[完結]予言のおわり

夏伐

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3 救い

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「神の教えに従う、と言えば殺されはしません。むしろ手厚く保護されるでしょう。……一刻も早くお逃げなさい」

 今の今まで、冷たい後宮の母の宮で生きてきた私たちは無表情の侍女に告げられた。ひどく晴れた青い空を覚えている。

 困惑して動かないでいると、侍女は小さな小瓶を取り出した。

「王妃さまより賜りました毒です」

 私の隣で姉が息を飲んだ。
 侍女は無表情のまま、また「お逃げなさい」と呟いた。

「あなたはどうするの……。私たちを殺すように言われたんでしょう?」

 姉が心配そうに、侍女の服の裾を掴んだ。

「私の事はどうかお気になさらないでください。あなた方のお母さまに頼まれていたことですよ。とっくの昔に覚悟は出来ています」

 彼女が力強く微笑んだ。私たちを見逃すように協力を頼んだ兵士が何人もいるという。

 私たちは何も持たずに二人で手を繋いで、侍女の言った道をその通りに走った。姉は泣いていたが、足を止めることはなかった。
 兵士たちは、まるで私たちが見えていないかのように動かなかった。

 表情は変えないが、瞳だけは私たちを見据えていた。

 私は揺るぎないその視線に、彼らの覚悟を感じた。私たちを見逃したことがばれれば、きっと彼らも殺されてしまうのだろう。少なくとも、何か罰則が科されるに違いない。

 城を出る直前に、庭師だと名乗る人物が、私たちに外套を着せて乗り合い馬車に乗せてくれた。
 旅の荷物だと言って、私と姉にそれぞれ鞄を渡す。

 彼は別れ際、金属で出来た円形のメダル(メダイ)を私たちの首にかけた。旅のお守りだと言っていた。

 国境付近で、急な旅の疲れからか、月が真上に掛かっているからか疲れて姉と二人眠りこけてしまった。その際に、私の外套のフードがずれてしまった。

 近くにいた青年が私のフードを戻して、揺さぶり起こしてくれた。母譲りのくすんだ金の髪と褐色の肌を小さな声で指摘された。

「……俺は黙ってる。でも、皆『それ』を見ている」

 焦って、馬車から弾きだされるように飛び出して、一心不乱に森に駆け込んだ。夜の闇に紛れてから隣に姉がいないことに気づいた。

 ああそうだ。


 ――姉はまだ眠っていた。私の隣で!


 遠くで悲鳴が聞こえた気がした。
 恐ろしさで体を動かすことが出来なかった。

 目だけは馬車が通った道を見ていた。

 手配されていたのだろう、兵の一団が国境の方から城に向かって馬を走らせる。

 私は、その中の一頭に私にそっくりな人間が荷物のように括り付けられているのを見ていた。
 ぐったりとして動かない。

 一団が通った後には点々と赤黒い血が地面に染み込んでいた。

 何もできず、夜が明けた。太陽が、ジリジリと森から私を炙りだした。

 私は何度も転びそうになりながら、それでも着実に国境を越えた。
 検問で、私は侍女に言われた通りの言葉を発した。

 尋問室に連れて行かれると、兵たちは、私の持っていた『お守り』だというメダル(メダイ)を見た。そして、この子供は異教徒に追われた信徒であると判断した。

 孤児院に連れて行かれ、私はそこで名を変え、勉強をし、神に祈ることを覚えた。

 だが、私は決して片割れのことを忘れる時はなかった。
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