S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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禊の対価

第二百七十三話 異種属性(前編)

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「ヨハンくん」
「はい」

シトラスを正面に捉え、僅かに離れた距離、その背中越しにサリーに声を掛けられる。

「お父さんの事、お願いね。きみなら終わらせてくれる気がするの」
「…………」
「どうしてかな。どこかそんな確信があるのよね」

どういう意味なのかと思ったのだが、チラリと目が合うセレティアナが小さく頷いた。

「彼女はもう全てを知っているのよ。サリナスの身に起きたこと、それから後のシトラスが行って来たその全てを」

重く語られる口調。詳細を語られたわけではないのだが、醸し出すその雰囲気。カレンとセレティアナとサリーのどこか無言の共通理解。

「そうなんだ」

突然冷静さを取り戻したその様子からして、恐らくサリーはいくつもの悲劇に身を置かされてきたのだろうと理解する。

「さっきハ油断したが、モウ先程のようにはいかないゾ」

その最中、くぐもったシトラスの声がヨハンに向けられた。

「わかりましたサリーさん。僕に任せてください」
「ええ」

数歩、前に向かって歩く。

「カレンさん。ニーナとサリーさんをお願いします」

そのままカレンへ声を掛けた。
カレンの魔法障壁であるならば、周囲を気にせず気兼ねなく戦える。

「わかったわ」

ヨハンの言葉を受けたカレンは即座に、周囲を取り囲むように防御壁を展開する。

「でも、一人で大丈夫なの?」

カレンが抱く僅かな不安と疑問。

「はい。大丈夫です」

首だけ振り返り、笑顔を向けられた。
その純真無垢な笑顔を受けたカレンはドキンと胸を高鳴らせる。

「(な、なによ。子どもの癖にあんな男らしい顔しちゃって!)」

カレンは淡いその気持ちを自覚しつつあったのだが、必死にそれを振り払った。

「(でも、強がりなんかではないわね)」

笑いかけられたその笑顔はもう十分な信頼に足る。
それでもまだ不安が横切るのはシトラス、この魔族は明らかに異常な存在。セレティアナと一緒になって行使したそのとっておきの技を受けても尚生きていた。それだけでなく、再生まで果たして再び襲い掛かろうとしている。

それをどうしてあれほど迷いなく断言出来たのか。

「(どうしてかあの背中を見ていると安心しちゃうのよね)」

目の前の小さな背中がとても大きな、憧れのその背中と重なって見える。
幼い頃、セレティアナに出会うよりも前のこと。迷子になった近隣の森で猛獣に襲われた時に助けられた兄の背中、ラウルの背中と同じような安心感。

「しょうがないわね。少しは認めてあげるわよ」

無自覚な笑みを浮かべながら小さく呟いた。


◇ ◆ ◇


ヨハンはジッとシトラスの動きを観察するように見る。シトラスはシュルルと細い糸を張り巡らせるように周囲に撒き散らしていた。

「それで、実際どうするつもり?」
「え?」

不意に耳元で聞こえたセレティアナの声。

「あっ。ティア」

まるで重さを感じないその存在。

「ティアは良かったの? あっちにいなくて」
「いいのいいの。ちょっと近くでヨハンのことを見ておきたかったから」
「なにそれ?」

術者の意思を無視して自由に動くことのできるセレティアナ。まるでその意図が理解できない。

「そんなことより、何か考えがあるのよね?」
「えっ? うん、まぁ、ちょっとね。上手くいくかどうかはわからないけど」

ニーナと戦っている時に考えていたこと。
ニーナを傷つけないようにするにはどうすればいいのか。竜人族の力を引き出したニーナの強さは想像以上。正直あれ以上時間が掛かるようなら傷つけずにということ自体に無理があった。

そうなると、そんなニーナを上回る圧倒的な力が必要になる。いくつかの可能性を模索していた中での思い付き。試したことがないので出来るのかどうかは定かではなかった。

「(でも、できる気がするんだよね)」

ソレがニーナを抑えることの一助になるかもしれないと。しかし、同時にソレはもしかすればニーナを傷つける可能性もあるのでは、と躊躇してしまっていた。

「……ここで終わらせないと」

先程サリーから託された願い。事情の全てを把握しているわけではない。しかし目の奥に見えたその懇願。
グッと剣を握る手に力が入り、ほんの少し闘気を流し込むのと同時に魔力を流し込んだ。

「ヨハン、もしかして……――」

セレティアナはヨハンがした行いを目にして驚きに包まれる。
闘気を纏っているヨハンは違う属性の魔力を闘気とは別に剣に流し込んでいるのだから。闘気と魔法の同時使用。それがどれだけ難しいことなのか、この歳でもうそんなことができるのか。

「くるっ!」
「――……え?」
「ティア。しっかり掴まっててよ!」

途端にヨハンは動き始めた。

「えっ? ちょ!?」

突然左右に動くその速さ。目の前のシトラスの臀部からはいくつもの糸が襲い掛かって来ている。
粘着性を失くしたその糸の先端は鋭く尖らせており、地面にブスブスといくつも穴を穿った。

「ひゃっ!」

それが何度も襲い掛かっては回避する。セレティアナは必死にしがみつくのだが、それでも振り落とされそうな程の圧倒的なその速さ。

「ドウシタッ! 逃げ回ってばかりカッ!?」

糸は縦に突き刺さり、いくつも棒状となってその場に残っている。このままでは一直線にシトラスへ向かう道がない。

「逃げ回っているのはどっちなのって話だよね」

これまで何度となく逃げられた。ここが最後の場なのだと覚悟したシトラスなのだからこそ逃げずに戦っている。

「相変わらず戦い方はせこいけどね」

影に隠れて仕掛けてきたり、この糸のように遠くから相手を狙撃する戦い方。

「まだなにかあるかも」

これだけで終わればそれで良いのなが、そんな戦い方をするシトラスなのだからこそ、このまま終わる気がしなかった。

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