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27ルーの相談事
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ホランヴェルス公爵家から逃げ帰った翌日ーーエマは休憩時間にルーの店に来ていた。午前中、パンを買いに立ち寄ったルーから少し相談があると言われたからだ。
ルーは店を閉め、ダイニングの椅子に座ったエマの前に蜂蜜をたっぷり入れた温かい香草茶をコトリと置いた。
「わざわざすまないね。来てもらって」
「全然っ!いい香り~。ありがとう」
昨日のことを引きずりながら今日一日過ごすのかと思っていたエマにとって、ルーの誘いはむしろありがたかった。
ただ、相談と言われるとルーに何か良くないことでもあったのかと心配になる。
「それで、相談って…?」
エマが伺うように聞くと、「ああ、これなんだが」とルーはとなりのリビングの窓辺から鉢植えを持ってきた。
「エマ、これ何かわかる?」
「これ?これは…、ん?」
鉢植えには青々として柔らかそうなパセリのように縮れた葉っぱがこんもりとなっている。だが、こんな植物をエマは初めてみた。少なくともこの国にはない植物だ。
「エマも知らないか…。
じつは最近密かに出回っている植物なんだ。
葉を噛むと幻覚作用がでる。だがその副作用として頭痛や吐き気の体調不良を引き起こすらしい。
最近、興味本位で試す若者がいるらしいんだ」
このもこもことしてのんきな見た目の植物が、じつはそんな凶悪だとは驚きだ。
ルーが説明しながらこんもりした葉っぱをポムポムと触る姿は可愛らしいとさえ思える。
「いまはその程度で済んでいるが、もし加工方法が工夫されれば大変なことになるかも知れない」
「ルーはこれをどうやって手に入れたの?」
「薬草屋仲間からこの植物の噂を聞いたんだ。
気になったからあちこちで話題に出してみたら、ある酒場でほんの小さな一株を売ってやると言われてね。
私も若い男だから」
「ルーッ!なんて危ないことしてるのっ!」
ルーはハハハと笑いながら話すが、エマは心底ヒヤリとする。
怪しげな噂に飛び込むことも、酒場に一人で行くことも、誰かも分からない者と取り引きすることも、何もかもが危険すぎる。
何よりルーは女性で隣国の公爵家令嬢だ。
「もう何も調べなくていいからっ」
「だが今のままでは何も分からない。名前すら分からないんだ。
見た目がこれだから警戒心も薄い。
国の上層部が認知して取り締まりが始まるころには、より精製されたものが蔓延して取り返しがつかなくなっているかも知れない」
「ルー」
冷静なエマの声がルーを制止する。
「大丈夫。この子に聞けばいいのよ」
もこもこした葉っぱに手を置き大真面目にそういうエマに、ルーは「そんなことが…」と言いかけたが、愚問だと思ったのだろう口を噤んだ。
「しばらく預からせて。何か分かったらロイさんやアルベルト様にも相談しよ?
そうすれば国の偉い人に話が伝わるかも知れない……」
(国の偉い人……はぁ~昨日会ったし。)
「エマ?ひょっとして昨日何かあった?
今朝、店に行った時もいつもと様子が違ったから」
昨日からスーラとロジには心配かけまいと気を張っていた。だから親友のルーの顔を見た途端、エマの心がありありと表情に出ていたようだ。
ルーが淹れてくれた温かいお茶、今日は蜂蜜がたっぷり入っている。最初からルーは気遣ってくれていた。
エマは昨日パンを届けるのを口実に公爵家に呼び出されたことだけを話した。
ルーは怒りをあらわにドンとダイニングテーブルに拳を打ち付ける。
「この国の王子は暇なのか?!バカなのか?!バカなんだな!」
憎々しげにテーブルの一点を見つめているが、殺気はあったこともないこの国の王子に飛ばされているようだ。
「あの、ルー?王子様に嫌がらせとかされてないから、ね?」
「それにジークヴァルト・フォン・ホランヴェルス!ロジ殿がせっかく用意したパンをぞんざいに扱いおって!
バカ王子の言いなりの腰巾着がっ!次期宰相なぞ辞めてしまえ!」
「で、でも、公爵家では執事さんもちゃんと私をお客さんとして扱ってくれたしっ。
王子様もソファに座るように言ってくれて……」
怒り心頭のルーを宥めるのに、何故自分が必死にフォローしているのかと激しく腑に落ちないものを感じつつも、昨日からぐちゃぐちゃとした整理のつかない気持ちが少し落ち着いたような気がした。
被った本人よりも他人が感情を露わにしてくれると、返って気持ちが冷静になるようだ。
エマはカップをそっと両手で持つとお茶に二、三度息を吹きかけ一口飲みフッと失笑する。
「あの人たちは全然悪くないよ。むしろね、昼食会で話したご令嬢がたの趣味への感想をほめてもらったの。
どうしてそんな知識があるのか聞かれたから、新聞とか本とかでって答えたら驚かれちゃった」
(動揺して、パニックになって、最後はグダグダで帰って来ちゃったけどね。
あの人の中で私は地に落ちてる。どん底なんだろうなあ。
いや、違うか。昼食会へ向かう廊下で品のない下劣な視線を向けるなって言われた時点でどん底まで落ちている……)
「エマ、気疲れしてたいへんだったろう。お疲れ様」
「……ん、ありがとう。ルー」
エマが落ち込んでいるのはジークヴァルトに徹底して嫌われたからだと、本当のことを言えないことが申し訳ない。
でも、エマのために怒ってくれて心から慰めようとしてくれるルーを見ていると、この異世界で彼女と親友になれて本当に良かったと胸が熱くなった。
*
エマは王子たちに呼び出され昼食会でのことを話しただけと言った。だが、とルーは思う。
そもそも、平民の娘を王子や貴族はそんな話だけで呼び出したりしない。
それに、知識を新聞や本で得たなどと答える平民の娘もいない。ましてやエマは王都から遠く離れた田舎の村の出身だ。
つまり、この人は魔女であることを隠そうとしているが、はたから見れば全然『平民』になりきれていない。
エマはとても大切に育てられたのだと思う。ドリスに引き取られるまで親戚を転々としていたと言っているが、多分違う。
利用するとかされるとか頭では分かっていても、本当の怖さを見たことも無くましてや実感したことなどない娘なのだ。
(ルイス王子は何か勘付いているのか?まさか『魔女』だと…まさかな。でも、ただの『平民』でない違和感には気づいているか…)
それに、ジークヴァルトの名を言った時に垣間見えた彼女の哀しげな表情。
彼女の元気がないのは奴が原因だということはお見通しだ。宮殿から帰ってきた時も今日も『ジークヴァルト』という名がエマの表情を暗くしている。
多分、エマは『ジークヴァルト』を憎からず思っているのだろう。なのに、何か酷く傷つけられたのかも知れない。
(『貴族』の『平民』への態度としてはこちらが正解だ。ということは、宰相補佐は何も気づいていない?……それはそれで問題じゃないか?)
とにかく、敬愛する魔女で親友のエマを哀しませるジークヴァルト・フォン・ホランヴェルスという男をルーはしっかりと敵認定した。
「ルー、話を聞いてくれてありがとうね。話したらかなりすっきりした」
エマは来た時に比べてかなり晴れやかな顔で背筋を伸ばした。ルーもそれなら良かったと相槌をうち、二人はしばらく静かにお茶を飲んだ。
するとエマが何かを思い出したように小さく「あっ」と言ったので、ルーは「何?」と首をかしげる。
「あのね、全然違う話なんだけど一つ聞いていい?公爵家の応接室ってどこもあんな感じなの?」
思いがけない質問に「あんな感じとは?」ともちろん問い返す。
「ええと、様式っていうのか、デザインっていうのか…」
「この国の公爵家だから最上級のものだと思うが、貴族の屋敷の構造や様式はだいたい周辺国なら一緒だな。なぜならこの国が発祥だからね」
「発祥…?!」
どうしてそんなに驚くのかと不思議だったが、何かの参考になればと説明を付け加えた。
「この国は大陸貿易の終着点と見るとこもできるが、始発点とも言える。
現在の洗練された貴族文化はこの国から各国に伝わったものだ。長い歴史の中で各時代に生きた王侯貴族の女性たちがその担い手になり、流行らせていったんだ。
それがどうかしたのか?」
「ううん、貴族の屋敷なんてしっかり見るの初めてだったからちょっと聞いてみたかったの。ありがとう。
……さ、そろそろ戻らないと。
それじゃ、この鉢植えあずからせてね」
ルーの問いかけにエマは早口でそう言うと、お茶ごちそうさまと礼を言って席を立った。
唐突な質問の理由を言いたくなさそうなエマを残念に思ったが、ルーは何も聞かず快く送り出した。
ルーは店を閉め、ダイニングの椅子に座ったエマの前に蜂蜜をたっぷり入れた温かい香草茶をコトリと置いた。
「わざわざすまないね。来てもらって」
「全然っ!いい香り~。ありがとう」
昨日のことを引きずりながら今日一日過ごすのかと思っていたエマにとって、ルーの誘いはむしろありがたかった。
ただ、相談と言われるとルーに何か良くないことでもあったのかと心配になる。
「それで、相談って…?」
エマが伺うように聞くと、「ああ、これなんだが」とルーはとなりのリビングの窓辺から鉢植えを持ってきた。
「エマ、これ何かわかる?」
「これ?これは…、ん?」
鉢植えには青々として柔らかそうなパセリのように縮れた葉っぱがこんもりとなっている。だが、こんな植物をエマは初めてみた。少なくともこの国にはない植物だ。
「エマも知らないか…。
じつは最近密かに出回っている植物なんだ。
葉を噛むと幻覚作用がでる。だがその副作用として頭痛や吐き気の体調不良を引き起こすらしい。
最近、興味本位で試す若者がいるらしいんだ」
このもこもことしてのんきな見た目の植物が、じつはそんな凶悪だとは驚きだ。
ルーが説明しながらこんもりした葉っぱをポムポムと触る姿は可愛らしいとさえ思える。
「いまはその程度で済んでいるが、もし加工方法が工夫されれば大変なことになるかも知れない」
「ルーはこれをどうやって手に入れたの?」
「薬草屋仲間からこの植物の噂を聞いたんだ。
気になったからあちこちで話題に出してみたら、ある酒場でほんの小さな一株を売ってやると言われてね。
私も若い男だから」
「ルーッ!なんて危ないことしてるのっ!」
ルーはハハハと笑いながら話すが、エマは心底ヒヤリとする。
怪しげな噂に飛び込むことも、酒場に一人で行くことも、誰かも分からない者と取り引きすることも、何もかもが危険すぎる。
何よりルーは女性で隣国の公爵家令嬢だ。
「もう何も調べなくていいからっ」
「だが今のままでは何も分からない。名前すら分からないんだ。
見た目がこれだから警戒心も薄い。
国の上層部が認知して取り締まりが始まるころには、より精製されたものが蔓延して取り返しがつかなくなっているかも知れない」
「ルー」
冷静なエマの声がルーを制止する。
「大丈夫。この子に聞けばいいのよ」
もこもこした葉っぱに手を置き大真面目にそういうエマに、ルーは「そんなことが…」と言いかけたが、愚問だと思ったのだろう口を噤んだ。
「しばらく預からせて。何か分かったらロイさんやアルベルト様にも相談しよ?
そうすれば国の偉い人に話が伝わるかも知れない……」
(国の偉い人……はぁ~昨日会ったし。)
「エマ?ひょっとして昨日何かあった?
今朝、店に行った時もいつもと様子が違ったから」
昨日からスーラとロジには心配かけまいと気を張っていた。だから親友のルーの顔を見た途端、エマの心がありありと表情に出ていたようだ。
ルーが淹れてくれた温かいお茶、今日は蜂蜜がたっぷり入っている。最初からルーは気遣ってくれていた。
エマは昨日パンを届けるのを口実に公爵家に呼び出されたことだけを話した。
ルーは怒りをあらわにドンとダイニングテーブルに拳を打ち付ける。
「この国の王子は暇なのか?!バカなのか?!バカなんだな!」
憎々しげにテーブルの一点を見つめているが、殺気はあったこともないこの国の王子に飛ばされているようだ。
「あの、ルー?王子様に嫌がらせとかされてないから、ね?」
「それにジークヴァルト・フォン・ホランヴェルス!ロジ殿がせっかく用意したパンをぞんざいに扱いおって!
バカ王子の言いなりの腰巾着がっ!次期宰相なぞ辞めてしまえ!」
「で、でも、公爵家では執事さんもちゃんと私をお客さんとして扱ってくれたしっ。
王子様もソファに座るように言ってくれて……」
怒り心頭のルーを宥めるのに、何故自分が必死にフォローしているのかと激しく腑に落ちないものを感じつつも、昨日からぐちゃぐちゃとした整理のつかない気持ちが少し落ち着いたような気がした。
被った本人よりも他人が感情を露わにしてくれると、返って気持ちが冷静になるようだ。
エマはカップをそっと両手で持つとお茶に二、三度息を吹きかけ一口飲みフッと失笑する。
「あの人たちは全然悪くないよ。むしろね、昼食会で話したご令嬢がたの趣味への感想をほめてもらったの。
どうしてそんな知識があるのか聞かれたから、新聞とか本とかでって答えたら驚かれちゃった」
(動揺して、パニックになって、最後はグダグダで帰って来ちゃったけどね。
あの人の中で私は地に落ちてる。どん底なんだろうなあ。
いや、違うか。昼食会へ向かう廊下で品のない下劣な視線を向けるなって言われた時点でどん底まで落ちている……)
「エマ、気疲れしてたいへんだったろう。お疲れ様」
「……ん、ありがとう。ルー」
エマが落ち込んでいるのはジークヴァルトに徹底して嫌われたからだと、本当のことを言えないことが申し訳ない。
でも、エマのために怒ってくれて心から慰めようとしてくれるルーを見ていると、この異世界で彼女と親友になれて本当に良かったと胸が熱くなった。
*
エマは王子たちに呼び出され昼食会でのことを話しただけと言った。だが、とルーは思う。
そもそも、平民の娘を王子や貴族はそんな話だけで呼び出したりしない。
それに、知識を新聞や本で得たなどと答える平民の娘もいない。ましてやエマは王都から遠く離れた田舎の村の出身だ。
つまり、この人は魔女であることを隠そうとしているが、はたから見れば全然『平民』になりきれていない。
エマはとても大切に育てられたのだと思う。ドリスに引き取られるまで親戚を転々としていたと言っているが、多分違う。
利用するとかされるとか頭では分かっていても、本当の怖さを見たことも無くましてや実感したことなどない娘なのだ。
(ルイス王子は何か勘付いているのか?まさか『魔女』だと…まさかな。でも、ただの『平民』でない違和感には気づいているか…)
それに、ジークヴァルトの名を言った時に垣間見えた彼女の哀しげな表情。
彼女の元気がないのは奴が原因だということはお見通しだ。宮殿から帰ってきた時も今日も『ジークヴァルト』という名がエマの表情を暗くしている。
多分、エマは『ジークヴァルト』を憎からず思っているのだろう。なのに、何か酷く傷つけられたのかも知れない。
(『貴族』の『平民』への態度としてはこちらが正解だ。ということは、宰相補佐は何も気づいていない?……それはそれで問題じゃないか?)
とにかく、敬愛する魔女で親友のエマを哀しませるジークヴァルト・フォン・ホランヴェルスという男をルーはしっかりと敵認定した。
「ルー、話を聞いてくれてありがとうね。話したらかなりすっきりした」
エマは来た時に比べてかなり晴れやかな顔で背筋を伸ばした。ルーもそれなら良かったと相槌をうち、二人はしばらく静かにお茶を飲んだ。
するとエマが何かを思い出したように小さく「あっ」と言ったので、ルーは「何?」と首をかしげる。
「あのね、全然違う話なんだけど一つ聞いていい?公爵家の応接室ってどこもあんな感じなの?」
思いがけない質問に「あんな感じとは?」ともちろん問い返す。
「ええと、様式っていうのか、デザインっていうのか…」
「この国の公爵家だから最上級のものだと思うが、貴族の屋敷の構造や様式はだいたい周辺国なら一緒だな。なぜならこの国が発祥だからね」
「発祥…?!」
どうしてそんなに驚くのかと不思議だったが、何かの参考になればと説明を付け加えた。
「この国は大陸貿易の終着点と見るとこもできるが、始発点とも言える。
現在の洗練された貴族文化はこの国から各国に伝わったものだ。長い歴史の中で各時代に生きた王侯貴族の女性たちがその担い手になり、流行らせていったんだ。
それがどうかしたのか?」
「ううん、貴族の屋敷なんてしっかり見るの初めてだったからちょっと聞いてみたかったの。ありがとう。
……さ、そろそろ戻らないと。
それじゃ、この鉢植えあずからせてね」
ルーの問いかけにエマは早口でそう言うと、お茶ごちそうさまと礼を言って席を立った。
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