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夜は俺たちの時間。④
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「レビィ!いるか?」
ドンドンとドアを叩かれる。
この声は間違いなくジュキだろう。
「どうした?」
ドアを開けるとジュキは「おはよ」と笑った。
「お前最近すぐ人間界行くからなかなか会えなくて」
「まぁ、確かにな。用事でもあったのか?」
「別に。けど普通に遊んだりしてぇじゃん」
「可愛いこと言う奴だな」
ハハッと大きく笑ってから親指で部屋の中をさす。
「寄ってく?」
「おぅ!話してぇこと、いっぱいあんだよ」
嬉々として部屋に入って行くジュキを見ながらそういえば最近こっちで過ごす時間が少なくなっていることに改めて気付く。
悪魔界と人間界の両立はなかなかに難しい。
「でさー、その時はルシファー様まで下界に降りてきて大変だったんだぜ」
「そりゃやべぇ。いなくて良かった」
「お前がいてくれたらそんな事態にならなかったと思うけどな」
俺の家に来て2時間。ジュキは止まることなく喋り続けていた。
自分がいなかった期間のことを教えてもらえるのは有り難いし楽しい。
うんうんと聞いていると突然ジュキが真剣な顔をした。
「そういえばレビィ。ラブって知ってるか?」
「ラブ?あー、噂で聞いたことあるな。って言っても都市伝説とかのレベルだけど」
「俺も都市伝説だと思ってたんだけどさ、マジでいたらしいぜ」
「はあ?マジかよ。だってそんな噂出回ったのなんて200年前ぐらいじゃねぇ?」
ラブは悪魔界に流れる都市伝説のひとつだ。
魅了が得意な悪魔が人間でも天使でも何でも悪魔に堕としてしまうというもので、最初に聞いた時は笑ってしまったぐらいだ。現実に有り得るわけがないと。
「自分で見たわけじゃないから何とも言えねぇけど誰も近寄らねぇような奥地にある別荘に堕天使が沢山いたんだって」
「ふぅん。面白ぇな」
「レビィならそう言うと思った!もし会ったら教えてくれよな」
「あぁ。実在してたらな」
近況から噂話までとことん語ったジュキは「ギルドの仕事に戻る」と帰って行った。
相変わらず騒々しくて楽しい奴だ。ジュキと話した後はいつも少し寂しくなる。
とはいえ俺も俺で忙しい。俺がいなければ一人ぼっちになってしまう奴の元へ行かなければ。
外に出て黒い翼を広げる。
高く舞い上がっていく途中、ふと視線を感じた。
「?」
誰かに追われているような感覚──それは間違いではなかった。
振り返ると見たことのない悪魔が飛んでいた。
「誰だ?」
「ラブ、って言ったら伝わる?」
「……ちょうどお前の噂話聞いたとこだぜ。俺のこと追ってきたわけ?」
「まぁな。レビィに興味があって」
「俺に?お前が興味あるのは悪魔以外だろ?」
「いや、悪魔以外はオレのおもちゃだから。本当に興味あんのは悪魔ってこと」
黒い髪、黒い瞳──その瞳の奥にハートが浮かんでいるのが見える。
それが魅了の正体だろう。生まれ持った才能と言えるかもしれない。
「お前みたいな能力もねぇのに?」
「誰よりも頭良くて高位についてるのに下界にいるなんて興味深いだろ。人間界にも出入りしてるらしいし」
「詳しいねぇ。俺のファンか?」
「むしろ恋してるかも」
キラリと瞳の奥に潜むハートが光った気がした。
頬を赤らめるラブは確かに恋しているようにも見える。同時に演じているようにも見える。
俺は大きく溜息をついた。
「恋ならお前が堕としたっていう奴らにしてやれよ」
「オレのこと好きな奴なんて好きになるわけないだろ。趣味悪ぃし」
「……成程。そういう考え方もあるか。お前、やっぱり面白ぇな」
変わった考えを持つ奴は好きだった。「自分」というものを持っている気がするから。
そういう奴は決まって変人なのだけれど、ラブも間違いなく変人の域に達していそうだ。
「本当?じゃ、俺に恋してくれんの?」
「もう少し早く出会ってたら恋してたかもな。そんじゃ」
「ちょ!」
ラブが俺の手を掴もうとしたがもう遅い。掴まれる前に飛び立った。
そして人間界へと急ぐ。
無性に大好きな彼に──寂しがりの幽霊に会いたくなったから。
「いたいた。リューセー!やっぱりここだったか」
「ここが一番落ち着くからな」
人間界に着いてすぐに目指したのは田舎の楽器屋だった。
そこはリューセーの地元の楽器屋で、こっそり忍び込んだあの日からリューセーはここにいることが多くなった。
「今日も弾くだろ?」
「レビィがやってくれるなら」
「当然。お前の演奏、俺が一番楽しみにしてんだから」
ひょいとギターを掴む。
閉店後の楽器屋は静まり返っていて誰もいない。
──夜は俺たちの時間だ。
「よし。これで弾けるだろ」
「ありがと」
幽霊のリューセーは物質を掴むことが出来ない。けれど悪魔の俺が掴んだ物なら扱うことが出来る。
リューセーはギターを肩から提げ、早速音楽を奏で始める。
どんな曲もリューセーが弾くものは全て心地良かった。
壁に凭れて座って聞いていると寝てしまいそうになる時もあるぐらいだ。
何よりギターを弾いている時のリューセーはすごく幸せそうで、見ているだけで幸せな気持ちになる。
好きな人が好きなことをしているのを見るのはこんなにも幸せなのだと──そんなことを遙か昔にも思った気がする。
ああ、そうかと理解した。
一目見てリューセーに惹かれた理由がやっと分かった。
どうしても放っておけなかったこと、やたら顔が好みだったこと。
今、奏でられた曲を聞いて全てが繋がった。
「リューセー、あのさ」
俺が声を掛けるとリューセーは手を止めた。
そして俺に視線を向けてくる。
「俺が昔人間と付き合ってた話、しただろ?」
「あぁ。聞いた」
「あれ、お前だと思うんだよな」
「……は?」
リューセーが言葉を失うのも無理はない。奇抜なことを言っている自覚はある。
けれど常々思っていたのだ。
リューセーと初めて会った時、初めて会った気がしなかった。それには理由があるのではないかとずっと考えていた。
一緒にいるようになってひとつの可能性が浮かんだ。そしてギターを聞くようになって確信に変わっていった。
「俺が昔愛した人間は、前世のお前だ」
「!」
「こんなこと言われても意味分かんねぇと思うけど、多分──いや、絶対そうだ。もう400年ぐらい前の話だからリューセーに分かるわけねぇんだけどさ」
悪魔である自分と元人間のリューセーでは寿命も時間の流れ方も違う。
前世の記憶が引き継がれるわけでもないのだ。
言われても理解出来ないだろう。それでも良かった。
俺の中でしっくり来ただけで充分だ。
「俺も……そうなのかなって思ってた」
「え!?」
ぽつりと呟かれた言葉に今度は俺の方が驚かされる。
「最初は未練もないのに幽霊になったことが不思議だった。それからレビィに出会って話してるうちにギター弾きたかったことを思い出して、もう一度ギター弾くっていう夢が叶った。今度こそ叶ったから俺消えるのかなって思ってたんだけど」
「げっ、そっか。幽霊は未練なくなったら消えちまうんだっけ」
何も考えずにリューセーの夢を叶えたけれど幽霊というものの性質を理解していなかった。
かなり危ないことをしてしまった。
けれどリューセーの言う通り消えることはなかったようだ。
それはどういうことなのだろう。
「俺もそう思ってた。叶ったのに何で消えないんだろうって。その時、思い出した」
「何を?」
「最初にここでギター弾いた時、既視感があったこと。俺がギター弾いてレビィが跳ねたり踊ったりしてくれたのを見た時──何処かでその風景を見たことある気がした」
「それって……!」
その景色なら俺も思い出せる。400年前、まだこの人間界があまり発達していなかった頃。
音楽が好きだった彼はよくギターに似た弦楽器を弾いてくれた。
俺はそれを聴きながら踊るのが好きだった。悪魔界にはない楽しさがあると教えてくれたのは彼だった。
「もしかしたら前世の記憶なのかもしれないってぼんやり思ったんだ。その時は半信半疑だったけど」
「そっか。やべぇ……何かすげぇ嬉しい。だって覚えてるわけねぇじゃん、そんなん」
「普通はな。けど俺、普通じゃないし。それからずっと考えてた。自分が消えなかった理由」
「答え、出たのか?」
問い掛けにリューセーは笑った。それは息を飲むほど綺麗な笑みだった。
「俺はきっと普通でいたくなかったんだ。悪魔と一緒にいるには普通を辞める必要があった。だから未練がなくなってもここにいた。普通の幽霊だったら消えるだろうけど、俺はレビィといる為に──その為だけに残ったんだと思う」
「リューセー……」
「どこまでが自分の意思か分からない。幽霊になったことも、普通の幽霊でなくなったことも偶然かもしれないし、俺が考えたことは全部不正解かもしれない。それでも今、嬉しいんだ。こうしてレビィといられるなら何でもいいかなって」
くしゃっと笑うその笑い方は間違いなく彼そのもので、自然と涙が流れてしまった。
ぽたりぽたりと零れ落ちた涙は床に染み込んでいく。
泣いたのは400年ぶりだ──彼を失ったあの時以来。
「……っ」
一度溢れた涙は止まらなくなってしまった。
「レビィ。らしくない」
笑って言うリューセーに軽口も叩けない。
それでも何か返さなければと思っていると、ぎゅっと抱き締められた。
そんなことをされてしまったらもう駄目だ。
リューセーの唇に唇を押し付ける。強く、強く。
痛いぐらいのキスを一秒でも長く続けていたかった。
時間の感覚がなくなった頃、やっと唇を離す。
怒っているかと思ったけれどリューセーは照れ笑いを浮かべていた。
「不思議だな。こういうことも当たり前みたいに思える」
「そりゃ好き同士だし?」
「涙止まったみたいで良かった」
「うっ……さっきのは忘れろよな」
「嫌だ。悪魔の涙を見た人間なんてきっと俺しかいないし」
ぺろっと舌を出すリューセーを見て溜息をつく。
「……初めて会った時と大分印象違うんだけど」
「レビィのおかげで人間だった頃の自分に戻ってきたかもな。昔の俺もこんな感じじゃない?」
「まぁな。それこそ俺が愛したお前だ」
ニイッと笑ってもう一度キスをする。先程より軽いキスは甘く感じられた。
甘美なキスに酔いそうになった時、唐突に唇を離された。
「けどやっぱりレビィは笑顔が一番いいから」
そう言ってリューセーは壁に立て掛けていたギターを提げ、弾き始める。
ノリのいいその曲にも聞き覚えがあった。
「思えばこの曲、いつの間にか頭の中に浮かんで弾いてんだよな。人間だった頃もっと弾いておけば良かった。400年前に弾いてた曲が頭に浮かんで──とか言ったら売れそうじゃない?」
「ハハッ!誰が信じるんだよ、それ」
有り得ないことを考えて二人して大笑いする。
それはどうでもいいことのはずなのに、何故か大切な時間のように思えた。
「ま、けど俺とお前の間に残ってればいいんじゃねぇ?」
「そうだな。レビィが踊ってくれるの嬉しいし」
リズムに乗って踊って飛び跳ねて。
そんな俺を見ながら笑ってギターを弾くリューセーは心から幸せそうで。
俺の幸せはここにあったのだと思わせてくれる。
ふとラブの一言を思い出した。
『オレのこと好きな奴なんて好きになるわけないだろ』
その言葉が俺には一切理解出来なかった。
だって俺は俺が好きだから。そして俺のことを好きでいてくれるリューセーのことが大好きだから。
こうして気持ちが通じ合った今、改めてそう思った。
「あ、そうだ。リューセー」
「ん?」
ギターを弾いたまま顔を上げたリューセーに踊ったまま答える。
「一生一緒にいような。約束」
「……うん。約束」
深夜、二人きりの楽器屋で鳴り響く音のないギター音と誰にも聞こえない声。
秘密の約束は俺たちらしい気がした。
あの頃と違ってこれからは一生幸せが続くのだ。
俺たちなら──悪魔と幽霊なら叶えられるから。
ドンドンとドアを叩かれる。
この声は間違いなくジュキだろう。
「どうした?」
ドアを開けるとジュキは「おはよ」と笑った。
「お前最近すぐ人間界行くからなかなか会えなくて」
「まぁ、確かにな。用事でもあったのか?」
「別に。けど普通に遊んだりしてぇじゃん」
「可愛いこと言う奴だな」
ハハッと大きく笑ってから親指で部屋の中をさす。
「寄ってく?」
「おぅ!話してぇこと、いっぱいあんだよ」
嬉々として部屋に入って行くジュキを見ながらそういえば最近こっちで過ごす時間が少なくなっていることに改めて気付く。
悪魔界と人間界の両立はなかなかに難しい。
「でさー、その時はルシファー様まで下界に降りてきて大変だったんだぜ」
「そりゃやべぇ。いなくて良かった」
「お前がいてくれたらそんな事態にならなかったと思うけどな」
俺の家に来て2時間。ジュキは止まることなく喋り続けていた。
自分がいなかった期間のことを教えてもらえるのは有り難いし楽しい。
うんうんと聞いていると突然ジュキが真剣な顔をした。
「そういえばレビィ。ラブって知ってるか?」
「ラブ?あー、噂で聞いたことあるな。って言っても都市伝説とかのレベルだけど」
「俺も都市伝説だと思ってたんだけどさ、マジでいたらしいぜ」
「はあ?マジかよ。だってそんな噂出回ったのなんて200年前ぐらいじゃねぇ?」
ラブは悪魔界に流れる都市伝説のひとつだ。
魅了が得意な悪魔が人間でも天使でも何でも悪魔に堕としてしまうというもので、最初に聞いた時は笑ってしまったぐらいだ。現実に有り得るわけがないと。
「自分で見たわけじゃないから何とも言えねぇけど誰も近寄らねぇような奥地にある別荘に堕天使が沢山いたんだって」
「ふぅん。面白ぇな」
「レビィならそう言うと思った!もし会ったら教えてくれよな」
「あぁ。実在してたらな」
近況から噂話までとことん語ったジュキは「ギルドの仕事に戻る」と帰って行った。
相変わらず騒々しくて楽しい奴だ。ジュキと話した後はいつも少し寂しくなる。
とはいえ俺も俺で忙しい。俺がいなければ一人ぼっちになってしまう奴の元へ行かなければ。
外に出て黒い翼を広げる。
高く舞い上がっていく途中、ふと視線を感じた。
「?」
誰かに追われているような感覚──それは間違いではなかった。
振り返ると見たことのない悪魔が飛んでいた。
「誰だ?」
「ラブ、って言ったら伝わる?」
「……ちょうどお前の噂話聞いたとこだぜ。俺のこと追ってきたわけ?」
「まぁな。レビィに興味があって」
「俺に?お前が興味あるのは悪魔以外だろ?」
「いや、悪魔以外はオレのおもちゃだから。本当に興味あんのは悪魔ってこと」
黒い髪、黒い瞳──その瞳の奥にハートが浮かんでいるのが見える。
それが魅了の正体だろう。生まれ持った才能と言えるかもしれない。
「お前みたいな能力もねぇのに?」
「誰よりも頭良くて高位についてるのに下界にいるなんて興味深いだろ。人間界にも出入りしてるらしいし」
「詳しいねぇ。俺のファンか?」
「むしろ恋してるかも」
キラリと瞳の奥に潜むハートが光った気がした。
頬を赤らめるラブは確かに恋しているようにも見える。同時に演じているようにも見える。
俺は大きく溜息をついた。
「恋ならお前が堕としたっていう奴らにしてやれよ」
「オレのこと好きな奴なんて好きになるわけないだろ。趣味悪ぃし」
「……成程。そういう考え方もあるか。お前、やっぱり面白ぇな」
変わった考えを持つ奴は好きだった。「自分」というものを持っている気がするから。
そういう奴は決まって変人なのだけれど、ラブも間違いなく変人の域に達していそうだ。
「本当?じゃ、俺に恋してくれんの?」
「もう少し早く出会ってたら恋してたかもな。そんじゃ」
「ちょ!」
ラブが俺の手を掴もうとしたがもう遅い。掴まれる前に飛び立った。
そして人間界へと急ぐ。
無性に大好きな彼に──寂しがりの幽霊に会いたくなったから。
「いたいた。リューセー!やっぱりここだったか」
「ここが一番落ち着くからな」
人間界に着いてすぐに目指したのは田舎の楽器屋だった。
そこはリューセーの地元の楽器屋で、こっそり忍び込んだあの日からリューセーはここにいることが多くなった。
「今日も弾くだろ?」
「レビィがやってくれるなら」
「当然。お前の演奏、俺が一番楽しみにしてんだから」
ひょいとギターを掴む。
閉店後の楽器屋は静まり返っていて誰もいない。
──夜は俺たちの時間だ。
「よし。これで弾けるだろ」
「ありがと」
幽霊のリューセーは物質を掴むことが出来ない。けれど悪魔の俺が掴んだ物なら扱うことが出来る。
リューセーはギターを肩から提げ、早速音楽を奏で始める。
どんな曲もリューセーが弾くものは全て心地良かった。
壁に凭れて座って聞いていると寝てしまいそうになる時もあるぐらいだ。
何よりギターを弾いている時のリューセーはすごく幸せそうで、見ているだけで幸せな気持ちになる。
好きな人が好きなことをしているのを見るのはこんなにも幸せなのだと──そんなことを遙か昔にも思った気がする。
ああ、そうかと理解した。
一目見てリューセーに惹かれた理由がやっと分かった。
どうしても放っておけなかったこと、やたら顔が好みだったこと。
今、奏でられた曲を聞いて全てが繋がった。
「リューセー、あのさ」
俺が声を掛けるとリューセーは手を止めた。
そして俺に視線を向けてくる。
「俺が昔人間と付き合ってた話、しただろ?」
「あぁ。聞いた」
「あれ、お前だと思うんだよな」
「……は?」
リューセーが言葉を失うのも無理はない。奇抜なことを言っている自覚はある。
けれど常々思っていたのだ。
リューセーと初めて会った時、初めて会った気がしなかった。それには理由があるのではないかとずっと考えていた。
一緒にいるようになってひとつの可能性が浮かんだ。そしてギターを聞くようになって確信に変わっていった。
「俺が昔愛した人間は、前世のお前だ」
「!」
「こんなこと言われても意味分かんねぇと思うけど、多分──いや、絶対そうだ。もう400年ぐらい前の話だからリューセーに分かるわけねぇんだけどさ」
悪魔である自分と元人間のリューセーでは寿命も時間の流れ方も違う。
前世の記憶が引き継がれるわけでもないのだ。
言われても理解出来ないだろう。それでも良かった。
俺の中でしっくり来ただけで充分だ。
「俺も……そうなのかなって思ってた」
「え!?」
ぽつりと呟かれた言葉に今度は俺の方が驚かされる。
「最初は未練もないのに幽霊になったことが不思議だった。それからレビィに出会って話してるうちにギター弾きたかったことを思い出して、もう一度ギター弾くっていう夢が叶った。今度こそ叶ったから俺消えるのかなって思ってたんだけど」
「げっ、そっか。幽霊は未練なくなったら消えちまうんだっけ」
何も考えずにリューセーの夢を叶えたけれど幽霊というものの性質を理解していなかった。
かなり危ないことをしてしまった。
けれどリューセーの言う通り消えることはなかったようだ。
それはどういうことなのだろう。
「俺もそう思ってた。叶ったのに何で消えないんだろうって。その時、思い出した」
「何を?」
「最初にここでギター弾いた時、既視感があったこと。俺がギター弾いてレビィが跳ねたり踊ったりしてくれたのを見た時──何処かでその風景を見たことある気がした」
「それって……!」
その景色なら俺も思い出せる。400年前、まだこの人間界があまり発達していなかった頃。
音楽が好きだった彼はよくギターに似た弦楽器を弾いてくれた。
俺はそれを聴きながら踊るのが好きだった。悪魔界にはない楽しさがあると教えてくれたのは彼だった。
「もしかしたら前世の記憶なのかもしれないってぼんやり思ったんだ。その時は半信半疑だったけど」
「そっか。やべぇ……何かすげぇ嬉しい。だって覚えてるわけねぇじゃん、そんなん」
「普通はな。けど俺、普通じゃないし。それからずっと考えてた。自分が消えなかった理由」
「答え、出たのか?」
問い掛けにリューセーは笑った。それは息を飲むほど綺麗な笑みだった。
「俺はきっと普通でいたくなかったんだ。悪魔と一緒にいるには普通を辞める必要があった。だから未練がなくなってもここにいた。普通の幽霊だったら消えるだろうけど、俺はレビィといる為に──その為だけに残ったんだと思う」
「リューセー……」
「どこまでが自分の意思か分からない。幽霊になったことも、普通の幽霊でなくなったことも偶然かもしれないし、俺が考えたことは全部不正解かもしれない。それでも今、嬉しいんだ。こうしてレビィといられるなら何でもいいかなって」
くしゃっと笑うその笑い方は間違いなく彼そのもので、自然と涙が流れてしまった。
ぽたりぽたりと零れ落ちた涙は床に染み込んでいく。
泣いたのは400年ぶりだ──彼を失ったあの時以来。
「……っ」
一度溢れた涙は止まらなくなってしまった。
「レビィ。らしくない」
笑って言うリューセーに軽口も叩けない。
それでも何か返さなければと思っていると、ぎゅっと抱き締められた。
そんなことをされてしまったらもう駄目だ。
リューセーの唇に唇を押し付ける。強く、強く。
痛いぐらいのキスを一秒でも長く続けていたかった。
時間の感覚がなくなった頃、やっと唇を離す。
怒っているかと思ったけれどリューセーは照れ笑いを浮かべていた。
「不思議だな。こういうことも当たり前みたいに思える」
「そりゃ好き同士だし?」
「涙止まったみたいで良かった」
「うっ……さっきのは忘れろよな」
「嫌だ。悪魔の涙を見た人間なんてきっと俺しかいないし」
ぺろっと舌を出すリューセーを見て溜息をつく。
「……初めて会った時と大分印象違うんだけど」
「レビィのおかげで人間だった頃の自分に戻ってきたかもな。昔の俺もこんな感じじゃない?」
「まぁな。それこそ俺が愛したお前だ」
ニイッと笑ってもう一度キスをする。先程より軽いキスは甘く感じられた。
甘美なキスに酔いそうになった時、唐突に唇を離された。
「けどやっぱりレビィは笑顔が一番いいから」
そう言ってリューセーは壁に立て掛けていたギターを提げ、弾き始める。
ノリのいいその曲にも聞き覚えがあった。
「思えばこの曲、いつの間にか頭の中に浮かんで弾いてんだよな。人間だった頃もっと弾いておけば良かった。400年前に弾いてた曲が頭に浮かんで──とか言ったら売れそうじゃない?」
「ハハッ!誰が信じるんだよ、それ」
有り得ないことを考えて二人して大笑いする。
それはどうでもいいことのはずなのに、何故か大切な時間のように思えた。
「ま、けど俺とお前の間に残ってればいいんじゃねぇ?」
「そうだな。レビィが踊ってくれるの嬉しいし」
リズムに乗って踊って飛び跳ねて。
そんな俺を見ながら笑ってギターを弾くリューセーは心から幸せそうで。
俺の幸せはここにあったのだと思わせてくれる。
ふとラブの一言を思い出した。
『オレのこと好きな奴なんて好きになるわけないだろ』
その言葉が俺には一切理解出来なかった。
だって俺は俺が好きだから。そして俺のことを好きでいてくれるリューセーのことが大好きだから。
こうして気持ちが通じ合った今、改めてそう思った。
「あ、そうだ。リューセー」
「ん?」
ギターを弾いたまま顔を上げたリューセーに踊ったまま答える。
「一生一緒にいような。約束」
「……うん。約束」
深夜、二人きりの楽器屋で鳴り響く音のないギター音と誰にも聞こえない声。
秘密の約束は俺たちらしい気がした。
あの頃と違ってこれからは一生幸せが続くのだ。
俺たちなら──悪魔と幽霊なら叶えられるから。
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