【R18】「いのちだいじに」隠遁生活ー私は家に帰りたいー

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第三章:巻き込まれるのはテンプレですか? ふざけんな

3-2.森の姫君(笑)、異世界の不思議に触れる

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【異界からの稀人まれびと】……確かにそう言った。
 以前、黒電話さんからもそんなことを言われたような気がする。

 私は、思わずタロウに首根っこを掴まれてぶら下げられているカーバンクルという種類のネズミ…というかよく見るとポッチャリしたハムスターみたいな獣を見上げた。

『おお、その黒い瞳、黒くて真っ直ぐな髪、この国ではあまり見られない耳の形や顔だち……かつてこの地を訪れた稀人様と同じ種族の方とお見受けする』

 カーバンクルのお爺さん? は、私の姿を見つめると、黒くて小さな目を潤ませ、熱に浮かされたように話しかけて来た。

「…あなたは、私と同じ特徴を持つ人間と、会ったことがあるの?」

 不覚にも、問いかける声が期待で震えてくるのを感じる。

『ええ、ええ、あの方はあなた様とは違い男性でしたが、とても良い方でございました。
 …何やらお聞きになりたいことがおありの様ですが…お話をお聞きになりますかな?』

お爺さんは私を窺うような目つきで見下ろしてくるが、ぶら下げられているため短い足がプラプラしていて何とも不安定で、見ているこちらも落ち着かない。

「…タロウ、降ろしてあげて」

 もちろん、教えてくれるという話を拒否する理由などないので、そのままカーバンクルのお爺さんをそっと地面に降ろしてもらった。 その傍らで跪いていたネズミ?ハムスター?達は、一様にホッとして胸をなでおろしている。
 いや、別にこのお爺さんとか一族郎党の命なんて、そもそも狙ってないし、捧げられてもいらないですから。

『ご主人?』
『主?』

 2匹は私の傍らで、不安そうに私を見つめている。それにチラリと視線を向けて、

「大丈夫、ちょっと、聞きたい話があるだけだから」 

 と、微笑むと、2匹はより一層戸惑った様子でお互いの目を合わせた。

「お話、是非聞かせていただきたいと思います」

 そう、お爺さんに答えると、お爺さんはにっこり微笑んで

『ここでは何ですから、どうか我らの住居においでくだされ』

 と、私たちを住処に招いてくれたのだった。



 案内されたカーバンクルたちの住処は、山の斜面を利用して掘り進められており、まるでアリの巣を思い出させるような複雑さを感じる。そして、パっと見て外からではわからないように巧妙にその出入口も隠されており、まるで天然の要塞の様だった。横穴を掘って巣を作るという習性的にはプレーリードッグみたいなものだろうか。 
…まあ、外見もそれっぽいけれども、とりあえず、言いやすいのでネズミと表現しておくが。

 中に入って行くと、地面が仄かに発光しており、天井にもランプか蛍光灯のように光る魔石が点々と置かれているため、案外思っていたほど暗さを感じない作りになっていた。 まあ、それでも私には多少薄暗いんだけど。

 お爺さんと数匹のぽっちゃりとした小型犬サイズのネズミ魔獣に先導され、私たちはその住処に案内されているが、そこかしこの物陰から無数の視線を感じるも、敵意…というものは感じない。あるのは好奇心…だろうか?

 ふと、物陰からこちらをガン見している、一際小さなネズミさんに手を振ると、「ぴゃっ」と言って引っ込んでしまった。
 なんかかわいいな。

 そして、懸念していたサイズの問題…私たちがその住処に入ることができるのか? ということだが、私は何とかオッケーだったのだが、本来の姿の2匹は無理そうだったので、家で過ごしているようなサイズになってもらうことで、クリアできた。
 この種族は案外知能が高いのか、自然の洞穴を利用しつつも掘られた場所もちゃんと落盤しないように塗り固められ、住処としても安全な環境が作られているようだった。 また、お爺さんの装飾品もそうなのだが、所々に見られるきれいな貴金属の飾りや生活用品、立て掛けられた武具などの調度品は、この種族の手先の器用さと高い冶金能力を感じさせた。

『カーバンクルは、元々知能の高いネズミみたいな魔獣がランクアップし、額に魔石が発生することによって上位種になるニャ。個々の戦闘力はそこらの程度の低い魔獣にも劣るものの、その高い知性と魔力を駆使した集団による攻撃はなかなか侮れないものがあるニャ。
…しかし、あまり好戦的な種族じゃないし、戦闘力が高いわけでもないくせに、やたらとお宝を抱えていたりするので、あのイタチみたいな変なのに目を付けられたりすることもあるので、見つからないように穴倉で生活していると聞いたことがあるニャ。
そして、あの額に赤い宝石を付けた爺さんが、この集落の長でここらをまとめているようニャんだが、配下にもそこかしこに上位種になりそうな個体もいるようニャ』

 好奇心の強いマーリンは、私に抱っこされたままの姿で興奮気味にキョロキョロと周りを見回しながらそんな解説をしてくれる。

 よくしゃべりますね。

 タロウは…というと、フンフンと鼻を鳴らして色々警戒しながら匂いを嗅いで私の前を歩いている。

 …その辺の柱にマーキングとか、しないでね。 お願いだよ?

 本人が知ったら怒りそうなことを心配しつつ、私は静かに後ろからその様子を見守っていた。


 そうして、少しここで待っているようにと、私たちは一際広い部屋の中央に案内され、小ぶりな革づくりのソファを勧められた。
 多分、彼らサイズだと2~3人掛けのソファなんだろうけど、私一人で丁度いい感じの大きさで、弾力はそこそこ。
 膝の上にはマーリンが乗り、傍らの床にはタロウが座って、ホストが戻るのを一緒に待っている。
 部屋の中には1匹の白と茶色のまだら模様のネズミさんが客室係のように控えており、私たちも静かに座って待っているため、辺りはシーンとした静けさだけがあった。

 ただ、2匹が落ち着かない様子でチラチラと私の様子を窺っているを感じたが、私は気づかないふりをして、黙っていた。


『お待たせしました』

 コンコンと小さなノックの音がして客室係のネズミさんが扉を開けると、カーバンクルのお爺さんが後ろに2匹のお供を連れて入ってきた。 お供のネズミさんたちはお爺さんより一回り体が小さかったが、その額にはお爺さんの額の石よりも小さな赤い石が見えたので、ネズミじゃなくてお供のカーバンクルと言った方がいいのかもしれないが。
 そのお供の2匹は大きくて細長い木箱を抱えており、お爺さんに促されてソファの前のテーブルに、そっと箱を置いて部屋の隅に移動していった。

 その箱を目にした瞬間、抱っこしていたマーリンの毛がザワッと逆立ち、タロウの尻尾がピーンと立ちあがったのを感じた。
 私も何故だかその箱から目を離せず、産毛が逆立つようなゾワゾワとした感覚が上がってくる。

「あの、その箱…中身は何ですか?」

『ふぉっふぉっ…気になりますかな?』

「ええ、まあ、それっぽい感じで置かれましたし。 なんか、落ち着かないんですよね」

 そう言うと、お爺さんは箱のふたをカパッと開け…

『これをご覧に入れたかったのです。これは、我らの里に残された、稀人さまの所持品です』

 と、中の細長い棒を指し示した。

「日本刀………」

 実物なんて、博物館か古美術商の店頭でしか見たことはないが、日本人ならすぐに答えが言えるだろう。
 鞘に収まっていても、これが日本の刀であることなんて。

『…ああ、やはり、ご同郷でしたか。 外見を見ただけで、すぐにその正体を言い当てるなんて…。 このような形状の武器が無いわけではないのですが、これを[ニホントウ]と仰るのは、同じ土地で過ごされた方だけかと……』

 お爺さんは目を細め顎をさすって笑っているが、壁際に立っている2匹のカーバンクルはそのつぶらな瞳を真ん丸にしてこちらを窺っていた。

「ええ、このような武器を持っているだけで警察……役人に通報される時代なので、触ったこともありませんが…。…詳しいお話を伺ってもいいでしょうか?」

『ええ、それこそが本題ですからの』

 カーバンクルのお爺さんは、ヒョイっと対面の椅子に座って、ふぉっふぉっふぉっと笑いながら話を切り出した。



 …それから5時間程経っただろうか、途中に何度か休憩を挟みながら語っていたが、お爺さんの話す口調がのんびりしすぎて、ちょっと疲れてきた…。

 とりま、その内容をまとめると、

 5~600年程前に、黒髪・黒目で耳も顔の横についているような、突然見たこともない外見の人間種が里を訪れた。当時は中央大陸にいる全人種なんて、この島ではお目にかかったこともないため、獣人の奇形種か?とも思ったが、迷子になって困り果てているようであったし、この辺りに住む獣人とは違う神秘的な美しさに魅了され里の住民は進んでその人間の世話をしてやった。
 しかし、その頃の里は今よりも外敵が多く、安全を贖うために定期的に同族の命を外敵の一人に差し出さないと生きていけない時代でもあった。すると、その人間がお爺さん(当時は村の少年その①)たちの里への恩返しだと言って、その外敵と戦いやっつけてしまったとか。
 人間は鍛冶師であったが刀の達人でもあった。そして何よりその人間が鍛えたその刀は、この世の物とも思えない程の切れ味を持つ業物であり、多くの精霊を纏わせた魔刀で、人間自身もその加護故にかなり人間離れした力を備えていたそうな。
 その後、人間は里の者たちの感謝を受けて、請われてそこに住むようになったのだが、ある日その刀に精霊が宿った。もともと異界の業物の美しさに魅了され、多くの下級精霊がまとわりつくようになっていたのだが、その中に上級精霊が宿るようになってから、その刀は精霊刀と呼ばれ、今でも曇りなく輝きを保ち続けているそうで。
 そして、その人間に教えてもらった鍛冶仕事が、鉱石を扱うのが得意な里の者たちの性に合ったのか、今では里全体で日夜研鑽を積み、時々獣人や光物が好きな魔獣たちとも高額でやり取りすることもあり、案外栄えていたんだけど、最近ずる賢い巨大なイタチの魔獣に目を付けられて、困っていたところを私たちが通りがかって退治してくれたので、感謝しているそうな。

 ちなみに、その人間はその後200年程生きたが、故郷に残した妻子のことを想いながらこの地に眠っているとか………


 ……お爺さん、話長いっス。

 結構ツッコミ所満載で、私が聞きたかった内容も含まれていたんだけど、どうにも緊張が保てない……。
 さっきまでのヒリついた緊張感はどこへ行ったのか? 緊張感さんが行方不明になってしまったではないか。

 心なしか、お爺さんの口調もやけに砕けてきている気がする。 まあ、その方がやりやすくていいですけども。

 あ、マーリンもタロウも寝てる。 くそう、私もちょっと眠りそうになってたぜ。

「…あの、ちょっと質問いいでしょうか?」

 話し終わったと見た私は、おずおずと手を上げて気になったことを尋ねてみた。

「こちらの人間って、200年も生きるもんですか?」

『いや、かの人も「人間なんて50年も生きないというのに、自分は一体どうなってしまったのか?」…と、驚いていらしたが、普通の人間は100年も生きるもんじゃないの。まあ、あの方はお造りになった刀を通して精霊の加護を受けていらっしゃったので、そのせいだったのだろうが』

「間接的な精霊の加護で200年……」

『お嬢さんは魔力も豊富そうだし精霊様も直接ついておられる様なので、多分もっと長生きできるであろうの。今はパッと見15~16歳に見えるが、本当はもっと大人なんじゃろ?』

 な ん で す と (゜д゜)!

 …いや、実は、鏡を見た時、何となく思ってました……あれ?自分、若くね?……と。
 いやいやいや、水や基礎化粧品の効果で肌艶よくなっちゃったから、そう思ってるだけだよね? と自分を誤魔化しておりましたが……やっぱり、第三者から見ても、そうなんですね…
 でもね、それでも、二十歳頃の自分見てるみたいだな~程度でしたよ? それが、15~16歳?

 高 校 生 かよ!?  ないわ~…、それはないわ~………。

「……多分、若く見えるのは種族的な特徴だと思うんですけど……確かに、なんか最近若くなったような、そうでもないような気はしてたんですが……24歳のはずです」

私は思わずしどろもどろになって答える。

『そうかね、そうかね。確かにあの方も、最初30歳とは仰っていたが、20歳位にしか見えなんだの。その後ここで10年程暮らしても、一向に年齢がお変わりにならず、ゆるゆると歳をおとりだったような…。わしらはもっと生きとるから、人間の成長とか老化とかがよくわからなかったんだがの…』

「そうですか…(´・ω・`)」

 もう少し大人の女になってからでもよかったんだけど……じゃなくってですね!

「…いや、年齢のことではなくて、一番ききたかったことなんですが。 その方は、元の世界への帰り方を探したりはされなかったのですか?」

 これですよ、これ! これが一番大事でしょう。

 私は勢い込んで、お爺さんに詰め寄った。
 その頃には、マーリンもタロウも目が覚めており、一緒になって耳を傾けている。

 ……タロウくん、よだれは拭きなさい。

『帰り方……結局、あの方はこの地に骨を埋めてしまうこととなった故、帰ることはかなわなかったんじゃが…最初の50年程は頑張って方々へ旅に出たりと、手掛かりを探して彷徨っていたようじゃった……。里に帰ってきた頃には、かなり気落ちした様子で、「今更見も知らない若い男が帰ってきても迷惑にしかならぬ…」と、すでに帰ることは諦めておいでだったのぉ…』

 50年……50年かぁ……人生50年って時代の人だったと思うけど…。人の一生分の労力費やして、頑張って探して、諦めたんだ…。
 確か、失踪届って、行方不明になってから7年で出せるんだったっけ……いや、さすがにここまで音信不通で携帯もつながらない状態が続いてたら、さすがに家族も心配するよね……

 ていうか、50年探し続けて…諦めないといけなくて…帰れなかったんだなぁ……。

 いかん、気分が落ち込んでいく…そう思うと、どんどん頭が前のめりに…

『ご主人、大丈夫かニャ?』

 思わず手の中のマーリンの毛皮に顔を埋めていたようだ。心配そうに声を掛けられて、私はハッと我に返った。

 …いやいやいや、まだだ、諦めるのはまだ早い!

 私はフンッと気合を入れて背筋を伸ばし、落ちていく自分の気持ちに喝を入れた。

 つまりですね、かつて私と同じ日本からこの世界に移動していた人がいた。その人は50年程彷徨ったが、結局帰れなかった。しかし、精霊の加護によって、200年生きていた。私はもっと長生きするだろう。
 …ザックリいくと、そういうことですね?

『お嬢さん、大丈夫かね?』

 急に落ち込んだかと思うと、むくりと起き上がったりと挙動不審な動きをする私を、心配そうに眺めながら、お爺さんは声を掛けてくる。

「いえ、ちょっと気持ちの整理をする時間が必要かな…と、思いまして」

『そうか、そうか。そういえば、お嬢さんは、こちらに来てどれくらいになるかの?』

「えーっと、1年と数か月…ですかね?」

『え、まだその程度だったのかの? それにしては、随分体がこちらに馴染んで……ひっ!?』

 質問してきたかと思うと、急に悲鳴を上げたり、どうしたんだろうか?

 私は、自分の後ろに何かあったのだろうかと思って、キョロキョロと周りを見回したが、特に何もなかったので、お爺さんに向き直って首を傾げる。

「あのー…、何かありましたか?」

『い、いや、急に虫が出てきてちょっと驚いただけじゃ。何も気にせんでええよ…』

 少し声が震えてません? よっぽど嫌いな虫だったんだろうか……。
 いくつになってもダメなものってあるかもしれないと思い、納得して追及することはしなかった。

「じゃあ、そろそろお暇させていただきますね。随分遅くなってしまったし…ちょっと頭を整理してきます」

 なんせ5時間強は滞在してましたから…。 そんなことは言えなかった。

『ああ、お嬢さん、その前に、これを受け取ってほしいんじゃ』

 そう言って、簡素な造りの小刀を差し出した。

『本当は、我々を救ってくれた恩人であるお嬢さん方には、この精霊刀でも渡した方がいいんじゃろうが、あいにく、これは里の守り刀になってしまっているので…代わりと言ってはなんじゃが、稀人さまがこの地で鍛えたこの小刀を…。切れ味はもちろんのこと、魔力の馴染みが良いので、中々便利に使える代物じゃよ』

 お爺さんは申し訳なさそうに言っていたが、

「私は刀なんて使えませんし、その刀もそこにいた方がうれしいと思います。小刀、ありがとうございます」

 私はそう言って、その小刀を受け取ろうと手を伸ばし、触れた瞬間…そのほんの一瞬、小刀が光を放った。 そして…

≪よろしくね≫

 頭の中で、小さな声が聞こえたような気がして、もう一度見ると、ほのかにまとった光は消失していた。


 その後、私はお爺さんに「何かあったらそこに魔力を流して話しかけてくれれば連結した魔道具(=スマホ)に繋がるから」と、連絡用の魔石を渡すと、『そんなに気にかけてくれるなんて…』と、大層喜んでくれた。

 「いえいえ、まだまだ聞きたいことがあるので…また来ます」

いずれ稀人さんの遺品なんかを見せてもらいたいし。 …なんかヒントがあるかもしれないから。



 そして、ではさようなら…と、別れのあいさつをしようとした時、そういえば…と、…ふと、かねてから疑問に思っていたことを尋ねてみることにした。

「そういえば、その稀人…というか、私と同郷の人って、名前は名乗らなかったのですか? 一度も話にでてきませんでしたが…」

 すると、お爺さんは、おや? という顔をして

『そういえば…なんだったかの? ここ300年位口にしてないの』

 と言われて、ビックリした。

『人間はそれ程気にしていない様じゃが、我々は基本的にあまり名前を尋ねる習慣はないんじゃ。
 名を呼ぶには相手から許可を得るのが礼儀でもある。
 名を縛るという方法もあるが…よほどの力の差が無ければそうそうたやすくできるものでもないがの。 そして、稀人様は里で唯一の方だったので何度も名前を聞いたりせんでも通じたしの。そして、あの方も、いみな…というんだったかの? 通称で呼ぶばかりで、あまり名を呼ぶ習慣はなかったとかおっしゃっていたので問題にもならなんだのだが…う~ん、そういえば、なんだったかの…。なんかあまり馴染みのない名前だったような……
 …まあ、お嬢さんも名乗る時には用心するに越したことはあるまい……霊猫族や神狼族、精霊すら味方につけているお嬢さんを縛れるものがいるかどうかは怪しいがの…』

 ……さすが、知性の上位魔獣…聞くと色々返ってくるけども…、そっか…呼ばないと名前、忘れられちゃうんだね……。
 それもちょっと寂しいけど…一応の用心が必要な世界なんだ…。

 マーリンやタロウは『え?知らなかったの?』みたいな目で見てくるが

 …すみません、知らなかったんですよ。

 道理で、テルミ村の村長たちは、マーリンやタロウをあまり名前で呼ばないわけだ。
 私の名前も聞かれたことないし。
 人間の場合はあれだろうか。身分の下の者が上の者の名前を尋ねるのは無礼だ…みたいな。
 無くはないかと思わなくもない。だって、あの人たち、私の事貴族か何かのお嬢様だと思ってる節があるし。

 とはいえ、魔獣同士で名乗らないのも、今となっては礼儀みたいなもんだろうか。
 …マーリンやタロウの名前を私がつけちゃったわけだけど、あれは精霊さん主導だったから、きっと「何かの手順」って部分を精霊さんたちがやってくれたんだろうとは思っている。
 マーリン達に元の名とかあったとしたら、悪いことをしたな…。

 やっぱり真名とか案外大事じゃん、異世界。 礼儀的な意味合いが強いみたいだけど。
 これは…あんまり自己紹介で本名名乗らない方がいいってことかな?

 ならば…いつか来る日のために、かつてオンラインゲームで使用していた、ハンドルネームを復活させねばなるまい。 本名と微妙にリンクしていながら、呼ばれ慣れているため、とっさに反応もできる第二の名前を。

 そういうわけで、話は冒頭にもどるわけですが……。
……あれ? タロウとかマーリン、私の名前知らなくない?
下僕だから必要なし? …とはいえ、聞かれもしないのに今更名乗るのもなんだか恥ずかしい……

 まあ、聞かれたらでいいか……


 私は、お爺さんたちが見送る中、カーバンクルの里を後にタロウの背中に跨って、すっかり薄暗くなった夜道を揺られながら家路についていた。
 その頭の中で、かつての厨二ネームとそれにまつわる黒歴史がグルグルと渦巻いていたのは言うまでもないだろう。
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