S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帝都訪問編

第百九十九話 閑話 食材準備

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突然のヨハンの提案。

アイシャの手料理を孤児院で披露することを決めた後は食材の買い出しに動き回ことになった。
掛かる食材費は全てヨハンが負担するつもりであり、当然ミモザにもまだ話はしていないのだがなんとなく断られることはないというのは短い孤児院で知ったミモザの性格。見ず知らずの孤児をすぐに受け入れられることからも理解できる。

むしろ喜んで受け入れる姿が十分に想像できた。

「ねぇ、これなんかどう?僕は初めて見るけど、アイシャはわかる?」

そうして立ち止まった出店で手に納まる程度の赤く細長い野菜をアイシャに見せる。

「はい。でもそれ、トンガは大人の人は好きな人が多いのですけど、子どもには辛すぎるのであんまりウケないと思いますよ?」

シグラム王国にはなかったその野菜をアイシャはよく知っていた。

「そうなの? そっかぁ。美味しそうなんだけどね」

艶のあるその赤い野菜。
子どもが多い孤児院で使えないのなら仕方ないと、残念そうに元あった位置にトンガを戻す。

「いいですよ。じゃあヨハンさんとミモザさんにはそれを香辛料として別に出しますよ」

隣に立ったアイシャはヨハンが戻したトンガを手に持った。

「おじさん。これください。あとこっちも三つください」
「あいよ。まいどあり!」

店主にトンガを手渡しながら、隣にあった黄色い野菜を指差す。

「へぇ。僕らの分だけ別につくるだなんて、そんなこともできるの?」
「まぁ、一工夫すれば、ですが」

店主から野菜の入った袋を受け取りながらアイシャは困り顔を見せた。

「でも、本当にいいのですか?お金まで出してもらってますけど?」
「もちろんじゃない。お金のことも心配しなくてもいいよ。ほら、ニーナを見てみて」

そのままアイシャはチラリとニーナの方に顔を向ける。
買い物が終わるのを待っているニーナは暇そうにしており、両手には食材が多くぶら下がっていた。

「ニーナさんがどうかしましたか?」

ニーナを見るように言われた意図がわからずアイシャは不思議そうに首を傾げる。

「ほら。ニーナの食べる量を考えてもみてよ。アレを考えればみんなが食べる量なんて知れてるよ」

笑顔で答えると、アイシャは目を丸くさせた。

「――プッ……あははっ」
「えっ?なになに?なんの話をしてるの?」

突然口元を押さえて笑い出したアイシャに対して、どうしたのかとニーナが笑顔で問い掛ける。

「いや、なんでもないよ。こっちの話だから」
「それがね、ヨハンさんが、ニーナさんは食べ過ぎだって」
「あっ!ちょっとアイシャちゃん!なんで言っちゃうかなぁ!?」

笑いながら正直に答えるアイシャに驚きながらニーナを恐る恐る見た。

「……お兄ちゃん?」
「はい」
「今の話、あとでゆっくりと聞かせてもらえるかな?」
「……はい」

ムッとした怒り顔と笑顔を同居させているこの顔に何故か既視感を覚える。
そのヨハンとニーナのやりとりにアイシャは楽しそうに笑顔を向けていた。

「(ん?)」

それでも一瞬だけ俯いたその表情を見逃さない。

「(今のがニーナの言っていた顔のことかな?)」

「どうか、しましたか?」

ふとした瞬間に目が合い首を傾げて微笑まれる。

「……いや。なんでもないよ」

すぐに表情は戻り微笑まれたことで聞くことが適わなかった。
というよりも、思わず聞くことを憚ってはばかってしまった。

それから後も、ああでもないこうでもないと食材の購入に奔走する。

そうして買い物を終えるのは昼を過ぎており、孤児院に帰るとミモザは予想通り驚いていた。
見た目ですぐにわかる三人が持っている膨大な量の食材。どうしてそれだけの食材を手にしているのか困惑される。

「どうしたのよそれ?」
「実はですね……――」

すぐにアイシャの手料理について相談も兼ねて話を聞かせた。

「――……そんなの、もちろん良いにきまっているじゃない!」

と、考える素振りすら見せないミモザからは予想通りの答えが返って来る。

「ならちょっと準備をしないとね。何を作りたいか考えてあるの?」
「すこしは…………」

指先で摘まむ仕草をしながら微妙に口籠るアイシャ。

「大丈夫よ。私が手伝うのだから」

腕まくりをするミモザは満面の笑みを浮かべた。
それから作る料理の確認をしたアイシャとミモザは夕方から料理の準備に入ることになる。

基本的に料理の全てはアイシャに任されていた。

『アイシャちゃんが作ることに意味があるのだからね』

そうミモザに言われたことでヨハンとニーナがするのもあくまで手伝い程度。
手が届かない物を取ったり、こねるなどの力がいる過程を手伝ったりするだけのほんの少しの手伝い。

『せっかくだからあなたたちもアイシャちゃんが料理を振る舞う対象になるべきよ。それにあの子、思っていた以上に料理できるみたいだし』

と言われてしまえば仕方ない。

実際傍から見ているだけなのだが、アイシャの手際はかなり良いように見えた。
慣れた手つきで調理器具を準備してアレコレと手がけている様は感心するほど。

同時に別の意味でも安心する。

「楽しそうだねぇ」
「うん」

笑顔で楽しそうに取り組んでいる姿がそこにはあった。

「(心配し過ぎだったのかな?)」

時折見せる落ち込み具合が杞憂だったのかと思わせられるほど笑顔を見せている。

「それで、次どうしよっか。ねぇお母さん」
「えっ?」

そこでふと飛び出した母という単語。

「――……あっ」

驚くミモザなのだが、アイシャも直後に理解した。

「ご、ごめんなさいッ!」

深々と頭を下げる。

「ううん。いいわよ。お母さんと料理をしてたのが楽しかったのね」
「う、うん」

頭を撫でながら優しく抱き寄せて言葉を掛けるミモザに対してアイシャは俯きながらも小さく答えた。

「ごめんね。私はお母さんの代わりにはなれないけど、でも遠慮なく甘えてくれていいからね」
「……うん」

返事はしたものの、アイシャはそれまでの嬉々として料理に取り組んでいた姿勢から少しばかりの遠慮をみせる。

「はぁ。まったく。遠慮しなくてもいいのにねぇ」

ヨハンとニーナの近くに来たミモザは腕を組みながら難しい顔をしていた。

「しょうがないですよ」
「でも不思議なのはあの子、料理自体を嫌がらないのよね」
「えっ?それってどういうことですか?」

ミモザが口にした言葉の意味が理解できない。

「ああ。ヨハンくんにはわからないか」

何のことを言っているのかさっぱりである。

「大きくなったらわかると思うけど、あのね。親との楽しい思い出があって、それを思い出すと悲しい気持ちになることがあるの。あの時はあれだけ楽しかったのにどうして今はこうなんだって、気持ちになってしまうのよ。特にあれぐらいの頃は多いんじゃないかな?」
「なるほど。ならもしかして僕は余計なことをしましたか?」

母親との思い出。
それを想起させる料理は一番楽しい思い出なのだが、思い出すことで会えない気持ちから悲しみを感じるのは当然だった。それは先程見せたアイシャの口をついた発言と合わせ、そのあとに見せた表情からも推測できる。

同時に連想したのはアイシャが時折見せるという悲し気な表情もそれに起因するのではないかと考えられた。

「そんなことないわよ」
「えっ?でも……」
「もしこれがアイシャちゃんの傷口を抉るようなことなら止めてたけど、私が見た限りでもアイシャちゃんは料理に前向きだったわ。間違いなく。だから賛成したのよ」
「……そうですか。なら良かったです」

ミモザに否定されたことでいくらか安堵するのだが、それならばアイシャの見せる表情がどういうものなのかわからなくなる。

「ま、そんな感じだから気にしなくていいわよ」
「わかりました」

アイシャの下へ戻るミモザ。

「何か他にも理由があるのかな?」

考えても結論が出ないまま、ミモザの声の掛け方の上手さもあってアイシャは徐々に表情を戻していった。


程なくして料理が仕上がる。

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