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神の名を冠する国
第 七百七 話 ベラル・マリア・アストロス(中編)
しおりを挟むしかし、ベラルの旅立ちは順風満帆というわけではなかった。もちろん国内全土から聖女としての見込みのある者を連れてくるのだからそれ相応の覚悟を必要とするのは承知の上だったのだが、困難は思っていたよりも早くに訪れることとなる。
結果的には聖都へ辿り着くことはできているのだが、それはアストロス領を出てすぐに起きていた。その出来事が後のベラルの心情に拍車をかける。
「おや? あの子は? 名は何というのだい?」
ベラルが見習いとして入って数か月後、ミリア神殿ではベラルに視線を向ける者がいた。水の錫杖を持つ妙齢の女性。隣には男性の神官。
「あの子、ですか。名は確か、ベラル・アストロスといったかと。彼女がどうかされましたかテト様?」
「いやなに、以前目にして、妙に真っ直ぐに信仰しているといった印象を受けたのでな」
ミリア神殿内にある一般向けに開放された祈りの間。所用で訪れた時に、ふとテトが目にした綺麗な少女。祈りの所作にしても勿論なのだが、他の見習いの子とは一線を画するほどにその表情からは迷いのない何らかの祈願をしていたのだと。
「そのことでしたか。でしたら恐らく、ここに来る前のことが起因しているのでしょう」
「何があった?」
「いえ、私も人伝に聞いた程度ですが、あの子が聖都に向かう際、旅の一団と行動を共にしていたのです。こちらからの手配を断っていたのは、まだ見習いにもなっていない者にわざわざ教会の手を煩わせたくないのだと。それに、どのみち聖女を目指し、これから聖女見習いとして国のことを考えなければいけないのであれば、自分の目で、まだ何者でもない個人としての目があるうちに道中を見ておきたいのだと言っていたそうです」
「ふむ。良い心がけだな。素晴らしい。土台としても申し分ない。しかし問題はそのことではないな?」
笑みを浮かべるテトとは対照的に、隣に立つ神官の男性は表情を落とす。
「ええ。ですので私たちもあの子の意向を汲んで必要以上の援助はしなかったのですが、聖都へ向かっている際、不幸にも盗賊に襲われたのです。それもA級指名手配の盗賊団だったみたいで」
「ふむ。それは災難だったな。だが結果無事だったということはここにいることからして当然だが、ともすれば、一層に信仰心を厚くさせる出来事がその時に起きた。つまり、助かったことが神のおかげと信ずるに足ることとがあったといったところか」
「はい。流石ですテト様。その通りなのですが、私もにわかには信じられませんでした」
「ほぅ。聞かせて欲しいものだな」
「はい。私が聞いたところでは、嘘か真か、あの子、ベラルは盗賊団に襲われたその時、近くの森へと逃げ込んだようなのです。茂みの多い森に逃げ込むのは判断としては間違いではありませんが、よりにもよってその森が【バンデラの森】だったそうなのです」
「あの迷いの森に入ったというのか? あのような小さな子がか?」
地元の人間で土地勘があったとしても入ることを嫌がる程の森。道なき道を進めば向かう先は遭難。地元の人間であってもそうなのだから、それを見ず知らずの土地で小さな少女が入ろうものなら遺体も見つからずにそのまま白骨化してもおかしくない。
「ふむ。ならば問題はどのようにして助かったのか。これに尽きるな」
「ええ。そこで、三日三晩彷徨い歩いた彼女は、神の声を聞いたのだとか」
「ほぅ……――」
土の聖女見習いがいた一団が襲われたということで、土の部隊や神兵を始めすぐに出動していたのだが、ベラルの姿はどこにもなかった。捜索隊を編成したのだが見つからずじまい。このままでは捜索に出た部隊も二次被害を受けることになる。
ベラルが同行していた旅の一団を襲ったというA級盗賊団を見つけて捕縛した後に問い詰めるも、ベラルが捕まっているということもなかった。
ただし、その様な少女がいたことは認識しており、目撃者によると森の中へ逃げ込まれたのだと。
「――……そこで神の声、か」
顎に手を送るテト。考えていることは、なくもない、と。
極限状態に陥った時に、神の声を耳にすることはこれまで何度となく報告されている。実際に聞いたのかどうかに関しては体験した本人にしかわからないのだが、それを決定づけるのはそれらを聞いた人物たちの中に高位の者が含まれているということ。平民であっても全員に共通しているのは、その誰もが信仰心の厚い人間ばかり、といったおまけ付きで。
(アレを聞いたというのか)
実際テト自身もそれに近しい体験は何度かしている。だが、アレが現実なのかどうなのかわからない、まるで白昼夢かのような感覚。もう一度体験したいと願っても簡単にできるものでもない。
そのような経験は選ばれた者にしかできないとされていた。
「なるほど。では今まで以上に神への感謝をしているということだな。良い事ではないか」
むしろ聖女を目指す以上、有り余るほどに信仰心はあっていい。
「ただ、問題はそれだけではなかったのです。つい先日判明したことなのですが、盗賊団をけしかけたのが、どうやらあの子の婚約者になる予定の家だったそうです」
「む?」
「ご存知ないでしょうか? 先日、ロベルスタ伯爵が失脚されたことを」
「いや、聞いておる。だが、詳細までは聞いておらなんだ。不正に手を染めていた、とだけだ。貴族の不正など、私の立場で全て報告を受ける必要もないのでな。それをベラルが耳にしたのか?」
「聞き取りの参考人として、という程度ですがね。生き残っていたのがあの子だけだったので。まぁそれでその不正が盗賊団との繋がりだったわけです。匿名による密告だったのですが、証拠が概ね揃っていたので立件するのは難しくありませんでした。ただ、匿名が故に家の取り壊しとまではいかなかったので、当主の投獄ということで手打ちにさせております」
一体誰がどのような目的で密告したのか、これから一応の調査をする予定なのだと。
しかし、調査しても密告者の素性はわからなく、又、伯爵の不正が明らかだったのでそれ以上の捜査は打ち切られることとなった。推測程度に、密告の報復を恐れた下級貴族によるものだろうと結論付けられる。
「こんなにも、こぉんなにも世の中は汚いのですねぇ、神様」
ぽつりと呟くベラル。
「やぁはりぃ、わたくしがぁ、正さないといけないようですねぇ」
小さく口角を上げ、ミリア神殿の長い廊下を歩いて行った。
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