神と穢れの紙一重

白湯の氷漬け

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消えた友人

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 鍋をコンロに置いておき、大根と鶏肉を切る。
 友人は村の外の人だった。安っぽいスーツで叔父に名刺を渡した彼は、儀式を補助する代わりに取材をさせてください、と隈の深い目を細めて言った。私がまだ中学生のころで、黒縁の眼鏡もくたびれた合皮の腕時計も、とても大人びて見えた。
 当時不作を憂慮していた叔父は承諾し、私が今住んでいるこの狭くて古い家を貸した。私はそこを小屋と呼んで足しげく通った。優しい彼と仲を深めるのに時間はかからなかった。

 鍋に油を入れて鶏肉を炒める。
 数年が過ぎ、小屋は書類だらけになっていた。高校には行かず神社を継ぐんだと言い放った私に、彼は万年筆の動きを止めて振り返り、丸く開いた目と口をぎゅっと閉じて、いやそうだよな、と考えてから応援してるよと笑ってくれた。右手で剃り残った髭を触りながら、それから後で話を聞きたいとも呟いた。
 ぼんやり発せられたその言葉の方が、私は励ましの笑顔の何倍もうれしかった。神社の一員として認められた気がしたからだった。

 鍋に大根と水、鰹節を入れて火にかける。
 今年の二月に会ったとき、書き終えた用紙の山は束ねられ整頓されていた。彼は炬燵の向かいで大きく伸びをし、そのまま卓上に両腕と頭を伏せる。聞くと、叔父が興味深い話をしたという。

 ──その昔、何月も続いた冬を儀式で止めてみせた、と先々代の神主が言い張っていたが、そんな儀式は誰一人としてやった覚えがないらしい。ぽっと口走ったその話に食いついたが叔父さんは曖昧な返事ばかりで、日記かなんかがが残っているかもな、なんて話をやっと引き出したからには探し出すしかない。でも見つからないんだ!

 充血した目を見開く彼に、私は動揺した。好奇心は猫を殺す、なんて冗談でもない言葉が脳裏をかすめ、私はいつもより早く帰った。別れ際に、

 ──探してないのはあそこだけだが……

と、いつもの穏やかな彼が呟いたのを覚えている。
 鬼気迫るあの表情が脳裏に焼き付いて、帰り道にぼうっと道端の垣根の前で立ち尽くしていた。いつもは綺麗な椿が毒々しい赤に思え、その矢先、見ていた一輪が首を落とした。背筋を鳥肌が襲い、たまらず私は逃げ帰った。

 味噌をとかしてお椀に盛り、ご飯を温めて炬燵に並べた。ぱん、と手を合わせて目を瞑り、頂きますと呟く。明日明後日に寒さで腹痛に襲われるのを恐れて、早く食べ終えて寝ることにした。一口すすると出汁の香りが鼻腔を満たし、熱い糸が喉から胸へと垂らされていくように、冷えた体に沁みわたるのを感じる。
 ほっとついた息は、すぐにため息に変わってしまう。

 二日後の夜、彼は突然私の家の戸を叩いた。げっそりと頬がこけ、口元に笑みを浮かべていても落ち窪んだ目の奥が怯えていた。私は思わず息を呑んだ。大丈夫か、どうしたんだ、問いかけても彼は答えず、一つの花瓶をただ差し出してくる。

 ──きっと儀式に役立つ。厭になったら割ってくれ

 次の日から彼は姿を消した。叔父に聞いてみたが、村の外にでも帰ったのだろうと宥められた。
 顔を上げると、花瓶の艶やかな椿が目に入る。急に姿を消した彼と落ちた椿を何度も思い返し、また今日も一日が終わった。
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