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第71話 赤いオーガ

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※アモン視点です

 シルヴァは予定通り、ヒョロいオーガを引き連れてどこかに消えていった。
 その場に残されたのは俺とニコ。

 正面には俺達ゴブリンにずっと命令し続けていた、オーガ達の親玉である赤いオーガが立っている。
 心が震えるような変な感覚はあるものの、多分ビビってはいないと思う。
 この体の震えは……武者震いだと信じたい。

「アレだけタンカをキッテおいて、オレからニゲやがったか!」
「ニゲたワケじゃネェよ! シルヴァは、オマエよりもさっきのヒョロいオーガがツヨイとハンダンしてのコウドウだ!」
「うが!」
「ふふ、フハハハ! オモシロいジョウダンだな! ワタシよりもジルーガのほうがツヨイ? そんなワケがナイだろ。ワタシがボスであり、アイツはテシタだぞ!」

 心の底から俺達を馬鹿にするように笑い始めた。
 強く反論したいのだが、正直この部分に関しては俺も思っていたところ。

 ボスである赤いオーガよりも、あのヒョロいオーガの方が強いということはないと思っているんだが……。
 シルヴァが判断したことだからな。
 サブリーダーに就任してからの二ヶ月間で、シルヴァは信用するに値するゴブリンだと俺は認めている。

「テシタより、オマエがヨワいってコトだろう! そんなにナットクがイカナイなら、オレたちをタオしてシルヴァのところにイッテみればいい! ……タオセルならだが!」
「うががっ! ウガガッ!」
「ゴブリンごときがチョウシにノりやがって! オマエらニヒキで、オレにかてるとオモっているのが……ムカつくナァ!? グッチャグチャにつぶして、ニクダンゴにしてクッテやる!!」

 赤いオーガの体色は、怒りのボルテージが上がるごとに更に真っ赤に変化していった。
 そして筋肉も膨張し始め、とある地点を超えたタイミングで、地面を割らんばかりの力で踏み込み、俺達に突っ込んできた。

「ウガガ!」

 そんな赤いオーガに対し俺はまだ震えている中、ニコは楽しそうに笑うと俺に下がるよう軽く突き飛ばしてきた。
 戦ってやるって気持ちはあったものの、ここで指示に背くほどの力を持っているわけではないため、俺は大人しく後方に下がる。

「ツウジョウシュのゴブリンが、オレのあいてになるワケねぇだろオオオ!!」

 ニコの顔よりも大きい拳が、ニコの顔目掛けて飛んできた。
 一発でもまともに食らえば致命傷。

 下手すれば一撃で死んでしまってもおかしくない。
 そんな破壊力のある一撃なのだが――ニコは笑みを崩さず、踊るように赤いオーガの拳を楽々と躱してみせた。

 これだけで拍手したいぐらいの感動が込み上げてきたが、ニコの動きはまだ止まらない。
 【快脚】と【縮地】の能力を使い、赤いオーガの周りをぐるぐると移動しながら、足やら腕やらを一方的に撫で斬りし始めた。

 致命傷を負わすに至っていないのだが、赤いオーガはニコの予測不能な動きのせいで一切目で追えておらず、本当に一方的に攻撃を行っている状態。
 ニコのことは強いとずっと思っていたけど、まさかオーガのボス相手にも一方的に攻撃できるような強さを持っているとは思っていなかった。

 一対一で圧倒しているニコを、俺は体を前のめりにさせて応援する。
 俺の出番がないまま倒してしまいそうだが、それが可能なら何よりだからな。

「ブンブンとハエのようにイドウしやがって! ウットウしいナァ!! 【鬼化】【鬼の憤怒】」

 ニコを捉えられないと判断したのか、能力を二つ使用した様子の赤いオーガ。
 その次の瞬間、ただでさえ大きかった体が1.5倍ほど大きくなり、更に拳が炎に包まれた。

 熱さを感じている様子がないことからも、あの拳の炎が能力によるものだと思う。
 ド派手な変化に面を食らっていた俺だが、ニコは未だに余裕そうにしている。

「うががっ! ウガッガ!」

 楽しそうに踊りながら、剣をクルクルと回しており、変化を見せてきた赤いオーガ相手でも余裕で倒せると言いたげな行動。
 いや、実際に余裕で倒せるのだろう。

 炎を纏わせた拳を振りかぶり、さっきよりも桁違いの速度でニコを攻撃した赤いオーガだったが――案の定、余裕で躱してみせたニコ。
 そこからは正に一方的な戦い。

 【鬼化】と【鬼の憤怒】に合わせ、【疾速】の能力を開放したニコは目で追えない速度で移動しながら、再び赤いオーガを一方的に斬り始めた。
 速度が乗ったことで、先程よりも重い一撃が赤いオーガを襲う。

 みるみる内に傷が増えていき、赤いオーガの体は斬り傷だらけとなった。
 もうあと一分も持たずに赤いオーガは倒れるだろう。

 そう確信した俺は、体を前のめりにさせて叫んだ。
 いや、『叫んでしまった』。

「ニコ、そのままタオシちまえ!!」

 俺のその声に反応したのはニコではなく、傷だらけの赤いオーガだった。
 ニコを倒すビジョンが一切見えていない中で見つけた、俺という唯一の光明。

 攻撃してくるニコを完全に無視し、俺に狙いを定めて突っ込んできた赤いオーガ。
 急に標的を俺に変え、迫ってくる赤いオーガに体が動かなくなる。

 凄まじい速度で迫りくる巨体、炎を纏った拳。
 俺は何の抵抗もできず、鬼の一撃を食らった――そう思ったのだが、全力で戻ってくれたニコが身を挺して俺を守ってくれた。

 剣でガードしたようにも見えたが、威力を殺しきれずに吹っ飛んでいったニコ。
 確勝の状態だったのに、俺のせいでニコがダメージを負ってしまった。
 自責の念でパニック状態になりかけていた中、赤いオーガは俺を見下ろしながら笑いながら言葉を吐いた。

「グッガッガ! ザコをマモってやられてクレるとは、とんだマヌケやろうでたすかった! いくらツヨくても、キリすてるハンダンがデキねぇニリュウだとこうなるんだよ!」

 俺を守ったニコに対する侮辱。
 俺は確かに雑魚だが、ニコはこいつを圧倒し殺しかけていた。

 二流と吐き捨てられる謂れはなく、沸々と心の中で怒りが増していく。
 パニックでぐちゃぐちゃだった思考もクリアになり、俺の思考は赤いオーガにどうやってニコに詫びを入れさせるかだけ。

「オマエをナグリころしたアト、どうあのゴブリンをコロスかタノシミでシカタナイ!」
「誰が誰を殺すって……? お前は俺にも勝てやしない」

 腰に差していた剣の柄を握り、極限まで腰を落として赤いオーガを挑発する。
 
「あ? テメぇみたいなザコがチョウシにノッてんじゃねぇぞ!」
「なら、早くかかってこい。一発で終わらせてやる」

 自分でも何で急に自信が湧いてきたのか分からないが、赤いオーガを一発で斬り殺す自信がある。

 早く来い、早く来い。

 心の中で、赤いオーガが動くのを待ち望み、そしてとうとう俺を殴り殺しに動いてきた。
 さっきと同じ速度だが、冷静になっているからか遅く感じる。
 俺の間合いまで引き付け、そしてーー。

「――【一閃両断】」

 体が思うまま動かし、能力に乗せて剣を振った。
 今まで使ったことのない能力であり、使えることすらも知らない能力だったが、何故か使えると体が教えてくれた不思議な感覚。

 手応えは抜群であり、ゆっくりと振り返ってみると、赤いオーガは上半身と下半身に綺麗に分断していた。
 俺がやったとは思えない死に様だが、俺がやったんだよな。

 叫びたいところだが、勝利の喜びよりもニコの安否の方が重要。
 俺はニコが吹っ飛んでいった方に走り、無事かどうかの確認をしに向かった。

 仰向けのまま倒れているニコが視界に入ったが、一切動く気配がない。
 今更になって心臓が破裂しそうなほど速く動いたが――顔を覗き込んでみると、ニコはケロッとした顔で笑っていた。

「し、シンパイしたんだぞ! ブジならうごいてくれ!」
「ウガッガ! うがが!」

 びょんっと軽やかに起き上がると、いつもの小躍りを見せてきた。
 パンチをモロに食らったように見えたが、どうやら完璧に防いだ上に受け身も取れていたらしい。
 なにはともあれ、俺のせいで大怪我を負ったとかではなく一安心だ。

「うがが! ウガ!」
「そ、そうだな。シルヴァのところに行こう」

 起きるなり、シルヴァの下に急ごうというニコの提案。
 ボスである赤いオーガ討伐を喜ぶ暇もなく、俺達は急いでヒョロいオーガと戦っているシルヴァの下へと向かったのだった。
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