後々面倒になるとも思うしね。大丈夫、一分もあれば脱出はできるから」

そう言って雫はトップスとスカートをものの数秒で着用した。着用するとスポーツバックに下着や靴下、革靴、タオルを乱雑にしまい、ベランダから投げ捨てた。

「よし」

雫は地面に落ちたことを確認すると、フェンスに手をかけ体を持ち上げた。そしてフェンスを跨ぎ、しがみつきながら登るときフェンスに掛けておいた傘をフェンス下に掛けた。体を元に戻した雫は雨粒と汗で濡れた顔をこすり、顔に雨で張り付いた前髪をかきあげた。

「1分切りました」

「はいはいはいはいはい」

雫はフェンスに跨ぎ、再び屈みこんで目線を掛けていた傘にやった。雫は傘を握り締め、視線を取っ手部分に定めたまま、体を動かす。傘の取っ手がフェンス下から外れないように慎重に且つ素早く、傘に全体重をかけるようにぶら下がった。

ぶら下がったといっても、ほんの一瞬だけだった。掴む部分は傘の柄。取っ手のようなでっぱりがなく、しかも雨で滑りやすくなっているためどうしても一瞬だけしか掴むしかできない。

しかし、雫にとってはその一瞬だけで十分だった。2階のベランダから地面までは距離があるため、体に衝撃を受けないように一瞬だけでもいいから落下速度を消す必要があったからだ。雫はその一瞬である体を浮遊させることに成功すると、傘をフェンス下から外して体を落下させた。事前に落としていたスポーツバックが着地時にクッションになったので、足に負荷がかからずに済んだ。

「おっとと」

着地時に足がもつれた雫はスポーツバックの上に尻もちをつく。

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