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「例えば有名な都市伝説でいえば『きさらぎ駅』『異世界エレベーター』なんかあるよね。渡さんは知ってる?」
「何となく聞いたことはある、気がする。でもオカルトよね、それ」
「『きさらぎ駅』は存在しない駅で、そこで消息を絶った人がいたことで都市伝説化していたね。『異世界エレベーター』は比較的新しい。エレベーターで特定の行動をすると異世界に行けるという都市伝説だ」
得意げにテラは言う。
「でも結局はオカルトじゃない。学生が喜ぶものでしょ」
テラはきっと私より何歳か下だ。何となくそう感じる。私は、鏡は見ていないが二十代中ごろだろうと自分で感じているし、今は太陽に照らされ肌はボロボロ、水分もとれていなかったので唇もカサカサだ。何歳も老けて見える。
何となく、その年齢差を意識してしまった。
「無意識に学生が、って出てくるってことは元の渡さんは社会人かな?」
テラがまるで何かを発見したかのように言った。
「そうかもしれないわね。でもそれとこれ、何の関係があるの?」
私は研究資料のページをめくりながら言う。
一通り眺めてみるが、よく分からないグラフや機材の説明が書かれているばかりだ。
「これと同じもの、見た事あるよ」
テラが微笑む。
「関係があるかは、それを見てから考えよう」
テラは最小限の食料と水、荷物を大きなリュックに背負い込んだ。
学校を後にしながらジリジリと私たちを炙ってくるアスファルトの上を歩く。贅沢な悩みだが、冷たいお風呂に入ってひんやりと涼みたい。
目的地は私たちが目覚めたという高台の研究所。
歩きながら、テラは言った。
彼の後ろを歩く私からは、背中しか見えない。
「もし、もし僕らが来た場所が別の並行世界だったとして……渡さんと僕は同じ世界の人間、かもしれないね」
「並行世界って、そんなの信じてるの?」
「この世界にずっといるとね、覚えている知識が通用しないことがあるんだよ。虫と植物の関係が大きいかもしれないけど、他にも微妙な知識の違いがあるんだ。知っているはずの科学が通じない時がある。渡さんと僕には今のところ、同じ常識の基盤の上で話が出来ている」
「ふぅん。でも、並行世界から来たんだったら一緒の場所に帰れるといいわね。遭難仲間ってことで!」
「そうだね、こんなどうしようもない経験、共有してくれる仲間がいないとね」
私たちは海に沈んだスーパーや街並みを見た。
さわさわと、風が膝まで伸びた雑草を撫でていく。青い空を見上げてみると、大きな入道雲が遠くの空に悠然と漂っていた。
住む人がいなくなり風化して崩れかけた民家の横を通り、ひび割れて草原のようになったアスファルトの上を歩む。時々、塩を混ぜた水を飲みながら着実に足を前に動かす。
「並行世界って本当にあると思う?」
「あるわけないじゃない。考えるだけ時間の無駄よ。でも今はその時間が山ほどあるから確かめに行くだけ」
「夢がないなぁ」
私は暑さのイライラをテラにぶつけてしまった。
そもそも並行世界なんてものを信じてはいない。だが信じたい気持ちが勝っていた。ここは終わる世界。一人を孤独だと感じたことは無かったが、本当に世界に一人きりになった時の不安は、世界に自分の存在が潰されてしまうのではないかと思ったほどだ。
「渡さんはもっと夢を見たほうがいいよ。こんな夢みたいな世界にいるんだから」
「夢は夢でも悪夢でしょう?」
私はため息を吐いた。
テラはそれでも楽しそうだった。
見覚えのある高台が近づいてきた。
「本当に、渡さんがいてくれて良かった」
テラが言う。私は急にそんな言葉を聞いて照れてしまった。今は夕暮れ。きっと景色の朱に塗れて、私の顔も赤くなっている。
「私も」
小さく呟いた。聞こえなかったのか、テラはそのまま研究所に続く階段をのぼっていく。
「待ってよ!」
追いかけて、階段を気をつけてすすむ。やはり錆びてボロボロだ。
研究所に着くと、テラが中を確認する。
「ここだけ、この部屋だけ新しい……」
「どこ?」
私もテラと一緒に部屋を覗き込む。
私が目覚めた部屋だった。目を覚ました当初はボロボロの廃墟だと感じた。でもこの世界を旅してここは荒れているだけだと分かる。
その部屋だけが壁も無事で、床にも艶がある。
テラが部屋に入って、よく分からない機材を確認する。
彼が見ているのは大きな救命ポッドのようなものだった。宇宙船でよく見る緊急脱出用の一人用ポッド。それが、蓋が開いて横倒しになっていた。
「渡さんはこれに乗って来たんじゃないの?」
「私、知らない。覚えてない」
テラがキラキラとした視線を私に向ける。
「研究資料出してくれる? 僕がここで目覚めた時、確かにこれと同じものを見たんだ。そのうちに消えてしまったけれど」
「何となく聞いたことはある、気がする。でもオカルトよね、それ」
「『きさらぎ駅』は存在しない駅で、そこで消息を絶った人がいたことで都市伝説化していたね。『異世界エレベーター』は比較的新しい。エレベーターで特定の行動をすると異世界に行けるという都市伝説だ」
得意げにテラは言う。
「でも結局はオカルトじゃない。学生が喜ぶものでしょ」
テラはきっと私より何歳か下だ。何となくそう感じる。私は、鏡は見ていないが二十代中ごろだろうと自分で感じているし、今は太陽に照らされ肌はボロボロ、水分もとれていなかったので唇もカサカサだ。何歳も老けて見える。
何となく、その年齢差を意識してしまった。
「無意識に学生が、って出てくるってことは元の渡さんは社会人かな?」
テラがまるで何かを発見したかのように言った。
「そうかもしれないわね。でもそれとこれ、何の関係があるの?」
私は研究資料のページをめくりながら言う。
一通り眺めてみるが、よく分からないグラフや機材の説明が書かれているばかりだ。
「これと同じもの、見た事あるよ」
テラが微笑む。
「関係があるかは、それを見てから考えよう」
テラは最小限の食料と水、荷物を大きなリュックに背負い込んだ。
学校を後にしながらジリジリと私たちを炙ってくるアスファルトの上を歩く。贅沢な悩みだが、冷たいお風呂に入ってひんやりと涼みたい。
目的地は私たちが目覚めたという高台の研究所。
歩きながら、テラは言った。
彼の後ろを歩く私からは、背中しか見えない。
「もし、もし僕らが来た場所が別の並行世界だったとして……渡さんと僕は同じ世界の人間、かもしれないね」
「並行世界って、そんなの信じてるの?」
「この世界にずっといるとね、覚えている知識が通用しないことがあるんだよ。虫と植物の関係が大きいかもしれないけど、他にも微妙な知識の違いがあるんだ。知っているはずの科学が通じない時がある。渡さんと僕には今のところ、同じ常識の基盤の上で話が出来ている」
「ふぅん。でも、並行世界から来たんだったら一緒の場所に帰れるといいわね。遭難仲間ってことで!」
「そうだね、こんなどうしようもない経験、共有してくれる仲間がいないとね」
私たちは海に沈んだスーパーや街並みを見た。
さわさわと、風が膝まで伸びた雑草を撫でていく。青い空を見上げてみると、大きな入道雲が遠くの空に悠然と漂っていた。
住む人がいなくなり風化して崩れかけた民家の横を通り、ひび割れて草原のようになったアスファルトの上を歩む。時々、塩を混ぜた水を飲みながら着実に足を前に動かす。
「並行世界って本当にあると思う?」
「あるわけないじゃない。考えるだけ時間の無駄よ。でも今はその時間が山ほどあるから確かめに行くだけ」
「夢がないなぁ」
私は暑さのイライラをテラにぶつけてしまった。
そもそも並行世界なんてものを信じてはいない。だが信じたい気持ちが勝っていた。ここは終わる世界。一人を孤独だと感じたことは無かったが、本当に世界に一人きりになった時の不安は、世界に自分の存在が潰されてしまうのではないかと思ったほどだ。
「渡さんはもっと夢を見たほうがいいよ。こんな夢みたいな世界にいるんだから」
「夢は夢でも悪夢でしょう?」
私はため息を吐いた。
テラはそれでも楽しそうだった。
見覚えのある高台が近づいてきた。
「本当に、渡さんがいてくれて良かった」
テラが言う。私は急にそんな言葉を聞いて照れてしまった。今は夕暮れ。きっと景色の朱に塗れて、私の顔も赤くなっている。
「私も」
小さく呟いた。聞こえなかったのか、テラはそのまま研究所に続く階段をのぼっていく。
「待ってよ!」
追いかけて、階段を気をつけてすすむ。やはり錆びてボロボロだ。
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「ここだけ、この部屋だけ新しい……」
「どこ?」
私もテラと一緒に部屋を覗き込む。
私が目覚めた部屋だった。目を覚ました当初はボロボロの廃墟だと感じた。でもこの世界を旅してここは荒れているだけだと分かる。
その部屋だけが壁も無事で、床にも艶がある。
テラが部屋に入って、よく分からない機材を確認する。
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「渡さんはこれに乗って来たんじゃないの?」
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