神と穢れの紙一重

白湯の氷漬け

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終わらない冬

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 椿が目の前でぼとりと落ちた。その光景をもう何度思い出したことだろうか。
 雪で濡れた花びらは赤く艶めき、私をきっと睨み上げているようだった。掬ってみると、悴んだ指先と本当に同じ色をしている。私はいたたまれなくなって、椿をそっと抱きしめて帰った。やけに風がつめたく刺さる夕暮れだった。
 この三日後に友人は姿を消した。この隔絶した小さな村で雪が止まなくなったのも、ちょうどこの頃だったように思う。

 二か月経った今、私は同じ場所で椿と向き合い、真っ赤な一つを選んで枝を切った。
 丁寧に抱え、神社近くの古びた一軒家を訪れる。奥に進んで引き戸を開けると、布団に横たわっていた高年の男性と目が合った。

「祐一」

 かすれた声で名を呼ばれる。そばに正座すると、叔父は上半身を起こして微笑んだ。

「良い椿だ。明後日の儀式にはこれを使うのか」
「はい、師匠」

 叔父は皴の刻まれた指でそっと花びらを撫でる、と思うと、ぐっと腕を顔に引き寄せて大きく咳込んだ。私はその骨ばった背中をいつものようにさすった。
 もう五月というのに張り詰めている寒さが、いっそう堪えているらしかった。

 この村では異常気象がよく起こる。そのため湖のほとりにあるこの神社で、大昔から定期的に儀式が行われてきた。神社では夜や月を祀っており、信仰は村では当たり前のことで、長らく災害なしに暮らしてきた。

 それ故この雪も当初はいつものことと思われていた。しかし二月、三月、四月と続いたころ、神主である私の母方の叔父が腰を上げた。調べた結果神の穢れによるものだと判断。特殊な儀式をしなければならないとしたが、当の本人は近年体を悪くしている。
 その血を引く男性が十六歳の私しか居なかったということで、村のはずれにある分家の集まりから神社近くに一人引っ越し、叔父を師匠と仰ぎ修行を大急ぎで始めたのだった。叔父からは素質があると太鼓判を押されており、昔から跡継ぎと言われていたため私自身抵抗はなかった。

 儀式では季節の花を捧げる。花は二日前に村で取り、儀式を主だって行う者の家に活けておくことで、あらゆる穢れの依り代となってくれるという。しかし、

「神と穢れは紙一重だ、丁重に扱えよ」

 再度横たわった叔父が真剣な目でそう告げた。何度も教わったその言葉に、私は深くうなずく。ではまた明日と立ち上がると、叔父は花瓶を手伝いに持って来させようとしたので、いえ、と首を横に振った。

「友人に頂いたものがありますから」

 目じりに皺を溜めた叔父に小さく手を振り、その一軒家を後にした。参拝し、息で手を温めながら小走りで帰る。
 建付けの悪い戸を押しのけて入り、ひたひたと冷たい廊下を急いで居間に戻ると、点けっぱなしにしておいた炬燵に滑り込んだ。

 ほっと一息ついて窓辺の花瓶を引き寄せる。それは首が細く底は膨らんでおり、夜や月の装飾が施され、まさに儀式を象徴するような花瓶だった。手元の椿を挿してみると、茶色と暗い影で包まれた部屋に、のっぺりした赤がよく映える。
 そうして変わらず思い出すのは、ぼとりと落ちた椿と、その後居なくなった友人のことだった。
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