S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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禊の対価

第 三百二 話 片翼の悪魔

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「ふふふっ。ドグラス殿。ここを乗り越えればあとでなんとでも言い逃れはできますな」
「ああ」

辺り一帯に鳴り響くのは、魔物を召喚するシトラスの笛による低くいびつな音。以前に聞いた時よりも禍々しさが増していた。

「お兄ちゃん、アレはマズいよ!」

突然声を荒げるニーナ。
ニーナがその魔眼で視る圧倒的なまでの気配。目の前のレグルスを黒い瘴気が包み込んでいるのはニーナでなくとも視認できる程に漏れ出る黒い魔力の渦がそのおぞましさを語っている。

直後、レグルスの足下に黒い魔方陣が描かれ、異様な気配を醸し出した。

ドグラスがギョロっと目玉を動かして見る周囲にいる人物。剣聖ラウル・エルネライ。特級中の特級だということはその肩書が既に証明している。それだけに留まらず、例え疲労や負傷、その蓄積があるとはいえS級冒険者ペガサスもいるこの場を無事に切り抜けることなど容易なことではない。レグルスと違いドグラスはこの場を蹂躙することなど考えていなかった。

「この場を抜けるにはここしかないか」

洩れるように呟いたドグラスはレグルスが高笑いを浮かべてだらりと持つシトラスの笛に向かって静かに腕を伸ばす。ほんの微かな黒い光、手の平からポッと黒く小さな塊、魔力の玉を飛ばした。

「あれは?」

ローズがその魔力反応に目を向ける中、すーっと飛ぶ黒い塊は笛の中にシュッと吸い込まれた途端に笛と魔方陣が不気味な光を放って共鳴する。

「なッ!?」

突然の光に驚き困惑するレグルスなのだが、自身を包んでいた黒々とした瘴気、笛の魔力がそのままレグルスの体内に吸い込まれるようにして入っていった。

「な、なんだコレは!?」

思わず自分の両の手を見るレグルス。想定していた事態とは全く違う事態。予定では魔方陣が描かれた後は魔物が召喚されてこの場を殺戮の場と化す予定。

「ど、ドグラス殿!?」

慌てて事情を知っているドグラスの方に顔を向けるのだが、ドグラスは目線を合わせずに口元を緩めていた。薄く笑ったそのまま、声を発さずに唇だけをゆっくりと動かす。

「(お、ま、え、は、こ、こ、で、死、ね)」
「は?」

微かに動かす口の動き、何を言っているのかをレグルスは確かに理解した。

「ドグラス殿、そレ――あばばばばばばばばばばばば――――」

言葉の意図を問いただそうとするよりも早く、黒い瘴気が破裂するようにレグルスの身体から噴き出す。ぐちゅぐちゅと血を吹き出しながらレグルスはその肉を膨張させていく。

「どうしたのだレグルスは!?」
「お気を付けくださいルーシュ様!」

トリスタン将軍がルーシュの前に立つ中、ラウルやヨハンを始め、その場にいる戦える面々は戦闘態勢に入っていた。明らかに目の前のレグルスから漏れ出る気配が尋常ではない。常軌を逸した魔力反応。

ラウルは周囲を見渡し状況を確認しようとしたのだが、それが間違い。国内における立場が先んじて周囲の帝国兵にどれだけの被害が及びかねないのかと懸念したのだが、今は目の前の脅威から一瞬たりとも目を離すべきではなかった。

「え?」

ヨハンが目線を追う先、膨張させるレグルスがボンっと破裂したかと思えば刹那の瞬間に一筋の黒い殺戮の光弾がルーシュ目掛けて伸びている。

「ぐふっ」

突然の光弾に反応が遅れたトリスタンは胸を貫かれ、風穴を開けたトリスタンが倒れるその後ろではルーシュも同じようにして穴を穿たれていた。

「る、ルーシュッ!」

前のめりに倒れるルーシュの下へ慌てて駆け寄るカレンとローズその反応はほぼ同時。見た目にすぐわかる致命傷。早急に治癒を施さなければならない。

「しまったッ!」
「ラウルさんっ!」

ほんの僅かのラウルの後悔。ルーシュが陥った状況にギリッと歯を鳴らすのだがそれでも思考は冷静そのもの。数々の経験が成せるその思考の切り替え、抱いた後悔をすぐさま捨てきる。今は後悔など抱いている余裕などなかった。これ以上誰かを傷つけさせないこと、被害を大きくさせないことが何より最優先。

「やるぞヨハンっ!」
「はい!」

ラウルの声に呼応するようにヨハンと二人、レグルスに向けて真っ直ぐに駆け出す。

「どういうことですか?」
「知らん。だがここでヤツを倒すしかない」

そこには全身褐色の肌、背中には黒い片翼、頭部には長い一本角を生やしたそれまでのレグルスの面影の一切を残さない明らかな異形の存在が姿を見せていた。

「くふーっ。妙に清々しいな」

外見は見る影もないのだが、漏れ出る声はレグルスに変わりはない。しかし、存在は全くの別物。

「……悪魔」

無意識にヨハンが口にしたその異形の存在に対して。自分で口にしておきながらではあるが、どこかその表現が一番しっくりときた。最初に戦った魔族、ゴルゴンに近い外見をしているのだが、禍々しさはその時の比ではない。

「あたしも!」

ヨハンとラウルから遅れることニーナも後を追うように踏み出そうとするのだが、ガっと首根っこを掴まれる。

「え?」

顔だけ振り返った先にいたのはジェイド。その後ろにはムスッとしたバルトラ。

「お主は拙者らとこっちだ」
「へ?」
「あ奴も本来こちら側なのだがまだ動けるのか」

咄嗟に動き出したヨハンの行動にジェイドとバルトラは呆れ混じりに感嘆の息を漏らした。互いの負傷具合は戦ったからこそわかる。

「拙者らはローズが回復させてくれなんだからな」
「……むぅ」

そのままスタスタと歩き始めたのだが、ヨハンと自分達との違いに息を吐いた。
ジェイドとバルトラ、それにローズとの意見の相違による仲違い。ペガサスの回復役を一手に担っていたローズの反対を受けた事で負傷をそのままにされていたことがこの場では後手に回っている。
となると自分達が今この場で出来ることは限られるので自己の判断でそれを成せばいい。

「ちょ、ちょっと放してよっ!」

足をバタバタとさせて暴れるニーナをジェイドはバルトラに向けて放り投げ、ガシッと肩に担いだ。

「今は戦える奴に任せていれば良い」
「…………うむ」

有無を言わさずにジェイドとバルトラはローズとカレンの下へニーナを連れて行く。

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