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帝都武闘大会編
第 三百十九話 武闘大会開幕
しおりを挟む「あっ、来たわよ」
地下から上の観戦席に行くとミモザとアリエルとアイシャがいた。
「どうだった、ってその様子を見れば大丈夫そうだな」
余裕を持って観戦席を訪れていることからしても見て取れるアリエルの確信。
「優勝できそうですか?」
「さぁ。それはなんとも言えないなぁ」
「あら? 自信がないの?」
アイシャの問いに答えるヨハンにミモザは首を傾げる。
「自信はありますけど油断はしない方が良いと思って」
「ああ。そういうこと?」
「隠れた実力者がいるかもしれないからな。気を付けるに越したことはない」
武闘大会は本戦三十二名の勝ち上がり形式。組み合わせ次第によっては体力の消耗具合も変わり、優勝が難しくなるかもしれない。
闘技場の中、観客席にはもう既に多くの観戦者が入場していた。試合開始を今か今かと楽しみに待ち望んでいた。
土が一面に敷かれた闘技場の中央では、拡声の魔道具を用いて観戦時の注意事項やルール説明などが繰り返し行われている。
帝都武闘大会のルールはこうなっていた。
・一つ、試合の形式は一対一の勝ち上がり方式。勝敗判定は戦えなくなるような状態に陥った時。又は審判による明らかな実力差が認められた場合。棄権の申し出、死亡。その他、他者の加勢が確認されれば事実関係を確認の上で失格となる。
・二つ、試合は真剣試合。武器の使用は自由であり、相手を死に至らしめる結果になってもそれは合法である。
・三つ、魔法による直接攻撃を禁ずる。しかし、闘気を始めとした補助魔法など間接的な使用に関しては使用を認める。
・四つ、最低限の治療は帝国魔法師団により試合後に行う。
・五つ、優勝者には帝国より賞金の贈与と皇帝による称賛の祝辞を受け賜われる。
・六つ、その他不測の事態に関しては大会運営委員の決議を持ってその場で判断を下すことがある。
となっていた。
「……やっとこの日が来たわね」
「ああ。あとは結末に祈るのみだ」
ヨハン達が組み合わせを確認しに行っている間、ミモザとアリエルは感慨深げに話している。
「どうなっても私は知らないからね?」
「ああ。もちろんそれはこちらも同じだ」
「何言ってるのよあなたは。相変わらず勝手ねぇ」
そうした中、闘技場の中央に燕尾服を着た男が一人姿を見せた。
「皆様、大変長らくお待たせいたしました! 今年もこの日がやってきました! 司会はお馴染みのわたくし、カルロス・アセイドが執り行わせていただきます」
闘技場の中央で正装、燕尾服に身を包み進行をするカルロスが拡声の魔道具を用いて観客席に向かって語り掛ける。
「待っていたぞ!」
「早く始めろぉっ!」
途端に割れんばかりの歓声を上げた。
「カルロスのやつは相変わらずのようだな」
ラウルが楽しそうに眼下を眺めているその場所、闘技場最上部には他の観客席とは異なる空間があり、全体を見渡せるように作られている。貴賓席であるそこには大きな椅子に座るマーガス帝を始めとした皇帝の一族が集まっていた。
「遅くなりました」
「カレン。ヨハンの方はどうだ?」
「無事に予選を終え、こちらが組み合わせになります」
差し出される紙に書かれた組み合わせ。カレンから受け取るラウルはその紙にざっと目を通す。
「なるほど。シール家の長男が出場しているのか。他にも何人か目ぼしいのがいるな」
「兄上。約束通り優勝者に貴族の関係者がいれば――」
「わかっている。その時は俺も皇帝も何も言わない」
「ではそういうことで」
アイゼンがラウルに確認する様子を皇帝の横に座る皇后ルリアーナ・エルネライは黙って見ていたのだが、背後から侍女のモリエンテが小さく耳打ちした。
「本当によろしいのでしょうか?」
「ええ。私には何も言えないわ。それぞれ考えがあってのことだもの。それに、ルーシュの一件があった以上尚更よ」
ルーシュの臣下にドグラスを付けたのはルリアーナの判断。進言を受けた上での配置であり、直接あてがったわけではないのだがそれでもその責任をルリアーナ妃は感じている。
例え皇后であっても女性に必要以上の権限が与えられていない。この場に於いてはアイゼンが次期皇帝になるということが確定した以上、尚更口出しをすることが適わないでいた。
「しかしアイゼン様はこれまでカレン様の婚姻に関して何も言っておりませんでしたが?」
「ええそうね」
ルリアーナ妃は眼下の闘技場を見下ろしているアイゼンとラウルの横顔を見ながら反対側に顔を向ける。そこにはルーシュの姿。現状帝位継承権二位になったルーシュとはいえ、ルーシュは皇帝の器ではないと改めて考えていた。
「皆様ご静粛に。それではお待たせしました。早速第一試合から開始していきます。皆様、選手入場口の方をご覧くださいませ」
カルロスが話し始めると徐々に会場は静まり返る。会場が落ち着くのを見計らって、闘技場の左右に設置された選手入場口を腕で差した。
「第一試合、東側、帝国兵士ケトル選手! 西側、冒険者ザンバ選手!」
第一試合に登場したのは鉄製の鎧と片手に剣を持った帝国兵士と、対するのは斧を持った山男。両者は中央に向かい合い、審判の開始の合図を待つ。
カルロスは二人の様子を見ながらゆっくりと腕を上げた。
真剣勝負の場。緊張が会場に伝播する。
互いに向かい合う二人はゆっくりと構え、カルロスの合図が行われるのを待った。
「第一試合…………はじめッ!」
大きく振り下ろされる開始の合図。
「オオオオオオッ!」
山男、ザンバが声を上げながら斧を大きく振りかぶり斬りかかるのだが、帝国兵士の男ケトルはその動きを冷静に見て避ける。
ドンっと大きく振り下ろされた斧は地面を叩いて土煙を上げた。
「ぐぅ!」
ザンバはそのまま何度となく斧を振り続けるのだが、会場の雰囲気に呑まれるのと同時に攻撃が当たらないことに苛立ちを覚えて大振りが目立つ。
対してケトルは攻撃をほとんど行わずに回避に専念していた。ザンバの攻撃を見極めながら腹部に横薙ぎに剣を振るう。
「がっ!」
腹に巻いていた防具を切って浅く入ったその攻撃なのだが、苦痛の表情で歪められたザンバは地面に膝を着き、ケトルによって剣を眼前に突きつけられた。そこでザンバは斧を落として両手を上げる。
「おーっと! これはザンバ選手、降参するようです! 勝者、ケトル選手!」
途端に会場からは割れんばかりの歓声が起こった。
これにて第一試合が終了となる。終了と同時に帝国魔法師団の魔導士が即座にザンバに駆け寄り、傷の状態を確認して治癒魔法を施した。ゆっくりとザンバは立ち上がり、来た道に戻っていく。
実際的な試合時間は模擬戦とは違い遥かに短い。
武器も真剣が使用される生死を賭けた戦い。よほど実力が拮抗していない限りは長丁場になるなどあり得ない。
「じゃあそろそろ行って来るよ」
「頑張ってねお兄ちゃん」
そして、いよいよヨハンの順番が回って来た。
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