S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帝都訪問編

第 二百 話 閑話 食事療法

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「美味しそうーっ!」

涎を垂らしそうになりながら指を咥えて見ているニーナ。
所狭しと食堂に並ぶその料理の数々だが、アイシャはそこで不安そうな表情を浮かべていた。

「どしたの?」

ニーナがアイシャに尋ねる。

「ううん」
「これだけ作ったのだから疲れたの?」
「違うんです。作っている間は思わなかったのですけど、美味しくなかったらどうしようって…………」

久しぶりに料理を作ることは楽しかった。
ただ、それを他者に振舞うということ、料理が食堂に並んで初めてそのことが現実味を帯びていく。

「大丈夫だよ。ミモザさんも褒めてたじゃない」
「……うん」

軽く頭を撫でると見上げられた。

「ありがとうございます」

「うー、お腹すいたぁ。早く食べたいよぉ」
「今ミモザさんが呼びに行ってるからそろそろみんな来るんじゃないかな?」

目の前の料理をほとんどアイシャだけで準備したことを知っているのはヨハンとニーナ、それにミモザだけ。

他の子ども達はそれを知らないまま食卓に着くことになる。


程なくしてがやがやと騒がしい音が食堂の外、廊下側から聞こえて来た。

「ミモザお姉ちゃん、今日のごはんすごいって言ってたけど、なにかな?」
「ねぇ。楽しみだねぇ」

話し声も聞こえてくる中、次々と子供たちが食堂に入って来る。
孤児院で預かっている子どもは三十人程。

「うわぁ!すっごい!」
「豪華だね!」

綺麗に盛り付けられた食事を目にして目を見開いていた。

「あれ?でも今日のご飯なんだか感じが違うよね?」
「そういえばそうだね」

しかしすぐに違和感を得て疑問符を浮かべる。

「-―――っ!」

それを聞いたアイシャは俯き、スカートの裾をぎゅっと力強く摘まんだ。

「大丈夫だよ」

ニーナがスカートを握るアイシャの手にゆっくりと自分の手を重ねてアイシャが握る力よりもほんの少しだけ力を込めて握る。

「……ニーナさん」

横目にチラリとニーナを捉えたアイシャはニーナの手を握り返した。



◇ ◆ ◇

「はい。じゃあみんないるかなー?」

「「「はーい!」」」

食堂内に響く声でミモザが声を掛けた。
アイシャを挟むようにしてヨハンとニーナも座っている。

「じゃあいくわよ。せぇの」
「「「いただきまーす!」」」

綺麗に揃った声。
食器の音をカチャカチャと鳴らしながら子ども達はそれぞれがアイシャの料理を口に運んでいった。

アイシャは食べることどころか瞬きすら忘れているかのようにして他の子ども達の様子を固唾を飲んで見守る。

「これ……すっげぇうめえ!特別な肉使ってるの?」
「ううん。違うわよ。ただ、いつもより仕込みを丁寧にはしているけどね」

実際、アイシャが母から教わった肉を柔らかくさせるための知恵、すりおろしたタマネギに肉を漬けていた。

「こっちのスープも美味しいよ!」
「ほんとだ!」

止まることなく口々に感想を言っていく。
それを聞いたアイシャは小さく息を吐いて安堵した。

「みんな。聞いて欲しいことがあるの!」

そこでミモザは椅子から立ち上がり、食堂全体を見渡すようにして口を開く。

「なになに?」
「どうしたの?」

一体何事かと子ども達の視線がミモザに集まった。

「実はね。今日のご飯アイシャちゃんが作ってくれたのよ。材料もいつも通りよ」

大きな声でアイシャが料理をしたことを伝えると、アイシャに再び緊張が襲い掛かり、俯きスカートの裾を両手でギュッと摘まむ。

「大丈夫だよ。自信を持って。ほらっ」

ヨハンが声を掛けると、アイシャは恐る恐る卓上を見た。

「アイシャちゃんすごい!」
「いつものお肉がこれだけ違うなんて……」
「こらそこ!失礼なことを言わない!」
「あはははっ」

笑顔がそこら中に見られる。

「めちゃくちゃ美味しかったよ!」
「明日も作ってよ!」

鳴りやまない称賛が続くとアイシャは俯いた。
ただ先程と違うのは、それが不安からくるものではなく照れからくるものであり、アイシャの顔を真っ赤にさせる。

「うそだってぜったい!」

そんな中で差しこむように言葉を差しこまれた。

「えっ?うそ?」

言葉の意味がわからず、アイシャは声の下を見る。

「アイシャがこんな料理作れるわけないだろ」

声を発したのはアイシャと同い年の坊主頭の男の子。

「ちゃんと私が―――」

作ったのよ、とそう言おうとしたのだが上手く声を発せない。

「あー、はいはい。ロンファンはアイシャちゃんが好きだもんねー」

ミモザが言葉を挟んできた。

「ダメよ。好きな女の子をいじめちゃ」

指を一本立てて意地悪く片目を瞑る。
途端にロンファンは耳まで真っ赤にさせた。

「ち、ちげーよ!あんまりにも美味しすぎたから信じられなかっただけだっつーの!」

そう口にすると、皿に残っている分を急いで掻き込み水をゴクゴクと飲み干す。

「ご、ごちそうさまッ!」

食器を運ぶと慌てて食堂を出て行った。

ロンファンが食堂を出て行く姿を呆けた様子で見届ける。

「ふふっ。あの子、美味し過ぎたんだって。それ褒め言葉だってわかってるのかしら?」

ミモザは意地悪そうな笑顔をヨハン達に向けて小さく笑った。

「でも、あの子の言ってる通り、本当に美味しいよ」
「あ、ありがとうございます」

ヨハンも肉を刺したフォークを口にし、お世辞抜きにそう感じる程。
アイシャは恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「はぁー。お腹いっぱい」
「今日はいいけど、明日はもう少し控えてよね」
「わかってるわかってる」

お腹をさすり、満足そうにしているニーナを見て呆れてしまう。

「じゃあ僕たちもそろそろ戻ろうか」
「あっ。ちょっと待って!」

食堂の片付けを終え、部屋に戻ろうとしたところでミモザに呼び止められた。

「ねぇ、アイシャちゃん。アイシャちゃんの作った料理、本当にとっても美味しかったわ。私もあんなことでお肉が柔らかくなるだなんて初めて知ったし」
「あ、ありがとうございます」

慌てた様子でお礼を返す。

「それで、アイシャちゃんが良かったらだけど、これからもこうして料理を作ってもらえないかな?」
「いいん、ですか?」
「ええ。もちろんよ。その方が私も楽できるしねー」
「……ミモザさん。それはちょっと…………」
「じょ、冗談に決まってるじゃない! そ、そんな目で見ないでよ」

あながち冗談でもない気がしなくもない。あわよくば感があった。

「それにしても、アイシャちゃんのお母さんって料理が上手だったのね。さっきのは冗談にしても、もっと他にも色々と教えて欲しいわ」
「わかりました」

笑顔で返すアイシャの様子がどこか憂いを帯びている。

「アイシャ?」
「はい?」

ふと声を掛けてしまった。

「なんですか?」
「あー、いや、その……」

微妙に口籠ることでアイシャもミモザもニーナも疑問符を浮かべる。

「どうしたのお兄ちゃん?」

どうしても気になったので意を決して問い掛けることに決めた。

「ごめんね。アイシャは料理を通してお母さんを思い出すことって、その……辛かったりしないのかなって」

まだ母を失くして日が浅い。
思い出して辛い気持ちになるのではないかと考える。

「そうですね」

返事を返すアイシャの声の調子は重たかった。

「だったら無理はしなくてもいいと思うんだけど?」
「ううん。違うんです」

声の調子は上向いていないのだが、アイシャの表情は薄っすらと笑みを浮かべている。
それでもその目尻には微かに涙が浮かんでいた。

「あの……こんなこと言うのって、変、かもしれないですけど…………」

ゆっくりと言葉にしていくアイシャにヨハン達は耳を傾ける。

「実は……今日お母さんの……誕生日、なんです」
「そう、なんだ」
「あっ、でもだからってわけじゃないんです」

慌てて両手を振るアイシャの目尻から先程溜めた涙がポツリと落ちた。

「お母さんから教えてもらったことは多くはないかもしれないですけど、こうしてみんなに喜んでもらえると思うと嬉しくなって、さっき心の中でお母さんに報告してたんです」

「それを、今日こうしてお母さんとの思い出を思い出しながら振り返ることで、悲しいですけど楽しかったですし、お母さんはわたしの中でしっかりと生きているのだと感じました」

「だから……だから…………」

ポトポトと涙をこぼすアイシャ。

「ち、違うんです。この涙は悲しくて泣いているわけでも、寂しくて泣いているわけでも……――」

必死に目を擦りながら涙を拭うアイシャをニーナがしっかりと抱きしめた。

「大丈夫。みんなわかってるから」
「う、うぅ……――」

頭の良いアイシャ。
言葉では強がっているのはわかる。
僅かに見せるその寂しさが本心なのだということもわかる。
ミモザが言っていた、アイシャが料理を嫌がらなかったのも寂しさや悲しさ以上に母との楽しい思い出が甦るからだということもわかる。

同時に、母のいない現実を受け入れようと、孤児院を新しい自分の居場所だと思い必死になって気を張っていたのもわかった。

ただそれでもまだ甘えたい年頃なのもまた事実。

わかってはいたことだけど、多くの葛藤を心の内に秘めていたのだと。

「おかあさん……おかあさん…………会いたいよ……あいたいよぉおおおお…………――――」

ニーナの腕の中で、大きな声で泣き叫ぶアイシャの声の意味も理解していた。
今はまだ多くの感情の整理をしきれないだけなのだと。

「(だれがアイシャの村を襲ったのかわからないけど、もし僕が突き止めることができたら…………)」

こんな悲しい思いをする子がいるなんて、できることならなんとかしてあげたい気持ちが込み上げてくる。

そうして帝国でやりたいことが一つできた。

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