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神の名を冠する国
第六百六十七話 閑話 アイシャの好奇心①
しおりを挟むシグラム王国、王都の中央区。貴族所有の屋敷の来客者部屋にて窓の外に映る夜空を見上げながらぽつりと呟くのはアイシャ。
「あーあ、きっとミモザさんもアリエルさんも今頃……」
パルスタット神聖国で美味しい料理を食べて楽しくお酒を飲んでいるのだろうと。
「アイシャ様。そろそろお休みになられませんと、明日はセリス様のところに遊びに行かれるのでしょう?」
「あっ、はーい」
ベッドを整え、部屋を出て行こうとする使用人のネネ。
「では九時に馬車を用意しておきますので」
「……はーい」
「おやすみなさいませ」
「…………おやすみなさーい」
軽く頭を下げてパタンとドアを閉めるネネの姿を見送りながら考える。
「たしかにセリスのところにいくのだけど」
貴族家への移動に馬車を毎回用意されるのはいくらか気が引けた。村娘で孤児となったアイシャには恐れ多い。
ぽすっとベッドに腰を下ろして横倒れになる。
「ネネさんには悪いけど、こっそりいっちゃおうっと」
シグラム王国の王都の観光もゆっくりしてみたい。
そうして翌日は早朝にバレないように出ていくことを決めていた。
◆
「よし。誰もいないわね」
朝焼けが差す中、玄関のドアをそっと開ける。
お世話になっている屋敷の使用人も時折臨時でカトレア侯爵家から派遣されてくる使用人が何人かいるだけで基本的にはネネだけ。他には執事のイルマニのみ。警戒するのもそれほど難しくはない。
「ごめんなさいネネさん」
連れ去られたと思われても困るので部屋の中に置手紙は置いて来ていた。
「あはっ」
なんだか気分が高揚してくる。平和な王都の中とはいえどこか冒険心をくすぐられる。
「よーし。いくわよ!」
軽快な足取りで屋敷の門を出て行った。
屋敷の影でその後ろ姿を見送るネネ。小さな紙をぴらぴらとさせているのはアイシャが部屋に置いて来ている置手紙。
「はぁ。アイシャ様にも困ったものですね」
『心配しないでください。セリスのところへは一人でいけます』と書かれている。
昨晩の様子が明らかにこれまでと違っていた。何か考えているのだろうということは容易に推測できている。
ストレスが溜まっているのであれば、いっそ好きにさせてみるのも一つの手。
「さて、と。こっそりと後を尾けますか。こっちの方が楽しそうだし」
仕事の合間の息抜き。アイシャを遠くから見守っていることが目の保養。
そのままアイシャに気付かれないように、ネネも玄関を出て行こうとするのだが、不意に肩を掴まれた。
「え?」
「ネネ。どこに行くのだい?」
「い、イルマニさん!?」
「朝の仕事もせず、サボりかい?」
驚き振り返った先には笑みを浮かべている執事のイルマニ。頬をひくひくさせるネネ。
「そ、そんなわけないじゃないですか」
「では早朝からこんなところでなにをしているのかね?」
「そ、それはアイシャちゃんを――」
「アイシャちゃん? 呼称には気を付けなさいとあれだけ」
「わ、わかっています。アイシャ様の見守りをしているだけですので!」
「アイシャ様を? アイシャ様とお前は今日二人でセリス様のところに向かうのではなかったのか?」
話の内容が見えないイルマニは疑問符を浮かべる。
「それなんですが、アイシャ様がストレスを抱えているようでしたので少し羽を伸ばしてもらおうかと……って、あーっ!」
「品のない言葉を出すでない。そういうところから綻びが」
「わ、わかっています! それよりも今はアイシャちゃんが」
「アイシャ様だと何度言えば」
「み、見失っちゃった…………」
こんこんと説教を口にしているイルマニを余所にネネは青ざめていた。
こっそりと後を尾けるつもりだったのだが、視界の中にはどこにもアイシャの姿がない。
「……ど、どうしよう」
何事もなくセリスの家に着けばいいのだが、如何せん時間が早過ぎる。寄り道をする可能性は十分にあるどころか、想定される問題は他にもあった。
「わかっているのかネネ」
「…………」
「ん? そんなに慌ててどうした? そういえば先程アイシャ様がどうとか言っていたが」
イルマニの顔を恐る恐る見るネネ。確実に怒られる。むしろ怒られる程度であればまだいいのだが、最悪なのは大事な主の客人に何かあれば解雇されるだけでは済まない可能性があった。
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