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最強ヤンキーくんの初恋。①

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昔の俺は自分を大切にしていなかったように思う。
そもそも俺のことを大切に思ってくれる人もいなかった。
だから好き勝手に暴れて喧嘩ばかりして──それだけが生きる意味だと思っていた。
「ミケっていつも怪我してんな」
「別にいいだろ。怪我したって最後に勝てばいいんだから」
「俺は怪我して欲しくねぇけどな。お前見てると心配になる」
「……まぁ、怜愛が言うなら気を付ける」
喧嘩ばかりする俺を初めて心配してくれたのが怜愛だった。
高校で出会ったただの同級生。
高1の2学期に隣の席になって初めて喋った程度の関係。
そんな無関係にも等しい同級生の言葉が俺の心に突き刺さった。
心配してくれたのが嬉しくて、気に掛けてくれたのが幸せで。
単純な俺は一瞬で怜愛のことを好きになってしまった。
怜愛は一言で言えばチャラい。
褐色に金髪という見た目がますますその印象を強めている。
本人もそういう自覚はあるようで、制服の着崩し方も含めて完璧な「チャラ男」だった。
そのくせ頭は学年イチいいのだ。モテないわけがない。
いつでも女子に追い掛けられていて、いつでも誰かと一緒に遊んでいる。
明るくて人当たりのいい怜愛は男女問わず人気だった。
そんな中で他人同然の俺が一歩進める訳もなく、たまに話す程度の関係が続いていた。
けれど俺はそれでも良かった。
中学の頃から喧嘩ばかりでまともに学校すら行っていなかった俺にとって学校へ行く理由が出来たことは大きな変化だ。
高校に入っても俺は一匹狼気質が抜けず友達と呼べる奴はいなかった。
だが、怜愛のおかげで2学期以降は少しずつクラスメイトと打ち解けることが出来た。
「喧嘩強いって噂聞いてたから怖いと思ってたけど話してみると全然怖くないな」
「むしろキャラ可愛い」
「怜愛が気に入るのも分かる気ぃする」
初めて出来た友達はそう言って俺を受け入れてくれた。
「ありがと。怜愛のおかげだ。俺、今まで友達いなかったからすげぇ嬉しい」
「ミケは無意識に喧嘩売ってる顔してっからいけねぇの。実際怖い顔じゃねぇんだからもっと笑えって」
「笑うって……こんな風に?」
口の端を上げて引き攣った作り笑いを浮かべる。
怜愛は俺を見て大笑いした。
「ははっ!そうそう、そんな感じ。可愛いと思う」
「可愛い?んなわけねぇっしょ。俺、喧嘩最強だぜ?可愛いなんて似合わねぇもん」
「喧嘩関係ねぇじゃん。ミケの笑った顔、俺は可愛いと思うぜ」
さらりと言われた言葉に頬が熱くなりそうだった。両頬を押さえて隠す。
「まぁ、褒め言葉と思って受け取っとく。ありがと」
「おう。じゃ、また明日な」
怜愛との何気ない会話も嬉しくて、話せれば話せただけ幸せな気持ちになる。
そんな感情は今までで初めてだった。
(怜愛って俺のこと……どう思ってんだろうな)
気持ちが気になるけれど聞けるはずもない。
何も進展しないまま進級し、俺たちは高校2年になった。
そして一気に話が展開していく。
2年から寮生活を始めることになった俺と怜愛が同室になったその日から──。

「マジ!?怜愛と同じ部屋!?」
渡されたプリントには何度見ても俺と怜愛の名前が並んでいた。
「あ、ミケじゃん。同室が仲良い奴で良かった」
「宜しくな」
「おう!2年から寮生活になるとか変わってるよな、この高校」
怜愛の言う通りこの高校は2年から全員が寮生活になる。事情がある生徒以外は必然的に寮へ入れられるのだ。
2人部屋のペアは教師が勝手に決めるもので、生徒としては運を信じるしかない。
──まさか自分にこんな幸運があるとは思わなかったけれど。

春になって心機一転、新生活をすることになった俺たち2年は春休みのうちに大荷物を寮に運び込む。
着替えや日用品、勉強道具等皆多くの荷物を持ってきていた。
怜愛も多い方の1人で部屋の半分以上が段ボールで埋まった。
「こんなに持ってくるもんあんのか」
「逆にミケが少なすぎるって」
俺は段ボールひとつとリュックに全てが収まっていた。
怜愛と比べると大きな差だ。
「あんまり必要なもんってなくねぇ?」
「いや、あるだろ。ミケ、趣味とかねぇの?」
「趣味か……喧嘩?」
「それは趣味って言わねぇよ。てかやめとけ」
今まで喧嘩しかしていなかった俺に趣味などない。
怜愛に聞かれて本当にないのだと思い知った。
喧嘩の頻度は減ったけれど未だにやっていなくもない。
怜愛もそれには気付いているはずだ。
「そのうちやめるって」
「お前それ1年の時から言ってるからな。いい加減やめろっての」
「やめられたらやめるけどさ」
「他の趣味探せばいいんじゃねぇの?」
「他の趣味か。そういえば怜愛の趣味って……ギター?」
そう思ったのは段ボールの傍にギターケースが立て掛けられていたからだ。
怜愛は苦笑して頷いた。
「ま、見りゃ分かるよな。その通り。あと読書も好きだしゲームも好きだし趣味なんて沢山あるぜ」
「へぇ、いいな。俺もひとつぐらい趣味作りてぇな」
「手軽なのから試していけばいいんじゃねぇの?そんで早く趣味見つけてさっさと喧嘩なんかやめろ」
「分かってるって。昔ほど喧嘩も楽しいと思わなくなってきたし」
中学の頃は何よりも喧嘩が楽しいと思っていた。
誰かと何処かへ行くよりも適当に出会った奴と殴り合う方が楽しかった。
喧嘩をしている時だけは自分が輝ける気がしていた。自分は誰よりも強いと絶対的な自信を持っていたし、周りから褒められることも多かった。
地元では1番有名だったと思う。
中学卒業の頃には誰よりも強くなっていたから。
高校に入ってからもそれなりに喧嘩を繰り返していた。
怜愛と出会うまで、学校に行くのは週2,3回でそれ以外は喧嘩に明け暮れていた。
中学時代よりも強い奴に出会うことが多くなり、余裕はなくなった。毎日のように怪我をしていたし、病院送りになったことも少なくない。
だがそれが逆に俺のやる気と成長に繋がった。
世界の広さを知って、もっと強くなってやると思えたからだ。
中学の頃と比べたら自分は桁外れに強くなった。
けれどそれも今となっては過去の話でしかない。
2年に上がる前から俺は少しずつ喧嘩をやらなくなっていった。
怜愛や友達といる時間が増え、そっちの方が有意義な時間だと思えるようになったからだ。
たまに1人になった時やムシャクシャした時は暴れに行っていたけれど、怪我をする度に怜愛が心配する為、それも次第に減って行った。
基準が怜愛になっていくのは良いのか悪いのか分からないけれど、結果として喧嘩をする頻度が減ったのだから良かったのだろう。
「いいことじゃねぇか。んじゃ、色々やってみな。俺に出来ることなら教えてやるし」
「ん、サンキュ。やってみるわ」
俺の今の課題は新しい趣味を作ること。
怜愛と同室になってから、そればかり考えるようになったのだった。

──寮生活を始めて1週間経った。
「ミケ!起きろって」
「んー……あと5分」
「早く起きねぇと遅刻するぞ」
遅刻という言葉に反応した俺はガバッと身体を起こした。
「遅刻はやべぇ!もうこれ以上出来ねぇんだった!」
「だから言ってんだろうが。早めに起こした俺に感謝しろよ」
「悪ぃ。ありがと、怜愛」
笑って礼を言うと怜愛は満足そうに頷いた。

着替えを終えて身支度を整えてから部屋に戻ると怜愛はまだ部屋にいた。
椅子に座って悠々と雑誌を読んでいる。
「あれ?まだ学校行ってなかったのか」
「ミケ、時計見てねぇの?大分早く起こしたからまだ全然余裕あるぜ」
「え?何だよ。怜愛が遅刻って言うからやべぇのかと思ってた」
「お前、遅刻したらやばいんだしこれぐらい早い方がいいだろ」
ククッと笑った怜愛は「食堂で飯食おうぜ」と立ち上がった。
「うわ、食堂で朝飯なんて初めてだ。いつも食う時間なかったから」
「この1週間でミケが朝弱ぇってことよく分かった。これからは叩き起こしてやんよ」
「マジ?それは助かる」
逆に怜愛は朝に強いようで寝坊をしたことは一度もなかった。その割に夜は俺より長く起きている。
つまり俺は怜愛の寝顔を見たことがない。
「けど少しは自分で起きられるように努力しろよな」
「あぁ。殺気があれば気付くんだけどな」
「忍者か、お前は」
食堂はあまり混雑していなかった為、すぐに注文した料理が出てきた。
俺も怜愛も定食を頼み、朝からガッツリ食べた。
いつも学校の近くにあるコンビニで買ったパン1個で済ませている俺からすればご馳走のようだった。
部屋に戻ってから怜愛にそう言うと「そう思うんならこれからちゃんと起きろよ」と至極真っ当なことを言われてしまった。
「善処するって」
「一緒の部屋になってミケって意外とそういう奴なんだなって知った」
「そういう奴?」
「もっと真面目っつーか、普通っつーか……そういう感じだと思ってたから正反対だったなってさ」
「だって俺、喧嘩が趣味のヤンキーだぜ?こんなもんだろ」
「まぁな。見た目に騙されたわ。喧嘩してるってのも正直あんまり想像出来ねぇ」
それはよく言われる言葉だった。
喧嘩が趣味だと言うと「信じられない」と言われることの方が多かった。
睨みを効かせていない俺はむしろ穏やかで優しそうに見えるのかもしれない。
中学の頃は顔面で舐められることが多く、少しでもヤンキーに見えるようにブリーチしていた。
その名残で今はブリーチした髪に赤色を入れている。
自由な校風はこういう時ありがたい。
今はもう黒髪の自分など思い出せない。
「めっちゃ強ぇんだって!怜愛には見せらんねぇけどさ」
「強ぇってのは去年暴れまくってたお前見てるから知ってる。大怪我した時も何回かあったけどちゃんと学校には来てたし、動けるってことは勝ったんだろうなって思ってた」
「そういうこと。こんなこと何の自慢にもならねぇけど、喧嘩するのが趣味だった頃はそれが全てだった。喧嘩して勝って当たり前の日常に戻るのが自分にとって楽しかった」
「けどそんなお前がよく喧嘩やめられるようになったよな。まだ完全にやめたわけじゃねぇだろうけど。きっかけとかあったのか?」
怜愛の言葉にドキッとしてしまう。
何とでも答えられるはずの質問なのに、馬鹿正直な俺は露骨に顔を引き攣らせてしまった。
「いっ……いや、特に」
「何だ、その反応。絶対ぇ何か隠してんじゃねぇか」
「あー、まぁ……高校生になったし?」
「俺がミケと会ったの高校入ってからじゃん。最初の頃、普通に喧嘩しまくってたじゃん」
「えーっと、いや、確かにそうだな。きっかけなぁ……」
「そこまで隠させれると気になるんだけど」
ズイッと顔を近付けられ、ますます混乱してしまう。
何も考えられなくなった俺は白状した。
「その……怜愛が心配してくれたから」
「俺?」
「そ、そう。今まで喧嘩してる俺のこと心配する奴なんていなかったから。怜愛は覚えてねぇかもだけど、去年の2学期に言ってくれたんだ」
「覚えてる。夏休み明けに学校来たミケが今までで1番怪我してたから声掛けた。こいつ止めねぇとやべぇなって思ったのも覚えてるし」
怜愛はぽんと俺の頭を叩いた。
「教えてくれてありがとな。納得した」
「お、おう。むしろあの時ありがとな。友達でもなかったのに心配してくれて」
「そりゃ好きな奴のことは心配になるだろ」
「……え?」
聞き返す俺にニヤッと笑みを返した怜愛は「そろそろ学校行かねぇとな」と鞄を持って部屋を出て行った。
残された俺の頭の中には今の怜愛の言葉がリフレインしている。
「え?え!?」
怜愛ははっきりと「好きな奴」と言った。
最後の笑みを見る限り俺の聞き間違いではないはずだ。
「ってことは……」
怜愛の好きな奴というのは、つまり。
「俺?」
理解した瞬間、顔が熱くなった。
まさか好きな人の好きな人が自分だなんて。
「有り得ねぇ……」
嬉しさと同時にどうしていいか分からなくなる。
怜愛は俺の気持ちを知っているのか、そもそも同じ意味の好きなのかどうか。
考えて考えて──はっと気付く。
「ヤベェ!遅刻する!」
考えることは後回しにして、部屋を飛び出した。
けれど今日は一日考え続けることになるのだろう、きっと。
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