小さな生存戦略

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生存戦略再び

死を示す物音

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 陽歌と準一はエレベーターに乗り、ビル火災からの脱出を目指す。陽歌はエレベーターに乗ろうとする連中を止めるため一芝居打ったが、それが裏目に出て一緒に乗る羽目になってしまった。
「何事もなけりゃ普通に降りられる。しかも最速、上等じゃねぇか」
 準一は陽歌をフォローするために、一番上手くいった時の想定をする。あの連中の、自分のことしか考えていない想定とは違う。
 陽歌は緊張の面持ちでエレベーターの標示を見る。階数は問題の30階を突破し、20階代へ突入。このままなら普通に降りられそうだと陽歌は胸を撫で降ろす。
「あっ」
 だが現実は非情だ。なんとエレベーターは途中で止まってしまう。
 それも途中の階で停止した、というより急に止まるものだから室内は大きく揺れ、人々がどよめく。室内の電灯が消え、異常な停止であることを否応なしに思い知らされる。
「……」
 準一以外の視線が一斉に陽歌へ向けられる。元々、彼の罠を疑っていた連中だ。こんなことがあれば当然、疑われる。
「おーい、とりあえずその電話みたいなマークのボタン押してくれよ」
 準一が外部と通話するためのボタンを押すよう、他の人に頼む。人が室内には身動きできないレベルでいる。
「……」
「おーい!」
 しかし、そもそも陽歌の罠を疑うような素晴らしい知性をお持ちの連中だ。疑って動いてはくれない。彼らの世界有数の優れた頭脳では、陽歌が仕掛けを作り、エレベーターを途中で止めて外部との連絡を取るボタンを押したら罠が作動するようにしている、という真実に気づいているのだ。
 ぜひその御高説を警察なりで喋っていただきたいものである。きっと中から開かない扉がついた、紐類の持ち込みができないVIPルームにご招待されるだろう。
『19階、火災報知器が、作動しました』
「っ……!」
 録音をつなげたアナウンスに、陽歌の背筋が凍る。19階で火事が起きた。それは間違いないことだ。
(どうしよう……)
 陽歌はここから脱出する手段を考える。しかし、完全に停止したエレベーターなどどうやって脱出すればいいか、考えたことも無かった。
「お? 上(テッペン)見てみろ、陽歌」
「はい。あ……」
 準一に促されて上を見ると、点検用のものなのかわずかに天井の蓋が外れており、上に登れそうだった。
(あれ、これって点検が全然出来てないのでは?)
 しかし通常、こんなものが外れるはずない。明らかなメンテ不足。だが今回ばかりは助かった。
「登れるか?」
「いけます」
 陽歌は持久力こそ乏しいが、運動神経は高い。準一もやんちゃした経験が活きたのか、膝を曲げて彼が昇れるようにする。陽歌は準一の膝に足をかけ、肩へ乗り上げると天井の蓋に手をかける。
「動きます」
「よーし、上へ出てくれ」
 蓋は容易に外れ、陽歌はエレベーターの上部へ抜ける。しかし、陽歌がいなくなったエレベーターの籠ではまたしても騒動が起きてきた。
「お前ら! 自分だけで逃げるのか!」
「これもお前たちの罠なのか?」
 もう付き合い切れないと陽歌は無視する。勝手にエレベーターに乗ってこの始末である。しかも災害中に。
籠の中では鈍い打撃音がする。その直後、準一が陽歌の出てきた場所から飛び出してくる。
「よいしょ!」
 おそらく、騒いだバカ共をボコボコにして足蹴にし、ジャンプして上部に登ったとかなのだろう。陽歌は様子を見ていないので分からないが。
「ドアあるぜ」
「開きます?」
 エレベーターはドアを少し過ぎた辺りで止まっており、登った先にすぐドアが見えた。準一が力づくでドアを開くと、外の光景が広がる。エレベーターからの脱出自体は案外、すんなりと出来た。

「よいしょ……」
 二人はエレベーターの外に出る。陽歌が周囲を確認し、現在のフロア数がわかるものを探す。エレベーターの横には『22』と記されており、ここが22階であることが分かる。
「火事が起きたのは19階だな?」
「は、はい」
 幸い、火災が起きたフロアより上に渡り廊下がある。そこから隣のビルへ移れば下へ降りられる。
「とりあえずどこか、連絡しないと」
 ただ、まだエレベーターに人が取り残されている。もしかしたら消防も呼ばれていないかもしれない。そう思っただろう準一はスマホを取り出す。
「え?」
 金属が激しく擦れる音を聞いた陽歌はエレベーターの方を振り返る。異変はないようだが、しばらくして衝突音がする。
「まさか……」
 陽歌はエレベーターのあった場所を確認する。
先ほどまであった籠は消えており、下の方が僅かに光っている。
「ひっ……」
 彼は後退りして、腰を抜かす。最悪の想像をしてしまった。エレベーターが下まで落下した。乗っていた人は死んだ。そうとしか思えなかった。
「……とにかく、避難するぞ」
 準一は有無を言わさず彼をおぶさり、移動する。陽歌は頭の中がぐちゃぐちゃになって、どうすることも出来ない。
(なんで……こんな、こんな……)
 自分が観測しているから、人が死んでいるのではないか。そんな根拠のない妄想にとりつかれる。

 陽歌を背負った準一は非常階段を使って20階まで降りる。
「うえっぷ、煙だ!」
 19階からは焦げ臭い煙が立ち上る。なぜこのビルの2箇所で火災が起きているのかは分からない。ただ、20階の連絡通路から隣のビルへ移る必要があることだけは確かだ。
「よし、行ける行ける」
 非常階段は荷物で埋まっているということもなく、普通に降りることが出来た。20階は非常階段以外、19階との繋がりがないおかげか、特に火災の影響は見られない。
「あったあった」
 準一は連絡通路を見つけ、そこから隣のビルへ移る。
 連絡は窓があり、外の景色も見えるが今回ばかりは意味がない。幸い、防火扉などは作動していないので問題なく避難出来る。

 ドンッ。

「え?」
 しかし避難中、陽歌の耳に鈍い音が届いた。その前に悲鳴の様な、甲高い声が聞こえた様な気もした。
「……気のせいだ」
 準一はその音を聞き流す様に、陽歌へ告げる。しかし陽歌は同い年の平均よりも賢く、それだけで何かあったこと自体は悟ってしまう。

 隣のビルに移り、二人はエレベーターで地上へ降りる。こちらでは火災が起きていないので、エレベーターを使うこと自体に問題はない。それでもメンテナンス不足みたいなエレベーターを見た後では、少し不安もあったが。
 ともあれ、無事に避難自体は完了した。
「よし、どうにかなったな……」
「よかった……」
 準一とビルの外に出ると、多数の消防車が集まっていた。しかしビル自体が高いのに反して、金湧消防署の消防車は対応出来ずに消火が滞っているようだ。
「ケガはありませんか?」
 消防士が二人の姿を見て、駆け寄ってくる。
「俺はないが、この子が身体弱いみたいで」
 準一の手で陽歌は消防士に預けられる。あの火事から生き残った、という安堵から陽歌の意識が遠のく。
大人達の声も、消防車のサイレンも聞こえなくなっていった。

   @

 陽歌が気づくと、病室で寝かされていた。どこかの病院に搬送され、治療を受けていたようだ。
「検査の結果、目立った異常はありませんでしたが……身体が弱っているので激しい運動は控えて下さい」
 一応は健康体とのことだが、やはり長年積み重なったダメージはすぐに回復しない。
 窓の外を見ると、一階や二階でこそないが低い位置に景色があるのが分かる。あの火災の後だと、随分と地上に近く感じた。
 あの火災がどうなったか、陽歌はすぐにスマホで調べる。金湧114514ビルの火災。何日眠っていたのか分からないが、ニュースは既にネット上にも出ている。
「……」
 あの火災はビルの19階から上を焼き尽くし、生存者は僅か三人。そのうち二人が陽歌と準一なので、もう一人いるのだ。
 それはつまり、あのエレベーターに乗っていた人は確実に死んだということでもある。
 もしかして自分がいなければ、生きていなければこんなこと起きなかったのではないか。そんなことばかり考えてしまう。
「う……うぁぁ……」
 なんであの時、誰かを殺してまで生きようとしてしまったのか、後悔が押し寄せる。死ねばよかった、そんな気持ちだけがあり、涙が溢れる。
「なんで……ぅぅ……」
 死ねばよかった、本当にあの時死ねばよかったのに。なんで生きようとなんてしてしまったのか。
「よぉ、来たぜ」
 そんな考えを巡らせていると、準一が病室を訪れた。
「あ……杉沢さん……」
 陽歌は慌てて目元を強引に拭い、涙を隠す。
「聞いたか? あの火災、配電盤からの出火だとよ」
 部屋に来るなり、準一は火災の原因を告げる。陽歌が火災時、うわ言の様に『自分がいなければ』と言っていたのを覚えていたのだろう。原因は別にあると伝えているのだ。
「おまけにお前も見たろ? ヘリコを自分で呼ぶもんだから消防のヘリコは近づけねぇ」
「……」
「あんな高いビル想定してねぇから、消防車も届かねぇ。起きるべくして起きた火災だな」
 まるで準一は、陽歌に火災の原因はないと言い聞かせているかのようだった。

 死ぬことばかり頭にあった陽歌だが、誰にも頼れない期間が長かったからだろう、無意識に準一からもたらされた情報を纏める。考えるのをやめることは即ち、死ぬことだ。
 話を纏めると、火災自体の原因は配電盤からの出火。今時、そんな原因があるのかと思う様な内容だ。
 築年数が古く、配線が傷んでいてショートからの火花放出、溜まっていた埃に引火、これなら説明がつく。
 しかし該当のビルは新築ピカピカ。もう施工からダメだったと思うしかない。それが二箇所同時というのは、ツイていないにも程がある。
 死者が増えた原因は大きく三つ。まずは屋上のヘリポートが封鎖され、使えなくなったこと。何せ偉い人っぽいのが、自前のヘリコプターを飛ばして自分だけ助かろうとしたのだ。
 その結果が、ヘリコプターの墜落。落ちたのがヘリポートだったため、後続のヘリコプターは着陸しての救助が不能となった。
そもそも、消防はヘリコプターでの救難は考えていなかったのかもしれない。二つ目の理由、避難階段があったから だ。
 本来はこの避難階段を下りれば、問題なく避難出来た。しかし、避難階段に荷物を置くという暴挙に出た結果、使用出来なくなった。最初からエレベーターを使おうとした連中はどうせ死ぬにしても、これさえなければ避難出来た人間は多いはず。
 そして三つ目。金湧は東京の様な高層ビルが立ち並ぶ場所ではなく、消防車の水が届く限界、はしご車の梯子の長さも一般的でしかない。消火する方法はなく、スプリンクラーも起動しないのでは助かる方が難しい。

(確かに……ボクのせいじゃない……それはわかってる)
 ただ、あの火災が自分のせいではないなんてこと、陽歌には百も承知だ。それでも、そういうのは理屈ではない。自分がいなければもしかしたら、そう思ったらそれが全てだ。
「おお、そうだ。チョーエツからの連絡だ」
「チョーエツ……?」
「管轄超越調査部」
 聞きなれない単語に陽歌はきょとんとしてしまうが、見知った組織の略称であることを知る。それは、愛花のいる部署。
「警察は前の不祥事を色々重く見てるみたいでな、入院とかの手続きやってくれたから安心して休め」
「あ……ありがとうございます、そう……お伝えください」
 もう自分には、愛花の力を借りる資格はない。そう思っていたが、簡単には逃がしてくれないらしい。嬉しい、と最初は思ったがすぐに罪悪感に押しつぶされる。なんで、キチンと裁かれることも自分はできないのかと。

  @

「眠れない……」
 準一が帰った後、消灯になっても陽歌は眠ることが出来なかった。ベッドに入って目は閉じているが、朝になる気配がない。今日は目を覚ますまで眠っていたせいなのだろうか。
「あれ……?」
 窓の外に灯りが差し込み、案外もう日の出が近かったのかと陽歌は起き上がってそちらを見る。
「うっ……」
 しかし、彼の鼻孔を焼けた肉の匂いが刺激する。窓を埋め尽くしているのは、炎だ。
「え……ぇ?」
 窓に人の影が映る。助けを求めるかの様に、バンバンとガラスを叩いて叫んでいた。
「ひっ……」
 陽歌は何が起きているのか分からず、慌ててナースコールのボタンを掴んで連打する。必死になっている間に、ナースコールのコードが水差しに引っかかり、床へ水差しが落ちる。
「っ……!」
 プラスチック製の水差しが落下し、水の零れる音が陽歌を現実に引き戻す。窓の外は変わらず、夜のまま。あの炎は幻覚だった。
「はぁっ……はぁっ……なに?」
 しかし陽歌自身は、それを幻覚として認識できなかった。まったく意味不明の怪現象が起きている様にしか見えていない。
(もしかして……夢? 寝てた?)
 陽歌が周囲を見渡すと、病室のドアを開けて何者かがぞろぞろ入ってくる。
「ん?」
 これも夢か、と陽歌は流そうとした。しかし、影は袋のようなものを彼に被せ、持ち上げて運ぶ。

 陽歌は忘れていたのだ。自身に迫る危機がまだ、解決し切っていなかったことを。
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