【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ

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82求婚

 その頃王宮では…
 後に残されたルイス王子が、エマを捜しに行くと言うルシエンヌをなだめていた。

 しつこく朝食に誘うと憮然としながらもルシエンヌはこくんと頷いた。
 そんな様子にルイス王子は微笑む。
 彼女はもう怒ってはいないだろう。ジークヴァルトの真摯な態度を信用して、エマを無事に連れ帰ってくれるはずと心の中では思っているはずだ。

 朝のきらきらしい庭園を眺望するバルコニーに席を設け、色とりどりの野菜や料理が並べられた健康的な朝食。
 まずはブラックコーヒーをきっするルシエンヌの美しい横顔をルイス王子は微笑ましく見つめた。

 『その』申し込みは寝耳に水だった。
 いや、ルイス王子からするつもりだった。
 政略的なものでなく、ルシエンヌとの距離を徐々に詰め、でも迅速に確実に成就させようと思っていた。

 なのに、ルシエンヌを迎えに来た兄のトリスタンと共に急な謁見を願ってきたと思えばルシエンヌの方から申し込んできた。

 結婚を。

 ルイス王子は開いた口が塞がらないほど驚いた。
 ルシエンヌは隣国オースト国公爵家令嬢でありながら15歳で単身国を出てエマと出会うまで三年間も一人で薬草屋を営んできたほどの女性だ。
 賢く実行力があり意志が強い。ルイス王子が強く惹かれたのもそこだ。
 だから軽々しい理由…例えば、「隣国の王子様に一目惚れした」なんてことは残念ながら絶対にないだろう。
 なにより、初対面からどうしてか好感度がかなり低かったように思う。ルイス王子を見る目つきが非常に冷たかったのだ。
 スーラの店が襲撃されたあの時、国に戻るなら公爵令嬢としての務めを果たすと言っていた。つまり家のために政略結婚の駒になるということ。
 ルイス王子としては他の男に彼女を取られる前に根回しするつもりでいたが、ルシエンヌ自身からすすんで自分を選んでくれるとは思っていなかった。

 では何故なのか。

 「ああ、多分理由は『彼女エマ』だろうな」とすぐに思い当たった。
 だが、気分を害することも気落ちすることもない。それどころかルシエンヌが結婚に積極的ならルイス王子は即断即決だった。
 皇太后が決めた婚約者マリアンヌの存在があったが、ホージ侯爵は明らかな敵だ。
 決断の障害にはなり得なかった。

 心中Win Winで生温かく微笑み合うルイス王子とルシエンヌに、トリスタンは不思議そうな顔をしていた。

 こうして、ルシエンヌの3年ぶりの帰国とともにオースト国公爵家嫡男のトリスタンが直々に運んだ手紙は、シュタルラント家からグローシュ家へ婚姻の内々諾をとるためのものだった。
 そして、皇太后との茶会前日にトリスタンからもたらされたルシエンヌの父親グローシュ公爵からの返答はもちろん「諾」だった。
 シュタルラント国の未来の王妃の座ならオースト国としても申し分ない。

 これ以降具体的に国と国の話し合いになっていくが、ルイス王子の中ではルシエンヌはすでに婚約者だ。
 だからもう「ルシエンヌ」と呼んでいる。
 無事に皇太后との茶会が終わり、今日はジークヴァルトを驚かせてやろうと思っていたのに、先に勘付かれてしまったようだ。

 ルシエンヌがカップを皿に戻し、眺めていた清々しい景色からルイス王子に視線を向けた。

「ルイス様。
私はエマを敬愛している。
この国の人間になりたいと思ったのは彼女がいるからだ。
だが、約束しよう、貴方の正妃としての務めは全うする。
そして、私は決して貴方を裏切らない。

私を愛さなくていい。
側妃が欲しければ何人でもおいてかまわない。
ただ私をないがしろにすることは許さない。
正妃として尊重してくれればいい」

 ルシエンヌのきっぱりと言い切った美しく賢そうな藍色の瞳をみた。
 ルイス王子の胸に燻っていた卑屈さや自信のなさが爽やかな風にさらわれていくようだった。

(僕も未熟なままではいられないな。
彼女に相応しい男になり、彼女と一緒に肩を並べ同じ景色を見ていこう。
愛さなくていい?側妃を何人でもだって?見くびってもらっては困るね。)

 ルイス王子は席を立ちルシエンヌの前に跪くとその手を取り口づけた。

「ルシエンヌ・デ・グローシュ穣、私ルイス・フォン・シュタルラントと結婚して下さい。
私の妃は生涯あなた唯一人だ」

 驚くルシエンヌに、「ルシエンヌ、愛している」と言ってルイス王子は微笑む。

「君からはプロポーズをしてもらったけど、僕からはまだだったからね。
側妃なんて言わないでおくれ。悲しくなってしまうよ。
さあ、返事を聞かせて欲しい。
僕と結婚してくれるかい?」

「何を、恥ずかしげもなく、あなたはっ。
今さら、プ、プロポーズって」

 全く脈なしではないようだ。いつの間にかルシエンヌの中でルイス王子の評価は少し上向いている。
 こうして少しずつ心を通わせていこう。

 口を尖らせ目を逸らす姿は年下の可愛らしい女性だった。

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