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第四章
◆チャプター45
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「ソフィア様!」
アイアンランド西部のトラクター工場の前で落ち着かない時間を過ごしていたアノニマは、ゆっくりと歩いてくる人影を確認して喜声を上げた。
「大丈夫よ」
急いで駆け寄った銀髪鬼にそう告げた通りソフィアはエグゾスケルトンを失い、髪も解けて全身を真っ赤に染めてはいるが、それは全て敵からの返り血だった。
「心配させてごめんなさい」
投降したフォン・シュネーマン将軍が会議室に案内されている旨を伝えられたソフィアはレベッカの生首を「お土産よ」と見せてから工場内に移動した。
「キーボルク大隊の最高司令官、ソフィア・マリューコヴァです」
そして奇跡的にほとんど被害を受けなかった施設内のシャワー室で血と硝煙を洗い流し、新しい軍服に着替えた上で敵総大将の反対側に現れた。
「こんにちは」
髪と髭の色を胡麻塩に変えているシュネーマンは下手すると祖父と孫のような年齢差がある女性に思わずナチ式の敬礼を行いそうになってしまったが、すぐにそれはまずいことに気付いて無難な挨拶を口にした。
「お座りください」
ソフィアは自分を慕う傭兵達も同席している中でシュネーマンに着席を促すと、まずは貴方がドイツ軍の総司令官であるという証明書を見せてほしいと頼んだ。
「どうも」
シュネーマンから手帳を受け取ったソフィアは丁寧な動作でページを捲る。
特段問題はなかったのでソフィアはそれを持ち主に向けた状態で返し、続いてアノニマが運んできた熱い紅茶とビスケットを勧めた。
「お若いのに、本当にしっかりとした考えをお持ちだ」
現金なもので、尋問が行われる中でキーボルク大隊が少なくとも自分にだけは礼を持って接することがわかると、当初表情を引き攣らせていたシュネーマンはどんどん上機嫌になっていった。
「我々を打ち負かした女神と、その戦士達のために乾杯しようではないか!」
炭火焼きのマトン、黒パン、肉の脂を降り掛けたマッシュポテト、鮭の燻製、大皿に山盛りのロシア・ケーキ――豪勢極まりない昼食が運ばれてきた頃には、居並ぶ傭兵達が「一体、どこにそんな元気が残っていたんだ……?」と内心首を傾げる程の饒舌さを披露していた。
「今はこれでいいの」
ドイツ軍人の音頭で会議室の部下達が立って乾杯した直後、ソフィアは胸中をそのまま口にした。勿論、誰にも聞こえないような声で。
この勝利と、血にまみれながら強敵に馬乗りになって、最後の力を振り絞って逆手に持ったナイフを振り下ろすことで無理矢理掴み取った勝利は違う。
でも、今はこれでいいのだ。
『部下達にソフィア・マリューコヴァの下で戦い、勝利するという喜びを与える』
それが、ソフィアが今回戻ってきたもう一つの理由だった。
無論会議室で歓喜している者が全員ではないが、部下達は何があろうと自分を信じてくれたし、自分もまた彼らなしでは何もできない。
全身全霊を傾ける目標はそうそう簡単には再び見つからないだろう。
ならば、今は少しでも彼らが望むものを与えるのがこれまで命を賭けてくれた部下達に対する現状最大限の自分の筋通しだと、膨大な犠牲の上に居場所を得たソフィアは考えていた。
「貴方はやれるだけのことをやったのです。ならば、もっとやり続ければいい」
いつの間にか隣にやってきたアノニマは、横目でソフィアを見つつウォッカの入ったグラスを揺らす。
「続ける限り次はあります。貴方が見せてくれる未来を楽しみにしていますよ」
ソフィアは「ありがとう」と返しはしたが、胸中にはいつか必ず、昔のように死力を尽くさねば正気ではいられない時がまた来る確信があった。
それこそ血の臭いを嗅いだサメが、狂乱索餌を起こすかの如く。
ナチス最終兵器 サメ人間 完
アイアンランド西部のトラクター工場の前で落ち着かない時間を過ごしていたアノニマは、ゆっくりと歩いてくる人影を確認して喜声を上げた。
「大丈夫よ」
急いで駆け寄った銀髪鬼にそう告げた通りソフィアはエグゾスケルトンを失い、髪も解けて全身を真っ赤に染めてはいるが、それは全て敵からの返り血だった。
「心配させてごめんなさい」
投降したフォン・シュネーマン将軍が会議室に案内されている旨を伝えられたソフィアはレベッカの生首を「お土産よ」と見せてから工場内に移動した。
「キーボルク大隊の最高司令官、ソフィア・マリューコヴァです」
そして奇跡的にほとんど被害を受けなかった施設内のシャワー室で血と硝煙を洗い流し、新しい軍服に着替えた上で敵総大将の反対側に現れた。
「こんにちは」
髪と髭の色を胡麻塩に変えているシュネーマンは下手すると祖父と孫のような年齢差がある女性に思わずナチ式の敬礼を行いそうになってしまったが、すぐにそれはまずいことに気付いて無難な挨拶を口にした。
「お座りください」
ソフィアは自分を慕う傭兵達も同席している中でシュネーマンに着席を促すと、まずは貴方がドイツ軍の総司令官であるという証明書を見せてほしいと頼んだ。
「どうも」
シュネーマンから手帳を受け取ったソフィアは丁寧な動作でページを捲る。
特段問題はなかったのでソフィアはそれを持ち主に向けた状態で返し、続いてアノニマが運んできた熱い紅茶とビスケットを勧めた。
「お若いのに、本当にしっかりとした考えをお持ちだ」
現金なもので、尋問が行われる中でキーボルク大隊が少なくとも自分にだけは礼を持って接することがわかると、当初表情を引き攣らせていたシュネーマンはどんどん上機嫌になっていった。
「我々を打ち負かした女神と、その戦士達のために乾杯しようではないか!」
炭火焼きのマトン、黒パン、肉の脂を降り掛けたマッシュポテト、鮭の燻製、大皿に山盛りのロシア・ケーキ――豪勢極まりない昼食が運ばれてきた頃には、居並ぶ傭兵達が「一体、どこにそんな元気が残っていたんだ……?」と内心首を傾げる程の饒舌さを披露していた。
「今はこれでいいの」
ドイツ軍人の音頭で会議室の部下達が立って乾杯した直後、ソフィアは胸中をそのまま口にした。勿論、誰にも聞こえないような声で。
この勝利と、血にまみれながら強敵に馬乗りになって、最後の力を振り絞って逆手に持ったナイフを振り下ろすことで無理矢理掴み取った勝利は違う。
でも、今はこれでいいのだ。
『部下達にソフィア・マリューコヴァの下で戦い、勝利するという喜びを与える』
それが、ソフィアが今回戻ってきたもう一つの理由だった。
無論会議室で歓喜している者が全員ではないが、部下達は何があろうと自分を信じてくれたし、自分もまた彼らなしでは何もできない。
全身全霊を傾ける目標はそうそう簡単には再び見つからないだろう。
ならば、今は少しでも彼らが望むものを与えるのがこれまで命を賭けてくれた部下達に対する現状最大限の自分の筋通しだと、膨大な犠牲の上に居場所を得たソフィアは考えていた。
「貴方はやれるだけのことをやったのです。ならば、もっとやり続ければいい」
いつの間にか隣にやってきたアノニマは、横目でソフィアを見つつウォッカの入ったグラスを揺らす。
「続ける限り次はあります。貴方が見せてくれる未来を楽しみにしていますよ」
ソフィアは「ありがとう」と返しはしたが、胸中にはいつか必ず、昔のように死力を尽くさねば正気ではいられない時がまた来る確信があった。
それこそ血の臭いを嗅いだサメが、狂乱索餌を起こすかの如く。
ナチス最終兵器 サメ人間 完
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