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夢中で走る。私の体は走り慣れてはいないようで、すぐに息が切れる。それでも目だけは光を見失わないように、少しでも前に進むために足は止めない。
光のある場所は、元は学校だった場所だ。
もう門に書かれている字はボロボロで読めやしない。それでも辛うじて霞がかった記憶によれば、門があり、校庭があり、広い玄関がある。階段をのぼればいくつもの教室があり、乱れた机が埃をかぶっている。
光を求めて上へ上へと向かっていく。
屋上へつながるドアを、おそるおそる開けた。
「……誰?」
光のそばにいた青年が私を見て、ポツリと言葉を発した。そして咳き込んだ。
「大丈夫? 私は……えっと、私……」
青年に近づき、背中をさする。自己紹介をしようとして、頭を押さえた。思い出せない。私は、私の名前は――。
「君こそ大丈夫?」
彼は私を心配そうにのぞき込んだ。
「名前――思い出せないんだろ」
「どうして……」
「僕もそうだったからさ」
ここには他の生き物はいないらしい。植物は例外で、いくつかの畑で野生化した野菜を拝借して食いつないでいたという。火もライターやマッチを集めて、水は雨水をろ過したり、海水を煮沸して。
それで何年もたった一人で生きてきた。
いつからここにいて、いつまでここにいるのかは分からない。彼はそう言った。
やはり想像通り人も含めて動物は見た事がないそうだ。虫もいないのにどうして植物が世代交代するのか、種を結ぶのか、膨大な時間を使って彼は研究しているそうだ。
青年は自らをテラと名乗った。
彼が目を覚ました時、白衣のようなものを着ていて、その名札に『寺田』と書いてあったから――テラだ。唖然としていた私は、それがテラの慣れない冗談であると少しして気づいた。
「滑っちゃったか……」
「いや、いいじゃん! テラね、テラ!」
「君は何か持ってないの?」
テラは私の鞄を指さした。
そういえば、無意識にこれの中身を見る事を避けていた気がする。もしかしたら食べ物も持っていたかもしれないのに。
改めて確認すると、ドライバーやレンチなどの工具類一式と何かの資料。役に立つものなどありはしない。
だが、その資料の表紙に共通して『渡 未来』と書いてあった。
「見覚えある?」
「特には」
「まぁ……とりあえず渡さんでいいんじゃない? 君の名前は『渡』だ」
「そうね」
少し不機嫌になる私にテラはおかしそうに笑った。別に未来の方でも良かったのではないかと思った。
私たちは、星空を見上げて人間との再会を喜んだ。
この不思議で不安な歪な世界――どうして人がいないのか、街は海に沈んでいるのか、植物だけが無事なのはなぜか。
そんな世界の謎を延々と語らう。
久々に人と話した気がする。会話ってエネルギーを使うんだな、そう思いながら私は笑顔で眠りについた。
不安の消えた眠りは、緊張をほぐし夢を見せてくれた。
私は誰かと口論していた。
何かを前にして、お互いに何人かの人を引きつれている。自分たちの方が正しいと主張している。どちらかが先に使うかというような、そんな話だった。
そして私は何かを失って、欠落感からまた仕事に打ち込んだ。周囲はそんな私を見て、諭すようなことを言う。
光のある場所は、元は学校だった場所だ。
もう門に書かれている字はボロボロで読めやしない。それでも辛うじて霞がかった記憶によれば、門があり、校庭があり、広い玄関がある。階段をのぼればいくつもの教室があり、乱れた机が埃をかぶっている。
光を求めて上へ上へと向かっていく。
屋上へつながるドアを、おそるおそる開けた。
「……誰?」
光のそばにいた青年が私を見て、ポツリと言葉を発した。そして咳き込んだ。
「大丈夫? 私は……えっと、私……」
青年に近づき、背中をさする。自己紹介をしようとして、頭を押さえた。思い出せない。私は、私の名前は――。
「君こそ大丈夫?」
彼は私を心配そうにのぞき込んだ。
「名前――思い出せないんだろ」
「どうして……」
「僕もそうだったからさ」
ここには他の生き物はいないらしい。植物は例外で、いくつかの畑で野生化した野菜を拝借して食いつないでいたという。火もライターやマッチを集めて、水は雨水をろ過したり、海水を煮沸して。
それで何年もたった一人で生きてきた。
いつからここにいて、いつまでここにいるのかは分からない。彼はそう言った。
やはり想像通り人も含めて動物は見た事がないそうだ。虫もいないのにどうして植物が世代交代するのか、種を結ぶのか、膨大な時間を使って彼は研究しているそうだ。
青年は自らをテラと名乗った。
彼が目を覚ました時、白衣のようなものを着ていて、その名札に『寺田』と書いてあったから――テラだ。唖然としていた私は、それがテラの慣れない冗談であると少しして気づいた。
「滑っちゃったか……」
「いや、いいじゃん! テラね、テラ!」
「君は何か持ってないの?」
テラは私の鞄を指さした。
そういえば、無意識にこれの中身を見る事を避けていた気がする。もしかしたら食べ物も持っていたかもしれないのに。
改めて確認すると、ドライバーやレンチなどの工具類一式と何かの資料。役に立つものなどありはしない。
だが、その資料の表紙に共通して『渡 未来』と書いてあった。
「見覚えある?」
「特には」
「まぁ……とりあえず渡さんでいいんじゃない? 君の名前は『渡』だ」
「そうね」
少し不機嫌になる私にテラはおかしそうに笑った。別に未来の方でも良かったのではないかと思った。
私たちは、星空を見上げて人間との再会を喜んだ。
この不思議で不安な歪な世界――どうして人がいないのか、街は海に沈んでいるのか、植物だけが無事なのはなぜか。
そんな世界の謎を延々と語らう。
久々に人と話した気がする。会話ってエネルギーを使うんだな、そう思いながら私は笑顔で眠りについた。
不安の消えた眠りは、緊張をほぐし夢を見せてくれた。
私は誰かと口論していた。
何かを前にして、お互いに何人かの人を引きつれている。自分たちの方が正しいと主張している。どちらかが先に使うかというような、そんな話だった。
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