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終焉の鐘の音と、新たな夜明けの兆し
しおりを挟む◆リゼット
あの星々すら祝福するかのように煌びやかだった、私とアレクシス兄様たちとの偽りの婚約祝賀会の夜から、季節は一つ巡った。
この帝都には、厳しい冬の訪れを告げる木枯らしが吹き始め、ヴァイスハルト公爵邸の庭園も、今は色鮮やかな花々ではなく、静かに雪化粧を待つばかりとなっている。
だが、私の心の中は、まるで春の陽だまりのように穏やかで、そして満ち足りていた。
「リゼット、またあの忌々しいアストレアの連中のことを考えていたのか? お前のその美しい顔に、そんな陰りを浮かべる必要など、もうどこにもないというのに」
暖炉のそばで読書に耽っていた私に、アレクシス兄様が優しい、しかしどこか心配そうな声で尋ねた。
その手には、いつものように分厚い騎士団の報告書ではなく、私の好きな詩人が詠んだ恋愛詩集が握られている。これもまた、兄の不器用な優しさなのだろう。
「いいえ、アレクシス兄様。ただ、あの者たちの滑稽な末路を思い出して、少しばかり愉快な気分に浸っていただけですわ。もう、陰りなど、私の心には一片たりともございません。この隻眼が、兄様たちの深い愛情と、そしてこの帝国の輝かしい未来だけを映している限りは」
私は、兄に向かって穏やかに微笑んでみせた。それは、もはや悲劇の令嬢の仮面ではなく、ヴァイスハルト家の者としての誇りと、そして一人の女性としてのささやかな幸福感に満ちた、偽りのない笑顔だった。
実際、クロード殿下とセレスティーナ王女のその後は、私が想像していた以上に、いや、兄たちが画策した以上に、悲惨で滑稽なものだった。
あの会談で完全に正気を失った二人は、それぞれの従者たちによって自国へと強制的に送還された。
だが、アストレア王国に戻った彼らを待っていたのは、もはや温かい歓迎ではなく、国民からの激しい怒りと侮蔑、そして貴族たちからの冷酷な見限りの声だけだったという。
クロード殿下は、夜毎見る血塗れの小鳥の悪夢に耐えきれず、ついに完全に精神が破綻した。食事も睡眠もろくに取れず、ただただ意味不明な叫び声を上げながら自室を徘徊し、時には壁に頭を打ち付けて自傷行為に及ぶことすらあったらしい。見るに見かねた父王によって、王太子位を剥奪された後、人里離れた古城の塔に幽閉され、今では生きているのか死んでいるのかすら定かではないという。ああ、なんて哀れで、そしてふさわしい末路なのでしょう。彼が私にした仕打ちを思えば、当然の報いですわ。
セレスティーナ王女に至っては、さらに悲惨だった。原因不明の肌荒れは悪化の一途を辿り、かつての美貌は見る影もなく崩れ去った。精神の錯乱も相まって、鏡に映る自身の醜い姿に耐えきれず、ついに自らその美しいと信じていた顔をナイフで切り刻むという凶行に及んだという。一命は取り留めたものの、その顔には生涯消えることのないおぞましい傷跡が残り、もはや人前に出ることすら叶わない。彼女もまた、クロード殿下と同じ古城の、別の塔に幽閉され、ただただ自身の失われた美貌と、そして永遠に手に入らない幸福を呪いながら、狂気の中で生き長らえているという。ふふ、まさに「呪われた姫君」の末路に相応しいではありませんか。
そして、アストレア王国そのものもまた、ヴァイスハルト家の容赦ない経済的圧力と、カイル兄様が巧妙に煽った国民の不満と反乱によって、あっけなく崩壊した。国王は退位を余儀なくされ、新しい王には、帝国の傀儡とも言うべき、ヴァイスハルト家に近しい遠縁の貴族が据えられた。アストレア王国は、事実上、帝国の属国となり、その名ばかりの独立を維持するだけの、哀れな存在へと成り下がったのだ。
「全ては、リゼット、お前の勇気と、そして我ら【白銀の三槍】の絆が生んだ結果だ。だが、忘れるな。復讐は、新たな憎しみを生むこともある。我々は、その連鎖を断ち切り、帝国の未来をより良きものへと導く責務がある」
アレクシス兄様の言葉は、いつだって私の心の道標となる。そうだ、復讐は終わった。だが、私たちの戦いは、まだ終わってはいない。
「アレクシス様、リゼット様、失礼いたします。ジュリアン様とカイル様がお見えです。なんでも、リゼット様に『吉報』があるとか」
侍女の言葉と共に、ジュリアン兄様とカイル兄様が、にこやかな、しかしどこか意味深な笑みを浮かべて部屋に入ってきた。
「リゼット、お前に客人が来ているぞ。まあ、客人というよりは、お前の『新たな獲物』かもしれんがな、くくく」
カイル兄様が悪戯っぽく笑う。
「兄様、またそのような下品なことを。ですが、どなたがいらしたのですか?」
「エルンスト・フォン・シュトライヒ伯爵子息だ。彼が、正式に、リゼット、お前に婚約を申し込みたいと、父上に願い出てきたのだよ。なかなか見所のある、そして何よりもお前のことを真に理解し、大切にしてくれるであろう誠実な男だ。我々も、彼ならば不足はないと判断した」
ジュリアン兄様が、穏やかな、しかしどこか楽しげな表情で告げた。
エルンスト様…あの夜会で、私に同情と共感の眼差しを向けてくれた、数少ない誠実な騎士。彼が、私に…?
私は、驚きと、そしてほんの少しの戸惑いを隠せない。まさか、こんなにも早く、新たな縁談が舞い込んでくるとは思ってもみなかった。
「どうする、リゼット? 会ってみるか? もちろん、無理強いはしない。お前が望まぬのなら、我々が丁重に断ってやろう。お前の幸福こそが、我々【白銀の三槍】にとっての最優先事項なのだからな」
アレクシス兄様が、私の目を真っ直ぐに見つめて言った。その瞳には、深い愛情と、そして私の選択を尊重するという強い意志が宿っている。
私は、胸元で静かに輝く銀狼のブローチにそっと触れた。このブローチは、もはや復讐の象徴ではない。これは、兄たちとの揺るぎない絆と、そして私がこれから掴むべき、新たな幸福への道標なのかもしれない。
失われた右目の疼きは、もう感じない。代わりに、私の心の中には、温かく、そして柔らかな光が差し込んできているのを感じる。
「…お会いしてみようと、思いますわ、兄様。エルンスト様が、どのような方なのか、この目で、そしてこの心で、確かめてみたいのです」
私のその言葉に、三人の兄たちは、まるで自分のことのように、心からの祝福の笑みを浮かべてくれた。
私の復讐の物語は、ここに終わりを告げた。だが、リゼット・フォン・ヴァイスハルトの、新たな人生の物語は、今、まさに始まろうとしている。
この隻眼に、かつての憎しみではなく、愛する人々の笑顔と、そして輝かしい未来の光だけを映す、その日まで。
【白銀の三槍】という、世界で一番頼りになり、そして優しい兄たちに見守られながら。
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