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エピソード エリザ・カトレア
第百七十二話 閑話 エリザ・カトレア
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中央区、そこには大小様々な貴族や大商人などの富裕層が住居を構えている。
王家の血筋でもあるスカーレット家も同様であり、その中央区にある豪邸では舞踏会が開かれていた。
日が暮れて夜を迎えている中、公爵邸でもあるその大きな建物。
周辺にある街灯に照らされた中央に噴水のある煌めく庭園は庭師によって綺麗に整えられている。
大きな部屋、気品のあるシャンデリアに照らされた空間は舞踏会が開かれている会場。
その中にはいくつもの豪華な食事や多くの種類の酒類があり、正装に身を包んだ幾人もが笑顔で歓談していた。
「まぁ家にはまた明日にでも行けばいいかな」
舞踏会仕様に仕立ててもらったドレス姿のエリザは一人でその大きな窓から開かれたベランダに出て夜空を見上げる。
「まさかアトムがあんな約束をリシュエルとしていたなんてね」
舞踏会が開かれる前、苦笑いするアトムによって聞かされたニーナの話。
お互い父親として交わしていたその約束、それを聞いたことで呆れてしまっていた。
「まぁいいわ。別にいますぐどうこうってわけじゃないみたいだし」
当面棚上げにしておくことにするその問題は別にするとして、そのまま視線を会場の中に戻す。
「それにしても、こうしてこんな場に出ることも何年振りかしら?」
見たことのある貴族や内政官などの権力者達の姿に、綺麗なドレスに身を包んだ淑女達。
その中で同じように正装に身を包みながらも異彩を放つのは、食べ物にがっついて浴びるように気持ち良く酒を飲んでいるアトムの姿が目に入った。
「ほんとしょうがないんだから」
場違いなどという感情の一切を抱くことなく、思わず笑みがこぼれる。
「やっぱり全然似合わないわね」
口元に手を送り、優しい眼差しを向けた。
王都に帰還することになったこの日は、シグラム王国国王であるローファス・スカーレットの弟、内政大臣を担当しているマックス・スカーレット公の娘であるマリン・スカーレットの生誕祭なので招待客が多く集められている。
「ねぇ。私のご飯とどっちが美味しい?」
カツカツとヒールの音を鳴らしてベランダから会場に向かって歩き、アトムに耳打ちして問い掛けた。
「んー? ひっく。 んなもん比べるもんでもねぇよ。 ひっく。 エリザにはエリザの、ここにはここのメシの良いところがあるんだからよ。まぁどっちが好きかと言われれば、毎日食べたいのはエリザのメシだな。こんな贅沢なもん毎日食ってらんねぇよ。 ひっく」
「ふふっ。ありがと。一応褒め言葉として受け取っておくわね」
「なんだ?急に」
「ううん。別にぃ」
疑問符を浮かべるアトムに背を向けるエリザの表情は笑みを浮かべている。
「どっかいくのか?」
「ええ。ちょっとジェニファーの顔を見に行くわ」
肩越しにアトムに声を掛けた。
「そっか。仲良いよな、相変わらず」
「あなたとローファスと同じようなものよ」
王妃であるジェニファーはエリザ達よりも一つ年下。数いるローファスの妃候補の中からローファス自身が選んだ相手。エリザとも旧知の仲である。
「いってら」
「飲んでもいいけどほどほどにしてよね。後がめんどくさいのだから」
「へいへい」
ひらひらと軽く手を振って会場を後にした。
「(あぁ、そういえば姿は見なかったけどエレナちゃん達も来てるのよね)」
顎に指を送りながら息子の学友であるエレナ達のことをなんとなく考える。
「(それにしてもエレナちゃんとモニカちゃんかぁ。どっちも可愛いけど、どっちかと良い感じになってるのかしら?それとも他の子?)」
というよりも、息子の将来的な伴侶について考え込んでしまっていた。
「むっ?」
「きゃっ!」
考え込んだまま廊下の角を曲がったところで前に影が覆い被さり、ドンっとぶつかってしまう。
「あっ、すいません」
自分の不注意なので慌てて頭を下げるのだが、視界に入る相手のその足元には綺麗な靴にシュッとしたズボンが見えた。
「(あちゃあ)」
それだけでぶつかったのが貴族だというのがわかる。
「貴様、誰にぶつかったと思っているのだ?」
「(やっぱりこうなるのね)」
貴族のめんどくささはよく知っている。
難癖付けられることになってしまえばどう言い繕ったところでどうにもならない。
恐る恐る顔を上げると、案の定目の前にはふくよかな体型の中年の男が立っていた。
「申し訳ありません。余所見をしていました」
先手必勝、丁寧に先に謝ってみることにする。
「ダメだ。許さない。私が子爵と知っておるのか?」
「(……はぁ)」
「ほぅ。これは中々……」
目が合った男は目尻を下げて顔をしっかりと見た後にエリザの全身を見回した。
「ふむ。どこかで見たことがある気がするが、はて、どこだったか。どこの家の者だ?」
「いえ、本日は友人のつてで招待されたものですから特に家名はありません」
即答する。
置いて出た家名を名乗ることなどきっともう訪れない。
同時に脳裏を過った。
「(名乗ることがあったとしても、こんなことで頼るわけにはいかないしね)」
僅かに目線を逸らしながら思い当たる考えを振り払う。
「そうかそうか」
エリザの返答を受けた途端に男はニヤリと笑みを浮かべた。
「わかった。謝罪の気持ちがあるのならこっちへ来い!」
「あっ、ちょっと」
グイっとエリザの腕を掴んで強引に引っ張る。
どこへ連れていかれるかということよりも、何をしようとしているのかぐらいはわかった。
「(あー、もうしょうがないわねっ!)」
若干の苛立ちを覚える。
「あのっ!?」
微妙に腕を引かれながら大きな声を掛けた。
「なんだ」
「(ごめんねジェニファー)」
仕方なくジェニファー妃の名前を出してこの場をやり過ごそうと決める。
家のことを口にしないことと王妃の名前を出すことが矛盾してしまうのだが、ジェニファーなら笑って許してくれる自信があった。
「実はですね――」
「――何をしているのだ?」
不意に背後から声が聞こえる。
「はっ!?」
貴族の男が誰だと言わんばかりに顔だけ声の下へ向けるのだが、声の主の顔を確認するや否や掴んでいたエリザの腕を離して直立した。
「(……この声)」
久しぶりに聞く声に覚えがある。記憶の中の声とは少し違って、歳を取っているような誤差が生じるのだが。
「これはこれはカトレア卿ではございませんか」
「なにか揉め事か?ドンナルンマ殿」
背後に立っていた男は、カールス・カトレア侯爵。侯爵の後ろにはエリザと歳のそう変わらない綺麗な侍女が一人。
カトレア卿はチラリと僅かにエリザへ視線を向けるのだが、すぐにドンナルンマ子爵に視線を戻す。
「いえいえ。特に揉め事などございませんよ」
「そうか。で? 後ろにいる彼女は誰だ? 良かったら紹介してくれまいか」
「あっ、いえ、その……――」
カトレア卿の問いに対して僅かばかり口籠るのだが、ドンナルンマ子爵はすぐに口を開いた。
「――……実は、彼女が私に不敬を働いたので、少し礼儀というものを教えてやろうかと思いまして」
誰と言われてもドンナルンマ子爵はエリザのことを知らないので紹介しようがない。
誤魔化すようにニヤニヤと話しているのだが、ドンナルンマ子爵の口元は微かに歪んでいる。
「そうか。そちらの婦人は何か言いたいことはあるか?」
「…………」
「どうした?何もないのか?」
「……はい。確かに私が余所見をしていたことでドンナルンマ子爵様にぶつかったことは事実です。ですが、すぐに謝罪の意は示しました」
「ッ! それがなっとらんと――」
エリザの言葉を聞いたドンナルンマ子爵は口調を荒げたのだが、すぐに開けた口を閉じた。
「――うっ!」
ギンッとドンナルンマ子爵を睨みつけるのはカトレア卿。
「ドンナルンマ殿」
「は、はいっ!」
頬をヒクヒクとさせ、上ずった返事をするドンナルンマ子爵。
「女性を怒鳴りつけるのはあまりよろしくないですな」
カトレア卿は柔らかな笑みでドンナルンマ子爵を見る。
「は、ハッ!」
「…………」
その様子を見るエリザは平静を装っているのだが、内心では苦笑いをしていた。
「今回は私の顔に免じて、この婦人の不敬を大目に見てやってはくれまいか」
「――ぐっ。 わ、わかりました。 では私はこれにて失礼します」
微かにエリザに侮蔑の眼差しを向けると、ドンナルンマ子爵はそのまま背を向けて立ち去っていく。
「ありがとうございます。では私も失礼します」
エリザも小さくお辞儀をするなりすぐさまカトレア卿に背を向けた。
「待ちなさい」
「(……それはそうよね)」
さすがにこのままというわけにはいかず、そのままクルっと半回転してカトレア卿の顔を笑顔で見る。
「ご無沙汰しております。お父様」
そのままエリザは滑らかな貴族の所作を用いて一礼した。
王家の血筋でもあるスカーレット家も同様であり、その中央区にある豪邸では舞踏会が開かれていた。
日が暮れて夜を迎えている中、公爵邸でもあるその大きな建物。
周辺にある街灯に照らされた中央に噴水のある煌めく庭園は庭師によって綺麗に整えられている。
大きな部屋、気品のあるシャンデリアに照らされた空間は舞踏会が開かれている会場。
その中にはいくつもの豪華な食事や多くの種類の酒類があり、正装に身を包んだ幾人もが笑顔で歓談していた。
「まぁ家にはまた明日にでも行けばいいかな」
舞踏会仕様に仕立ててもらったドレス姿のエリザは一人でその大きな窓から開かれたベランダに出て夜空を見上げる。
「まさかアトムがあんな約束をリシュエルとしていたなんてね」
舞踏会が開かれる前、苦笑いするアトムによって聞かされたニーナの話。
お互い父親として交わしていたその約束、それを聞いたことで呆れてしまっていた。
「まぁいいわ。別にいますぐどうこうってわけじゃないみたいだし」
当面棚上げにしておくことにするその問題は別にするとして、そのまま視線を会場の中に戻す。
「それにしても、こうしてこんな場に出ることも何年振りかしら?」
見たことのある貴族や内政官などの権力者達の姿に、綺麗なドレスに身を包んだ淑女達。
その中で同じように正装に身を包みながらも異彩を放つのは、食べ物にがっついて浴びるように気持ち良く酒を飲んでいるアトムの姿が目に入った。
「ほんとしょうがないんだから」
場違いなどという感情の一切を抱くことなく、思わず笑みがこぼれる。
「やっぱり全然似合わないわね」
口元に手を送り、優しい眼差しを向けた。
王都に帰還することになったこの日は、シグラム王国国王であるローファス・スカーレットの弟、内政大臣を担当しているマックス・スカーレット公の娘であるマリン・スカーレットの生誕祭なので招待客が多く集められている。
「ねぇ。私のご飯とどっちが美味しい?」
カツカツとヒールの音を鳴らしてベランダから会場に向かって歩き、アトムに耳打ちして問い掛けた。
「んー? ひっく。 んなもん比べるもんでもねぇよ。 ひっく。 エリザにはエリザの、ここにはここのメシの良いところがあるんだからよ。まぁどっちが好きかと言われれば、毎日食べたいのはエリザのメシだな。こんな贅沢なもん毎日食ってらんねぇよ。 ひっく」
「ふふっ。ありがと。一応褒め言葉として受け取っておくわね」
「なんだ?急に」
「ううん。別にぃ」
疑問符を浮かべるアトムに背を向けるエリザの表情は笑みを浮かべている。
「どっかいくのか?」
「ええ。ちょっとジェニファーの顔を見に行くわ」
肩越しにアトムに声を掛けた。
「そっか。仲良いよな、相変わらず」
「あなたとローファスと同じようなものよ」
王妃であるジェニファーはエリザ達よりも一つ年下。数いるローファスの妃候補の中からローファス自身が選んだ相手。エリザとも旧知の仲である。
「いってら」
「飲んでもいいけどほどほどにしてよね。後がめんどくさいのだから」
「へいへい」
ひらひらと軽く手を振って会場を後にした。
「(あぁ、そういえば姿は見なかったけどエレナちゃん達も来てるのよね)」
顎に指を送りながら息子の学友であるエレナ達のことをなんとなく考える。
「(それにしてもエレナちゃんとモニカちゃんかぁ。どっちも可愛いけど、どっちかと良い感じになってるのかしら?それとも他の子?)」
というよりも、息子の将来的な伴侶について考え込んでしまっていた。
「むっ?」
「きゃっ!」
考え込んだまま廊下の角を曲がったところで前に影が覆い被さり、ドンっとぶつかってしまう。
「あっ、すいません」
自分の不注意なので慌てて頭を下げるのだが、視界に入る相手のその足元には綺麗な靴にシュッとしたズボンが見えた。
「(あちゃあ)」
それだけでぶつかったのが貴族だというのがわかる。
「貴様、誰にぶつかったと思っているのだ?」
「(やっぱりこうなるのね)」
貴族のめんどくささはよく知っている。
難癖付けられることになってしまえばどう言い繕ったところでどうにもならない。
恐る恐る顔を上げると、案の定目の前にはふくよかな体型の中年の男が立っていた。
「申し訳ありません。余所見をしていました」
先手必勝、丁寧に先に謝ってみることにする。
「ダメだ。許さない。私が子爵と知っておるのか?」
「(……はぁ)」
「ほぅ。これは中々……」
目が合った男は目尻を下げて顔をしっかりと見た後にエリザの全身を見回した。
「ふむ。どこかで見たことがある気がするが、はて、どこだったか。どこの家の者だ?」
「いえ、本日は友人のつてで招待されたものですから特に家名はありません」
即答する。
置いて出た家名を名乗ることなどきっともう訪れない。
同時に脳裏を過った。
「(名乗ることがあったとしても、こんなことで頼るわけにはいかないしね)」
僅かに目線を逸らしながら思い当たる考えを振り払う。
「そうかそうか」
エリザの返答を受けた途端に男はニヤリと笑みを浮かべた。
「わかった。謝罪の気持ちがあるのならこっちへ来い!」
「あっ、ちょっと」
グイっとエリザの腕を掴んで強引に引っ張る。
どこへ連れていかれるかということよりも、何をしようとしているのかぐらいはわかった。
「(あー、もうしょうがないわねっ!)」
若干の苛立ちを覚える。
「あのっ!?」
微妙に腕を引かれながら大きな声を掛けた。
「なんだ」
「(ごめんねジェニファー)」
仕方なくジェニファー妃の名前を出してこの場をやり過ごそうと決める。
家のことを口にしないことと王妃の名前を出すことが矛盾してしまうのだが、ジェニファーなら笑って許してくれる自信があった。
「実はですね――」
「――何をしているのだ?」
不意に背後から声が聞こえる。
「はっ!?」
貴族の男が誰だと言わんばかりに顔だけ声の下へ向けるのだが、声の主の顔を確認するや否や掴んでいたエリザの腕を離して直立した。
「(……この声)」
久しぶりに聞く声に覚えがある。記憶の中の声とは少し違って、歳を取っているような誤差が生じるのだが。
「これはこれはカトレア卿ではございませんか」
「なにか揉め事か?ドンナルンマ殿」
背後に立っていた男は、カールス・カトレア侯爵。侯爵の後ろにはエリザと歳のそう変わらない綺麗な侍女が一人。
カトレア卿はチラリと僅かにエリザへ視線を向けるのだが、すぐにドンナルンマ子爵に視線を戻す。
「いえいえ。特に揉め事などございませんよ」
「そうか。で? 後ろにいる彼女は誰だ? 良かったら紹介してくれまいか」
「あっ、いえ、その……――」
カトレア卿の問いに対して僅かばかり口籠るのだが、ドンナルンマ子爵はすぐに口を開いた。
「――……実は、彼女が私に不敬を働いたので、少し礼儀というものを教えてやろうかと思いまして」
誰と言われてもドンナルンマ子爵はエリザのことを知らないので紹介しようがない。
誤魔化すようにニヤニヤと話しているのだが、ドンナルンマ子爵の口元は微かに歪んでいる。
「そうか。そちらの婦人は何か言いたいことはあるか?」
「…………」
「どうした?何もないのか?」
「……はい。確かに私が余所見をしていたことでドンナルンマ子爵様にぶつかったことは事実です。ですが、すぐに謝罪の意は示しました」
「ッ! それがなっとらんと――」
エリザの言葉を聞いたドンナルンマ子爵は口調を荒げたのだが、すぐに開けた口を閉じた。
「――うっ!」
ギンッとドンナルンマ子爵を睨みつけるのはカトレア卿。
「ドンナルンマ殿」
「は、はいっ!」
頬をヒクヒクとさせ、上ずった返事をするドンナルンマ子爵。
「女性を怒鳴りつけるのはあまりよろしくないですな」
カトレア卿は柔らかな笑みでドンナルンマ子爵を見る。
「は、ハッ!」
「…………」
その様子を見るエリザは平静を装っているのだが、内心では苦笑いをしていた。
「今回は私の顔に免じて、この婦人の不敬を大目に見てやってはくれまいか」
「――ぐっ。 わ、わかりました。 では私はこれにて失礼します」
微かにエリザに侮蔑の眼差しを向けると、ドンナルンマ子爵はそのまま背を向けて立ち去っていく。
「ありがとうございます。では私も失礼します」
エリザも小さくお辞儀をするなりすぐさまカトレア卿に背を向けた。
「待ちなさい」
「(……それはそうよね)」
さすがにこのままというわけにはいかず、そのままクルっと半回転してカトレア卿の顔を笑顔で見る。
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#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
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途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
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