S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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神の名を冠する国

第 七百五 話 必要なのは何か

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「その目……」

リンガードの言葉の意味を理解できないのだが、以前顔を合わせた時にアスラへ抱いた感覚――オッドアイと呼ばれる左右の鮮やかな眼球。
美しくも不思議な感覚を抱くその眼球は、その時目にしたような鮮やかさがなく、どこか色味を失っていた。

「ヨハンさん。わたくしもいくつか思うところはありますが、恐らくここは大人しく話を聞いた方がよろしいかと思いますわ」

エレナがそっと耳打ちする。

「……うん、そうだね」

確かにのんびりと話をしている暇もない。今はこの状況を平定させることが何よりも最優先。

「…………わかりました。あとで詳しい話は聞かせてもらいますが、今はこれからどうするつもりなのか教えてもらいます」

ヨハンの態度を受けたアスラは微笑みながら周囲を見渡すようにしてゆっくりと口を開いた。

「ありがとうございます。ですが、これだけは伝えておかなければなりません」

そのまま正面に錫杖を持っていき、軽く天を突き刺す。

「全ては、全ては神の声に従い、ここまで来ました」
「神の……こえ」

倒壊した教皇の間を見渡しているのだが、どうにもその印象は教皇の間ではなくパルスタット全土を見渡すようなどこか遠くを見る眼差し。

「信じるかどうかはあなた達にお任せしますが、私には神の声が届くのです」

以前にも聞いたことのある話。他国から見れば信じられないことであるが、宗教国家であるパルスタット神聖国に於いては極々自然なこと。光の聖女アスラと大神官は神託を得られるのだと。
それはクリスティーナも事あるごとに口にしており、全ての神官の願いはその神託を得ることであり、教義はその神託になり得るものだと信じられていた。

「半信半疑、といったところでしょうか?」
「見えないんじゃなかったんですか?」
「ええ。ですが、雰囲気といいますか、空気といいますか、そういったことは十分感じられますよ」
「そうですか」
「でも半分は疑っているってことだけどね」
「ちょ、ちょっとモニカ」
「何よ。私が言うのもなんだけど本当のことじゃない」
「そうだけどさ」
「いえ、構いませんよ。それでも半分でも私の言ったことが信じられるということは、これから説明する話によって今よりも信じて頂けるということですから」
「物凄い自信ですわね」
「ええ。丁度彼女も来ましたね」
「カレンさん」

細かい息を切らせながらカレンが合流する。

「無事で良かったわモニカ」

モニカを抱きしめながら、小さく声をかけた。

「カレンさん、あっちは大丈夫なんですか?」
「ええ。みんな無事よ。でも……――」

ニーナの治療はテトが即座に行っており、竜人族の強靭な生命力のおかげで命に別状はないのだがそれでも血を流し過ぎていた。そのため下手に動き回ることができずにそのまま動向を見守りつつ周辺の警戒をしている。レインやナナシー達はほとんどの力を使い果たし、戦力として換算できなかった。
だが、現在カレンが表情を険しくさせるのはそういったことに対してではない。

「――……あの子、早く何か手を打たないといけないわ」

ニーナの治療を終えたテトが、リオンとイリーナによって運び込まれたクリスティーナの命を繋ぎとめる為に治癒魔法の行使を行っている。しかし応急的なものにしかならずテトの知識と力を以てしても現状助ける手立てがない。

(早くこの場を収束させないと)

何をするにしても事態が収まらないことには満足な治療も行えない。

「それで、今はどうなっているの?」
「それがよくわからないの。あの人が神の声の従いここに至ったって」
「神の……声」

そうして視線を向ける先は光の聖女アスラへ。

「つまり、あなたはその神の声に従って魔王を打ち滅ぼすためにこれらの事態を招いたというのですか? こんなにも破壊的で破滅的な出来事を」
「ええ。流石は聡明な方のようですね。ですが勘違いしてはいけません。最初に彼らにも申し上げましたが、あくまでもこの事態は被害が最小限に済んでいる状態です。最も被害が大きかったのは魔王がそこの少女の中で覚醒し、この国が滅んだあとに魔族が追随して世界を混乱させることでした」

平然と言ってのけるのだが、にわかには信じられない話。
カレンとエレナは顔を見合わせると小さく頷き合う。

「わたくし達に何を求めるのかまだ聞いておりませんが、その前にいくつか質問をよろしいでしょうか?」
「ええエレナ王女。疑問が払拭されるようでしたらどのような質問をして頂いても構いません」
「ではまず、あなたはモニカを救う気がありましたの?」

チラリとエレナが横目に見るモニカは複雑な表情を浮かべながら顔を下げようとしたのだが、微かに首を振るなり表情を引き締めた。

(モニカ……)

逃げることのないモニカの覚悟をヨハンも感じ取る。

「その少女を助ける気ですか。いえ、それに関しては全くその気はありませんでした。結果としてそうなったに過ぎません」
「そうですの」
「じゃあ次の質問よ」

次に口を開いたのはカレン。

「教皇の暴挙は予めご存知だったということ?」
「暴挙、というのは教皇が魔王の力を取り込むということですね。それでしたらその通りです。むしろ私の力がないと魔王の力を彼女から抜き出すことなど不可能でした。この光の聖女アスラ・リリー・ライラックでなければ」

悪びれる様子もなく、むしろ堂々と言い放った。

「……わかりましたわ。どのような思惑があるにせよ、わたくし達はそれで救われているのですから助かりましたのも事実ですし」
「それは良かったです」
「ですが許容できないことがあるのも事実ですわ。ヨハンさんも言われました通り、その結果クリスの命が秤にかけられるようなことはとても許せるようなものではありませんわ」

芯の通った力強い言葉。エレナの覚悟が伝わる。

「神の御心に添っていることですので、あなた達が許容しようがしまいがクリスはそれで救われますので」
「どこからそんなでまかせを」
「僕からも質問があります。教皇は神に並ぼうと、人間を越えた存在になろうとして魔王の力を取り込んだと言っていました」
「ええ。それがあの方の望みでした。崇高な神に近付こうとすることは何も不思議なことではありません。ただやり方が適切ではなかったというだけです。人類のルールに則って、という意味ですが。そしてしかしながら、その欲求のおかげで魔王を滅する第一段階が進められました」

淡々と言い放つアスラ。

「まだ信じられない部分はありますが、どうしてあなたの目が犠牲になったのですか?」
「魔王の力を抜き出すにはエレナ王女、あなたの存在が必要でした。血を分けた特別な存在が。ただ、それ以外にも神に捧げる供物として私の視力を対価として支払う必要があったのです」
「供物?」

疑問符を浮かべるヨハンなのだが、抱いた疑問はカレンが解消してくれた。

「聞いたことがあるわ。特別な呪法の中には何らかの対価を必要とするものがあるって。ほらヨハン、思い出してみて。ドミトールでのシトラスもそうだったじゃない」
「シトラスって……」

そう言われて思い出すのはサリナス・ブルネイを蘇らせようとした研究。死者蘇生をするために人体実験へ手を染めた狂気の研究。
つまりあれに類するものだとすれば、アスラはその眼を対価として支払った結果視力を失っているのだと。

「ひとつだけ付け加えておきますが、それには私の眼が特別な魔力を宿していたからそれを可能にしたということです」
「……わかりました」

だからこそアスラにしか魔王因子を取り出すことができなかったのだと。しかしわからないことはまだある。

「では、あの人はどうして?」

ヨハンの視線の先には土の聖女ベラル・マリア・アストロス。

「魔王は倒せたのではなかったのですか?」
「いえ。確かに教皇の中に魔王を移すことには成功しましたが、あなたは魔王の外側を壊したに過ぎません。その結果、魔王の魂はこの場に漂うこととなりました。ですが、完全に滅することができなければ、再びその少女の中へと戻って行ったでしょう」

アスラの言葉に対して何も返答することの出来ないヨハン達。

「……では、彼女も自身を犠牲にしようとしているということですの?」

僅かの時間を要してエレナが口を開いた。状況を考慮すれば、土の聖女もまたその身を犠牲にしようとしているのかもしれない、と。

「いえ、それは違います。彼女は、神に愛されようとしているだけです」
「神に、愛される?」
「ええ。それは私たち聖女にとって当然の願い」

光の聖女アスラ・リリー・ライラックにしても共感できるその感情。

「ですが、彼女の強すぎるその想い故に、奇しくも教皇では成し得なかった魔王との一体化が実現されるのです」
「一体化?」
「ええ。教皇は魔王の力を従えようとしていましたが、彼女は神に愛されることを願うが故に魔王因子の全てを受け入れ、神格化しているということです。しかしそのおかげで魔王を完全に滅するということもできるということです」

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