雇われ者の小唄

杉田杢

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依頼人

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「少々お待ちを!」
 俺は酒焼けした声でチャイムに怒鳴り返す。
 事務所を見回す。俺の稼業は便利屋だ。格好をつけて言うなら武装私立探偵と名乗ることも不可能ではない。時には非合法なことも請け負うなんでも屋ともいうことができる。
 見回した感じその非合法な道具はしっかり隠れている。常連になった警備会社の制服一式、掃除用具各種、ペット捜索の時使う参考書やトラップ、その他もろもろからなる雑然とした空間は、来客に失礼があるかないかの、微妙なところだった。依頼人の感性次第というほかない。
 一番失礼があるのはおそらく俺自身だろう。酒の臭いも髭も寝癖も誤魔化しようがない。目やにをこすって落とす程度だ。
 俺はため息を一つつく。苦し紛れに流しで顔を洗い、口を濯いだ。

 ドアを開けると、年の頃は中年か壮年、という紳士が立っていた。
 俺とは対照的に清潔感のある身なりで、仕立ての良いスーツにはしわ一つなかった。
「すみません、お待たせして……こんな格好で」
 思わず二つ詫びることになった。
「いえ。メールの返事も待たず、押しかけるような形になってしまって……」
 謙虚な言葉にも品がある。しかし、焦りは隠せていない。眉間の皺が早くしてくれと訴えている。
 メールから感じた切迫感は間違いではなかった。
 俺はその焦燥に気付かぬ振りで、敢えてのんびりと紳士をソファに案内した。
「何かお飲みになりますか?」
「お構いなく」
 焦れている。
 俺はそれでもコーヒーメーカーをセットした。責めるような視線を背中に感じた。別にいやがらせをしたい訳ではない。ただ、交渉は有利に進めたい。
 対面に座ると、すぐに紳士は口を開く。しかし音を発することはなく、また口は閉じられた。
 焦っている上に迷っている。
「それで、ご用件は?」
「娘を、探して欲しいのです」
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