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0036_捨てたやさしさ
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何のボタンかって……そりゃお前、こういう事態になった時のためのシステムさ。
自爆って……爆発すりゃ確かに楽だろうけどよ。この辺りは数キロ先にシェルターが点在してるじゃねぇか。そっちに迷惑かけちまうよ。
そんなことになってみろ、せっかく逃げだした避難民も受け入れてもらえなくなるよ。無傷で生還できるやつの方が少ないだろ。
格納されてる武器を解放するんだよ。
筋弛緩剤を打ち込める銃だったり、さすまたとか高圧電流を流せるスタンガンとかな。
寄生虫だったか? 人間をゾンビに変えちまったとしても再生不可能なダメージを与えてしまえばいいって話だ。確かに頸椎を折ったり脳を破壊したりもそうだが、神経を焼き切っちまえばいいってだけの話だよ。
俺だけなら逃げられるけどさ……――ってボタン押してるじゃねぇか!
ボタン押したら近隣のシェルターに連絡が行くんだって!! まだ話してる途中だろうが……。
ほとんどシェルターから脱出したからいいとして、誰かが囮にならなきゃいけないんだ。
おい待てよ。行くのか? お前は若いんだから、もう行っちまえよ。まだまだゾンビ共は大量にいるぞ。
ああそうだな。死にに行くとしてもそれはお前の勝手だ。
でもよ、俺がついてくのも勝手だろ。まあ、ここの連中には世話んなったし、誰かが囮と数を減らす役目を負うべきなんだ。
ここの管理の人間はみんな逃げたんだから、お前も逃げりゃいいのに。
☆
俺のやさしさはこの世界では、必要のないものだった。
だから捨ててしまった。見なかったことにしていた。だが、過去の俺と同じ過ちをした青年の姿を見ていたら捨てたはずのやさしさがよみがえってくる。
「何してるんですか? 早くしないとおいていきますよ」
「ん? ああ。今日は盛大にやさしさ解禁してやるよ」
「何ですかそれ。ジョークのつもりですか?」
いまいましそうに言う青年にボケたことを言ったとしても、なんの慰めにもならないだろう。
「いや、俺も昔はやさしさ溢れる男だったってだけだよ」
「シェルター1の無愛想がよく言いますね」
歩き出す青年の背中を見ながら、俺は手近にあった木製のバットを持った。子供用の小さなバットだ。
昔、本当に昔に、気になっている女の子に「私も好きだけど、でもそういう目では見れないんだよね。あんたは優しいけど優しいだけじゃない?」そう振られたんだよな。
平和~な時にさ。
「待てって! 俺、昔は野球少年だったんだよ」
笑いながらバットを振るうと、ぶん、と小さく風を切る音が響いた。
「管理室に行って緊急ボタンを押すだけです」
「ばかだなぁ、あれは他の所に助けを求めるってのもあるけど、囮として誰かが戦うっていうルールがあるんだよ」
「助けがくるボタンなんじゃ?」
青年が不安そうに扉の奥を見つめる。
窓のない部屋に頑丈な鉄扉。中からは開けられないようにしてあるが、数日分の非常用備蓄がある。そして青年の幼い弟妹も。
「騙されたんだよ」
他にも数人騙されたやつがいるだろう。ゾンビのエサとして。
幼い子供をつれて逃げるのは、一人で逃げるよりもずっと大変だ。そして囮にはぴったりだ。
「おじさんはどうして逃げないんですか?」
「俺はどこへ行っても、厄介者だからな。ここで生き残って英雄扱いしてもらった方がいいだろ。それに緊急ボタンのこと知ってるんだから便利だろ?」
俺は青年の背を押して外へ出る。通りにはどこにも数匹のゾンビがいる。
ボタンが押して爆発するんだったら楽なのに。こんな時に多数の人命がなんてばかな話だ。だって、そんな事態になって失敗したてゾンビの数が一気に増えるとか考えなかったのかね?
こんな会話も二回目だ。
「うわっ」
物陰から青年に向かって遅いかかるゾンビがいた。
バットをぶん投げる。
バキッーー!
ゾンビに命中。ピッチャーにもなれたんじゃないかな?
俺が笑うと、青年も引きつった笑みを浮かべた。
「こんな調子で管理室まで行けるんでしょうか?」
彼がボタンがあると言われた管理室まで向かうためには武器がないといけない。
自分の手で閉じ込めた『人質』を助けるためには生きなきゃいけない。助けが来て、ゾンビを掃討しきったころには彼らは死んでるだろう。
「ばかやろう!!!!!」
俺は自分を奮い立たせるために大声を出して、壁にあったボタンをいくつか押す。火事があったり、犯罪が起きた時のためのシステムだ。いくつかの番号を組み合わせることで非常事態の種類を知らせることが出来る。
「ちょ、大声はやめてください!」
その組み合わせによっては――
バカッーーー!!!!
壁が開いていくつもの武器が出てきた。これがあったからこそ、『シェルターの人員総出でゾンビの群れを駆除する』という人権作戦のようなものがまかり通った。
ただ一般市民には、ヤバい時には管理層の人間が一気にこのシステムを作動させる、という話が広まっている。で、結局その人間が逃げたわけだが。
「これで行けるな!!!」
「なんでおじさんがこんな事知ってるんです?」
青年もさすまたを持って、ゾンビを捕獲した。俺は火炎放射でゾンビを焼いた。人間を焼く臭いは久しぶりだ。
「俺も昔、囮にされたことがあるんだ!」
そん時、助けてくれたおっちゃんは、俺に「逃げろ」とばかり言っていた。俺をかばって死んでしまったけれど。
だからこそ、ずっとシェルターのシステムについて調べていた。あの時、俺も騙されていたから。
今度こそ『人質』を助ける。今度は、まだ間に合うはずだ!
自爆って……爆発すりゃ確かに楽だろうけどよ。この辺りは数キロ先にシェルターが点在してるじゃねぇか。そっちに迷惑かけちまうよ。
そんなことになってみろ、せっかく逃げだした避難民も受け入れてもらえなくなるよ。無傷で生還できるやつの方が少ないだろ。
格納されてる武器を解放するんだよ。
筋弛緩剤を打ち込める銃だったり、さすまたとか高圧電流を流せるスタンガンとかな。
寄生虫だったか? 人間をゾンビに変えちまったとしても再生不可能なダメージを与えてしまえばいいって話だ。確かに頸椎を折ったり脳を破壊したりもそうだが、神経を焼き切っちまえばいいってだけの話だよ。
俺だけなら逃げられるけどさ……――ってボタン押してるじゃねぇか!
ボタン押したら近隣のシェルターに連絡が行くんだって!! まだ話してる途中だろうが……。
ほとんどシェルターから脱出したからいいとして、誰かが囮にならなきゃいけないんだ。
おい待てよ。行くのか? お前は若いんだから、もう行っちまえよ。まだまだゾンビ共は大量にいるぞ。
ああそうだな。死にに行くとしてもそれはお前の勝手だ。
でもよ、俺がついてくのも勝手だろ。まあ、ここの連中には世話んなったし、誰かが囮と数を減らす役目を負うべきなんだ。
ここの管理の人間はみんな逃げたんだから、お前も逃げりゃいいのに。
☆
俺のやさしさはこの世界では、必要のないものだった。
だから捨ててしまった。見なかったことにしていた。だが、過去の俺と同じ過ちをした青年の姿を見ていたら捨てたはずのやさしさがよみがえってくる。
「何してるんですか? 早くしないとおいていきますよ」
「ん? ああ。今日は盛大にやさしさ解禁してやるよ」
「何ですかそれ。ジョークのつもりですか?」
いまいましそうに言う青年にボケたことを言ったとしても、なんの慰めにもならないだろう。
「いや、俺も昔はやさしさ溢れる男だったってだけだよ」
「シェルター1の無愛想がよく言いますね」
歩き出す青年の背中を見ながら、俺は手近にあった木製のバットを持った。子供用の小さなバットだ。
昔、本当に昔に、気になっている女の子に「私も好きだけど、でもそういう目では見れないんだよね。あんたは優しいけど優しいだけじゃない?」そう振られたんだよな。
平和~な時にさ。
「待てって! 俺、昔は野球少年だったんだよ」
笑いながらバットを振るうと、ぶん、と小さく風を切る音が響いた。
「管理室に行って緊急ボタンを押すだけです」
「ばかだなぁ、あれは他の所に助けを求めるってのもあるけど、囮として誰かが戦うっていうルールがあるんだよ」
「助けがくるボタンなんじゃ?」
青年が不安そうに扉の奥を見つめる。
窓のない部屋に頑丈な鉄扉。中からは開けられないようにしてあるが、数日分の非常用備蓄がある。そして青年の幼い弟妹も。
「騙されたんだよ」
他にも数人騙されたやつがいるだろう。ゾンビのエサとして。
幼い子供をつれて逃げるのは、一人で逃げるよりもずっと大変だ。そして囮にはぴったりだ。
「おじさんはどうして逃げないんですか?」
「俺はどこへ行っても、厄介者だからな。ここで生き残って英雄扱いしてもらった方がいいだろ。それに緊急ボタンのこと知ってるんだから便利だろ?」
俺は青年の背を押して外へ出る。通りにはどこにも数匹のゾンビがいる。
ボタンが押して爆発するんだったら楽なのに。こんな時に多数の人命がなんてばかな話だ。だって、そんな事態になって失敗したてゾンビの数が一気に増えるとか考えなかったのかね?
こんな会話も二回目だ。
「うわっ」
物陰から青年に向かって遅いかかるゾンビがいた。
バットをぶん投げる。
バキッーー!
ゾンビに命中。ピッチャーにもなれたんじゃないかな?
俺が笑うと、青年も引きつった笑みを浮かべた。
「こんな調子で管理室まで行けるんでしょうか?」
彼がボタンがあると言われた管理室まで向かうためには武器がないといけない。
自分の手で閉じ込めた『人質』を助けるためには生きなきゃいけない。助けが来て、ゾンビを掃討しきったころには彼らは死んでるだろう。
「ばかやろう!!!!!」
俺は自分を奮い立たせるために大声を出して、壁にあったボタンをいくつか押す。火事があったり、犯罪が起きた時のためのシステムだ。いくつかの番号を組み合わせることで非常事態の種類を知らせることが出来る。
「ちょ、大声はやめてください!」
その組み合わせによっては――
バカッーーー!!!!
壁が開いていくつもの武器が出てきた。これがあったからこそ、『シェルターの人員総出でゾンビの群れを駆除する』という人権作戦のようなものがまかり通った。
ただ一般市民には、ヤバい時には管理層の人間が一気にこのシステムを作動させる、という話が広まっている。で、結局その人間が逃げたわけだが。
「これで行けるな!!!」
「なんでおじさんがこんな事知ってるんです?」
青年もさすまたを持って、ゾンビを捕獲した。俺は火炎放射でゾンビを焼いた。人間を焼く臭いは久しぶりだ。
「俺も昔、囮にされたことがあるんだ!」
そん時、助けてくれたおっちゃんは、俺に「逃げろ」とばかり言っていた。俺をかばって死んでしまったけれど。
だからこそ、ずっとシェルターのシステムについて調べていた。あの時、俺も騙されていたから。
今度こそ『人質』を助ける。今度は、まだ間に合うはずだ!
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