S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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エピソード エリザ・カトレア

第百七十一話 閑話 子の友(後編)

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「おっ?ワシのことを知っておるのか?」

シルビアとは初めて会うのは間違いない。名前を言い当てられたことで意外な様子をシルビアは見せた。

「はい。以前父、ローファスに昔の話を聞いた時に、シルビアさんの名前だけを聞いておりましたので」
「そうかそうか。あの鼻垂れ小僧もこんな立派な娘を持つようになったのじゃな。あいつより受け答えがしっかりしておるな。歳は取りたくないのぉ」

どう見ても若く見えるその姿、それを聞いたエレナ達はお互いに顔を見合わせる。
言葉にしなくともお互いの疑問を理解し合った。

「(えっと……この人いくつなのでしょうか?)」
「(いくつなのよこの人)」
「(きっと見た目以上に歳を取ってるんだろうな。ぜってぇ妖怪の類だ。そうに決まってる!でも絶対追及しねぇ。良いことがないって俺の直感が告げてるぜ)」

口にしたくとも言葉にすることはない。グッと喉の奥に呑み込む。

「ふむ。三人共わかっておるのぉ。アトムのやつとは大違いじゃ」
「ちょ、姐さん、そこでどうして俺の名―――」
「黙れッ!」

突然声を荒げたアトムに対してシルビアは指先を向けパリッと音を鳴らした。

「うおっ!」

刹那の瞬間、アトムは顔だけ後ろに反らす。
眼前を細い雷が通り過ぎると壁に当たり、雷によって壁はパリッと黒く煤焦げていた。

「あっぶねぇ」

と小さく呟く。

「今ワシが話しておる所じゃ。横から入って来るなっ!」
「わかったよ姐さん」

一瞬の出来事。
モニカもエレナもレインも呆気に取られた。

「(レインなら黒焦げだったわね)」
「(レインなら黒焦げでしたわね)」
「(俺なら黒焦げだっただろうな)」

と言葉にせずとも思考の中で見事な同調を果たすのと同時にソレを即座に回避することができたアトムの勘の鋭さに驚嘆する。

「おぉ、すまんかったな」
「い、いえ」

シルビアはすぐさまエレナ達の方に笑顔を向けるのだが、モニカ達は頬をヒクヒクさせて笑うしかなかった。

「さて、自己紹介は終わったようですね。では校長があなた達に話があるようです」

何事もないかのようにシェバンニが会話を締める。
シルビアのことを知っている者からすれば見慣れたいつも通りのやりとり。

ここにモニカ達に来てもらったのは紹介するためではない。結果としては偶然居合わせたことになったのだが、それはモニカ達もわかっている様子で、揃って引き締めた表情でガルドフを見る。

「まぁそう固くならんでよい。ヨハンが剣聖と旅に出たそうだな」
「はい」
「詳しいことは教えてやれんが、儂等はラウルに用事があっての。ラウルが戻って来るまでは王都に滞在することにする。それでまぁ時間があればアトムとエリザにヨハンの話を聞かせてやってはくれないか」

モニカとエレナが拍子抜けした様子で顔を見合わせた。

「えっ?」
「はぁ。それぐらいでしたらかまいませんが」

断る理由もないのでその困惑しながらも返答する。
エリザ達も本当ならヨハンと会えるのに越したことはなかったのだが、不在なので一番近くにいた仲間に話を聞きたかった。

「フム。それと加えてこういうのはどうだ?」

シルビアが笑みを浮かべながら口を開く。

「ラウルのやつがヨハンを鍛えるのであるならば、ワシが貴様らを鍛え上げてやろう」

「「「えっ!?」」」

突然の提案。
少しの間を開けてモニカは笑顔になり、エレナは考える様子を見せ、そしてレインは脂汗を流した。

「いいんですか!?」
「もちろんじゃ。どうせ暇するだろうからな」

シルビアがニヤリと笑みを浮かべたことでレインは確信する。

「(やべぇ。この人あの鬼婆よりやべぇ人だって。嫌な予感しかしねぇぞ)」

直感的にそう理解した。
先程のアトムとのやりとりがその証拠だと言わんばかりに顔面を青くさせ、エレナも同様の気配を察知するのだが諦めて溜め息を吐く。

「(まぁ仕方ありませんわね)」

妙案だと納得してポンと手を重ねているシェバンニの姿が視界に入って来た。
これが課題に替わるものだと思えば悪くもない。

「あっ、先生?」
「はい」
「あの?ニーナちゃん知りませんか?昨日から姿を見てなくて」

姿を見かけないニーナのことを疑問に思いモニカが問い掛ける。

「ええ。知っていますよ。彼女はどうやらヨハンに付いていってしまったようですね」
「……やっぱり」
「まぁ仕方ありません。私も彼女の境遇を少しばかり聞いておりましたので。それに一応私宛に手紙も置いてありましたよ」

モニカ達はお互い顔を見合わせた。
ヨハンに会いに来たのだから付いて行くのもわからなくもないのだが、そもそもとしてもう一つ疑問を抱いている。

「あの? そのニーナちゃんのことですが、元々ヨハンのお父さん、アトムさんを尋ねたみたいでしたが?」
「ん?俺??」

ニーナは本来アトムの下を訪れるはず。
イリナ村にアトムが不在だったためにヨハンの下に来ている。

「ええ。ニーナという少女をご存知ではありませんか?」
「ニーナ……ニーナねぇ。んー知らねぇなぁ」
「出身はセラの町と言っておりましたわ」
「セラ……? セラに知り合いって…………あっ!もしかして!!」

一人で納得しているアトム。

「そういやリシュエルのやつとそんな約束したなぁ。すっかり忘れてたわ」

頭をガシガシと掻いて苦笑いする。

「あなた? リシュエルって……りゅ――」
「エリザ」

エリザが問い掛けようとすると、アトムは静かにエリザを見る。その目には黙っていて欲しいという意図が伝わって来た。

「(わかったわよ。まぁ後で教えてもらうわ)」

困り顔で天井を見上げる。

「(それにしてもリシュエルと何の約束をしたのかしら?)」

ニーナの父を思い浮かべながら疑問を抱いたところで主要な話を終えた。


それからシェバンニは本来の用件。エレナ達に今度の授業で使う課題を運んでもらうために一緒に部屋を出て行き、校長室に残されるのはアトム達のみ。

「ねぇ。呪いを受け継いでいるのはあの子で間違いないのよね?」
「ああ。そのはずだぜ?」
「全然そういう風に見えないわね」
「んー、でもローファスのあの口振りからすれば間違いないんだろ? だからガルドフも俺達に声を掛けたんだし」

アトムの問い。だが誰もその答えは持ち合わせてはいない。
エレナ達の背を見送ったエリザ達が神妙な面持ちで話している。

「なぁガルドフ。あの子はどんな子なんだ?」
「うむ。正義感に溢れたとても良い子じゃ。実力もそれに見合っておる」
「ほぅ。ならばやはりワシが鍛えてやらんとな。呪いなど弾き飛ばせる程にな」

ニヤニヤと話すシルビアを見て呆れるアトムに対してエリザは口元に手を送った。

「ふふ。シルビアさんに鍛え上げられればそれはもう強くなれるでしょうね」

エリザのその言葉に実感がこもっているのは、かつてシルビアに魔法を師事された学生時代のこと。
厳しくも楽しくあったのは強くなれる実感があっただけでなく、チラリとアトムへ視線を向ける。そのアトムの横に今こうして並ぶことを当時の目標にしていたのを思い出した。

『お前はちゃんと俺が守ってやるから後ろでそうやってびくびくと怯えてな』
『な、何言ってるのよ! わ、私も、戦うわッ!』
『はん。無理すんなって』
『えっ?』

後ろで杖を握るエリザに微かに視線を向けるとすぐに前を向いて溜め息を吐くアトム。

『そんな震えた手で何ができるんだ?』
『で、でも……――』
『いいからここは俺に任せておけって』

力強く前に走り出したアトムの背中を追いかけることが当時はできなかった。
あの時のあの情けなさがなければシルビアの厳しい特訓についていくことなどとてもできなかったことは誰よりもエリザ自身が理解している。

「(だからきっとあの子も…………)」

先程出て行った小さな背中が大きく力強く成長することを素直に信じられた。

「それにしてもローファスとジェニファーの不安もわからねぇでもないわな。あれで呪いが進行してるなんて、確証がなければ誰も信じねぇよ」

そんなエリザの思いに気付くことなくアトムが口を開く。

「そうね。実際私達もまだ疑ってるからね」
「うむ。仮に事実だとしてもまだ時間は残されておる。そのために宝玉を二つと、その時見の水晶を手に入れようではないか」
「どちらにせよ今はラウルの帰還を待つしかないけどな」

そうしてアトム達はゆっくりと校長室を出て行った。

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