S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帝都武闘大会編

第三百三十八話 元S級冒険者

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「はぁ……はぁ……」

息を切らせながらヨハンの周囲を飛び交うナイトメアならぬミモザ。
もうかなりの消耗をしているのだが、それでもヨハンに悟られないように必死に息遣いを抑えている。

(ヨハンくん、ほんとに強いわね)

ある程度は聞いていたから最初から全力でかかっていた。

(きっついわ)

息を切らせるほどの強さ。これほどの強さを相手にすることにほとんど覚えがない。
確かに現役を離れて久しい。とはいえ、それでも十分にやれると思っていたのだが思い上がりも甚だしかった。

(隙を見つけるにも一苦労よ)

眼光の鋭さ。戦闘能力の高さだけでなく対峙するだけでも精神力を擦り減らされていく重圧。それが比例して一層の体力を奪っていく。
しかし同時に湧き上がるのは高揚感。これだけの強者との戦いは現役時代にもほとんど味わうことがなかった。もう既に遠くへ置いてきたはずの感覚をどこか思い起こさせた。

(でもそろそろ終わらせないと)

限界が来る前に片をつけないと動けなくなる。
予選も含めた決勝までの間に少しでも現役時代の感覚を取り戻そうと取り組みこの場に臨んでいるのだが長期戦は体力的な部分でミモザとしてもマズい。

(これだけ戦えるのだから認めてくれてるわよ)

元S級である自分と互角以上に戦えているのだから依頼主は納得しているだろうと考えた。
それとなく負けても良いと当初は思っていたのだが、実際にこの場に立って戦ってみると負けることに妙な抵抗を感じる。未だに変な意地が残っていたのだと我ながら苦笑いした。

(これで終わりよ!)

そんなことを考えながらケリをつけようと宙に浮く風の膜を目一杯踏み抜いて背中を見せているヨハン目掛けて勢いよく飛来する。

「ようやく隙を見せてくれたね」

元々攻撃力はそれほど高くないので死なせることはないと思っていたのだが、視界に捉えるヨハンが即座に反転するなり剣を袈裟切りに何度も振り切った。

「え?」

小さく呟く声。思わず漏れ出るその声。

「――――っ!」

嵌められたと理解したのだがもう遅い。
両手を正面に持ってきてクロスするようにして防御姿勢を取る。ナイトメアであるミモザの身体をマント越しにいくつもの刃が切り刻んだ。

(ったあああっ。そういえばこんな技使っていたわね)

準決勝の時、アレクサンダー・シール相手に使っていた剣閃の応用技である小さな斬撃、飛燕。

(まだ削り足りないようね)

それなりのダメージを与えているはずなのに、それでもこれだけの攻撃を繰り出せることを内心では素直に称賛する。

(だったらこっちももう油断しないわ)

警戒心を最大限に高めて再び跳躍して風の渦を蹴りつけてヨハンの周囲を跳び回った。
続けて距離を保ったままククリナイフを投擲する。

風切り音を上げるククリナイフは弧を描きながらヨハンに襲い掛かった。

「なんとか距離を縮めないと」

迫り来るククリナイフを冷静に剣で弾き返すのだが、ナイトメアはすぐさまパシッと手にすると何度となく投擲を繰り返す。

「これが最後なら、試してみてもいいか」

剣閃を使い続けていたことで感覚は鋭敏になっていた。初めて実践するのだが、どこか実現できるという確信を持つ。

「要は魔法維持と同じ要領でやればいいんだよね」

性質が異なれども闘気も魔力の応用に過ぎない。であれば理論的には実現できるはず。身体強化の為に用いられる闘気は身体から放出すればすぐに霧散するのだが、それを凝縮したのが剣閃。強固な飛ぶ斬撃。

では、飛燕のような微量な斬撃を同時に、全く同じタイミングで複数放つことができれば?
どうしても剣戟に僅かながらも時間差が生じてしまい、それだと見極められて対応されてしまう。

飛ばさずに維持すればどうなるのか。

「何かする気かしら?」

ククリナイフを投擲し続ける中、弾き返す為に剣を振るい続けているヨハンを視界に捉えてミモザは疑問符を浮かべる。
それに気付いたのは数秒後。

「まさか!?」

中空に漂っているいくつもの小さな刃。それは飛燕と同じ大きさの小さな剣閃に間違いない。

「この子、一体どれだけ――」

それを今からどうするのかということはわかっていた。わからないはずがない。

「――アレはまずいわね」

大きく剣を振り下ろすと同時に射出される飛燕。
避ける隙間もないほど全く同じタイミングで同時に飛来する斬撃の嵐。

「ぐうううっ!」

回避することを諦め、防御のみに専念する。あまりにも多いその数のため、移動できずに地面に撃ち落とされた。

「よしっ!」

ナイトメアが地面に着地するのを確認したヨハンは一直線に向かう。追撃。今仕掛けなければ再び距離を取られる。

(もうっ! どんだけ強いのよこの子!)

身体に浴びたいくつもの切り傷による鋭い痛みを堪え、落ちた先から仮面越しに捉えるのは突進してくるヨハンの姿。

「ちっ!」

慌てた様子を見せないように平静さを取り繕いながらヨハンから距離を取ろうと左に飛び退いた。
ヨハンもナイトメアの動きを予測しており、地面を踏み抜いて急角度でナイトメアに向かう。

横に動きながら距離を詰められた中、振り下ろされる剣。
それをミモザはギリギリのところでなんとか躱した。同時に反撃するためにククリナイフを左右から二撃放ったところでヨハンはナイトメアを飛び越えるように跳躍する。

「しまっ――」

た、と思ったのは飛び越え、宙返りしながら放たれた剣戟がミモザの着けていたナイトメアの仮面を切りつけた。
湧き上がる歓声。これまで謎に包まれていたナイトメアがその素顔を初めて曝け出す。

「え?」

思わず目を丸くさせ、仮面がパキッと二つに割れて地面に落ちた先にあった見知った顔を見てヨハンは驚愕した。

「ミ、モザ、さん?」

それまで見せていた凄みの一切を失くした冒険者の子どもは呆気に取られる。
顔を見られた以上、誤魔化したところで仕方ない。ミモザは大きく息を吐いてニコッと笑いかけた。

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