S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帝都活動編

第 二百七話 オーガ

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「どうしてオーガがこんなところに……」

唇を震わせ、小さく呟くアッシュ。
それどころか、膝はガクガクと震えている。

すぐにわかった。

「やっぱりこいつは相当ヤバいよね」

アッシュが圧倒的なまでの恐れを抱いているということは。

「やばいどころじゃないッ!このままじゃ俺達は全滅だっ!」

「そっか」

チラリと背後を見る。

「……やるしか、ないよねぇ」


◇ ◆ ◇

少し離れた場所、そこではヨハンとロロがモーズの治療に全力を注いでいた。

「死ぬなっ!死ぬんじゃないよ!」
「(ダメだ。まず首の骨を治してから呼吸を安定させないと)」

虫の息のモーズを、涙を流しながらロロも治療にあたっている。

「オーガだなんて、いったいなにがどうなってるのさ」

困惑しているため、魔力が乱れて充分に集中できていない。

「(ロロさんは……仕方ないか)」

これ以上何かを見込むことはできない。

「(ニーナが時間を稼いでいる間になんとか間に合わせないと)」

ニーナの方に合流したいという逸る気持ちを抑えるのは、瀕死のモーズを救う為には中途半端な治療などではいけない。

「オーガ……確かAランク討伐対象だったはず」

記憶の中の魔物の知識を思い返した。

オーガ。
一般的に『鬼』と呼ばれるその魔物は、個体差はあれどどれも身の丈数メートルに至る。
その体格に見合った怪力が特徴的で、通常大きければ大きいほどにその膂力りょりょくは上がるのだが、オーガに限っては体格を上回る力を内包している。
加えて、体皮も硬く頑強であり、余程の業物でもなければ傷を負わせることができないのはサイクロプスに通ずるものがあった。そしてその気性はとても荒い。

「ワーウルフの惨状はあいつが原因みたいだね」

この場における異常性に一定の納得はできた。

「とにかくまずはモーズさんの治療が先だ」

ニーナならすぐに倒されること、死ぬなどということはない。
可能な限り早く、正確に治癒魔法を施していく。



◇ ◆ ◇

「な、なんとかこの場を逃げられないか……?」
「無理だよ」

きっぱりとニーナは断言した。

「もし逃げたかったら誰かを置いて、それこそ見捨てる覚悟がないとこいつからは逃げ切れないかもね」
「そんなことできるわけないだろッ!」

声を荒げるアッシュにはモーズとロロを置いて逃げる気などない。

「さっきの人達は迷うことなくソレをしたけどねぇ」
「クソっ!ゼンのやつめッ!」

拳を握って悔しさを露わにする。

「(あたしとお兄ちゃんなら十分に逃げ切れるけど)」

と、この場に於ける矛盾に溜め息を吐いた。

「(でもお兄ちゃんのことだから見捨てるなんてことしないだろうなぁ)」

そんな人間なら例え親の言いつけだとしても慕うことなどない。

「っていうか、お兄ちゃんなら逃げるよりも、倒せそうだけど」

そもそもとして、ヨハンと共になら目の前のオーガを倒せる気がしなくもない。
仕方なくモーズの治療にあたることになったことは、結果それが状況を悪化させている。

「(とにかく、今ここでアッシュさんに怪我でもされたらもっとしんどくなるなぁ……)」

足手まといが増えるだけ。
はっきりとそう断言出来た。

「ガアッ!」

どう対応しようかと悩んだのだが、考えに耽る暇も与えない程にオーガはアッシュ達目掛けてその剛腕を振るってくる。

「よっ!」
「くっ!」

まだ余裕を持って攻撃を躱すニーナに対してアッシュはなんとか躱す程度。
その対応を見て溜め息を吐いた。

「アッシュさん?」
「な、なんだ?」
「ごめん。正直に言うよ。邪魔だからあっちに行ってて」
「……えっ?」

ニーナの発言に対して驚き目を見開く。

「バカなことを言うな!今はとにかく時間を稼いで――」
「だったらあっちで良い方法ないか考えといて!時間ならあたしが稼いでおくから!」

有無を言わせぬように言葉を被せてオーガに向かって勢いよく飛び込んだ。

「お、おい!」

ニーナに手を伸ばすアッシュなのだが、その手が伸びた先で起きた光景に驚愕する。

「ガアッ!」
「よっ、はっ、たぁっ」

ニーナは握られたオーガの拳を軽やかに跳躍しながら回避していた。
一発でも受ければ致命傷を負いかねない程の威圧感を放つその拳を。

「……なるほど。あれだけの身のこなしができるなら、近くに居る方が安全だと」

それだけの身体能力をまざまざと見せつけられる。
アッシュにはとても真似できるとは思えなかった。

「だからって、一撃をもらえばいくらなんでも即死するだろ」

それだけの恐怖を覚えるオーガの攻撃の数々。
近くにいるだけで相当な勇気を必要とする。

「――あっちは?」

チラリとモーズの方に視線を向けると、そこには必死に治療を続けているヨハンとロロの姿があった。

「良かった。どうやら死んではいないみたいだな」

となると今後の予定も見通しが立ち、アッシュが行う選択肢は一つ。

「モーズの回復を待って、なんとか全員でこの場を無事に生還する」

グッと手をかざして魔力を練り上げた。

「拙い魔法だけど、少しでもダメージを負わせられるなら何もないよりはマシだろう」

オーガの周囲を跳び回り続けるニーナの動きを見定めながら、オーガが背を向けたところでグッと魔力を前方に押し出す。

「ウインド!」

アッシュから放たれた風魔法はオーガに向かって真っ直ぐに飛んでいった。
薄い風の刃であっても傷を付けられれば御の字。

「ちょ、ちょっと!」

視界の端にアッシュの行いが見えたニーナは慌てふためく。

「――……えっ?」

その魔法はオーガに当たることなくパッと姿を見せたニーナに剣で切り払われた。
直後、ギンッと鋭い眼差しで明らかな怒気を含めて睨みつけられる。

「ったく、やめてよねぇ。せっかくあたしが苦労しながら一人で注意を引き付けてるっていうのに余計なことしないでよぉ。考えて出した答えがそれってやになるなぁ」

あまりにも短絡的な行いに溜め息が出た。

「どういうことだ?」

遠目に見るアッシュは困惑している。

「うーん。それにしても、実際どうしよう?」

同時に頭を悩ませるのは、オーガの攻撃を躱しながら何度となく斬り付けるのだが一向に傷を負わせられない。

「硬すぎるでしょコイツ」

呆れるほどの硬度を誇る体皮。
思わず苦笑いが漏れ出た。

「こんなことならもうちょっとマジメにやってたら良かったかな?」

そう考えるのはヨハンが行っている鍛錬を思い出す。

「一応ちょっとはやってたんだけどなぁ。おっちゃんにも褒められたし」

何もしていないわけではなく、見よう見真似でなんとなくできたから必要性をあまり感じなかったのでのんびりと取り組んでいた。

「ま、今更考えても仕方ないか」

今の自分に出来ることを考える。

「よーし、ならこれならどう?」

そこで閃くのは魔法剣。
オーガの攻撃を躱しながら剣に魔力を流し込んだ。

「でーきたっ!」

緩やかな橙色の光がニーナの剣を包み込む。

「ガッ!?」

明らかにニーナの様子、というよりも剣が放つ気配に変化が見られたことでオーガは警戒心を高めた。

「覚悟してよね」

スタンと軽やかに地面に着地をすると、前傾姿勢になり真っ直ぐに地面を踏み抜く。

「ゥガアーッ!?」

目の前、オーガの懐深くに飛び込み、グッと力強く剣を突き刺した。

「効いた!」

魔法剣はオーガの腹部に刺さると、剣身を伝いポタポタと血を流す。

「グゥッ……」
「しっかし、これでもまだ硬いなぁ」

剣は半分も刺さっていない。

「ガァ!」

オーガは腹部目掛けて、自身の内側にニーナを圧し潰そうと拳を大きく振り上げて打ち込んだ。

「ちっ……――」

気配を感じたニーナはすぐさまその場から飛び退こうとするのだが、拳の圧倒的なまでの圧迫感を得たことでいくらかの可能性が脳裏を過る。

「……――そうだ。これなら!」

その拳をギリギリまで引き付けた。

「今だッ!」

拳に圧し潰されようとする寸でのところで素早く膝を曲げて地面に仰向けになり拳を躱す。
その場で後方回転して僅かな拳の隙間から逃れた。

「ガ……ガアア…………」
「へへん。上手くいったみたいね」

起き上がり、先程まで立っていた場所を確認する。

「バッカじゃない?」

そこではオーガが苦悶に顔を歪めていた。
ニーナの手の中には、先程までそこにあった剣が握られていない。

「す、すごい……」

あまりにも突飛な動きにアッシュは目を奪われる。


◇ ◆ ◇


「やるねニーナ。相手の力を利用したのか」

モーズの治療をしながらニーナの戦いに目を向けていたヨハンはニーナの行動の意味を理解して感心した。

ニーナはオーガの力を利用して剣を突き刺させた。自身の腹部に向かって振るわれた拳で。

「あの調子なら大丈夫そうかな?」

もう既になんとか首の骨を繋いだモーズは一命を取り留めている。
しかし未だに予断を許さない状況。


◇ ◆ ◇


「グ……グゥゥ…………」

「あたしの剣、返してもらうよ。大事な剣だからね」

ニーナはヒュッと苦悶しているオーガの懐に再び飛び込み、勢いよく剣を引き抜いた。

「ガアアァツ!」

剣が引き抜かれると同時にオーガの腹部からドバっと血が噴き出し、ニーナの頬や口元にピピッと血が掛かり舌で舐める。

「んー、良い感じだねぇ」

この調子ならヨハンの手を借りずとも倒しきれる気配がした。

「でも、油断しないこと。でないとどんな目に遭うかわからないもんね」

ギンッと睨みつけられるオーガの目はまだ死んでいない。
それどころか、怒りの炎をその目に宿してニーナを破壊の対象としてしっかりと見据えている。

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