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想像以上の夏
036 小さな花火
しおりを挟む背後に迫る車に花音が気付いている様子を見せていないので、潤は慌てて花音の腕を引いて抱き寄せた。
花音は潤に抱き寄せられた理由が車の気配に自分が気付いていなかったことだとすぐに理解していたのだが、そのまま無言で立ち止まり動けずにいる。
そのまま数秒間無言になる二人。その格好は男が女を抱きしめている構図に他ならない。
夜の帳の中で聞こえてくるのは小さな虫の鳴き声と羽音。だがそんなことの一切が気にならなかった。
「(思わず抱き寄せたけど、これこの後どうしたらいいんだ……)」
潤もぼーっとしていたために車の気配に気付くのが遅れて慌ててしまったので抱き寄せる結果になっただけで、意図したものではない。副産物と言えなくもないのだが、花音がどういう反応をしているのか窺うことすら怖くなる。
それでもそうっと花音の方に視線を向けると、花音は俯いており表情が窺えないでいた。
しかしそんな状況でも花音の髪から香る先程隣を歩いていた時とはまた違う感覚を覚えるシャンプーの香り。鼓動が早く大きくなるのを花音に聞こえてしまっているのではないかと思うほどに自分自身では最大級に大きく鳴り響いている。
そのまま花音が声を発そうとする様子を見せたので、背中に冷や汗をかきながら花音の言葉を待つ。
「ね、ねぇ」
「な、なんだ?」
「まず、車に気付いてなくてごめんね」
「あ、ああ、危なかったぞ」
「それでね、助けてくれたのはありがたいんだけど…………ちょっとこの体勢は困るわ」
「そ、そうだな!す、すまん!」
花音の言葉を受けて慌てて手を離し、思わず手に持っていた花火を落としてしまう。何故か腕を肩より上にあげており、まるで警察に銃を向けられている犯人のような罪悪感を覚えてしまう。
「やっぱり、最初に俺が車道側を歩いておくべきだったな。女の子と歩くことなんてほとんどないからそういう気配りができなかったわ」
「ううん、それはいいの。別に私も守ってもらいたいわけじゃないから。ただ……」
冷静に考えれば車道側を男子が歩くというのはセオリーなのかもしれない。慣れない潤はそういう配慮ができなかったことを謝るのだが、花音は俯いたまま首を振る。
「ただ?」
「潤ってやっぱり優しいから誰にでもこうして抱きしめるのかなーって思っただけ」
花音は微妙に上目遣いで潤の表情を確認する様にじっと見つめて来た。一体どういう気持ちでそんなことを言うのかわからないのだが、ここは正直に言わなければいけない気がした。
「いや、誰でも抱きしめるなんてことは絶対にない!そ、それは、か、花音だったから、危ない目に遭わせるわけにはいかないと思ってだな……」
勇気を振り絞って言葉を紡いでいくのだが、徐々に照れが増していく。微妙に口籠り始める。
「じゃあそれって、杏奈ちゃんや瑠璃ちゃんとかだとどうなるの?」
「えっ!?いや、そら見ず知らずの他人だとここまでのことはできないと思うし、それにもちろん杏奈や瑠璃ちゃんでも同じようにしたかもしれないけど―――」
潤は花音の質問を受けて、考え込むように地面に視線を落としてそういう状況を想像する。きっと今と同じようにしていただろうとは思うが、赤の他人だと腕を引っ張る程度かもしれないと考える。
「ごめんごめん、今の無し。ちょっと意地悪だったわね」
「(えっ?意地悪って?)
そこで花音は潤の思考を遮る様に言葉を挟んで来る。その言葉の真意がどういうものなのかは理解できなかったのだが、それでも花音の表情、今潤に向けられている屈託のない笑顔を見ればこの行いに対する返答は少なくとも失敗はしていないのだろうという程度に理解は出来た。
「それに今日だけで二回も助けられたね、ありがと」
「そ、そうだな。ほんと気を付けてくれよな!」
「うん、これから気を付けるわ。 変な男に抱きしめられないようにっ!」
「あっ!それは助けてもらった相手に言うセリフじゃないだろ!?」
「ふふっ、うそだって」
海で抱きしめてからこの短時間で二回目になるのだが、花音は冗談めかして潤をおちょくる。冗談だということはわかるで、口では怒っている風に応える。しかし内心では一切怒る気になれないのが、潤に向けられる花音の笑顔に惹かれてしまう自分に自覚があったからだった。
「(まぁなんにせよこんなとこで事故に遭わなくて良かったってことだな)とにかくみんな待ってるだろうし帰ろうぜ」
「うん、そうね」
本当はもっと追求したい気持ちはあったのだが、変に追及して失敗してしまうことを考えると今はこれで良いと思う。
そうして少し歩いて民宿に帰ると買って来た花火を見せると、どれからすると選び出したりもすれば、目にしたことのない花火を珍しく見ることもある。
その花火を見て一同は顔を傾げる物もあった。
「ねぇ、この黒くて小さい丸いのは何かしら?」
「さぁ?」
手持花火はわかる。ロケット花火もわかる。ねずみ花火も知ってる人と知らない人がいる。だが、その中に誰も知らないのがひとつあった。
小さな円柱状に象られている黒い物体だった。
全員が首を傾げている中、叔父だけがニヤニヤとしている。
その様子を見て訝しげに思うのだが、叔父は「まぁ火を点けてみればわかるって。あっ、やるならまとめてやった方が面白いぞ。危ないもんじゃねぇしな」というのでその小さな丸い物体を全員で囲い、地面に置いた丸い物体にチャッカマンで火を点けると悲鳴と笑い声が同時に響き渡った。
「なにこれ!うんこみてー!」
「いやー!もう最悪!!どうしてこんなもの作ろうと思えるのよ!」
「面白れぇだろ?正式にはヘビ花火なんだがな」
反応は男子と女子で見事に分かれたのだが、凜だけは男子と同じ反応、ゲラゲラと笑っていた。
小さな円柱状の丸い物体火を点けると、途端にその丸い物体はもこもことその見た目からは考えられないほどの塊を伸ばしていってある程度大きくなると中には途切れるものもあり、しかしそれでもそのまま新たに黒い長い物体を伸ばしていた。
あまり最近では馴染みがないようで、叔父曰く、昔はこんなくだらないものが流行ったんだよなと語っていた。
そうして一通り花火を楽しんだ後、男子と女子は海から出た時とはまた別に火薬の臭いを落とす為に再び入浴する。
小さな露天風呂があるという程度の民宿なのだが、それでも男三人なら広さも問題ないので仲良く入浴していた。
「いやー、それにしてもやっぱ夏はこうじゃないとな。海に花火にキャンプじゃないけどまぁ似たようなもんだし」
「そうだなー。これが子供なら山にクワガタ取りとか行ってたよな」
「懐かしいな、なんであんなに必死だったんだろな」
「そういやクワガタっていやぁこいつハサミで鼻を挟ませて我慢大会とかしてたんだぜ」
「あほだっ」
「うるさいな、子供の時の話だろ!」
浴槽に浸かりながら少しの思い出話に華を咲かせるのだが、思い出すのは他にもあった。
「(シャンプーって良い匂いするんだな。同じシャンプーを使ってるはずなのになんであんなに違うんだろ)」
花音を抱き寄せた余韻がまだ腕の中に残っている。
「女子はどんな話してんだろうな?」
「こういう時の定番と言えばスタイルの話だよな」
「まぁ妥当だな」
「潤」
「なんだよ」
「頑張れよ」
「余計なお世話だ!」
主語がなくても大体わかる。頑張るつもりなのだが、何をどう頑張ればいいのかよくわからない。情けないとは思うものの、光汰と真吾に頼るものでもない。この海水浴が終わったあとはどうしたものかと考えてしまうも、特に何か思いつくこともなかった。
そうしてその夜はそれぞれ部屋にて就寝したのだった。
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