冬の一陽

聿竹年萬

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少年期 港町小旅行編

(48)命の報恩

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 フィンとドロシーが客室で朝食を取っていると来客の報せがあった。宿のスタッフは心配そうに「ドワーフが知人であると申しているのですが」と説明した。
 フィンはパンを口の中に突っ込むと「先生、お客さん部屋に通しますね」と席を立った。

 フィンがラウンジに下りるとそこには先日助けたドワーフの娘、ダフネが居心地悪そうに立っていた。彼女はフィンの姿を認めると安堵したように頬を綻ばせた。

「ダフネさん! おはようございます」

 フィンが挨拶するとダフネは小走りに駆け寄ってくる。

「うん、おはよう! やっぱり二人のことだったんだね」

 口調は明るかったが、声量を随分と落として喋る。周りの目を気にしているようであった。

「やっぱり、というのは?」

「ああ、説明不足だったよね。父のダグから伝言があって来たんだ」

 ともかくも立ち話もなんであるしとダフネを部屋に通すと、改めてドロシーにもお辞儀をして「先日は危ないところ助けてくれて本当にありがとう」と繰り返した。

 ドロシーはまだ食後のお茶をすすっていた。

「それにしてもダフネさんは彼のお子さんだったのですね。言われてみれば目の色も鼻筋も似ているような……」

 先生は目を細めつつまじまじと彼女の顔を見る。

「……二人がお客さんで本当によかったよ」

 ぼそりと呟いた声は耳の遠いドロシーには届かなかった。フィンには聞こえていたもののその言葉の意味するところがよくわからなかった。

「ああ、それで伝言なんだけど今日の昼過ぎに仕上げも終わるから午後の好きなタイミングで取りに来なとさ。それとは別にこれ。この間預かった制服」

 ダフネは肩から下げていた鞄からフィンの制服を取り出した。糊がきいてしゃんとしているし、実験中に着けてしまったインク染みもすっかり消えている。

「うわぁ、新品みたいですね。ありがとうございます」
「ええ、本当に。こんなに綺麗に仕上げてもらえるなら着る時が楽しみになりますね」

「アタシは親父と違ってこんなことくらいしか得意ではないけど、こんなんでもアタシを助けてよかったと思ってくれるなら本望だよ」

 二人の称賛に照れくさいのかダフネは自分の鼻っ柱を指先で掻いた。

「まあ、ともかくさ、伝えることは伝えたし渡すものは渡したからアタシはこれで失礼するね。仕上げの仕事を手伝ってくれって親父に言われてるんだよね」

 得意なことはこんなことくらいしか、と口にしつつ仕上げ工程に携わらせるくらいなのだから余程信頼されているじゃないか、とフィンとドロシーはほのかに微笑ましく思った。
 洗濯代は先生が支払った。ダフネはそれを受け取るとまた照れくさそうに鼻を掻いていた。




 槍とも杖とも見えるその作品は淡く白く光沢を見せていた。柄から穂先までひと繋がりに見える。穂先は五角形で平板に切り割を入れた具合の二股の刃となっていた。切り割の終端には円が撃ち抜かれている。

 フィンは少し緊張の心地でそれを眺めていたが、「フィン、貴方のものですよ」と師に促されてようやく恐れながら手に触れてみた。

 ひんやりとした感触に脳が清涼になるようであった。両手で握ってみると見た目から受ける印象と異なり重量は軽く、よく手に馴染んだ。

「軽いですね。あと、持ちやすい、ような」

 感動と感嘆とが入り混じったフィンは、その気持ちをどう言語化すれば伝わるかもわからず、とにかく感想を口にする。自分の表現力のなさを呪いたいくらいの恥を覚えていたが、見開いた目、半開きになった口。本人も覚えず口を突いて溢れる「すごい……」という呟きにドロシーもダグもその胸中を察するに充分であった。

「槍のようでもあり杖のようでもありますがこれは……」

「何度か貴方の試合や教練を見ていて、戦闘適性が槍術にも魔術にもあるように推察されました。修練次第で優秀な槍術師にも魔術師にもなれるでしょう。しかしながらまだ貴方は若く前途はいまだ確定ならざる身です。そこで槍としても杖としても役割を兼ねるようにと私が設計しました」

 愛弟子が自分の贈り物に喜んでいることに安堵したドロシーは滔々と説明を始める。人差し指を立てつつ、講演台で喋っているときの具合であった。

「切り割の終端部には魔術保持の刻印を新規に設計して施して、主素材であるミスタリル、要はミスリル銀ですが、この特質を一層引き出しています。また軸の内部はハニカム構造の……」

「フンッ。エルフの嬢ちゃんよう、説明するよりは試しをさせてやった方がその凄さは伝わるんでないかね」

 ダグはもどかしさを隠しもせず口にする。カウンターに頬杖をついて鼻を鳴らしている。

 ドロシーはダグの差した冷や水にようやく自分がどれだけ夢中で語っていたのか自覚した。立てた人差し指をそっと戻した。そして、「そういえば」と少し小さくなった声で切り出した。

「穂先の光沢に黄色が混じって見えますが、お渡しした図面通りならばミスリルの灰がかった銀光沢のはずですがこれはどのような理由でしょうか」

 ドロシーの問いは尋問や疑義ではなく純粋に不思議に思う風であった。それに対してダグは鼻先を照れ臭そうに掻きながらもどかしそうに言う。

「フンッ、流石に気が付くか。刃先がこぼれたり鈍ったりしても問題ないように天金(あまかね)とミスリル銀の合金にしたんだよ」

 フィンにはその天金というものが何であるかはわからなかったが、普段から半目になりがちな師の目が大きく見開いたのを見て、どうやらとんでもないもののようであることは実によく理解できた。

「なっ、天金って……あの、ロンゴミニアドが太陽を突き、地に落とした欠片と言われるあの……?」

「ロンゴミニアドが天を突いたとかなんだとかお前さんたちの神話なんぞ知らんが、天金は天金よ。オレッチが人権を取り戻したとき記念につって……ああ、誰から貰ったかは秘密だってんであれだが出所は確かだし質も間違いない天金だ」

 ダグは乱暴な言葉を口にしながらも、少し遠くを見るような風情だった。思い出を振り返るようにして言うその様子は大切な宝物を磨いてはまた大事にしまうようなそぶりに見えた。

 ドロシーとダグの二人が天金について語る様子から事態の異常さはフィンにも察せられるのであるが、いかんせんその価値を実感として持ち合わせないフィンは黄色の混じったその光沢の美しさに感心する他なかった。

「すみません、その、天金というのは一体……」

「……天金、俗称不死金(フシガネ)と言われ、元の形状、質量に常に戻ろうとし続ける金属です。これを原初の生命と仮定して研究する派閥もあるのですがいかんせん希少な鉱物であるため研究は遅々として進んでいません。元の形に戻り続ける、という特質から加工は非常に難儀で材料として扱える者はロンゴミニアドには片手で足りるほどしかおりません。その天金を刃先に使ったということは、刃こぼれしても鈍っても、常に元の鋭さに戻り続けるということです」

 微かに驚愕の混じる声色にフィンはことの重大さを感じ取る。
 ただ、師の表情は驚きに目を見開いているようであるものの、口角を持ち上げて己の設計した作品が化けたことに興奮するようであった。
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