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一章ー風の都ー

28 風の味

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「……今日でこの街ともおさらばかぁ」

 風の都。この街の柱でもある巨樹を見上げて感慨に浸る。

「そうね。ここでも色々あったね……まぁ、今回もタクマが全部解決しちゃったけど」

 隣に立つ彼女はそう言ってくれるが、俺は何もかもきっかけを作ったに過ぎない。
 本当の意味で解決できるのは、問題の当人だけなのだから。

「俺は首を突っ込むのがすきなだけだよ。ま、これからも出来ないと分かりきってる事は受けないけどね」

 苦笑を浮かべながらそう言うも、彼女は何故か微笑でこちらを覗くように見てきた。

「そ、それよりさ、親方に借りてたエアロマシン返しに行こうぜ」

 そう、俺達は既に装備を整え、準備万端の状態でガレージキングの近くに来ていた。
 親方とバックに世話になった事も伝えようと扉を開けると……。

「おは……」
「あんちゃん! いい所に来た。バックのヤローがいねぇんだ」

 挨拶をしようとするも遮られ、聴き捨てならない事を聞かされる。

「え、何かあったんですか?」

 ユズリがそう聞くも、親方は首を左右に振った。
 しかし、俺にはひとつ心当たりがある。

「……親方、ここは俺に任せて貰えませんか?」
「……分かった。何度もすまねぇな」

 いえ、と一言だけ残し、俺はユズリと共に街を駆けた。
 見納めの景色を胸に入れつつ、バックの影を追う。
 そして、とある宿屋の近くに来たところで……。

「すまねぇ!!」

 少年の声が響いた。
 どうやら遅かったようだ。
 宿屋の前には数人の騎士が立ち並んでおり、その中心には雅な制服を着した貴族……レビンが居た。
 そして、彼の目の前で土下座する男、バック。

 彼はどうやら、自首するつもりらしい。

「あんたを……殺そうとしたのは俺だ。勿論、罰は受けるが、許して貰うつもりはねぇ……ただ、ケジメをつけに来た」

 額を擦りつつ独白するバック。
 レビンの表情はよく見えなかったが、不穏な空気は感じなかった。

「……面をあげよ」

 一瞬身震いしてから、バックは静かに顔を上げる。

「あの時は、たまたまナイフを持っていた主が、たまたまあの辺で転けた。……という事にしないか?」

 まだ野次馬もあまり集まっていないが、周囲の人間の誰しもが驚きの声を上げた。

「……え、な、なんで……?」

 バックが戸惑いの中それだけ言葉にすると、レビンは腰に手を当てる。

「ふん。理由などない。強いて言えば気まぐれだ」

 その時、彼がこちらを一瞥した気がしたが、おそらく気のせいだろう。
 俺は嗚咽を漏らして再び蹲るバックと、どこか微笑ましげなレビンの姿を見て、俺とユズリは頷き合う。
 何もかもが解決した訳ではないが、きっとここからは、彼なりの道を良い方へと切り開いていくことになるだろう。
 俺はレビンにお前らしくねーじゃん。とからかおうとしていたが、今回は勘弁してやりガレージキングへと戻るのだった。





 親方にそれとなく今回の顛末を告げると、次の街の近くまで送って貰う事に。
 恐らくこのフライトが終われば暫く乗れなくなるだろうから、これが乗り納めだ。

「おし、いつでも発進出来るぜ。改めて確認するが、行先は“止まない街”だったよな?」

 前々から決めていた行先の名に、俺達は首肯する。

「了解だ。そんじゃ、ぶっ飛ばすぜぇ?」

 すると、バックの時よりは緩い速度で、エアロマシンが空へと飛び立つ。
 ここまでくればだいぶ慣れたもので、最後の飛行は思いの外楽しめた。
 そして、約三十分程でフライト出来る限界の地域に付き着陸する。

「お待たせさん。そうだ、二人に頼み事してもいいか?」

 親方のその言葉に首を傾げると、運転席の下から文庫本程のサイズの薄い封筒を託される。

「そいつを俺の従兄弟のヴェルギに渡してくれ。街の中心地で木工を営んでっから、そこらの店で聞きゃあすぐに見つかるハズだ」
「分かりました。お預かりします」

 にこやかにそう答えると、親方は優しげな微笑を浮かべ顎を引いた。

「親方さん、バックによろしく伝えておいて下さい」

 ユズリの言葉に「任せとけ」と返した親方は、エンジンを吹かして都へと帰っていった。
 エアロマシンを見届け、ふぅと息を吐くと、突如ユズリかあ! と声を上げて両手をパンと叩く。

「うぉっ、どうしたんだよ」
「そうだ。お土産買ってたの今思い出した。……はい、かざぐる饅頭」

 それは、俺が食べたがっていた馬鹿みたいな名前の饅頭だった。

「おぉ……! そういやこんなのもあったなぁ。ありがとうユズリ」
「えへ、タクマまだこれ食べてなかったなぁって思って、買っといたの」

 そう言うと同時に、彼女は自身の分を取り出す。
 二人でかぶりつくと、栗に似た仄かな甘みが口いっぱいに広がった。
 俺の居た世界の饅頭と比べたら甘味はだいぶ抑え目だが、どこかあの景色を思い出す味に、郷愁に近い感傷を得るのだった。
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