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神の名を冠する国
第六百六十六話 大広間の幕引き
しおりを挟む「だらあっ!」
「ぐっ、ど、どこにこれほどの力が……」
手数では本来三つ又の鞭を使っている自身の方が間違いなく多いはず。だが速さで大きく上回られていた。
それだけでない。驚異的なのは二本の短剣がそれぞれ異なる属性を宿している。薄い赤と薄い緑は火と風。
「ごはっ」
ドゴッと響く鈍い音。それがいくつも響くのは手数で勝るレイン。
「あーあ、無駄に防御力が高いから」
シンの見解通り、闘気による身体強化が防御力を引き上げるもの。回転力を上げたレインの連撃はユリウスに反撃の隙を与えない。
「いけっ! レイン! ぼこぼこにしちゃえ!」
拳を振り回しているマリン。レインが圧倒していることが痛快以外のなにものでもない。
(きゃあ! かっこいい!)
まるで自分のことのように嬉しくなる。
「舐めるなッ!」
「「レインっ!」」
大きく声を発すマリンとナナシー。
ギラッと眼を鋭くさせるユリウスは、次には炎を更に枝分かれさせ、五つの炎の鞭を生み出した。
「無様に切り刻まれて死ねッ!」
四方と上方から襲い掛かる五つの炎。
「へっ!」
脇を締めるレインは左足を軸足にしてその場で素早く回転する。瞬時に四方の炎を切り裂くと、そのまま軽く跳躍して上方から迫りくる炎を縦に切り裂いた。
「なにっ!?」
炎を裂きながら目の前に舞い降りるかのように着地するレイン。
ユリウスの視線は上下に構えられる二本の短剣を目で追うことしかできない。
「これで終わりだ」
素早く真横と斜めに振り切られる短剣。
「ご……はっ…………ば、バカな、私がこんなガキに敗れるとは…………」
鎧ごと切り裂く強烈な一撃を受けるユリウスはそのまま大きく吐血するなり前のめりに崩れ落ちる。
「ふぅっ。ったく、ようやく終わりかよ」
額を拭いながら、息を吐くレイン。
「油断すんなッ! まだ終わってねぇッ!」
その場に響く怒声。シンの声。
「え?」
「せめてキサマだけでも」
倒れ落ちる姿勢をぎりぎりのところで踏ん張るユリウスは騎士剣の切っ先をレインの心臓目掛けて突き出した。
「しまっ――」
ズブッと肉を突き刺す鈍い音。
「なっ……」
「兄さん、もう、終わりにしよう」
「……り、リオン、き、きさま…………」
ユリウスの剣はレインの脇腹をかすめている。
「り、リオン、おまえ」
呆気に取られるレインの視線の先には、ユリウスを突き刺しているリオンの剣。
「なにやってんだ!」
「私なりのけじめだ。最後は私が幕を引かなければ」
剣を引き抜くリオン。そのまま一言も発することのないユリウスは身じろぎ一つすることなく倒れ落ちた。
「……いいのかよ」
「危うく死にかけた男の言葉とは思えないな。同情する余裕などないだろう。やらなければやられるのだ」
冷徹に言葉を放つリオンは兄の姿を見下ろしている。
「な、なぜ落ちこぼれのキサマが生き残って私が……」
「兄さん、どうしてそれほどまでに」
「……キサマがわかる必要などない。家の宿命も背負うことなく、好きな女のところに身を寄せ、血を超越した能力を手にしたキサマなどに」
「にいさん、それはどういう……――」
リオンには恨みごとにしか聞こえていないのだが、レインには違って聞こえていた。
(こいつ、最後まで素直じゃなかったな)
わざわざ答えを教えてやるつもりもない。いつかリオン自身でその答えに辿り着けばいいと考える。
「――……やはり、もう人間ではなかったようだな、兄さんは」
絶命すると同時に、既に炭と化しているユリウスの姿を目にして、僅かに瞑目するリオンは天井を見上げた。
「さよなら。兄さん。最後まで私たちはわかりあえなかったようだね」
小さな呟き。レインにはやるせなさしか残らなかった。
「終わったか。いくぞ」
「きゃ」
決着を見届けたシンはマリンを抱きかかえてバルコニーから飛び降りる。
「レイン!」
そのまま地面に下りるマリンはレインへと駆け寄り、勢いのまま激しく抱き着いていた。
「無事で良かったわ!」
「お、おい、いてぇだろ。ひっつくなよ」
「だ、だって、本当に危なかったから」
「おうっ。お前のおかげで助かったぜ」
不意に向けられる無邪気な笑みでマリンの心臓が高鳴る。
「ふ、ふん。当たり前じゃないですの。わ、わたくしを誰だと思っていますのよ」
「てかよ、だったらもっと早く使って欲しかったぜアレ」
「そ、それは……」
思わず口籠るマリン。使いたくても使えなかっただけなのだが、冷静になって思い返すと、とんでもないことを口走っていた。公開告白。
「あ、あの、さっきのことなのだけどね」
どう言葉にしたものか、正直に話せばいいのか、誤魔化せばいいのか。
思考が混迷し、密着させている身体の熱が暴走しそう。
「マリンさんって、レインのことが好きだったのね。知らなかったわ私」
「ナナシー!?」
「エルフ!?」
歩きながらリオンに目を送るナナシー。次にはユリウスの横たわっていた場所に軽く目を向け、すぐに視線を外す。そのまま疑問符を浮かべてレインとマリンを見ていた。
「ち、違うんだよ!」
「違うって、どうしてレインが否定するのよ?」
「んぎゃ……お、おいっ! お前からも何か言ってくれよ!」
必死に懇願するレインの顔を見ていると、ふつふつと怒りが込み上げてくるマリン。
(あ、あれだけの覚悟でようやく告白したのに、この男はどうして)
告白に対する動揺など微塵も感じられない。ナナシーに対する誤解を解きたくて仕方ない様子。
「レイン。わたくしはレインのことをお慕いしておりますの。冗談ではなく、本気で」
ニコリと微笑むマリン。
「今回の力を提供した対価として、無事に帰った暁には約束を守っていただきますわ」
「おまっ……」
困惑するレインの耳元へ顔を近付けるマリン。追い討ちをかけるように、そのまま小さく口を開く。
「今はあのエルフのことを好きでいてもかまいませんわ。ですが、必ずあなたをわたくしに振り向かせてみせますもの」
「な、なに言ってんだ」
「ふふふ。覚悟しておきなさい」
ようやく優位に立てた気がした。最初からこうしていれば良かった。動揺するレインを面白く見れる。
(これですわ。やはりこうでないと)
色々と吹っ切れた。もう遠慮の一切はいらない。
「なんだかお楽しみのところ申し訳ないんだけどよぉ、ちょっといいか?」
まるで置いてけぼりの獣の仮面の男。
「「「あっ……」」」
突然の戦闘に見舞われたレイン達。だがようやく合流を果たしている。
そうしてこれから始めるのは話の擦り合わせ。
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