S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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廻り合い、交差

第百三十三話 悩み

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その日、陽が昇り始めた頃、ヨハンは王都の南地区にある鍛錬場にて静かに一人汗を掻いていた。

体術と剣術の基礎を行い、同時に魔法は体内で魔力を練る。
動きの中ででも常に流れる様な魔力操作を心掛けていたのは闘気を使用して平行して様々な行動を常に一定の水準以上で行えるように心掛けていたから。

「……ふぅ」

ひとしきり動き終わった後、ヨハンはその動きを止め、だらりと下げた木剣と対照的に陽が差してきた空を見上げてどこか物思いに耽る。

「僕は今、どれくらいの強さなんだろう?」

小さく呟いたその声。
近くに誰かがいたとしても誰かに対して聞いたものではないことはわかっていたが、最近わからなくもなってきていた。

これまで、王都近郊に現れる通常の魔物には苦戦したことがない。

入学当初に遭遇したビーストタイガーは苦戦と言えるのだろうが、今となってはきっと簡単に倒せる自信はある。
それほどにこの一年と少しで強くなった自覚はあったのだが、まだまだ上に強い人間や魔物がいることを知っていた。

魔族であったシトラスに始まり、エルフであるナナシー。
それにS級冒険者のシンにはとても勝てたとは言えない。むしろ敗色濃厚だった。

サイクロプスに限っても単独では撃破できてはいないし、他にもまだまだ自分よりも強い存在は多くいるだろうと考える。

「――強さ……か、その強さってのは何をもって強さとするんだろうねぇ」

唐突に声が聞こえてきた。

「だれっ!?」

慌てて辺りを見渡すと、鍛錬場の外壁にもたれるようにして一人の男が立っている。
腰に豪華な剣を差した金髪のその男は端正な顔立ちをしていた。

「えっと……あなたは? いつからそこに?」
「俺かい? 俺はラウルってもんだが、まぁそんなことは気にするな。いつからかっていえば最初からだな。お前が一人で鍛錬をしていたのをずっと見させてもらってたよ」

ラウルと名乗る男がヨハンに向かって歩きながら話す。

「そうなんですか? 僕はあなたの気配に全く気付きませんでした」
「まぁそうだろうな。お前は気配を絶つ、気配を探す練習をもっとしなければいけないな。だが俺ぐらいになると、気配を見つけられなくても別に恥ずかしい話じゃないさ」
「……はい」

思わずその言葉を鵜呑みにしてしまっていた。
通常なら突然現れた見ず知らずの怪しげな、初対面の男に何か言われたとしても疑って然るべきなのだろう。
だがそのラウルの佇まい、最初に姿を見せた時や歩いて来るその姿がヨハンにそうする判断を選択肢から無くさせていた。

それほどまでに一目でその男、ラウルが強者であることをどこか本能的に確信させる。

「お前、名前は?」
「えっと、ヨハンです」
「家名は?」
「ありません」
「……そうか」

ラウルは僅かに思案に耽る様子を見せ、再び口を開いた。

「それで、さっきの独り言だが、強さってのは一体何だ?」
「それは……相手を倒す強さ、誰かを守れる強さとかですよね?」
「そうだな。強さってのはそれもまた一つ。単純な力のことだな」
「はい」

一つ、ということは他にもあるということ。
他に強さの基準になるものはないのだろうか、考えるのだが言葉が見つからない。

「すいません、他の強さとは何があるのですか?」
「そうだな。まず強さってのは概念だ」
「……概念」
「それは目的を達成するための手段であり、実践力ということだな。強さの基準は個々に応じて異なる」
「……はい」

「相手を倒すために、誰かを守るために、誰にも負けないために、自分の限界はどこまであるのか、その目的をもって初めて強さの基準が明確になる。誰もが最強になれるわけじゃない。だが誰もが目的をもって目的に向かって強くなれる。 信念だ」

ラウルの言っている事は理解できる。
しかし、その様な観点から強さに対して考えてみたことがない。

「まぁその目的なんて人それぞれってことだ。それで?お前の強くなる目的って何だ?」

ラウルは一人で鍛錬をしていたヨハンの目的、そして口にしたその強さを目指す理由を問う。

「僕は……今はまだ、そういった明確な目的は持ってはいないです」
「そうか」

はっきりと答えられない。
正確には今まで苦戦した相手に勝てる様な強さを持っていたなら良かったのだが、その基準が曖昧であった。

「まぁそうだろうな。だからこそそこに疑問が生じる。目的があれば比較ができる。ほとんどの者はだいたいがそこに目的を持たない。目的がなければ目標が立たない。ただ、それを無意識に持っている者もいれば、意識して持つ者もいる。その違いを理解してみろ」

「はい」

明確な目的、今の時点で言うならば――――。

「それって、最強を目指す、ということでもいいんですよね?」

勝てない相手に勝つためにはどうすればいいのか、どこまで強くなればいいのか。当然誰にも負けないぐらいに強くなればいい。
そうして同時に思い浮かべるのは、一番身近なはずなのに伝聞に聞くほど遠く感じていくそう呼ばれていた人たちをヨハンは知っている。

「――プッ」

ヨハンの言葉を聞いたラウルは目を丸くさせるとすぐさま口元を緩めた。

「アッハッハッ」
「やっぱり可笑しいですかね?」

知っていると言っても実際に体感したわけではない。厳密には色々と鍛え上げられてはいたが、勝てはしなかった。最強を目指すなどということは、あまりにも途方もない話なのかもしれない。
そういう意味では大陸最強と呼ばれている両親の凄さがどれくらいなのかわかるためのその尺度もない。

「ん? いや、そんなことはない」

考え込んでいると、ラウルはどうして疑問に思うことがあるのだろうかと声を発し目が合う。

「むしろそれぐらい思い切りが良い方がよっぽど強くなれる。本気で目指して最後まで心が折れなければ、な」
「……はあ」

ジッと目が合うラウルはヨハンを見定めるようにして見ている。

「それとな。さっきのお前の練武を見せてもらっていたが、単純な実力でいえばお前はかなり強い。まだ十代だろ? その歳でそれだけの強さを身に付けるのは大したものだ。それにこれからまだ強くもなれるが、そこの『強さ』をお前がどこに措くかでそれもまた変わる」
「そうですか……ありがとうございますラウルさん」

何処かこの人に強くなれると言って貰えたことが素直に嬉しかった。

「まだ何かがわかったわけではないですけど、なんとなくですが僕に足りないものが見えてきた気がします」

ラウルに深々と頭を下げる。
これから目指すものが正確にはまだわからないし、明確な目的が持てたわけではない。
それでも目的を探すために目標を持つということができた。そして明確にその目的が見つかった時に少しでも達成できるように今精進しようと決める。

「そうだな。よしッ!」
「えっ?」

ラウルは何かを決心した様子でヨハンの両肩を掴んだ。
一体どうしたのかと困惑しながらラウルの顔を見ると、ラウルがはにかむ。

「これも何かの縁だ。俺はまだしばらくここに滞在してるから良かったら俺と一緒に鍛錬するか?」
「ええっ!?」

ラウルの提案に思わず動揺する。

「必要ないか?」
「い、いえっ――」

しかしすぐさまその提案を断る必要がないと思えたのは、目の前の人物、ラウルが実際にはどれぐらいの強さなのか興味もあった。

「はい、是非! よろしくお願いします!」

二つ返事で答えた。

「今日はまだ時間はあるか?」
「あっ……いえ、今日はこれから学校にいかなくちゃいけないので」
「そうか、まだ学生だったんだな。まぁ丁度そのぐらいの歳か……」
「ラウルさんはもしかして他国の人なんですか?」

先程からの口振りからして、シグラム王国の人ではないかもしれない可能性がある。

「ああそうだ。たまたま用事でここに来ていたんだ」
「そうなんですね」
「まぁ俺のことはいい。じゃあこれから……そうだな、毎朝お前、ヨハンがここに来ていた時間にでも開始するとしようか」
「わかりました」

ラウルは目の前の子ども、ヨハンに対して一種の高揚感を得ていた。
今目の前には確かな逸材がいる。同年代の子どもに比べれば遥かに抜きんでた実力なのは見ればすぐにわかった。しかしまだ粗削りな部分も多々ある。その逸材に対して自らの手を加えられることができるのだから。

「(最強を目指す…………か。ははっ、まるで昔の自分を見ているような気分だな)」

子どもが考える妄想だと思えばそれまでなのだが、先程目を合わせたヨハンの目は真剣そのもの。そして同時に考えるのは、以前の自分と重なる姿がそこにあった。

「(あの頃の俺もあいつら……特にアトムに出会っていなければ今とはまた違った俺になっていたんだろうな)」

ラウルが思い返すのはヨハンの父アトムのこと。
もう随分と昔のことなのだが、ラウルはアトム達スフィンクスと繋がりがある。しかしヨハンは知らないし、ラウルもヨハンがアトムとエリザの子だという事を知らない。

「(違うことといえば、俺の様に調子に乗ってはいないってところだな)」

思い上がっていた頃の自分の性根を叩き直されたことを思い出していた。

「あっ、それとだ。今後お前と鍛錬するに当たり、一つだけ言っておきたいことがある」
「えっ? はい、なんですか?」

それまでとは違った表情、真剣な眼差しでヨハンを見た。
その表情があまりにも真剣さを孕んでいたためにヨハンは思わず息を呑む。

「俺と毎朝ここで鍛錬することは他の誰にも言わないでおけるか?」

どんなことを言われるのかと身構えていたのだが、その内容が予想を遥かに下回る程度の内容だったことで思わず拍子抜けした。

「はい、それはまぁ大丈夫です」
「よし、それだけ守ってくれればいい」
「(まぁ別に危険な人には見えないし)」

今までのやりとりから見ても、素性がわからないことに疑問が生じるのだが他国から来ているのだから何かしらの事情があるのだろうと考える。

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