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第9話 檄

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 歩はマイクを手にすると静かに話しかけた。

 「皆さん、私はここにいる蛭谷真緒候補者の推薦人である日比谷歩です。よろしくお願いします。まず皆さんに選挙の前に美化委員について説明したいと思います…」

 歩の声は小さかった。そしてマイクがスイッチ入っていない様でボソボソと何を言っているのか聞こえない。体育館から雑音や雑談が聞こえてくる。

 天野、剣持、真緒そして晴人が慌ててマイクを指さす。
 歩はわざとらしくマイクを指さすとスイッチを入れる。


 キイイイイイイイーーーーン!


 マイクから耳障りのハウリング音を拾い、体育館内が一斉に静まり返り、全生徒が彼に注目する。

(なにやっているのかしら、あの子)

 真緒も彼の行動に疑問に思い注視すると、彼はどこからか調達したマイクを取り出し、スイッチ部をいじるとどこかに隠してしまった。

(――故意にハウリング音を出させて注目させたの!? そういえばどこかの生徒会立候補者も同じことしていたわよね )

 皆の心配を余所に歩が先ほどより若干大きめな声でゆっくりと語り出す。


 「――皆さん知ってのとおり、美化委員は今まで1人しかいませんでした。私も途中で加えてもらったのですが、それまで彼女が1人で花壇の手入れをしていました。ご承知のとおり学校内、至る所で花が生き生きと咲き誇りそれは見事なものです。また他校の生徒や来校者からも、ここの校舎は素晴らしいとお褒め頂いている次第であります…」


 確かに花は真緒1人で手入れしていた。来校者からの評判も良い。
 もちろん、彼女も知らず知らずに魔法の類で花が綺麗に咲くよう施術していた――とも考えられるが、真緒自身が本を読んで肥料を換えあの手この手で努力していた成果もある。

 歩は真緒の努力をゆっくり話を続けていた。


 「私達美化委員は2名、全校生徒合わせて200分の1以下。にもかかわらず今日まで花壇の手入れを行えたのは何故だ?」 


  だが、徐々に声の大きさが上がって行き、口調ががらりと変わった。


 「それは我が美化委員の目的は荒れた場所を美しく変える必要があるからだ。これらは諸君もよく知っているハズである――」

 
 ん? どこかで聞いたことがある口調であり、台詞だ。
 さらに語気が強くなっていく。
 明らかに某総統閣下の演説調である。
 

 「我々は大人の都合という事情で生徒会に見放され、人員増加も見送られ予算もままならず、公の仕事にもかかわらず私費を費やす始末である。これはつまり、我々の処遇は声も届かぬ隅へと追いやられたのと同じである! その間、実力のある部活は可能な限り人員とそれに伴う部費に恵まれ、一部の生徒がまるで特権階級の如く、弱者を蹂躙し、我が物顔でこの学校を謳歌している。我々はその事を見ようともせず見捨てた生徒会に対し立ち上がった。そんな我らを神が見捨てるわけがない!」


 これは明らかに某アニメの台詞のオマージュである。
 そうなると話の展開がなんとなく読めてくる。

 真緒は段々嫌な予感がしてきた。

 「――まさか、この後私が死んだ事にされるんじゃないでしょうね…」

 歩の演説が続く…

 
 「私の委員長、学校を愛した蛭谷真緒が立候補した! なぜだ!?」


 天野がボソリと呟いた。

 「――ビッチだからさ…」

 「なっ、何いきなり言うんですか?」

 彼女が突っ込みを入れる意味がわからず、戸惑う剣持。

 「いや、言ってみたかったし、実際真緒はビッチだし――」

 天野はそういうとこっそり中指を立てて中指で真緒を指さした。幸い真緒には気付かれていない。


 「新しい時代の覇権を我々生徒が得るは必然である。ならば、我らは襟を正しこの戦局を打開しなければならぬ」


 真緒が頭を抱える。

 「まんま、パクリやん…でも演技するって言っていたから今止めたら絶対に怒るよなぁ」

 真緒は両掌を組み合わせ祈るように額をその上に押し当てた。

 (早く、この変な雰囲気終わってくれないかなぁ…)
 

 「そして、我が校の生徒にもかかわらず部活や委員にも入っていないからという理由で、日の目に当たることも許されず、男女交際とはもってのほかという差別を生み、その間に優等生徒と称される運動部員は進路も! 男女交際も! 予算も優遇されてきた! かつての教育者はこういった『天の上に人を作らず、天の下にも人を作らず』と。なのに、我々の主張は大人達の都合により踏みにじられていったのである。部が強豪であればいいのか! 日陰に咲く花を踏みにじっても良いのか!」


 声量が段々大きくなり手振りも交えて演説が激しさを増していく。晴人があまりの異様さに口を広げ茫然とその様子を見入る。

 さらに声を張り上げ、身振り手振りの動作も大きくなる。


「蛭谷真緒は立候補をもって我々に示したくれた。この勝利こそが陰日向で生きる我々の唯一の慰みである! 生徒よ、悲しみを怒りに変え、立てよ全校生徒よ! 我々もここの生徒である事を示すのだ!」


 歩が絶叫をあげて演説がとまった。そして酸欠になったのか一瞬ふらっとよろめき教卓にしがみつく。ゼーゼーと息が荒い。

 一方で、体育館が完全に静まり還り、生徒及び職員が沈黙を守っている。
 演説は歩の悪乗りで終わったのか?

 数秒経った。

 体育館から小さな声が聞こえた。
 たった一人の生徒である。


 「いせうみ…いせうみ…」


 本当に小さな声だった。

 一人の男子生徒がと自分の母校の名前を呟きだしたものだった。
 その声は次第に、一人、また一人と声を合わせ初め、段々その名前が大きくなっていく。

 やがて――


 「いっせうみ! いっせうみ! いっせうみ!」


 学校の名前が体育館を揺らすほどの大合唱となった。
 教職員もこの異様さに驚きを隠せないものもいれば、スタンディングオベーションで感動している先生もいた。

 「な、なんなんだ…一体」

 晴人が辺りを見回す。今までにない盛況ぶりである。
 東雲が晴人に近づき耳打ちする。

 「あれは、とある独裁者が使った演説方法と、アニメのものを応用したものだろうな」

 「そうなんですか…」

 そして東雲は晴人の耳を掌で余所に聞こえないように塞ぎ、ボソリと呟いた。
 晴人は「なる程ねぇ――」と呟き少し曇った顔をした。

 「でも私が知るあれは――私のものと違います。だから彼は…」

 「それについては私ではわからないからな…いずれにしても、スタートダッシュがこれでは天野も頭痛いだろう…」
 
 ――さて、混乱を作った当の本人はその場に崩れバタリと倒れた。

 そして数秒後、駆け寄った真緒の肩を借りて立ち上がると本人の意向を確認し推薦人の席に戻された。
 次に真緒の選挙演説である。
 もう既に司会も生徒も大騒ぎになっている。

 「あのぉ、輝風紀委員長。私演説していいですか?」

 「ああっ、すまない…皆! 静かにしてくれ、候補者から挨拶がある」

 晴人から静まるよう言われると、生徒の熱気や音量がいくらか落ち着いてきた。

 「あーぁ、あー…大丈夫ですか? 聞こえてますよね」

 英雄化された真緒がマイク越しで生徒に語りかけると、彼女の演説が始まる。


 「生徒諸君! 私が美化委員長で生徒会に立候補した蛭谷真緒です。よろしくお願いします」


 これもどこかで聞いた台詞である。

 ――真緒の演説はそれだけだった。

 歩の長い口上の後であるから、むしろそれ位で丁度いい。だから歩は真緒にこれだけの演説内容しか用意しなかったのだ。
 全校生徒が「ワーッ!」と盛り上げて演説会は閉会となった。
 
 舞台上で茫然とすわっている4人、一人は演説で力を込めすぎて半分酸欠になっている歩、もう一人は『やっちまったぁ…』と頭を抱える真緒。そして何が何だか分からず敵の作戦に翻弄する剣持、最後に頭抱えて初戦を落としてしまった天野。

 「これは痛いわ…まさかあんな方法で盛り上げてくるなんて…」

 「だから色仕掛けでもして先生をゲットしてくればよかったんじゃないですか」

 「そんなことしたら私が『ビッチ』認定されるじゃないですか!」

 「でも逃がした魚、大きかったですね」

 「そうね、どこかの馬鹿4人が歩さんに意地悪さえなければそうならなかったですけどね!」

 天野はじろりと剣持を睨み付ける。剣持はその点を突かれると弱い。

 「ま、まぁ…あとは公開討論でなんとかしましょうよ」

 「そうですね、クソビッチ真緒位ならなんとかなるでしょうし…」

 「先生は読めないからなぁ…」

 歩の演説で混乱に陥る体育館。しばらく日比谷コールと蛭谷コールが叫ばれたという。

 このままでは収拾がつかなくなると判断した晴人に促され、候補者と推薦人は退場する事になった。これでようやく立候補演説が終了し、と同時に選挙戦が開始となった。


 選挙事務所とされた空き教室にもどると興奮した財前が日比谷の手を握り締め、

 「すごかったです! 感激しました!」

と感涙しながら語った。

 「それはよかった」

 歩はふらふらになりながら椅子に腰掛け、天井を仰いだ。
 やり終えた様な表情を浮かべ、高揚した心を鎮めていた。
 だが、納得いかない人が1名、眉毛を吊り上げ頭上から彼を見下ろしている。

 「――歩君、ちょっといいかな?」

 「…あれ怒っている? 何で?」

 「怒るでしょうよ、何で相談しないであんな事したの? あれってアニメや漫画のパクリだよね」

 「相談しなかったのは悪かった。でも真緒さんあのネタ知っているのか?」

 「当たり前でしょ、ふざけているかとおもったんだけど!」

 「そうか、真緒さんはそう思ったか? …ならばそれでいいよ」

 歩はそう告げるが、真緒にして見れば意味がわからない。

 「ちょっと、ちゃんと私にわかるように説明してくれる?」

 「なるほどね…では説明するとしようか」

 歩は真緒と財前に自分の前に集まるよう指示し、椅子に座らせ演説の目的を告げる。

 「今回の演説には生徒会を批判する文言を入れた。もちろんそこには学校の姿勢に対することも述べられている。あれを普通演説で普通に話したら内容はつまらないもので流されるよな。真緒さんだったら面白く切り返せるか?」

 「えぇっ? そこで私に振るわけ? つまらない内容を振るのはキラーパスじゃん…」

 「そこだよ。ただの糞真面目の批難演説で終わるでしょ? …だからあえてアニメや漫画の台詞を交えて演説をした『え~この場面でこれを言う!?』って感じで」

 「だったら初めから漫才でよかったでしょうよ」

 「何か勘違いしているな。笑いをとるためのものではなく、あれは悪ふざけに装った生徒達に対する檄なんだよ。あの演説の元になったものは学校の先生くらいの世代のもの。もちろんあの世代でもアニメや漫画を見ていなかった人もいるだろうし、逆に生徒でも再放送等で知っている人もいるだろう。見ている人からすれば『学生の悪ふざけ』として見るだろうよ。では見たことのない世代が、あの演説を聴いてどう思う? 俺はそこを狙った」

 「それって下手すれば、先生らに連れて行かれる可能性もあったわけね」

 「むしろ舞台上で引きすりおろされることも想定した」

 「ずいぶん危ないことをしてくれたわね…」

 「そうかい? 俺としては引きずり下ろされた方が、教師による自由選挙の妨害という名目がつき、俺の演説が裏打ちされた結果になると踏んだんだけどな」

 「あとで呼び出されることは――」

 「それも想定している。そうなれば怒られるのは俺1人だ…が事は選挙がらみだし、個人的な露骨に誹謗中傷を入れたわけではない。せいぜい『あまりふざけないで』と苦言を言われて終わりだろう」

 「――なら…いいけど。でも、もう少し相談してくれてもいいじゃない」

 「…漫才、入れたかったの?」

 コクリと頷く真緒。

 「んじゃ、公開討論の時にかましてやります? 天野と剣持巻きこんで…」

 「えぇーっ、それはそれで嫌だなぁ。あいつムカつくのよね。今日だって、天野は私が立候補した理由下りを『腐れ○○○だからださ』って呟いていたと考えると…もぉう! もの凄く頭にくる!」

 彼女はちょっと拗ねて、彼から背を向けた。
 だが、意外な人が発言してきた。財前である。

 「天野さんならきっとこう言うと思う『ビッチ』って…」

 今まで一緒にいた人だからこそ、本人が言ったワードを一発で持って来た。
 
 「何ですってぇ!」

 真緒は目の前にいた歩の襟首を締めて上下に揺すって抗議した。

 「すげーっ、一発で湯が沸いた…ていうかそれ言ったの俺じゃないし…」

 「でも、エロ神なら間違いなくそう言っているわ!」

 そういって歩を乱暴に突き放すと、ハリセンを手に取り、ラケットのようにぶんぶん振り回し 「よし、天野を倒すぞ! 張り倒す! 公開討論の時に覚悟して置きなさいよ」と闘志を露わにした。
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