雇われ者の小唄

杉田杢

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どうせ誰かがやるだろう

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「娘さんを? 家出でもされたんですか?」
「そうです。いえ、その……」
 さ迷いがちだった紳士の視線がいっそう動きを増した。
 俺と目を合わせているのも苦痛だ、というように。
 俺は軽く頷いた。丁度コーヒーも良い頃合だ。
「無理に仰らなくても結構ですよ。コーヒーができたようです」
 俺はまた、のんびりとコーヒーを注ぎ、紳士に勧めた、自分も香りを楽しんだ。
「ありがとう」
 紳士はカップを手に取り、香りもかがず申し訳程度口に含んでカップを置いた。
 俺は高い豆を使ったことを少しばかり後悔した。
「娘は。娘は少々特殊でして」
 意を決したように紳士は話し始めた。こういう効果があったなら、高い豆も無駄ではなかった。
「年頃の娘さんはみんな特別ですよ」
 俺は適当な茶々を入れた。最もこういう時代だ。特殊なのが普通で、でないほうが普通ではないといっても否定できない時代なの。嘘は言っていない。
「……施設に入っていたんです。訳あって」
 少しの躊躇いの後、大分ぼかした表現で紳士は言った。
「それは、世間一般でいう所のお勤めをなさっていたのですか?」
 俺もぼかした表現で掘り下げてみる。
 紳士は黙ったまま、目も合わせず首肯で答えた。
 なるほど。確かに少々特殊かも知れない。
 切羽詰まる理由も得心がいった。
 ここまで言い渋る様子から見て、何故お勤めをすることになったかは聞くだけ無駄どころか、心証を損ねる危険がある。まあそれは良い。後で調べれば簡単にわかることだ。
 俺は話を進めることにした。
「いなくなった、というのは?」
「期間が終わったのが先週でした。迎えに行ったのですが施設の人が言うには、娘は既に出て行った、と」
「それから会えていない?」
「……はい。ほうぼう探しましたし、警察にも……」
「なるほど。解りました」
 確かに特殊な点はある。しかし、内容自体はオーソドックスな人探しで合法だ。非合法のひの字もない。ヘヴィーな昨日の依頼の直後には丁度良いように思えた。
「既にサイトでご覧になっているとは思いますが……」
 俺はキャビネットからファイルを取り出して大まかな料金を説明する。前金と基本報酬。
「これに、必要経費をご報告の度、請求することになります。よろしいですか?」
「ええ、あの」
 そこでまた言葉が停滞した。紳士は頬を掻いたり、ハンカチで額の汗を拭ったりとなかなか言葉を継ぐ様子がない。
 俺が提示している金額は少々色はつけさせてもらっているが、派手にふっかけているわけではない。
 紳士の身なりと物腰からみてこのくらいが適正だろうという当たりをしっかりつけている。
「お金の件は大丈夫なのですが……」
 やはり金の話ではないらしかった。
「他に問題が?」
「娘は特殊と申し上げましたが……」
 落ち着かないのだろう。不安なのだろう。紳士が自分の体を触るしぐさは相変わらずだ。
 埒があかない。俺はなるべく優しく言った。
「仰りたくないようでしたら無理には……」
「いえ!」
 強い否定。苦悶の滲む視線が久しぶりに俺を捕らえた。
「もし、娘が……娘が、人様に危害を加えるような状態であれば」
 紳士は言葉を切って、一度息を大きく吸い込み、言った。
「適切に処理をして欲しいのです」
 やれやれ。
「仰っている意味が解りかねます。処理、とは? 具体的にどういうことをお望みなのです」
「その判断はあなたにお任せしたいのですが……」
 俺が聞きたいのは具体的な依頼であって責任逃れの言葉ではない。
「ですが? ですが、何です?」
「ありとあらゆる手段をとっていただきたいのです。場合によっては。必要があるなら」
 紳士がまた額の汗を拭った。
「殺してください」
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