S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帝都武闘大会編

第 三百十四話 閑話 アイシャの憂鬱(後編)

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「こちらへどうぞカレン様」

メイド服の様な接客用の店員服を来た女性に声を掛けられる。

「良かった。まだ空いていたわね」
「それとお連れの方もどうぞこちらへ」
「はい」
「ごめんなさい。この人、わたしの婚約者なの」
「え?」

女性が引く椅子に腰かけるカレンの言葉に、女性は途端に目をパチパチと瞬きを繰り返し、何度となく正面に座るヨハンを見た。

「こ、これは大変失礼しました! 言葉を選ぶことが出来ずに申し訳ありません!」

慌てて深々と頭を下げる。

「いいのよ気にしなくて。婚約者と言ってもまだ仮だし、それにこの人は別に貴族の子じゃなくてただの冒険者なのよ」
「…………」

カレンの言っている言葉の意味が女性は理解できない。正確には言葉自体は理解しているのだが、内容の理解ができていない。頭が追い付かない。

「……あの、それはつまり、カレン様はお貴族様とは婚約を交わさずにその子を選ばれたと? 身分や領地などではなく。そういうことでよろしいのでしょうか?」

少しの時間を置いてようやく言葉の意味を理解した女性が答え合わせをするかのように問い掛けるとカレンはボンっと顔を赤くさせた。

「ち、違うわよ! こ、これは兄さんと父様が決めたことで、わたしの意思じゃ――あっ!ち、違うからねヨハン! ヨハンに不満があるというわけじゃなくて、ちゃんとわたしの意思で――じゃなくてぇッ!」

早口でああでもない、こうでもないと首を振りながら捲し立てる。

「ふふふ。わかりましたよカレン様。もう十分ですよ。伝わりましたから」

口元に手を送り、笑いを堪えている店員の女性。およそ見たこともないカレンの狼狽うろたえる姿が面白くて仕方なかった。
カレン行きつけの店でもあるこのガトーセボンはカレンの素性も性格も、スーザン含め古参の従業員は皆知っている。つまり、カレンの言いたいことも、素直に言えないことも、詳細はわからないまでもカレン自身の意思がそこに存在しているのだと理解した。

「そ、そう!? わかってくれたらそれで良いのよ!」
「ごめんなさい。僕はわからないんですけど?」
「あなたはいいのっ! いいから早く注文するわよ!」
「はあ……?」
「ふふ。では注文がお決まりになりましたらお声かけくださいませ」

ペコリと頭を下げて女性は厨房に戻っていった。

「それで、カレンさん……」
「ね、ねぇ見てコレっ! 美味しそうでしょ!? ヨハンはどれにする!?」

カレンは慌てて絵付きのメニュー表を見せてくる。

「そうですね。じゃあ僕はこのクリームが乗ったやつにします」
「さすがヨハン。ちゃんとわかってるわね。これがこの店の一押しなのよ」

満面の笑みで答えるカレン。
メニューを見ながら上目遣いにチラと見るのだが、そのカレンを見るとこれ以上質問する気にはならなくなった。

「それでカレンさん」
「でね! これがね」
「そろそろ教えてくれませんか?」
「お、教えるって何を!? 教えることなんて何もないわよ!」
「いやいや。どうしてここにアイシャを連れて来たのかですよ? 教えてくれないんですか?」
「……あっ」

小さく声を漏らすカレン。本来の目的と大きくかけ離れてしまっているそのやりとり。そもそもここに来た目的はアイシャが自分で稼ぐため。まだ何も説明していない。

「そ、そうね。じ、実はね。さっきのあのスーザン。あの人ってああ見えて結構凄腕の菓子職人なのよ」

注文をし終えた後の説明。
それは確かに帝都の一等地にこれだけの菓子店を経営していることからでも何となくわかる。

「それでね、アイシちゃんならこのお店でも十分にやっていけるんじゃないかと思って」

机に両肘を立ててニコッと笑みを浮かべた。

「もしかして口利きをしてくれたんですか?」

アイシャの今後の自立に向けて店の手伝いをしてもらうと。新しいフライパンを買うことができる金額まで貯めることができればそれでいいからという期間限定の条件付きで。
しかしスーザンもいくら皇女であるカレンの薦めとはいえ、あまりにも幼いアイシャの腕が信用できず、その調理技術を見たいのだということでそのために厨房に入っている。

「そうなんですね。でもなんで秘密に?」

注文したパンケーキを食べながらの問い。

「そ、そんなの別にいいじゃない。言ったらあなたのことだからニーナも連れて来そうだったから…………」

徐々に声を小さくさせた。

「そりゃあこれだけ美味しいお店に来るならニーナも喜ぶだろうし」
「だからよ、だ・か・らっ!」

指をトントンと机で鳴らし、微妙にイライラしているようにも見えるのだがどうしてなのか理解できない。

(あっ。ニーナだと確かにうるさくするかもね)

僅かの時間を要して導き出した答え。店内を見渡して見てもおしとやかな淑女や裕福そうな身なりの人達ばかり。ニーナ程にがっついてしまうと店の品位を落としかねないのだと理解する。
しかしそういう意味では自分もそれ程品があるとも思えないという疑問が僅かに残ったのだが。

「そうですね。今後はニーナもこういったところでは大人しくできるようにちゃんと教えないといけないですね」
「え? なんのこと?」

全く通じ合っていない二人の会話。ヨハンの言葉にカレンはキョトンとした。

「カレン様。ご歓談中ですが、少々よろしいでしょうか?」

そこへスーザンが難しい顔をしてやってくる。どう見ても真剣味を帯びた表情。

「なんですかあの子? 全く以て期待を裏切ってくれてますけど」
「あら? その様子じゃやっぱりまだ厳しかったかしら?」
「は?」
「違うの?」
「当たり前ですよ! そんなわけないじゃないですか!? まだ粗削りだけどかなりの逸材じゃないですか! どこで見つけて来たのですかあんな子!」

菓子作りにこだわりのあるスーザンだからこそアイシャの才能を素直に認められた。

「……あっ、そう?」

想定外の反応。カレンから見て確かにアイシャの料理は昨日の宴会でも見ている限りかなり筋は良い。だからこそ連れて来たのだが思っていた以上の反応。

「ちょっとー。アイシャたーん?」

突如として笑みを浮かべながら奥に声を掛けるスーザンの態度の軟化。まるで媚びるような声を発すスーザンにヨハンとカレン共にブルっと身体を震わせる。

「は、はーい」

恥ずかし気に姿を見せるのは接客用の服に身を包んだアイシャ。

「あらー。良く似合ってるじゃないのぉ」
「これ、どうしても着ないといけないのですか?」
「もちろんじゃなぁい。表に出るのには当然よぉ。それにしても、間に合わせで仕立ててもらった割には丁度良かったわぁ」
「す、スカートがちょ、ちょっと短すぎる気がするのですが?」
「そーれがいいのじゃなぁい」

もじもじと恥じらいを見せるアイシャの姿にスーザンは手を揉みながら身体をくねくねと動かせた。

「女の子は可愛くしていないとね、か・わ・い・くっ!」

片目を瞑り、指を一本立てる姿にカレンは額を押さえながら溜め息を吐く。

「どうしたのよスーザン。そんな服着せて」
「そーれがねぇカレン様ぁ。これだけできるのだったら期間限定だなんてもーったいないじゃなぁい」
「ならそのまま雇うってこと?」
「ええ。せっかくだからこの子ぉ、もっと色々と覚えてもらおうと店の中にも出そうと思ってぇ」

恍惚な笑みを浮かべるスーザン。

「か、カレン様……私、怖いです」

スーザンの菓子作りは確かにアイシャの目から見れば一流の技術ソレ。昨日目にした城の料理人の技術、手付きと大きく変わらない程に。だからこそ張り切って持てる力を全て出し切り、認めてもらうために精一杯の菓子を作ったことが見事にスーザンの目に留まった。

「だ、大丈夫よアイシャちゃん。この人、こう見えてちゃんとしているから」
「そうよぉ。だから、これからのことはワ・タ・シ・に、任せなさぁい。さ、いくわよアーイシャたんっ」

背中を押されながらスーザンはアイシャを再び奥に連れて行こうとする。
チラチラとヨハンを見るアイシャ。助けを懇願するように目が合うアイシャを若干気の毒に思えたのだが、カレンを見ると「大丈夫よ」と小さく呟かれる始末。たぶんと最後に付け足されていたが。

(ごめんね)

仕方なく片手を立てて顔の前に持って来て謝罪の念を伝えるのと同時に、もう片方の手をひらひらとさせ手を振ると、アイシャは目尻に涙を溜めていた。ヨハンに対する恨み節が見える。

(頑張って。アイシャ)

見放した手前、ヨハンは申し訳なさから後でこっそりとフライパンを買っておこうとその時心に決めていた。償いの意味も込めて。


◇ ◆ ◇


「お兄ちゃんズルいじゃない! あたしをほっぽってそんなお菓子を食べに行くだなんて!」

孤児院に帰った夕食時、ニーナに怒られることになる。

「あ、あれ? どうしてニーナそのことを知ってるの?」
「アイシャちゃんに聞いたもんっ!」

帰り道、アイシャがスーザンに叩き込まれている間に買っておいたフライパンを謝罪と今後の健闘を祈って渡しておいた。なんだかんだ言いながらもアイシャは嬉しそうに受け取っており、その時確かにニーナへの口止めもしていたのだが、それが意味を成していないということは離れたところに見える様子からしても明らか。アイシャは舌を出して下瞼に指を引っ掛けている。

(あれだけじゃ私の苦労は拭いきれません!)

フライパン一つではアイシャを口止めできなかったのだった。

「明日はあたしと食べに行ってもらうからねっ!」
「わ、わかったよ! だからごめんって!」
「とーぜんお兄ちゃんの奢りだかんねっ!」

結果、高級菓子店で散々食べに食べたニーナのおかげで相当な散財をすることになる。

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