仲間に死んで欲しくないから追放して一人でラスボス倒しに行く英雄vs自己犠牲を絶対に許さない仲間たち

宇後 筍

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皮剥のファティヒ

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 何合打ち合っただろうか。無尽の体力を誇るガリアンではあるが、魔力は無限ではない。魔力を通わせる女神の武装を控え、腰に差した業物のロングソードを抜いて斧槍をいなしていく。

(千日手だな)

 ガリアンはこの門兵に対し、命の危険を感じてはいない。確かに斧槍の一撃は恐ろしい威力を誇ってはいるし、その技の冴は流麗である。加護を持たない人間であったなら、今頃無様に死体を晒している頃だ。

 だが、ガリアンに与えられた加護。「後ろに味方を背負う限り死なない」というとびきりの神秘は今でも効いている。日常から遠く離れた『宮殿』にあっても、己の死が背後のヒト種族の滅亡を招くとガリアンは知っている。故に効力は多少落ちはしても健在である。

——なら、仲間を連れてきたらもっと楽に勝てたんじゃないのか?そんな考えが脳裏をチラつく。

(だからは捨てただろ!)

 もう人が死ぬところを見たくはないのだ。加護があれば身体はいつでも全盛に保たれる。傷が治る。手足など、捥がれてもすぐ生える。痛みなんかとっくに超越した。しかし、死んだ仲間は二度と戻らない。

 眠れないのだ。もう一年は寝ていない。ガリアンはその神秘により睡眠が必要ないが、しかしその精神を保つために眠るべきであった。しかし、そうするには彼は優しすぎた。

「俺が——俺が全部終わらせる——!!」

 稲妻斬り——上段から唐竹、逆袈裟、左一文字、袈裟斬りをゼロコンマ数秒の間に繰り出す、ガリアンの剣を鍛え、そして死んでいった男の技である。

 尋常ならざる冴えと膂力で繰り出されたその技を見事受け切った門兵だったが、その斧槍は耐えきれず折れる。

 稲妻斬りの後の僅かな硬直を生まれたガリアンがそれを視認するよりも早く門兵は前蹴りを放ち、それを受けたガリアンのロングソードもまたへしゃげて使い物にならなくなる。

 互いに動揺はない。技を交わし合えば力量はわかる。力でも、技でも門兵が優れている。巨躯ゆえにリーチも長く、おまけに速さも上である。まさしく大悪魔というべき残酷なまでの性能差がそこには存在している。

(それでも『太陽の槍』なら倒せる)

 こうして剣戟に応じる間もガリアンの魔力は回復している。体力は尽きることなく湧き出し、一呼吸ごとに満ちていく。『泉の女神』に寵愛された騎士であるガリアンにとって、本来長期戦は望むところである。

 しかし、敵の戦力がこの門兵で全てとは限らない。相手方に増援でも来られれば拮抗した戦力が傾く。

 故に。使うならここだ。相手の斧槍が折れ、使い物にならないこの場面。徒手で来るか、別の武器でも出すか、どちらにせよ相手の動き出し——ここにぶつける。

 門兵も気配でそれを読んでいる。見合う形で静寂が訪れる。じり、じりと鎧が土を捲り上げ、ガリアンも瞬きひとつせず隙を窺っている。

 まだ。

 まだだ。

 じり、じり。

 土が、はらりと数粒落ちる。

————今、ここ。

 必中の気配。溜めていた魔力が金色に噴き上がる。右腕を差し出すようにして突き出したガリアンに対し、今までの武人然とした動きをかなぐり捨て門兵が獣のように迫る。四足で地を蹴るその動きに対してもガリアンに動揺はない。狩人の師の教えが脳内にこだまする。

『放つんじゃないぜ、置くんだ』

 当る。

「『聖レノ記BIBLE』——」

「そう来ると思ったぞ!!!騎士ィ!!!」

 閃光が放たれる直前、門兵が跳躍する。それは人間には不可能な動き。その身が骨のみとなったがゆえの無謀な行動。全身の骨を自ら砕くことで制動し、全くの見当違いの方向へと飛び跳ねる。不可解であるがゆえに、それは予想がつかない。

「な……!!?」

 このままでは外れる——。そう考えた瞬間。

「おォ~ッと、そうは問屋が卸しませんなァ」

 呑気な声。頭上から鉄杭が降ってくる。それは鎧の隙間を通し、地面へと突き刺さり門兵を昆虫標本のように地に縫い止める。

「は…………?」

 ガリアン、門兵ともに困惑する。その間ほんの数瞬。黄金の奔流が門兵を飲み込んでいくその最中にガリアンの混乱した脳内には過去の出来事が走馬灯のように巡っていた。


***


 モラン=シラードは、国の西縁に位置する緩やかな丘陵地に築かれた古い領邦である。幾度かの霧災に晒されながらも滅びることなく、半ば奇跡的に残ったヒト種の安住の地だ。

 その中心地に建つ石造りの互助組合支部。その日、扉を押し開いて現れたのは、香をたっぷりと纏った一人の使者だった。年の頃は三十を過ぎたばかり。癖のある金髪を後ろで結び、整いすぎた礼装を着こなしている。足取りこそ優雅だったが、動きの端々に鍛え上げられた肉体の重みが見て取れる。

「失礼。モラン=シラード領主、ベリオ・フォン・シラード様よりの使いでございます」

 ひと呼吸遅れて、胸元からふわりと香りが立ちのぼった。花のように甘く、それでいてどこか湿った、芯のない匂い——馴染みのない香だった。

 その場に居合わせた者のうち、タップだけがわずかに表情を変える。

「依頼内容は——『森の点検』?」

 ガリアンが訝しげに尋ねると、使者はゆるく頷く。

「はい、北方の監視区画にて定期的な巡察をお願いしたく。近頃、獣の出没が頻発しておりまして。道筋の確保と、異常があれば報告を」

「報酬は?」

「銀貨二十五枚と、必要物資の補給。加えて領主様からの推薦状が出されます。貴方方のような若く優秀な一団であれば、今後の活動の後押しにもなるでしょう」

「蜥蜴人が一党にいてもいいのか?」

 ラージルが少しだけフードを上げて使者に問う。ガリアンは苛ついた表情でそれを掴んで下げる。

「おい、何でわざわざそんな確認するんだよ——使者さん、どうのこうの言うなら依頼はナシだぜ」

「勿論何の問題もありませんとも。ベリオ様はそのような些末なことを気にされるような器の小さな方ではございません」

「感謝する」

「感謝する必要なんかねえだろ!フツーだフツー!!」

「もーうるさいなガリアン。ラージルが感謝するのも自由でしょ」

 子猫のように威嚇するガリアンに苦笑を返した使者は場を切り替えるように柔く手を打った。

「さて、ご回答は如何に?」

「よくある獣狩りにしてはワリがいいな……なあ兄貴、行くか?」

 ルルノアは興味なさげに頬杖をついていたし、ラージルは斜め後ろから使者をじっと見ていた。ガリアンは、報酬と推薦状という言葉に惹かれているようだ。

 タップはわずかに間を置いて頷く。

「行こう」

 こうして依頼は受理された。文面上は『森の点検』というありふれた仕事。報酬も申し分ない。


***


 朝霧のまだ抜けきらぬ市場の通りに、橙色の陽が斜めに射し込む。モラン=シラードの市街、その中心に位置する石畳の広場は、すでに幾重にも人波が交錯し、喧噪に包まれていた。

 瑞々しく色づいた果実、焼かれた肉の脂が弾ける音、香辛料の刺激、そして何より焼きたてのパンの香ばしさ。露店から立ちのぼるさまざまな匂いが空を撹拌し、喉と鼻腔を撫でていく。

「ねえ、ガリアン、こっちこっち!」

 銀糸を織り込んだ緋色の反物を女が掲げる。箱入りの彼女からすれば猥雑な市場もまるで祭り扱いだ。分かりやすく興奮した様子で辺りを跳ね回っている。ひらひらと袖を揺らし、あちこちの店を回っては、目についた布地や装飾品を片端から検分している。

「これ、絶対似合うと思うの。旅先で着るには派手すぎるかもだけど……でもでも、こういう時くらいしか……」

 その声は耳に届いていたが、ガリアンは返事をしなかった。

「なあ、もう装備の見直し終わったんだから宿に帰ろうぜ……」

 三度目だった。いや、四度目かもしれない。彼は腕を組み、視線を空に向けたまま、誰にともなく呟くようにそう言った。少年らしい背丈とその若さが、退屈という感情に輪郭を与えていた。

「おーい、この間もクソ長い買い物したろ?前の前の依頼終わりでさ、朝から晩までひたすら付き合わされたあれ。俺、途中で死ぬかと思ったって……」

「ガリアン。楽しみなさいよ、たまにはいいでしょ!!」

「そうだ、ガリアン。息抜きも大切だぞ」

 しれっとした声が背後から届く。

 フードを目深にかぶり、表情の読めない青年が一人。ラージルだった。彼は決して不機嫌ではなかった。むしろ口元はほんの僅かにほころんでいたが、それが笑顔かどうかもわからないほどに小さな変化だった。

 だが彼の視線は、明らかに一つの屋台に注がれていた。香ばしい肉の焼ける音。じゅっと油が弾けるその音に、ラージルの喉が、かすかに上下した。

「……あれ、一口だけ、食べてもいいか?」

「顔、緩んでんぞ」

「……緩んでない」

「食いしん坊め」

 微妙な攻防が行われる背後で、タップはゆっくりと満足そうに頷く。どこか飄々とした青年——だが視線は鋭く、市場全体の流れをよく見ている。

「うん、いい日だ」

 誰にともなくそう呟くと、彼はいつの間にか片手に果物の籠を抱えている。

「おい兄貴、それいつの間に買ってた?」

「さっきの角の露店。三つで銀一粒だっていうから、お買い得だったよ。ちょっと酸っぱいけど、ルルノアあたりは好きかもな」

 抜け目ねえな、とガリアンが小さくつぶやいた。

「ガリアンだって初めて都会に出た時にははしゃいでたろ?ルルノアの買い物にも付き合ってやれよ」

「にしても長すぎんだよ!この間なんて日が登ってから沈むまで荷物持ちしてたんだぜ?」

 束の間の平和、霧煙るこの世界でほんの一時でも足を止めて笑い合える、貴重な時だった。

 だが、そんな空気を切り裂くように鋭い声が市場の中央から上がる。

「だから、それは聞いてた額と違うって言ってるのよ!」

 ルルノアだ。

 どうやら反物の価格をめぐって店主と口論になっているらしい。顔を真っ赤にして詰め寄るルルノアに対し、店主は頑として譲らない。

「そっちが聞き間違えたんだろうが!」

「はあ!? あんたの言い方が紛らわしかったんでしょ!」

 市場ではよくあることだ。お互い譲らず値引きやぼったくりの攻防が繰り広げられるのはいつものこと。

「マズいな…………」

 しかし、《厄介払い》の面々だけは嫌な予感に顔を顰める。ルルノアは怪力の癇癪持ちだ。キレると近場のものを破壊する悪癖がある。

「だ!か!ら!あんたの言ってた値段で払ってるでしょうが!!!」

 どん、と大きな音とともにカウンター代わりに置かれていたラッドウッドの一枚板がルルノアの拳に粉砕されている。上に載せられていた反物や絨毯がごろごろと転がり落ちる。

「何しやがんだてめえ!!」

 頬に傷のある店主が堅気とは思えない胴間声で凄むと、流石に周囲の客たちもざわざわと騒ぎ始める。ガリアンが額に手を当て宙を仰ぐ。

「またか……」

 いつものことである。癇癪持ちのルルノアが誰かとトラブルを起こすのにも慣れてきた。だからといって平気というわけではもちろんない。面倒ごとに巻き込まれたガリアンは嘆息した。

「トラブルに事欠かない娘だ」

 ラージルはどこか他人事。購入していた肉串が熱くて食べられないことに気がいっているようだ。キリネズミに臭み消しのペパーミントと荒削りの岩塩を塗して焼いた、砂漠風の串焼きに、ガリアンは現実逃避ぎみに後で一本買うことを決める。

「さて、どうしたものかな……」

 そう言いながらも顎をさするばかりで動く様子のないタップ。彼はいつもこうである。細目の奥で何を考えているのか分からないが、とにかく思慮深い。同じ貧民の出とは思えない清哲な雰囲気に包まれており、ガリアンは常々兄貴分のその佇まいに尊敬と微量の嫉妬を覚える。

「何よ?ぼったくりの店のひとつ、潰れたって誰も困りゃしないでしょ?」

「嬢ちゃん……えらく肝が据わってるようだが、弁償はしてもらえるんだろうな」

「するわけないでしょ!あんたが最初から誠実に商売してればアタシもこんなことしないわよ」

「おいおい、そいつは道理が通らねえな!!」

 そしてタップがどこで止めようかとその目をさらに細めたその時だった。

「おやおやァ、お集まりで。何やらイイことでもあるんでェ?」

 ゆったりとした足取りで、人垣を割って一人の男が姿を現した。

「しょ、商会長……」

 浅黒い肌、痩身ながらも研ぎ澄まされたような佇まい。肩から羽織った深緑のローブには金糸の刺繍が施されており、そこかしこの指に金属の指輪が光っていた。

「わたし、黒樽商会の商会長やらせてもらってます、ファティヒと申します。ちょいと失礼を」

 にこやかに手を振りながら、ファティヒと名乗る男はするりと騒動の間に割って入り、店主へにっこりと笑いかける。

「ノウマーンくん、何の騒ぎかな?」

「い、いえ……」

「わたしの耳にゃ今『ぼったくり』とか何とか聞こえた気がするんだけどねェ」

「いや!そんな……そんなことはしてませんよ!ただの行き違いです!」

「じゃァこの反物は最初にこちらの方が訊いた値段でいいんですな?」

「…………はい」

 ファティヒはまるで和やかな昼下がりの世間話でもしているかのような、穏やかで柔らかな声音で言葉を継ぐ。

「よろしい、よろしい。では、こちらのお嬢さんにはどうかご機嫌を直していただけませんかねェ。わたしの顔に免じて今回はこの辺でひとつ、丸く収めていただければ」

 ファティヒは、そっとルルノアの手元に小ぶりの巾着袋を滑らせた。手触りでわかる。そこそこの銀貨が詰まっている。

 ルルノアは一瞬、目をぱちくりと瞬かせたのち、ほんのわずかに肩を落としてクールダウンした。彼女なりに空気を読んだのだろう。

「……仕方ないわね」

「まァ、世の中譲り合いと言うじゃァありませんか。これ以上、商いの場が荒れるとわたしらも困るもんで」

 にっこりと目尻を下げて笑うファティヒ。まるで百戦錬磨の茶番師のように、言葉の糸を操って場を丸めていく。

 タップは一歩下がった位置からその様子を観察していた。どこかで聞いた名だ。いや、名だけではない。立ち居振る舞い、目の奥の光、そして決して滲ませない腹の底——黒樽商会、ファティヒ。危険な匂いがする。

「そんじゃ、お嬢さん。こいつァわたしの話を聞いてくださったお礼です」

 紹介状、と書かれたカードを手渡される。防水加工のされた上等なものだ。店の入り方らしきものが詩歌になぞらえて書かれているのが、高等教育を受けたルルノアにはわかる。

「お詫びというわけじゃありませんがね……もしよかったら、この後ウチの商会にお立ち寄りください。目利きのお客様にこそ見てもらいたい上物、揃えてますんで」

「は……あ?」

 銀貨に紹介状。突然の気前のよさにルルノアは戸惑う。だがファティヒはそれ以上何も言わず、露骨な勧誘すらもせずに、さらりと背を向けた。

 彼の後ろ姿を目で追っていたラージルがぽつりと呟く。

「……今の身のこなし、ただの商人じゃないな」

「ああ、『黒樽商会』といえばモラン=シラードでも有数の大店だが——あれが噂の『皮剥』ファティヒか」

 タップは目を細めたまま静かに言った。

「連中、俺らのことを見張ってた節がある。今のも、もともと俺たちのところに来るつもりだったんだろうな。さりげないが、計算づくの出方だった」

「じゃあ、あの銀袋も?」

「さあ、撒き餌かな。商人のくれる物には裏があると思っておくのが吉だ」

 そう言いながらも、タップはどこか楽しげな声色だった。

「……ついてってみるか?」

 ガリアンが尋ねる。彼の瞳にはほんのわずかな好奇心と、打算的な輝きが混じっていた。

 それを見たタップは肩を竦め、短く答えた。

「商人の知り合いは少ない。いい機会かもな」


 ***


 黒樽商会の店は、市場の外れの路地奥にあった。木と土壁で作られた一見質素な建物だったが、中に入ると空気が変わる。香と湿った絹の匂い、豪奢な装飾、そして静寂——街の喧騒から切り離された異質の空間だった。

「おお、お越しいただけるとは」

 奥のカウンターにいたファティヒが、手を広げて歓迎の意を示す。

「どうぞ、どうぞ。騒がしい場所では話も進みませんのでね」

 タップが周囲を見渡しながら口を開く。

「洒落た店だな。市場の看板なんかじゃ見た覚えのない名前だったが」

「そりゃあ、表に出す看板には、表に出す商売しか載せませんからねえ」

 悪びれることなく、まるで冗談を言うように笑ってみせる。だがその目だけは、笑っていなかった。

「今日はちょいとだけ、お近づきのしるしってことでお誘いしました」

 カウンターの下から、黒い布にくるまれた長方形の木箱が出される。ファティヒが布をめくると、中には、輝く装飾が施された精巧な短剣が収まっていた。柄には刻印とルーンが並び、ただの工芸品ではないことは素人目にも明らかだった。

「どうでしょう、お若い皆さん。道具というのは、腕よりも先に心を写すものですよ」

 ルルノアが思わず見惚れそうになったその時、タップが前に出た。

「その刃、サファラン産の鋼と見た。しかしサファラン鋼匠特有の刃紋がないし、刻印の位置も逆だ。これは目利きを試すための品だな?」

 ファティヒの口元がにやりと歪む。

「へえ、こいつァ見事な目利きだ。さすが、タップ殿」

「名を調べたのか?」

「そりゃあ、かの《怖気祓い》とあらば自然と耳にもしますさ」

「何のためにこんな試しを?」

「わたしらはね、探してるんでさァ」

 そして、少しだけ声の調子を落として、静かに言った。

「『霧も吹けば晴れる』なんて故事がありますが、そんなことを信じてる奴ァもういない。わたしは探してるんです——腕利きで頭がキレて、とびきりイカれてる、霧の向こうを見せてくれる誰かを」

 その言葉に、ガリアンの眉がぴくりと動く。

「……博打かよ」

「賭けても損はないと思わせてくれるなら、わたしら商人は何だってしますよ」

「なら俺たちに賭けろ」

 鈴が鳴るような凛とした声だった。ガリアンが真っ直ぐにファティヒを見つめる。その瞳には未だ魔力は渦巻いてはいない。ただ一人の青年が商人を見つめている。

「賭けたいのは山々ですがねェ……なぜ、と訊いても?」

「理由も根拠もない。でも俺たちが霧を晴らす。だから賭けろ」

「ふ、ふふ。空手形ですか。面白いお方ですなァ……ここで縁を結べて良かった」

 懐からファティヒが一枚の手紙を差し出す。封蝋付きの上等なものだ。

「これを使えば一度だけ、あなたの求めるものをお持ちしますよ。勿論、お代は頂きますがね」

 にやり、と笑うその男はどう見ても悪徳商人そのものだった。
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